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広がる世界、狭まる選択
ヘーバリオンの駐屯所にて
しおりを挟む……雪が
チラホラと舞う北域街道。
一般行軍速度だから、一日で商業都市バーバリオンに到着。 目立たない様に、街の宿では無く軍の施設で投宿。 今度はお客様じゃぁ無いしね。 明日の朝には出発するもの。 シルフィーちょっと席を外したいって、そう私に告げるの。
「確認しておくべき事が有るのです。 宜しいでしょうか?」
「いいわよ? 晩御飯は一緒に食べられる?」
「戻ります。 簡単な確認ですから、そんなに時間は掛かりません」
「じゃぁ、晩御飯の時に」
「はい、それでは」
柔らかな笑みを私に向けて、影の様に消えて行ったの。 彼女の【認識阻害】は、ホントに優秀よ、一気にその存在感とか気配とか薄くなるんだもの。 目の前でよ? 今度、術式を見せて貰おうっと!
此方の軍の施設でも、やっぱり倹約令は出ていてね、詰めている兵隊さん達の状態はあまりよく無かったの。 怪我も、病気も、使えるお薬が少ないものだから、ちゃんと治りきらないのよ。 そして、そのまま再出撃でしょ? 冬が終わる頃には、かなりの損耗に成るのよ。
ダメでしょ? そんなんじゃ。
ここへーべリオンに到着するまでの間、途中途中の休憩時にね、周辺の森で採取してたの。 だって、ギフリント城塞では、お外に出してもらえなかったんだもの。 エスコー=トリント練兵場への帰り道なんだから、裁量権は指揮官である私が持っているのよ。
きっと、へーべリオンの駐屯所でも薬品類は払底していると思って、錬金魔法で薬品類を作る事を念頭に置いて、採取してたの。 獣人族の皆さんも手伝ってくれて、かなりの量は集まったわ。 晩御飯の前に、「薬師錬金術士」として、出来る事だけはするつもり。
ブラウニー、レディッシュ、ホワテルの三人に出て来てもらって、連続生産で中級中容量のポーション類と傷薬、それに疾病用の一般万能薬と、数種類の解毒薬を準備したの。 珍しい魔法草は必要無いわ。 ごくありふれたモノで、十分に対応可能なの。
この東部北域に置いて、罹患しやすい風土病対策も怠りなしよ。
ギフリント城塞の治癒室に置いてあった、風土病関連の報告書もしっかりと頭に入れて居たもの。 この駐屯所の軍属の治癒師さんに、第四四〇特務隊の任務として錬成した薬品類をお渡ししたの。
「コレを、私達にですか?」
「ええ、その通りですわ。 軍務に付かれている兵の皆さんが、怪我や疾病を快癒せず再出撃されると、それだけ帰還が難しくなります。 さらに、その状態では、任務にも支障が出る事でしょう。 わたくしは、軍属の「薬師」に御座います。 駐屯地周辺での薬草採取、薬品類の錬成はわたくしの職務に入っております。 また、その薬品類は軍令則、緊急対応条項により、当該戦区の治癒院にお渡しする事も明記されております。 兵隊さん達の状態を鑑み、わたくしの独断で緊急事態と判断させて頂きました。 この薬品類は、現状の酷い状態の兵隊さんたち用に御座います。 軍務を遂行するにあたり、必要な処置と判断いたしましたので、薬品の入手先は第四四〇特務隊と明記されるます事、お願い申し上げます」
「……こんなに大量に…… ですか?」
「ええ、一冬を越えるには、これでも少ないかと。 なによりもファンダリア王国の安寧に尽力されている第四軍第一師団、及び 第三師団の方々には、必要なモノなのでは? 昨今の事情では、医薬品の手当てもなかなかに難しゅうございますでしょ?」
「まさに…… まさに…… 感謝申し上げます。 これで、奴らも一息付けます…… 我らもまた……手を拱く事も無く治療に当たれます…… 感謝を!」
「感謝ならば、軍令則 緊急事態条項と、「精霊様」への祈りでお願い申し上げます。 わたくしは、軍属として、成すべきを成した迄。 この地の民を慈しんでもらえれば、それで十分にございますわ」
「リーナ殿。 誠に、誠に…… 精霊様、感謝の祈りを捧げます。 なんと慈悲深い方を、私共の元へお遣わしに成ったか! リーナ殿に精霊様のご加護あらん事を!」
とても、とても、感謝されてしまったわ。 ちょっと、兵隊さんの顔に明るい光が戻ったかも…… その夜の晩御飯は、普通の糧秣だけじゃなくて、ちょっぴり付け加えられていたの。 食後の甘いものが……
街で購入してきたのかな? いいのかな? 私だけ特別待遇なんて…… 主計課の人達に怒られないかな? 厨房長さんが、デザートに手を出していない私を見つけて、お隣に腰を下ろして、訪ねられたの。
「どうしやした? あんま、珍しいもんじゃねえですけど、たまには甘いもんもいいですぜ?」
「良いのですか? わたくしだけ、頂いても? 糧食規定から逸脱してませんか? あとで、お叱りを受けられるのでは?」
「あぁ、そんな事心配してたんですかい? なに、銀蠅じゃねぇっすよ。 主計から是非にと仰せつかったんですぜ。 食べてくだせぇな。 駐屯所の皆からのほんの心ばかりの ” 配慮 ” って奴でさぁ」
「……では、有難く頂戴致しますわね」
なんか…… 食堂に居る皆さんの、” 暖か気 ” な、視線を感じたの。 医薬品類の払底は、この駐屯所の主計さんも頭を抱えていたって事なのね。 任務で遂行しただけなのにね…… 有難く頂いたの。 ホンワリとした甘さが、沁みたわ……
^^^^^
結局、シルフィーは晩御飯に間に合わなかった。 ちょっと遅めの御帰還だったの。 なにか問題でもあったのかなって思ってね。 帰って来たシルフィーに聞いてみたの。
「晩御飯、頂いた?」
「ええ、頂きました」
「遅かったね。 待ってたんだけど…… なにか、問題が有ったの?」
「問題と云えば…… そうなのですが……」
「私の事?」
「…………ええ、まぁ」
煮え切らないのと、口調が変なのよ。 何が有ったのかしら? とても心配ね。 まさか、マグノリアの襲撃がまた有るとか…… じゃ無いでしょうね。 いくら何でも、こんな短期間で再襲撃だったら、困るものね。 なんの対策も立てて無いし、強襲迎撃に成ると護衛隊の皆さんだけでは厳しいかも知れないわ。
――――そんな私の考えを読んだかのように、シルフィーが口を開くの。
「リーナ様。 襲撃ではありません。 ちょっと、違う方面からの要望がありまして……」
「要望? 何なのかしら?」
「ええ、獣人族の者達からの繋ぎが有ったのです。 私が成すべき「所要」は、直ぐに終わりましたが、そちらの方に時間が掛かりました」
「……それで?」
「少々時間を頂けないかと。 森狼族の者と、兎人族の者が一緒に来て…… 対応は致しましたが、確約できぬとそう申し伝えました」
「時間と云うと…… 何処かに寄り道するの?」
「そうです。 あの広場で、大休止では無く、一泊となるやもしれぬのです」
「…………一泊は、難しいかも。 エスコー=トリント練兵場への早期帰還を命じられておりますからね」
「存じておりますが…… あちら側がどうしてもと、頑なに申し込んでいるのですよ。 押し切られそうになりました。 確約できないが、出来るだけは申し伝えてみると…… そう答えるのが精一杯でした」
「そう……なのね」
頭の中で旅程を考えるの。 一泊程度の時間の余裕かぁ…… 薬草採取目的なら、時間は取れるんだけど、アレは小休止とか大休止の間での事でしょ? う~ん、どうしようかな…… あっ、そうだ! 「穢れし森」の偵察って事だったら行けるかも!!
「あのね、シルフィー。 時間的にはそんなに取れないけれど、冬季の北域街道に王都から専門の調査隊が来るのはかなり面倒だから、その面倒を省くために、偵察を敢行したってことで、一泊程の時間は取れるかもしれないわ。 そう、あの後の「穢れし森」の領域がどうなったかを、偵察して報告書に上げるのよ。 だったら、任務逸脱とか云われなくて済むしね」
「で、ありますか…… 軍の方の命令は何かと……」
「そうね、でも、少しは冗長性も求められているわ。 『帰還命令』には、” 貴官と隊の安全を最優先に確認しつつ ” ってあったから、『 徹底的 』 に、拡大解釈をすれば、現場指揮官の判断によって偵察くらいなら、認められている事よ。 あの地点での偵察にも意味は有るしね」
「ならば、時間は……」
「取れると思う。 あちらの出方次第だけど、まぁ、その辺は…… どうにでもなるかしら」
「有難く存じます。 アイツ等、妙に熱心に懇願してくるものですから、にべもなく断る事が少々、気が引けました」
「そんなに?」
「ええ、感謝申し上げます」
珍しく月が出ていたわ。 窓から月光が差し込んで来るのよ。 割り当ての指揮官の部屋の中で、シルフィーとそんな会話。 差し込んで来る月光を見ながら、一応、言い訳は考えておくことにしたわ。 ” 報告書と共に、原隊復帰した時に渡せばいいかっ ” ってね。
次の日の早朝。 私達は、商業都市へーべリオンを後にしたの。 軍の施設からだから、お見送りも無し。 早朝って事も有るからね。 でも、厨房長さんが、隊の皆の分までお弁当を用意してくれていたの。 行程はまだまだ有るから、全然足りないけれど、一日分の糧秣は節約できますぜって、ニヤリと笑いながら渡してくれたの。
ほんとに、有難いわ。
一日、予定より遅れるから、持っている糧秣では、ちょっと足りないかも…… なんて思っていたから。 手を振って、駐屯所を後にしたの。 また…… 来れるかもしれないし、来れないかもしれない。
でも、暖かな人の想いは受け取れた。 本当に、有難いわ。
――― 『 祈りは力 』 ―――
” 精霊様、この地に住まう人に御加護を。 厳しい冬を乗り越える力を、皆にお与えください。 ”
精霊様に、そう強く願いを込めた『祈り』を捧げ、ヘーバリオンを後にしたの。
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