その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

リーナ、帰還

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 目覚めたのは、馬車の中。





 状況は不明。





 シルフィーの腕の中で、覚醒した私は、身じろぎも出来ないくらい抱きしめられているの。 小さく震えているシルフィーが、毛布の影から見えるわ。 とても、怖がっているようにも見えたの。




「シルフィー?」

「リーナ様が帰ってらした…… もうダメかと、何度も何度も思った。 無茶ばかりなさるリーナ様。 何故、私を…… ラムソンを…… 我らを、逃がされたのか…… 理解できない……」

「あの黒い鎖は、私を狙っていたのよ。 あなた達は、対象外。 だから、あれ以上貴方たちを傷つける訳には行かなくて……」

「それが故にです!! なぜ、リーナ様を置いて脱出しなくてはならないのか!! 私達は…… 私達は……」

「シルフィー…… リーナは…… 『御伽噺』の荒野に立つ魔術師なんだ…… すべてを捧げ、大地を森を再生する…… お前も森猫だったら、聞いた事が有るだろ? お前は知っているかどうか、それは知らん。 が、俺は黒い鎖に絡み取られ、引き摺られ、穢れの根本にへと向かうリーナを見て…… 確信したんだ。 古い言い伝えが真実を伝えていた事をな。」




 ラムソンさんが、一旦口を閉じ、そして、呟く様に御伽噺の一節を語るの。 口伝のように、大人から子供へ、お婆ちゃんから、孫へ言い伝えられる、森のお話……


 ”―――その者、緑の大地を踏みしめる者。 生きとし生ける者に慈愛の心を捧げる者。 夜空の月光より織られし髪、遥かなる蒼穹を映したかの様な瞳を持ちしその魔術師。 魂の光芒をもって大いなる御業をなし、失われし大地との絆を結び直さんとする者。 その到来を望むなら、神と精霊に真摯な祈りを、森の民の矜持をもって捧げるべし……”


 そんな大それた人と、同一視するなんて、ラムソンさんもバカね。 そんな偉大な魔術師が私なら、北の荒野はすでに森として蘇っているわよ。 シルフィーの眼が大きく見開かれるの。 だから…… 違うって。




「ラムソンさん、シルフィー。 私は薬師錬金術士のリーナです。 その様な偉大な魔術師様ではありませんわよ。 そのお話が本当の事を言っているとしても、私では無く、他の誰かですわよ。 私には、そのような力は無いんですもの。 今回の森の再生は、おばば様から頂いた魔方陣が上手く効果を出し、独習した、禁忌魔法【時間進行】を、穴熊族の王の魂を持って発現させただけですもの」

「リーナ様……」

「それに、こうやって昏倒しちゃたのも、その禁忌魔法の代償よ? 更に言うなら、私は生きているもの。 命を糧に森の再生をしたわけじゃ無いわ」

「リーナ…… お前…… ありったけの魔力を使い、髪も眼もあんなになって、まだ、そんな事を言うのか」

「ええ、何度でも。 私は違う。 偉大な魔術師様のように、自分をすべて捧げるなんて出来なかったもの。 だって、皆が待っていてくれるし、私は『生きたい』と、望むもの。 みんなと一緒に、もっと世界を見てみたいもの。 まだまだ、『約束』だって沢山あるしね。 言い換えれば、死ねないの。 そうね、生き汚いって云うのかな? こうやって、シルフィーやラムソンさんとお話が出来る。 その事が何よりも嬉しいのよ」




 キュッとシルフィーに抱きしめられるの。 く、苦しいって。 そんなに強く抱きしめちゃ、私が毛布の中で潰れちゃうよ? それで…… 今、どんな感じなの? 昏倒してたのどのくらいの時間だったの? プーイさん達は回収出来たの? あの魔力爆発の様な、魔力の放射で、皆に被害は出て無いの?

 ほら、色々と聞きたいじゃない。 と云うより、指揮官としては、状況の把握に努めないと……




「とりあえず…… シルフィー、此処は?」

「馬車の中です」

「いや、それは、見ればわかるわよ。 毛布を頭からかぶっているのは、私の見た目が…… その……」

「ええ、王都、王城の刑場から、第十三号棟にお運びした時と同じです。 ここに、ロマンスティカ様がいらっしゃったら……」

「……怖い事云うのね。 ティカ様が居られたら、間違いなくお説教の嵐だったわよね」

「それほど、魔力が疲弊していたのです。 昏倒されてからすでに三日が立ちました。 あの場所に、第四三四一工兵中隊の方々が見えられたのです。 その時まで、テイナイト子爵が第四四〇特務隊の臨時指揮官として、部隊を纏められました」

「つまりは…… えっと…… 状況から考えると…… 東部商業都市ヘーバリオンに向かっていると考えていいのかしら?」

「そうです。 リーナ様が目覚められたとは、秘匿します。 表には言えません……まだ。 外見が変わられたリーナ様ですので荷馬車の中で、わたくしがお世話をしラムソンが防御を固めます。 リーナ様を確保致しました後は、周囲の安全を確保する為に、眠りから覚めた、穴熊族が大層その力を発揮しておりました。 治療が成った、森狼族の者達が何人か…… 伝令に森に向かいましたよ。 居てもたっても居られなかったんでしょうね。 居留地の森の者とも連絡が付き、あちらはあちらで、相当驚いているますね。 「森都ブルシャト」蘇ると…… 散逸していた、穴熊族の者達が、大挙してあの森に帰ってきていると、森狼の者が報告してきました」

「そう…… そうなの。 これも、穴熊族の王バハムート様の思召しと慈愛のお陰なのよね」

「いいえ! 皆、口々にリーナ様への感謝の祈りを捧げております!!」

「えっ? なんで? お手伝いしただけよ?」

「…………これだから…………」




 またもや、キュッと抱きしめるシルフィー。 だ か ら、 強いって! 苦しいって! もう!! そっか、ヘーバリオンに向かっているのかぁ。 護衛作戦は完遂したし、まぁ妥当かな。 先行してもらったマクシミリアン殿下も、あれから三日たったのなら、もうすぐ王都ファンダルに到着するはずなんだよね。

 本領には入っている筈だから、滅多な事は起こらないわ。 それに、第四師団にもお願いしてあったもの、一行の護衛はね。 副師団長様ならきっとやってくれる。 確信を持って言えるわ。

 今は…… 私の魔力の回復を急がないとね。

 流石にヘーバリオンに着いたら、馬車の外に出なくちゃならないもの…… せめて、髪には魔力を貯めないとね。 銀灰色シルバーグレイの髪って、本当に目立つものね。

 自分で自分を診断してみるの。 体力はそこそこ戻っているわ。 後は…… やっぱり魔力よね。 

 そうだ!




「シルフィー、魔力回復ポーション持ってたわよね」

「ええ、何本かは…… お使いに成るのですか?」

「まぁ、緊急だし、魔力枯渇による倦怠感を払拭するには、もってこいだからね」

「いきなり、大きな魔力を御身内に入れ、溢れれば…… 魔力暴走に至りますが?」

「大丈夫よ、私が予備に持っていたポーション使ったわ、アノ時にね。 大体の回復量も判っているし、一本入れておきたいの」

「…………わかりました。 でも、お気を付けくださいね」




 手渡される、魔力回復ポーションの封を切り、ゴキュン、ゴキュンって、飲み込んだの。 苦いわね。 これ、なんとか出来ないかしら? でも、効果は抜群ね。 たゆんっ って、魔力が随分回復したの。 大体六割くらいね。 感覚で判るわ。




「あの…… リーナ様?」

「何かしら?」

「高品質高容量の魔力回復ポーションですよ、コレ…… それでも、完全回復されないのですか?」

「大体…… 六割程かな?」

「…………規格外とは、やはり、リーナ様の事に御座いますね」

「えっと…… なんでかな?」

「普通は、危なくて全部を一気飲みなど、出来ない代物です。 リーナ様お手製の、このポーションは、あまりにも回復量が大きく、市販は出来ないと…… 使う場合も限定して、更に、少しづつ飲む様にと…… そう、注意書きがあります……」

「あぁ…… それね。 レディッシュが、ラベルに何か書いていると思ったら、それだったんだ…… ちょっとした、実験の産物なのよ、この魔力回復ポーション。 おばば様と違って、高位の魔法を私は五連でしか紡ぎ出せないから、その対策として、作ったのよね。 三本は私が常時保持するようにしてたの。 ……あと、五、六本は、必要だったわ……」

「リーナ様……」




 なんかとても残念な生き物を見てしまったような、そんなシルフィーの視線を受けながら、体内魔力の回復に努めていたの。 それと…… 魔力の純化もね。 両手の平を合わせて、体内循環の回路を開くの。 不純物を排除しながら、ぐるぐる回すの。 詰まり気味だった、体内の魔力経路が流れ出すわ。


 気持ちいい……


 ゴトゴト廻る車輪の音を聞きながら、大きく手足を伸ばし、凝り固まった体を解すの。 心配そうに見ていたラムソンさんも、やっと眉を開いてくれた。 うん、もう大丈夫よ。 体の方は、なんともないし、魔力だって戻りつつあるもの。



 髪に魔力が溜まって、黒くなり……

 何時もの通り、眼に【制限付き詳細鑑定】を張り付けられるくらいになった時……

 私達は、商業都市へーべリオンに到着したの。

 はぁ…… やっと……

 私にとっての、護衛作戦は……




 完遂したのよ。




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