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断章 13
断章 混乱の序曲 (2)
しおりを挟む執務机についているファンダリア王国 王太子ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ殿下。
彼の背後に立つのは、「王家の見えざる手」の管理者の一人である、ビッテンフェルト宮廷伯は、何時にもまして緊張した面持ちであった。 壁に大きく掲げられた、東部領域の地図。 入る情報が次々と書き加えられているが、大部分は空白のまま。
沈黙を破るのは、ウーノル王太子の声。
「フルブラント軍務卿、それに、テイナイト騎士団長。 マックスと、例の公女リリアンネ姫の安否は?」
「はい、殿下。 マクシミリアン殿下 及び、公女リリアンネ様、随伴の方々の安全は確認できました。 一行、第一陣は三日前より、全力で本領を目指しており、本領との領境に置いて、第四軍、第四師団の訓練部隊と邂逅。 彼等を護衛となし、計画通りに王都に向かっているとの報告がありました」
テイナイト騎士団長が、緊張の面持ちでそう報告する。 傍らに居るフルブラント大公が苦虫を噛み潰したような顔で、その報告を聞き入っている。 少々苛ついた声を出し、テイナイト公爵に物申した。
「テイナイト卿、三日前、外務寮、及び、宰相府よりの緊急報が有ったのは知っている。 襲撃者が、マクシミリアン殿下以下、『お出迎えの一行』を、狙う可能性が ” 大 ” であると、それぞれの情報網が掴んだ。 それゆえ、緊急報が発せられたのも、限りなく対応時間が少ない事も、判っておった。 マクシミリアン殿下の御一行が、東部国境の砦 ギフリント城塞を出立し、東部商業都市へーバリオンに滞在しておる時にその報が発せられたとな。 しかし、その後の対応…… アレは何だ? 事前の打ち合わせでは、ギフリント城塞に詰めている、第四軍の将兵が追加の護衛に着くのでは無かったのか?」
たしかに、事前の打ち合わせで、襲撃者の情報があれば、第四軍の支援を受け、道中の安全を固めると、基本案に有った。 しかし、一行は別に緊急事態を想定した、護衛案を持ち、さらにその作戦を実行に移している。
「さらに言えばだ! 都合よく第四軍第四師団の訓練部隊が、なぜか本領と東部領境にて、訓練を実施し、さらに、北域街道をひた走って来た、マクシミリアン殿下一行の、臨時護衛となった。 報告によると、第四四一大隊、第四四二大隊の全力とあったな。 その様な大規模な演習をこの時期にするなどとは、年次計画にも無かったぞ…… テイナイト卿、お主…… 知っておったな?」
「……今回の騎士団が護衛するにあたり、手練れの者を抽出しました、軍務卿。 個人の戦技は高く、乱戦に成っても、殿下を死守できる者達を集めたつもりで在りました。 なかでも、騎士長に任じている者については、その人物、個人戦技、乱戦での作戦立案能力、どれをとっても一級品の者を当てました」
「それで?」
「その者が、お出迎えの一ヶ月前に、策定した緊急事態対応策に御座います。 卿、騎士長には、視えていたのやもしれません。 マグノリアが本気で有ると。 そして、何よりも怖いのが、情報の漏洩であると、そう申しておりました。 よって、緊急事態に陥る様な事が有るやもしれぬと。 差し出されたのが、この護衛計画案に御座います」
そう云って、一部の計画書を差し出した。 憮然とした表情で、その計画書を受け取るテイナイト大公。 パラパラとめくりながら、その内容を読み込んでいく。 読み進める間に、眉間の皺が濃く深くなる。
「これを、騎士長が? 護衛としてだけでなく、襲撃者の撃退、及び、襲撃者の身元を確認と、その連絡路の発見と捕捉だと?」
「わたくしも、コレを見た時には声が出ませんでした。 作戦立案能力に優れているとしても、此処まで視野にいれているのかと…… 本来ならば、誇るべきモノでは御座いましょうが、今回は少々事情が異なります」
「では、マクシミリアン殿下が、この策を? 徹底的にマグノリアに付け入る隙を与えぬようにか? それは、また…… この作戦案、秘匿せよと仰られたのは、マクシミリアン殿下なのか?」
「勿論に御座います。 最終認可を出されたのは、ほかならぬマクシミリアン殿下に御座いますからな」
「…………殿下は……、この秘匿された『案』に関わっていたのか?」
「…………内密にして頂きたい事が。 ウーノル殿下のお耳にも入れておりません」
深い声で、そう呟く様に云う、テイナイト公爵。 ウーノルの執務机に寄り集まる漢達。 声を落とし、壁際に居る者達には聞こえぬように配慮をした。 一同を見回すのは、テイナイト伯。 溜息と一緒に吐き出した言葉。
「この作戦案を実質一人で策定されたのは、第四四〇〇特務隊、指揮官に御座います。 御手の者を使い、調べ、捕獲し、証拠を集める…… 欺瞞工作を展開し、マクシミリアン殿下以下、貴人の安全を最優先にしつつ、敵の殲滅及び、後顧の憂いを絶つ。 お出迎えの一行を二手に分け、第一陣には可及的速やかに本領と東部領域の境を越えて貰うと…… さらに、第四四師団に対し、本領と入領から先の護衛も、それと判らぬように依頼されていた形跡も御座いました…… 北域街道の難所も調べ尽くされておられた。 そして、その地形が騎士団にとって、その戦闘能力を発揮できぬ場所で有ると、そう懸念されていた。 作戦はすべて、速度優先。 騎馬にて護衛を仕る騎士団にとっては、それ以外に方法は無いと……」
「由々しき問題ですな。 越権行為も甚だしい」
「しかし、合理的でもあります。 それに……」
「それに?」
「全ては、『 案 』。 この極めて私的で、重度に隠蔽を施した『作戦』を立案したのは、あくまで騎士長。 そして、その作戦を認可したのは、マクシミリアン殿下。 緊急報が無ければ発動すらされない、予備の作戦と云う事になります。 法令上、軍務令上、なんら、問題ではありません。 よく議論し、もって、最善を尽くす…… でしたな」
唸るフルブラント大公。 その眼は細められ、軍の法令法規の隙を丹念に突く、この作戦に舌を巻く。 大公は、ふと、作戦案に目を落とし、そして、とある記述に目を奪われる。 この異常事態が起こった場所は、観測者からの報告で判明している。
この驚異的な複合目的を持つ作戦案を捻り出した、第四四〇特務隊には、聴かねばならない事が多々ある。 が、それよりも、彼の見出した記述よる特務隊の現在予想位置は…… 言われずとも判っているが、確認しなくては成らない。
憔悴感を隠しもしないフルブラント大公の言葉……
「その第四四〇特務隊の現在位置は? 作戦では、第二陣は敢えて最初の旅程通りの動きを見せると有るが?」
沈黙がその場を覆う。 テイナイト公爵が震える声で、溢す様に発言する。
「「穢れし森」のほど近く…… 魔力爆発が二回に渡って観測された場所…… 現在の所、第四四〇特務隊の所在は………… 不明。 第四四〇〇護衛隊の損害も不明…… 第四四〇特務隊の指揮官の安否もまた…… 不明」
不気味な沈黙が、ウーノル殿下の執務机の周りに落ちる。
じろりと、ウーノル殿下がテイナイト公爵を睨め付けた。
「早急に情報を集めよ。 真実を知らねば、対応が出来ぬ。 さらに、云う、予測を立てよ。 可能性を示せ。 第四四〇特務隊の指揮官の能力は、私が保証する。 作戦案に不備はないであろう。 さらに、マックス達はすでに安全圏に脱出している。 ” 護衛 ” の任務は完遂された。 あとは、あの者の安否…………」
一旦、言葉を途切らせ、更に鋭い口調で『命令』を発する、ウーノル王太子。
「フルブラント大公、四軍を動かせ。 私の名で発令する。 お飾りとは云え、わたしは四軍の総指揮官でもある。 よいか、ギフリント城塞に駐屯している、第四一一大隊を投入せよ。 へーバリオンに居る筈の第四三四一工兵中隊も、先行して現場に急行させよ。 彼等の眼で確認させるのだ。 あぁ、オフレッサー侯爵閣下には、後で私が謝ろう。 それと、情報の集約、一元化を行う。 カービン! 国務卿ニトルベイン大公、外務卿ドワイアル大公、宰相ノリステン公爵 と話がしたい…… 呼びだせ!」
毅然としたウーノルの命令が矢継ぎ早に発せられる。
「殿下…… 陛下へのご報告は、如何いたしますか?」
その剣幕にやっとのことで、口を開いたのは、ミストラーベ宮廷伯。 宮廷の勢力図を思い浮かべ、なによりも重要視しなくてはならない、その事をウーノルに告げる。 その彼を冷たく見つつ、ウーノルは突き放すように云う。
「捨て置け。 どうせ云っても、何も対応しはしない。 こと、マグノリアが絡むと、国王陛下の側に居る虫が横槍を入れる。 ならば、収束してから報告すればよい。 私は王太子だ。 相応の義務と責務がある。 それを履行する。 そう…… ファンダリア王国の為にな。 時間は有限だ、諸君、考え行動しようではないか!」
言葉を発するウーノル。 毅然とし、何より体から王気を漲らせて、皆を圧倒する。
王太子府は、これより……
迷走するファンダリア王国の錘石としての役割を負う事に成る……
出来事であった。
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