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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)
幽界にて(5) ……そして帰還
しおりを挟む「「 なんだ? 」」
二人同時に応えられてしまった。 いや…… あのね…… そのね……
「必要なのは…… 「魂の器」ですわよね」
「あぁ、そうだ。 この空間における、こいつの肉体は、我が紡ぎ出した。 我の世界の理ことわりと、我の世界の物性を元に作り出したのだが?」
「で、でしたら、この世界の理と…… この世界の物性を用い、この方の記憶に残る姿かたちで、再構成すれば…… 魂の入っていない器を作り上げ移し替える事が出来れば……」
「……足りぬのだ。 お前の考えている事は、判るが……な。 この世界の 理ならば、何とかなる。 が、この世界の物性のモノが足りぬ。 『 血と肉 』 が、必要なのだ。 少し……でよいのだが、ここでは望めん」
「『 血と肉 』が…… ですか?」
「あぁ、そうだ」
血と、肉かぁ……
ん? なんか、引っ掛かるモノが…… なんだろう……? えっと……
たしか……魔人様が仰っていたよね。 この場所は幽界と呼ぶべき場所。 精神世界でもあるって…… えっと……なんだっけ? ちょっと引っかかるモノが有るの…… たしか、こうも仰っていたわよね。
” 本来の肉体と繋がってはいるが、肉体は此処にあらず、精神が顕現する場所 ”
って。 えっと…… 逆説的に云えば、この空間で、私が怪我をすれば、本体である私もまた、怪我をするんでしょ? だって、繋がっているんだもの。 違うのかな?
「あ、あの…… 魔人様、一つ質問が」
「なんだ?」
「北の森の壊れた魔方陣に捕らえられている魔人様が、何らかの攻撃で怪我を負われた場合…… この場所に居られる魔人様は同じ場所にお怪我を負われるのですか?」
「……まぁ、そうなるな。 本来の肉体と繋がっているからな」
「では、逆説的に、この場でお怪我をされた場合も?」
「不可逆ではないのでな、そうだな。 そうなるか」
やっぱり…… そうなんだ。 じゃぁ、じゃぁ…… 条件は整えられるわ! この人を救うために、必要なモノ。 薬師錬金術士リーナとして、この人の…… この人の魂の傷は看過できないもの! 私達のこの世界に生きたいと、そう望まれているんだもの。 安寧に私達と暮らして行きたいと…… そう、願われているんだもの!
なにより、「闇」の精霊様が、この人の魂を救えって、そう……仰っていた筈なんだもの!
「あの、あの!! わたくしの、血肉を! 使えませんでしょうか!!」
二人の顔が、驚きの表情に変わる。 悄然としているこの人と、難しい顔をしていた魔人様。 同時に驚愕の表情に変わるのよ。 えっと、そんなにおかし気な事を言ったの私?
「お前…… 本気か? 少々と云っても、血肉ぞ?」
「どのくらい量が、『 必要 』 なのですか」
「ん…………、 そうだな血は、スプーン一杯分、肉は…… 小指の先の欠片でもあれば…… 大丈夫か…… どのみち培養するからな…… そんな量なのだが……」
なんだ、それっぽっちでいいんだ。 なら簡単な事よ! 私が思念体ならば、念じればいつもの山刀も出現するはず!
山刀、山刀…………
フンッ!
ほら、出て来た! 腰に重みを感じて、そっと右手を柄に置く。
「何処にお渡しすればよいでしょうか?」
にこやかに笑ってお二方を見る。 目がまん丸ね。 でも、早くしてほしいな。 私が渡す血と肉だけど、さっき魔人様が仰ってたよね。 「培養」するって。 刻み込まれた、魔人様の知識が私に流れ込んだのよ、その言葉を聞いてね。
それはきっと、魂を持たない、人造人間を錬成する為に必要なのよ。 魂の記憶を用いて、その魂の器を作る錬成術…… 生体補綴術の拡大解釈版ね。 失われた肉体を再生させる術式を究極的に推し進めたモノ……
うわぁぁ…… そんな事出来るんだぁ…… 錬金術に関しては、あちらの世界は相当進んでいるのね。 魂に刻み込まれた、この知識…… 悪用したら、とんでもない事に成っちゃうよ……
「ほ、本当にいいのか? 俺の為に?」
「ええ、貴方の為にですわよ。 苦しみに満ちた、” 貴方の世界への帰還 ” への忌避感。 生きる事に希望を見出した、” この世界への帰属 ” の意思…… 貴方には「闇」の精霊様もとても気を揉んでいらっしゃいます。 この世界の理と物性で出来た器に、貴方の魂が入れば、いずれ、魂もこの世界に順応し…… きっと、「闇」の精霊様、ノクターナル様も貴方の魂を受け入れて頂けます。 その為には、身体と魂を馴染ませねばなりませんが……」
「……小さき者よ。 何故、お前がそこまでする?」
「だって、わたくし…… この世界では、薬師であり、治癒師であり、錬金術士にございましょ? それに、精霊様と交わした、精霊誓約も御座いますもの。 そこに傷付き癒しを求める者が居らっしゃれば、手を差し伸べるのは当然の事。 精霊様のご意志にも叶います。 さぁ、魔人様。 お早く」
「…………そうか、それが、この世界の、お前の「理」か。 ならば、是非も無い。 此処に」
何もない空間から、魔人様が銀盆を紡ぎ出されるの。 とても不思議な空間ね、ここって。 右手で柄を握った山刀を振り出して、左手を銀盆の上に差し出して、小指の先をちょこっと切り飛ばす。 小さな肉片が銀盆に落ち、タラタラと血がその上に落ちる。
「…………もういいぞ。 そこまでで」
「はい」
小さな肉片と、ある程度の血が溜まるのを見た魔人様は、そう云って私を止めたの。 山刀を納めたあと、右手で傷口を押さえつける。 しばらくそのままにしていると…… 血も止まり、指先が再生されていた。
ほらね…… 思念体って、こういう事だと思うわ。 まぁ、本体の方を見ている人はちょっとびっくりするかもね。 突然左手の小指の先が斬り飛ばされるんだものね…… まぁ、あちらは、あちらで、きっと処置してくれていると思うわ…… まだ、息をしていたらね。
此処に思念体が存在するって事は、まだあちらも死んではいない筈なんだよ。 シルフィーの腕の中で気を失ったから、彼女なら…… その上ラムソンさんも居るしね。 きっと大丈夫。 怒られるのは、間違いないけれどね。
「俺の為に…… 」
「ええ、そうですわ。 でも…… 魂の器が出来るまでには、相当な時間がかかりますわ。 気長にお待ち頂かなければ」
「あ、あぁ…… そうだね」
「わたしも、頑張って、北の大地の魔方陣を分解消滅させるように努力しますから、貴方も…… 頑張って下さいね」
「あ、あぁ。 約束する。 約束するよ」
「よかった。 次にお会いする時は…… 本来の貴方に成っているかもしれませんね」
「そう……だと、いいんだが……」
振り返り、銀盆を手に私を見ている魔人さんにも声を掛けるの。 私の言葉に、驚きが隠せない様子が手に取る様に判るわ。 やっと、魔人さんの表情が読める様になってきたのよね。
「魔人さま、人造人間を錬成にございましょ?」
「何故にそれを…… あぁ、転写した我の知識か…… あぁ、そうだ。 あの魔方陣が分解消滅する前に、こいつを入れ替える様に努力する。 なに、我ならば、問題はないであろうな。 貴重なお前の一部…… 使わせてもらうぞ」
「どうぞ、お願い申し上げます。 この方に希望を。 貴方に安寧を。 わたくしは、祈りを捧げます」
ちょうどその時、また、前回と同じように視界が揺らめいたの。 手が…… 腕が…… 透き通る感じになって来たの。 もう、この場所に留まる事は出来ないようね。
時間かぁ……
「次にお会いする時に迄、どうかご健勝で。 魔人様 ……カイト様」
「小さき子よ! 頼むぞ! 我も精一杯の事をする。 暫しの別れか、永久の離別か! 今は判らんが、言っておく。 さらば、小さき森の魔術師よ!」
「あぁ、エスカリーナ。 君も……な。 生きろ、そして、また、逢おう!!」
浮かび上がって…… 多分また記憶の底に沈むであろう、彼の名前。 また…… 呼んで上げたいな。 今度は、きっと…… 彼の姿…… 変わっちゃってるかもしれないけれど…… また、逢えるかどうかも…… 判らないけれど……
でも…… お名前を口に出来て……
―――――良かった。
ゆっくりと白濁する視界。 最後まで視界に残るお二人の御姿。 意識が浮かび上がる浮遊感。 金色の瞳が、目の前に浮かび上がるの。 そして、耳元で私の名を呼ぶ声がする。
” エスカリーナ様! 戻って来てください!! 皆、みんな待っているんです! お願いだから、眼を開けて下さい! ”
魂を揺さぶる様な、悲痛で密やかな声。
大丈夫…… 私は…… 大丈夫。
浮かび上がる意識、目の前に浮かび上がる、泣き出しそうな顔した、女性がそこに居たの。 見上げれば、見知らぬ天井。 周囲に数人の人の気配。 薄暗い場所…… ちょっと揺れているの。 頭から毛布が巻かれ、シルフィーに抱きしめられていたのよ。
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「リーナ様!!」
「…………シルフィー…………」
「あぁ、神様!!! 感謝、申し上げます! 私達のリーナ様が、戻ってくれた!!!」
そう言って、抱きしめてくれたのよ、シルフィーは。
私は戻って来た。
そう、成すべき事を成すために。
「ねぇ、シルフィー…… 皆は、無事? それと、此処は…… どこ?」
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