その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
324 / 714
公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)

幽界にて(5) ……そして帰還

しおりを挟む






「「 なんだ? 」」



 二人同時に応えられてしまった。 いや…… あのね…… そのね……



「必要なのは…… 「魂の器」ですわよね」

「あぁ、そうだ。 この空間における、こいつの肉体は、我が紡ぎ出した。 我の世界の理ことわりと、我の世界の物性を元に作り出したのだが?」

「で、でしたら、この世界のことわりと…… この世界の物性を用い、この方の記憶に残る姿かたちで、再構成すれば…… 魂の入っていない器を作り上げ移し替える事が出来れば……」

「……足りぬのだ。 お前の考えている事は、判るが……な。 この世界の ことわりならば、何とかなる。 が、この世界の物性のモノが足りぬ。 『 血と肉 』 が、必要なのだ。 少し……でよいのだが、ここでは望めん」

「『 血と肉 』が…… ですか?」

「あぁ、そうだ」



 血と、肉かぁ……


   ん? なんか、引っ掛かるモノが…… なんだろう……? えっと…… 


 たしか……魔人様が仰っていたよね。 この場所は幽界と呼ぶべき場所。 精神世界でもあるって…… えっと……なんだっけ? ちょっと引っかかるモノが有るの…… たしか、こうも仰っていたわよね。



 ” 本来の肉体とが、肉体は此処にあらず、精神が顕現する場所 ”



 って。 えっと…… 逆説的に云えば、この空間で、私が怪我をすれば、本体である私もまた、怪我をするんでしょ? だって、繋がっているんだもの。 違うのかな?





「あ、あの…… 魔人様、一つ質問が」

「なんだ?」

「北の森の壊れた魔方陣に捕らえられている魔人様が、何らかの攻撃で怪我を負われた場合…… この場所に居られる魔人様は同じ場所にお怪我を負われるのですか?」

「……まぁ、そうなるな。 本来の肉体と繋がっているからな」

「では、逆説的に、この場でお怪我をされた場合も?」

「不可逆ではないのでな、そうだな。 そうなるか」




 やっぱり…… そうなんだ。 じゃぁ、じゃぁ…… 条件は整えられるわ! この人を救うために、必要なモノ。 薬師錬金術士リーナとして、この人の…… この人の魂の傷は看過できないもの! 私達のこの世界に生きたいと、そう望まれているんだもの。 安寧に私達と暮らして行きたいと…… そう、願われているんだもの!

 なにより、「闇」の精霊様が、この人の魂を救えって、そう……仰っていた筈なんだもの!




「あの、あの!! わたくしの、血肉を! 使えませんでしょうか!!」




 二人の顔が、驚きの表情に変わる。 悄然としているこの人と、難しい顔をしていた魔人様。 同時に驚愕の表情に変わるのよ。 えっと、そんなにおかし気な事を言ったの私?




「お前…… 本気か? 少々と云っても、血肉ぞ?」

「どのくらい量が、『 必要 』 なのですか」

「ん…………、 そうだな血は、スプーン一杯分、肉は…… 小指の先の欠片でもあれば…… 大丈夫か…… どのみち培養するからな…… そんな量なのだが……」




 なんだ、それっぽっちでいいんだ。 なら簡単な事よ! 私が思念体ならば、念じればいつもの山刀も出現するはず! 

 山刀、山刀…………


        フンッ! 


 ほら、出て来た! 腰に重みを感じて、そっと右手を柄に置く。




「何処にお渡しすればよいでしょうか?」




 にこやかに笑ってお二方を見る。 目がまん丸ね。 でも、早くしてほしいな。 私が渡す血と肉だけど、さっき魔人様が仰ってたよね。 「培養」するって。 刻み込まれた、魔人様の知識が私に流れ込んだのよ、その言葉を聞いてね。

 それはきっと、魂を持たない、人造人間ホムンロイドを錬成する為に必要なのよ。 魂の記憶を用いて、その魂の器を作る錬成術…… 生体補綴術ほてつじゅつの拡大解釈版ね。 失われた肉体を再生させる術式を究極的に推し進めたモノ……

 うわぁぁ…… そんな事出来るんだぁ…… 錬金術に関しては、あちらの世界は相当進んでいるのね。 魂に刻み込まれた、この知識…… 悪用したら、とんでもない事に成っちゃうよ……




「ほ、本当にいいのか? 俺の為に?」

「ええ、貴方の為にですわよ。 苦しみに満ちた、” 貴方の世界への帰還 ” への忌避感。 生きる事に希望を見出した、” この世界への帰属 ” の意思…… 貴方には「闇」の精霊様もとても気を揉んでいらっしゃいます。 この世界のことわりと物性で出来た器に、貴方の魂が入れば、いずれ、魂もこの世界に順応し…… きっと、「闇」の精霊様、ノクターナル様も貴方の魂を受け入れて頂けます。 その為には、身体と魂を馴染ませねばなりませんが……」

「……小さき者よ。 何故、お前がそこまでする?」

「だって、わたくし…… この世界では、薬師であり、治癒師であり、錬金術士にございましょ? それに、精霊様と交わした、精霊誓約も御座いますもの。 そこに傷付き癒しを求める者が居らっしゃれば、手を差し伸べるのは当然の事。 精霊様のご意志にも叶います。 さぁ、魔人様。 お早く」

「…………そうか、それが、この世界の、お前の「ことわり」か。 ならば、是非も無い。 此処に」

 何もない空間から、魔人様が銀盆を紡ぎ出されるの。 とても不思議な空間ね、ここって。 右手で柄を握った山刀を振り出して、左手を銀盆の上に差し出して、小指の先をちょこっと切り飛ばす。 小さな肉片が銀盆に落ち、タラタラと血がその上に落ちる。

「…………もういいぞ。 そこまでで」

「はい」




 小さな肉片と、ある程度の血が溜まるのを見た魔人様は、そう云って私を止めたの。 山刀を納めたあと、右手で傷口を押さえつける。 しばらくそのままにしていると…… 血も止まり、指先が再生されていた。 

 ほらね…… 思念体って、こういう事だと思うわ。 まぁ、本体の方を見ている人はちょっとびっくりするかもね。 突然左手の小指の先が斬り飛ばされるんだものね…… まぁ、あちらは、あちらで、きっと処置してくれていると思うわ…… まだ、息をしていたらね。

 此処に思念体が存在するって事は、まだあちらも死んではいない筈なんだよ。 シルフィーの腕の中で気を失ったから、彼女なら…… その上ラムソンさんも居るしね。 きっと大丈夫。 怒られるのは、間違いないけれどね。




「俺の為に…… 」

「ええ、そうですわ。 でも…… 魂の器が出来るまでには、相当な時間がかかりますわ。 気長にお待ち頂かなければ」

「あ、あぁ…… そうだね」

「わたしも、頑張って、北の大地の魔方陣を分解消滅させるように努力しますから、貴方も…… 頑張って下さいね」

「あ、あぁ。 約束する。 約束するよ」

「よかった。 次にお会いする時は…… 本来の貴方に成っているかもしれませんね」

「そう……だと、いいんだが……」




 振り返り、銀盆を手に私を見ている魔人さんにも声を掛けるの。 私の言葉に、驚きが隠せない様子が手に取る様に判るわ。 やっと、魔人さんの表情が読める様になってきたのよね。




「魔人さま、人造人間ホムンロイドを錬成にございましょ?」

「何故にそれを…… あぁ、転写した我の知識か…… あぁ、そうだ。 あの魔方陣が分解消滅する前に、こいつを入れ替える様に努力する。 なに、我ならば、問題はないであろうな。 貴重なお前の一部…… 使わせてもらうぞ」

「どうぞ、お願い申し上げます。 この方に希望を。 貴方に安寧を。 わたくしは、祈りを捧げます」




 ちょうどその時、また、前回と同じように視界が揺らめいたの。 手が…… 腕が…… 透き通る感じになって来たの。 もう、この場所に留まる事は出来ないようね。


 時間かぁ……





「次にお会いする時に迄、どうかご健勝で。 魔人様 ……様」

「小さき子よ! 頼むぞ! 我も精一杯の事をする。 暫しの別れか、永久の離別か! 今は判らんが、言っておく。 さらば、小さき森の魔術師よ!」

「あぁ、エスカリーナ。 君も……な。 生きろ、そして、、逢おう!!」





 浮かび上がって…… 多分また記憶の底に沈むであろう、彼の名前。 また…… 呼んで上げたいな。 今度は、きっと…… 彼の姿…… 変わっちゃってるかもしれないけれど…… また、逢えるかどうかも…… 判らないけれど…… 

 でも…… お名前を口に出来て……


 ―――――良かった。


 ゆっくりと白濁する視界。 最後まで視界に残るお二人の御姿。 意識が浮かび上がる浮遊感。 金色の瞳が、目の前に浮かび上がるの。 そして、耳元で私の名を呼ぶ声がする。




 ” エスカリーナ様! 戻って来てください!! 皆、みんな待っているんです! お願いだから、眼を開けて下さい! ”




 魂を揺さぶる様な、悲痛で密やかな声。

 大丈夫…… 私は…… 大丈夫。 

 浮かび上がる意識、目の前に浮かび上がる、泣き出しそうな顔した、女性がそこに居たの。 見上げれば、見知らぬ天井。 周囲に数人の人の気配。 薄暗い場所…… ちょっと揺れているの。 頭から毛布が巻かれ、シルフィーに抱きしめられていたのよ。

 身動みじろぎする私。 それに気が付いたのか、シルフィーの声が少し大きくなるの。


「リーナ様!!」

「…………シルフィー…………」

「あぁ、神様!!! 感謝、申し上げます! 私達のリーナ様が、戻ってくれた!!!」




 そう言って、抱きしめてくれたのよ、シルフィーは。

 私は戻って来た。 

 そう、成すべき事を成すために。








「ねぇ、シルフィー…… 皆は、無事?  それと、此処は…… どこ?」







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。