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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)
幽界にて(4)
しおりを挟む「ふぅぅ…… ある意味、拷問ですわよ?」
「す、済まない。 が、何が必要になるか、判らぬからな。 我の知る事は、全てこの帳面に記載しているつもりだ。 よって、お前の中に我が複製されたいっても、おかしくは無い。 存分に使ってくれ。 そして…… お前の望みを叶えてくれ。 ……それが、我の望みでもある」
「ええ、判りました。 存分に使わさせて頂きますね」
お話は……終わったと思ったの。 この魔人さん、なんだかとってもいい笑顔だったから。 なんだか、おかしいよね。 「異界の魔物」なんだよ、この人…… それなのに、目的を同じにしちゃうなんてね。 「契約」は、結んでいないのよ? でも…… ね。 なんだか……ふと思いついた言葉があるの。
この魔人さんと私…… 理由は違えど、目標を一つにする……、
――― 同志 ―――
なんだって、そう思ったのよ。
^^^^^^
私を優し気に見詰めていた、魔人さん。 突然、思い出したかのように、言葉を紡がれたわ。 その言葉に私も驚きを隠せない。 ちょっと…… ちょっとだけ…… 期待していた ” 言葉 ” なんだもの。
「おおぅ! そうだ、忘れるところであった。 小さき者よ、もう一人、お前と逢う事を願っている者が居る」
「えっ?」
逢いたかった、もう一人の召喚者――― あの化け物の様な容姿をした、深く魂が傷ついた人…… 闇の精霊様もまた、彼の傷付いた魂に、心を痛めれらした。 そして、叶う事ならば、少しでも癒して差し上げたかった。 そんな方にまた逢える。
前回、逢ってお話して…… お別れの時の言葉を思い出したの。 彼は言ったわよね……
” …………エスカリーナ…… また、会えるといいな ”
そうね…… そうかもしれない。 幽界に来たんですものね。 逢わないと!
「魔人様、わたくしも、お会いしたい。 お約束したんです。 また会いましょうと」
「そうか、そうか! では、連れて行こう! アイツの居る場所も、我と共にこの世界に召還された場所なのだ。 さっそく、行くか…… お前がここに滞在できる時間も限度がある。 行くぞ!」
そう云うと、私を連れ…… 魔人様は彼の書斎の扉を開け放し、廊下へと私を誘ったの。
仄暗い通路には、明かり一つ見えはしない。 けれども、ぼんやりと「闇の中に浮かび上がる通路」は、見えていた。
魔人様と、前に進む。 私と魔人様の歩む靴音がコツコツと、耳に届く。 前回と同じように、通路は扉で終わる。 重厚で華麗な装飾が施された扉。 謁見の間に続く扉や、後宮に続く扉の様ね。
魔人様が、手を押し当て扉は音もなく両側に開く。 扉の向こう側には……
やはり、とても広い広間が広がっていたの。 壁の半面はすべてガラス戸。 その向こう側には、黒々と連なる連山が遠くに見え、天空は満天の星空。 磨き抜かれた床は、黒曜石の輝きを持つ黒。 灯火は全くないのだけれど、部屋の半面のガラスの扉から、満天の星々の輝きが差し込み……
優しい「闇」が、その場所を満たしていた。
前回と同じく、巨大で、豪奢で、とても孤独な佇まいの椅子に腰を下ろしている、巨大な影が見える。 肘掛けに肘を置き、満天の星空を眺めているように感じたの。 豪華な背凭れの脇から、巨大な影の頭の部分が少し見えている。
王冠でもなく、法衣の聖帽でもなく…… 禍々しい角がそこに有った。
不思議と、” 怖い ” とは、感じなかったわ。 コツコツコツと、足音をさせながら、その巨大な影に近寄る私と魔人様。
「お前の待ち人が来たぞ」
ぼそりとそう仰るのは魔人様。 その声に反応する椅子の向こうの人影。 バサリと音がして、巨大な影が立ち上がるの。
――― 見覚えがあるわ。
見上げるような、その怪物は、全身を黒々とした毛で覆われた、ミノタウロス…… いいえ、まだ、ミノタウロスの方が可愛げがあるわ。 見るからに禍々しい姿をしている。 足は二足歩行に向かない様な角度で折れ曲がり、手はゴリアテのように太く、頭はミノタウロスのように大きく凶暴な獣の顔。
ただ、その眼だけは…… 懐かし気な、そして、悲しみの光を浮かべていたの。
「来てくれたんだ」
「ええ、お約束したでしょ?」
「あぁ、そうだったね。 エスカリーナ。 待っていたよ。 あれから…… どのくらいの時が過ぎた? 此処には時計も無い、時を測るすべが無いんだ……」
「そんなには…… でもないですわね。 でも、私は来ました」
「そうだね…… うん、そうだ。 失ってしまったモノを考えるより、君のその姿を想う方が何倍も何十倍も…… 有意義だったんだ」
「そうですか? つまらない女ですわよ?」
「囚われている僕にとっては、” 唯一 ” さ。 で、何かな?」
わたしから視線を外し、魔人様にその綺麗な瞳を向けるのよ。 その視線を受け、魔人様は明るい声を出されたわ。彼の告げるの…… 解放への道が、仄かに見えた事を―――
「喜べ、光が灯った。 小さき者が、光となった。 あの魔方陣を分解消滅させる未来が有るのだ。 魂だけが召喚され、我が仮初の肉体を与えしお前…… 元の世界に帰還できるかもしれぬ可能性が見えたのだ」
「元の世界に帰還する? 待て、あの場所に戻れ、と云うのか?」
「なんだ、喜ばないのか?」
「お前は言ったじゃないか、” 俺の中から、この怪物が分離すれば、元の俺に戻る事が出来る ” と…… 俺は元の世界に戻るつもりは無いんだ。 元の世界への未練など、これっぽっち残っちゃいない。 お前は、元の世界に帰ればいい。 俺は残る」
「…………それは、むつかしいぞ?」
「何故だ?」
「あの魔方陣が分解消滅したならば、我は元の世界に戻る。 戻れば、我の残滓もまた消滅する。 つまりは、お前の魂の器…… その肉体もまた消滅する。 お前は魂だけの存在だ。 この世界に残ると決意したところで、魂の器が無くては、この世界に生きる事すら出来ぬ。 まして、お前の魂は異界の魂。 この世界の輪廻に入れるのかどうかもわからん」
「…………永劫に救われぬと?」
「世界を漂う、魂だけの存在となり得るのだ…… 悪い事は云わん。 元の世界に帰れ」
なんで? この世界に留まれないの? 異世界の理をこの世界に持ち込んでいるから? この世界に留まる事が、禁忌に当たると云うの? そんなの…… そんなの……
おかしいわよ!
この人は元の世界に絶望しているの。 なまじ、元の世界に帰ろうものなら、自らの手で自分の命を終えようとするわ。 前の時にお話ししてくださった、非業とも云える境遇。 すべてをこの世界でやり直したいとの強烈な想い……
ダメよ……
彼は、この世界に留まる事を望んでいるわ。 彼の意思は、存在は、帰還する事を望んでいない。 この世界で、もう一度、やり直したいと、そう望んでいる。 無理に元の世界に、彼の魂を返したとしても……
そんな 『 魂 』 は、救われない。
激情が私の中に生まれ、二人を見詰め、そして―――
とっさに、口を開いてしまっていたの……
「あ、あの……」
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