その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)

幽界にて(3)

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 真っ直ぐに、視線を魔人さんに向けるの。

 人族の成した罪が、如何に重いか…… その現実を目の前にしている気分になったの。 欲望の果てに行われた愚行。 何も関係の無い、異界で暮していた魔人さんを無理やり、この世界に連れて来てしまう「大召喚魔法」 そして、その魔法を極大魔法で粉々にしてしまったおばば様。 翻弄され続け、大切な森まで、失しなってしまった、森の王国ジュバリアンの民…… 

 ――――― そのあまりの罪深さに、胸が悪くなるの。





「あなたが置かれた状況は理解しました。 簡単に要約すると、平和にお暮しに成っていたのに、突如として拉致され、それからずっと軟禁されていると云う事ですわよね」

「まさしくな。 我からすると、本当に迷惑な話だ。 我が世界にとっても、良くはない。 ずっと、繋がったままに成っておるしな。 こちらがそうで有るように、あちらでも、この世界の魔力は汚染源に成るのだ。 間に挟まっている我を介して、此方の空間魔力もあちらに流れてしまうのでな」

「まぁ! そうなんですの?」

「先ほども言った通り、在り方が違うのだ。 繋いで良いモノでは無い」




 腕を組み、悩まし気に考え込む魔人さん。 双方の世界にとって、これほど迷惑なモノは無いわよね…… では、『 お話って 』…… この事? 




「我がこの世界のモノに、「契約」を持ちかけたのは、知っておろう?」

「えっ、ええ。 わたくしにも、そう仰っておいででしたね。 一番初めに、わたくしに申し出られたお言葉、覚えておりますもの。 たしか…… ” 力を欲するのならば、我が手を取れ。 契約者の血と肉を受け継ぐ者よ ” でしたかしら? 初めてこの場所に来た時には、何も見えませんでしたし、なにも判っていなかった。 契約者の血と肉を受け継ぐ者……と、云われたのは、わたくしが、エリザベートお母様の娘だと…… お知りになったからですの?」

「そうだ。 魂の捕縛術式は…… 誰が紡いだとしても、あの、魔法陣に繋がる事になる。 お前は、あの魔方陣に魔力を流しのであろう? その事によって、魂の捕縛術式が激しく反応した。 前に此処に来た時の事であろう?」

「ええ、左様に。 制御術式を突き破り、わたくしの魔力を吸い上げて、更にわたくしを捕縛しようと黒い鎖が走りました」

「ふむ…… そうで有ろうな」

「何故でしょうか? 理由が判りません」

「我が『契約』の順守を求めたからだろうな。 魂の捕縛術式には、個人の判別は付かない。 契約者と同じ「魔力」を感知すると、その魔力を持つ者を契約者とみなす。 そなた、血族であるばかりでなく、血の継承を受けたのであろう? ならば、この現象も理解できる。 単なる血族で在れば、そこまでの反応はせんからな。 すべては、「契約」…… そう、契約なのだ」

「力を渡すだけの「契約」などは、御座いません。 対価は何であったのですか? 自動契約とは言え、お母様が支払うべき対価は何なので御座いましょうか?」

「……小さき者よ。 「話」と云うのは、その事よ」

「はい……」

「今まで、我が契約した、この世界のモノ達は誰一人として、我に対価を払ってはくれなかった。 力を渡す代わりに…… あの魔方陣を完全に消滅させてくれと、そう願ったのだ」

「お母様以外にも、ご契約をされた方が居られたのですか?」

「居たな。 数名は…… あの魔方陣の近くまでやって来て、本体の方に直接話を付けに来た者達がな」

「そうだったのですね…… すみません、つい気になったもので」

「いや、いい。 対話が可能なのだ…… 疑義があらば、申せばよい。 我が願いは判るな、小さき者よ」

「監禁からの脱却ですね。 幾人かの契約者は、魔導、魔法を修めるモノに御座いましょうや? 魔方陣を読み解く力があれば、その力を利用も出来る。 別次元の魔法の構築も可能ですもの」

「そうなのだ。 渡したのは知識。 対価はこの監獄のような場所からの解放…… 護られぬ約束は、「契約」とは言えぬ。 だが、一旦渡してしまえば、その者達は、二度と我の元に戻ってこなんだ。 よって、取り立ても出来ぬでな……」




 そうか…… この人も…… 故郷に帰りたいのか……  そうだよね。 判るよ、その気持ち。 で、私に話が有ると云うのは? やっぱり…… あの割れて壊れている、「大召喚魔方陣」の事なのかなぁ…… おずおずと、言葉を発する、魔人さん。 なにか、言い出し辛いのかしら?




「小さき者よ…… お前とは契約を結んでいない。 その事を重々承知の上だが、願いがある。 我は感知した。 あの魔方陣に付随する、「魂の捕縛術式」をお前が分解し消滅せしめた事を。 ならば、同じように、割れ壊れたあの魔方陣もまた、分解消滅せしめる事が可能と。 我が世界の理を読み解けるようになり、この世界の魔法に精通する者でなければ、あの魔方陣を消滅させる事は叶わんであろう。 ならば、伏して願う。 この世界に混沌を撒き散らす我が願う事はおかしなことだとは理解している。 だが、真摯に願う。 どうか、あの魔方陣を分解消滅しては貰えないだろうか?」




 あぁ…… やっぱりね。 話の流れで、そうだと思ったわ。 でもね、私だって思うのよ。 あんなものが、あんな所にある限り、大森林ジュノーの再生は不可能なんだもの。 おばば様の悲願、精霊様の願い、みんな、その事に尽きるのよ。




「魔人様。 それは、わたくしの願いでもあります。 同じ願いに御座います。 この世界にアレは必要の無いモノです。 あってはならぬモノなのです。 故に、魔人様の願いが無くとも、いずれアレを消滅せしめんと、研鑽を積んでおりました。 幸い、この度、アレの消滅方法の糸口を見つけました。 ならば、更に研鑽を積み、何としてもアレを分解消滅せしめる事は、わたくしの精霊誓約にも叶う事に御座いましょう」

「おおぉぉぉぉ! 左様か! やってくれるのか!!!」




 思わず、と云った風に立ち上がる魔人様。 結構大きい人ね。 瞳を輝かし、私に詰め寄るようにそう、申されたわ。 




「契約でも何でもない。 その意思がお前に有ると云うのならば、我が研究し検証し、判明した『事実』を伝えねばならん! 領域の異なる二つの世界の理《ことわり》を対応させ、この世界の言葉記したモノだ。 魔法に造詣の深き者ならば、この帳面ノートに記載した事柄は理解できるはず! 残念な事に、この場からこの帳面ノートは持ち出せぬ。 しかし、知識の転写は可能!  手を…… 手を、この上に!」




 一冊の分厚い帳面ノートが突如として魔人さんの手元に出現する。 これって…… 私のポシェットと同じなのかな? 震える手で差し出されるの。 歓喜に満ちた雰囲気でね。

 私とて、魔法を志した者だもの。 未知の法理や術式にはとても興味があるの。 でも…… これを受け入れたら、汚染されない? 大丈夫なモノなの?




「さぁ、小さき者よ!! 手を。 知識には汚染も、憑依も、なにも無い。 そこに有るのは厳然とした知性の煌めきしかない。 知識と知恵は、魔術を志す者にとっては、此方の世界も、我の世界も違いはあるまい! さぁ! 手を!!」




 物凄く推すね…… 言おうとされている事は、とても良く判る。 真理を求める者にとって…… 彼の言動は、間違いない姿勢なの。 おばば様がこの場に居られたら…… きっと、手を差し伸べられるわよね……

 うん、判った。 

 ゆっくりと手を帳面ノートの上に差し出すの。 ゆっくりと表面に手を載せたの。 それは、突然始まる。 長年の研究の成果。 珠玉の知恵の実。 奔流となって、私の手に吸い込まれる数々の知識。 魂に刻み込まれるように…… その内容が私に転写されて行くの…… 法理、数々の検証、膨大な量の術式、それまで知り得なかった、様々な魔法。 古代の魔法と同じ様な術式も…… そして、私の知っている、禁忌の魔法まで…… 

 途轍もない量の知識が私の中に流れ込んだの。 

 もし…… もしよ。 生身でコレをしちゃってたら、きっと私の脳みそは焼き切れていた。 うん、それだけは理解できた。 魂に直接転写されたようなものだから、耐えられたと思う。 そう思うのよ。 それだけ膨大な知識量なのよ。


 全てを転写するまでに、かなりの時間を要したの。


 これほど……


 これほど、この魔人さんは研究されていたのね……


 時間は無限にあったと……


 そう仰っていたけれど……


 法理を丸ごと一体系なんだもの…… 





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