その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)

バハムート王の苦悩と悔恨

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 でも、まだ、金色の珠はそこに留まっている…… ご満足…… 頂けなかったのかな?




 ” おおぉ、そなた・・・、言祝ぐか! 葬礼を持って、あの者達を送り出すか! なんと! なんと、慈悲深い者よ! 疑った事、詫びを申す。 本当の事を申すと…… この、『惨状』を引き起こしたのは、我にも『 責 』が、有るのだ…… ”




 深い、悔恨の情…… その 『 魂 』 からは、そんな感情が奔流のように私に向かって流れてくるの。




 ” 我は 森都ブルシャトの王、『穴熊族』が王。 バハムート。 バハムート=ブルシャトなり! 人族の争いに巻き込まれ、パエシア一族が聖域たる、『聖なる森』の守護の為、森猫族の王より合力の依頼があり、参じた。 森の王国ジュバリアンの民として、それは、” 聖なる誓約 ” を、履行する為でもあった。 そこで起こったのが、人族の魔導士が紡ぎ出した、あの「大魔方陣」による、我らの捕縛。 この世のモノとは思えぬ、抗えぬ魔力…… 次々と捕まり、我が力をもってしても…… 抗う事は出来なんだ ”




 そうね…… アレは…… 初見での対処は無理よ。 この世のことわりとは、隔絶した、別の世界のことわりで発動していたんだから……




 ” あの地に集う、すべての者達を捕らえ…… この儂も、同じように囚われたのだ…… この身を削られ…… かの大魔法に…… 力を与えるえさとなった事は理解できた。 不甲斐なく…… 我が…… あまりに無力であった…… 捕縛され、鎖に繋がれし時、我は、もはや誓約を果たせるような武人もののふでは、無くなった。 あの「大魔方陣」が魔力を溜め、今まさに発動せんとした時、天空より光の鉄槌が落ちた。 大魔方陣に命中し…… 粉々に砕け散ったのだ。 多くの王族が囚われていた…… 中には、強大な魔力に満ちた王女も居た…… 行き場の無くなった魔力は奔流となり…… ”

「魔力暴走を起こしたのですね」

 ” しかり…… そして、我らが聖域たる、「聖なる森」は、その場所と、あまりに近く……”

「誘爆暴走を始めた…… その爆発は……あまりに多くのモノを奪い去っていった」

 ” まさしく…… まさしく……。 儂を捕らえていた、モノは、その爆発に巻き込まれ、多くのモノ達と一緒に、飛散したのだ…… 心に浮かぶは、美しい森都ブルシャト。 笑いあい、安寧に暮らす、穴熊族の仲間たち…… 帰りたい…… そう、思ったのだ…… 力を誇る我が一族の長たる儂が…… ” 望郷の念 ” を、止める事が出来なかったのだ。 縛り付けられた儂に、出来る事は無く…… 只々、故郷の森を思ってしまったのだ ”

「判ります…… そのお気持ちは」

 ” それが失敗であった。 あの場で爆散すればよかったのだ…… 想いは力となる…… それは、彼の魔術にも共通しておった。 飛散した、「大魔方陣」の欠片…… 儂たちを縛り付けた、異界の魔法は儂の思考を読み取り…… 森都ブルシャトへ、逃げ出しおったのだ!! 大爆発の爆風に乗り…… 遠くこの地迄、飛来し…… 堕ちた ”

「…………穴熊族、バハムート王の心を読んだのですか? あの「大召喚魔法」の欠片は……」

 ” そうだ。 故に……あ奴とある種の対話が出来る様になったのだ…… 墜落し、辺りを飲み込む様に、森を民を捕らえ、生きとし生けるモノの魂を捕らえるあ奴。 意思を取り戻した時には、既に、この有様よ。 我が意思により、押し止められたのは…… それ以上の拡大を防ぐ事のみ。 結局、我が故郷が、荒地と化した後の事よ…… あの時、故郷を思わねば…… 今も…… 森都ブルシャトは…… 森と湖に囲まれた静かで豊かな森都ブルシャトは…… 存在していたであろうに……  王妃も…… 王女も…… 生きていたであろうに……………… ”




 言葉が出ないわ。 王様の ” 悔い ” の感情が、波のように打ちては、返していくの…… 穴熊族のバハムート王は何も悪い事していないじゃない…… ただ、捕らえられ…… 故郷を想っただけじゃない…… 全部、全部…… あの「大召喚魔法」のせいじゃない…… 

 そんなの…… 私達人族の『罪』以外に…… ないじゃ無いの!!




 ” 儂は、逝かん。 そなたが成してくれた、この清浄なる大地に…… 樹々が生え、生い茂り、そして、穴熊の者共が戻るその時まで…… 我は逝かぬよ…… ここで、見守る…… ”

「ダメです…… それでは、バハムート王が変質してしまいます。 長い、長い時が必要なのです」

 ” 儂の罪なのだ…… もう、殉する事も出来ぬ身体…… 故に、刻を重ねることぐらいしか、贖罪には成らぬのよ…… ”

「でも、でも……」

 ” 儂には…… 他に贖罪の方法は、思いつかんよ…… ”

 寂しげな声が響く…… 心が締め付けられる、そんな切ない気持ちが浮かび上がるの…… なにか…… なにか…… この高貴で、矜持高き御方の御心が、ご満足できるような、そんな…… そんな…… そんな方法が有る筈!



    何か……

  何か……

      何か……



 何か有る筈…… 何か…… ぐるぐると考える。 記憶の中を追うの。 それが唯一出来る事。 憔悴感が身体を駆け巡る…… 



 ――― パチンと弾ける、思考



 目の前に浮かび上がる、かつて見た幻視…… 金色の野に立つ私…… 満足しきった表情を浮かべ…… 


 森を再生させて…… 虚無に全てを霧散していく私……


 そうか…… これか…… この幻視だったのか…… 私は古の禁呪を知っている。 「 闇 」属性の魔力を生まれながらに持っている者にしか、使う事が出来ない 「 禁呪 」 を、私は知っている……

 そう…… 闇魔法の禁呪。 おばば様にも使う事を、禁止されている……  ” 禁忌の魔法 ”。


 体内保有魔力を対価に「魂の宿らない物」の時間を巻き戻せる、【時間遡上】
 生命力を対価に「魂の宿らない物」の時間を進める 【時間進行】
 精神力を対価に「魂の宿らない物」の時間を止める 【時間停止】


 この三つの【時間干渉魔法】…… この中の、【時間進行】…… 魂を生命力に変換し、対価にする魔法…… 何百年もの時間を進行させるには…… この広い……差し渡し二〇リーグに及ぶ原野にこの術を使うならば……


 私の魂は消し飛んでしまう程……要求されるだろうなぁ……


 幻視の中の私は…… それを良しとした。 この身を掛けて…… この地に森を再生する為に…… その為に私は命を…… 魂を掛けた…… 

 成功と引き換えに、私は霧散する…… 輪廻の輪にすら入る事が出来ない程、魂を削り……消滅した…… 虚空に消える、私。 満足げに…… やり切った表情を浮かべ、虚空に消えた私……



 でも……



 でも、それは、自己満足では無かったの? 穴熊族のバハムート王は、それで満足したの? 私の帰りを待つ人達は…… 私が消える事で、どういった気持ちになるの? そして、最果ての辺境に居る、私を必要とする人たちは?



 生き汚いのかもしれない……

 今の考えの方が、驕慢で自己中心的な考えかもしれない……



 でも…… それでも…… 私は死ねない……



 魂が必要なの……

 森を再生するには……

 大きく慈愛に満ちた、自己犠牲をものともしない、強大な魂が……





 必要なの……よ。


 




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