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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)
微睡から醒めて……
しおりを挟む荷馬車の荷台を滑り降りた。
プーイさん達、穴熊族の皆さんが、暴走しているとそう、シルフィーが伝えて来たわ。 成程、森の方から凄まじい破壊音が聞こえてくる。 コレでは兎人族の皆さんも手が出ないのは、当たり前だわ。 近くに寄る事すら出来はしないもの。
でも、その破壊音……
だんだんと遠くなるわ。 森の奥に向かって、突き進んでいるような感じがする。 えっと、たしか、この森の奥って…… そうか! 穴熊族さん達の故郷である、森と泉に囲まれた、森都『ブルシャト』が有った場所よね。
今は、ぽっかりと穴の開いたように荒野が広がる…… 「穢れし森」って云われている場所。
きっと、そこに向かっているのね。 心惹かれるものが有るのか、それとも何らかの干渉があったのか。 あれほどの破壊音を出していると云う事は…… まだ、意識が戻っていないか、半覚醒状態で「痛み」を感じていないか。 でなきゃ、あんな出鱈目な行動は出来ない筈よ!
いけないわ、あれじゃ、プーイさん達が傷ついてしまう。
荷馬車の横に立って、破壊音に耳を澄ませ、その動向を探っていたの。 何となくだけど、プーイさん達の状況がつかめた。 とにかく、早く彼女達の元に行かなくてはいけないわ。 万が一、「穢れし森」の領域に入ると、どんなことに成るか判りはしないから。 あの森は…… ダメ…… 穢れが蔓延しているもの。 そう、異界の魔力が…… 充満している。
そんな中に、私達が入れば、なにが起こるか判ったモノじゃ無いもの!
そうと決まれば、行動しなきゃ。 現状の把握と、隊の皆がどうしているかを知らないと。 直ぐにシルフィーに聴かなきゃ。
「シルフィー、どうなっているの? ちょっと眠っちゃたから、状況が把握しきれていないの」
「はい、リーナ様。 この場はアンソニー様が掌握されております。 アレも、辛うじて馬車として機能している、偽装馬車に放り込んであります。 三人の偽物は…… 肉塊となり果てております故、そのままに。 狐人族の者達も昏倒から醒め、今は大丈夫です。 兎人族のアギールが、イグリスと共に負傷した者達の救護に入っております」
「負傷?」
「ええ、そうなんです。 襲撃者との戦闘では無く、プーイ達を止めようとして……」
「えっと…… 森狼族のツェナーさんは?」
「奴は問題ないですが、テト、トナール、タンゴ、チヌールが、あの急襲の時にプーイ達の近くに居たモノですから、何とか止めようとして…… 命に別状は有りませんが、手酷くやられたようです。 援護に駆け付けた、森猫族のラジール、リンナイ、レーベも少々手傷を負いました。 戦闘や哨戒は可能です。 斥候として、兎人族のエンゼオに、追跡してもらっている。 繋ぎは付けてある」
「そう…… 私…… 行かなくちゃね」
「ダメです!! 危険すぎます!!」
「指揮官としては当然行くべきなのよ。 それに、私は治癒師。 そんな状態のプーイ達を見捨ては出来ないわ。 あの人達は、義勇兵。 他国の義勇兵なのよ? その意味は分かりますよね」
「………………しかし」
「一緒に行きますか?」
「勿論だとも! 私とラムソンはずっと一緒だ!」
「判りました。 手配しましょう。 限られた人数で、この場を保全しなくてはいけませんものね。 アンソニー様と、お話しなくては」
その場を見回すの。 アンソニー様が取りまとめをされていたわ。 救護兵と化したアーギルさんと、イグリスさんが、手傷を負った、森狼族のテト、トナール、タンゴ、チヌールさん達の治療に当たっている。 包帯を巻いた、ラジールさんと、リンナイさんが、周辺警戒に当たっていたわ。 負傷者を護る様に、ナジールさん、ニライさん、カナイさんが、用心深く歩哨に立っているの。
森猫族のローヌさんと森狼族のナジールさんが、アンソニー様とお話していたわ。
「……ですから、今は動けません。 救援が来るまで待つべきです。 こんな大規模な魔力放射が有ったのです、周囲の部隊が無視するわけは御座いません」
「いや、しかし、このままここに居るのは、襲撃者に狙って呉れと云うような物だろ?」
「我々が狩り尽くしました。 問題は御座いません。 もし、追加で来ても、こいつらとなら撃退できます。 人数を裂くのは、宜しくありません」
ナジールさんが、アンソニー様を論破しているの。 ふふふ、よく勉強しているわ。 シルフィーが印をつけたモノ達は、全て屠ったから、ナジールさんの云う事も、間違いでは無いのよね。
この場で救援が来るのを、待ち続ける。
アンソニー様としては、それが心許ない。 来るか来ないか…… 連絡の取りようもないこの状況で、負傷した者達を抱えたまま留まり続けるのは、悪手としか思えない。 そんな所かしら。 それに、襲撃者がまだいる可能性も捨てきれないものね。
でも、私達 「 囮 」 は、可能な限り現有戦力で耐久する事が、任務の一つ。 だから、ナジールさんの言葉は正しいわ。 助け舟を出したのが、ローヌさん。
「テイナイト子爵様。 此処はこの場に留まり、待つのもまた任務の一つかと愚考いたしますわ。 守りを固め、どんな状況にも対応できるように、準備を成す。 我らが指揮官殿が目覚められるまで、テイナイト子爵様に指揮権をお渡ししていますが、それも一時の事に御座いますの。 お判りいただけますか?」
「う、うむ。 そうではある。 そうでは有るのだが……」
「テイナイト子爵様。 不安になられるのは、仕方ない事ですわ。 しかし、リーナ様の作戦では、最悪この護衛部隊第二陣は、磨り潰される事もまた、視野に入っておりましたのよ? それが故に、私達は全力を持って、襲撃者を撃退、殲滅致しましたわ。 命令は、血刀を血振り馬車の列の死守。 いいえ、違いましたね。 貴方様の…… 刃折れ矢が尽きるまでの……テイナイト子爵様の死守を命じられました。 その貴方が動かれようとされる。 部隊を切り離し、救援を乞いに分散されようとしている。 原隊の指揮官様の命令に背くことに成ります。 どうか、御考え直しを」
「う…… うむ…… そ、そうだな。 あ、あのヒポグリフは、まだその辺りに居るのか?」
「アレは、リーナ様の ” 特別 ” に御座いましょう。 とても、とても、我らの願いを聞き届けるような者では御座いますまい」
「そ、そうか…… そうだな。 天空駆ける妖精騎士が、只人の云う事を聴くとは思えないものな。 きっと、アレは、薬師リーナが友誼を結んだ妖精なのであろうな…… いや…… なんとも…… いいなぁヒポグリフ……」
「……あっ! リーナ様!! お目覚めに成ったのですねッ!」
話し込んでいたローヌさんが、私が荷馬車の横に立っているを目ざとく見つけ、大きく手を振るの。 小さく手を振り返したわ。 微睡んで、魔力の回復に努めた時間は短かったと思うのだけれど、ちょっと意識が飛んでいたからどのくらいの時間が過ぎ去ったか、判らない。 彼等の元に歩いて向かう。 もう、足元も揺れないわ。
「ご迷惑をお掛け致しました、アンソニー様」
「いや、もういいのか? 侍女に面会すら止められていたのだが?」
「はい、なんとか。 ちょっと、大きな魔法を使いましたので、その余波で…… アンソニー様も?」
「あぁ、私は大丈夫だ。 もう、不都合はない。 おっ、そうだ、第四四〇特務隊 指揮官 薬師リーナ殿。 緊急事態の為、一時指揮権を継承した。 お返しいたす」
「はい、アンソニー様。 指揮権確かに」
「で、どうする。 このまま、此処で救援を待つのか?」
「はい。 そうです。 護衛隊はこの場を動かない方がよいでしょう。 魔力放射もあり、この周辺の部隊が確認に来ると思われます。 それに……」
「それに…… あぁ、ローヌが言った通りか。 「 囮 」 としての任務は、まだまだ継続中なのか?」
「はい。 目を引き付けるのには、良かったかと。 いくつか、ご不安を払拭する方法も御座います。 『 救援 』は、呼びます。 目に見える形で」
「そうなのか?」
「はい。 ローヌさん、お願いが有ります。 信号弾、赤三本。 用意して、打ち上げて下さい。 何らかの反応が有れば、青一本。 私は、ヘーバリオンにまだ駐屯しているであろう、第四三三大隊へ救援を願うハト便を出します。 工兵隊をお願いします。 奴らが使った、弩の残骸も有るでしょう。 そして、それに取り付いていた兵もまた。 あのような攻城兵器は、山賊達では運用できません。 ましてや、そんな物を運用した事の無い獣人族の方々でもありませんわ。 証拠になります」
「……マグノリアの介入か」
「はい。 証拠は多い方がよいのです。 では、暫しお時間を。 直ぐに戻ります」
荷馬車の荷台に取り付いて、ポシェットから紙を出し、お手紙を書く。 工兵中隊の方に来て欲しいと云うのと、壊れた馬車が何とか動かせる状態になる様に修理して欲しいともね。 このまま、捨てて行くには、ちょっと問題があるから。 だって、一台は「王家の馬車」なんだものね。
手早くその旨を書いて、鳥の形に折る。 念じて、息を吹きかけ、大空に放つ。
一羽の白いハトに変じ、あっという間に蒼空に消えて行ったの。 これで、良し。 同時に、赤の信号弾が三発打ちあがるわ。 赤い煙を引いて、これも天高く打ちあがるの。 ” 緊急事態、救援を求む ” の合図だものね。 遠目に見ても良く判るように、高高度到達型の打ち上げ煙筒を使って貰えたわ。
あれ、高価なのよ……
後で、怒られるかも……
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