その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

迎撃戦の結末。 異変…… 

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 ふと周りを見回すと、立っているのが数人…… 後は……冷たい石畳にその身を横たえているの。  ……魔力放射の影響で、緩い魔力酔いになったんだろうね。 おばば様がそんな事を仰っていたのを思い出したのよ。

 ほぼ、爆心地に近い場所で、荒れ狂う魔力の奔流にされられてしまえば、魔術師でなくとも、魔力酔いは発生する。 かく云う私も、さっきからクラクラしているもの。 私の場合はちょっと違うけれどもね。 極大魔法を二連で紡ぎ出した影響なの。

 えっと…… ホワテルは…… あぁ、この魔力の爆発的放射を回避する為に、森に退避したのね。 あの子も…… あの、ヒポグリフも、無事だといいのだけれど。



 もうすぐ、斃れている、『赤のグリムゾンナグナル』の身体からは、魔力が消失する。 徹底的に吸い上げて、昇華させてつもり。 魔力回復回路にトンデモナイ負担が生じている筈なのよ。 そして、回復の要求はずっと続く。 最後に無理矢理詰め込もうとして、全力で回復回路を回そうとしたツケが回ってくるのよ。



 ダクレール領の南方海域…… あの綺麗なテーベルの魔法機関を必死に回していた、あの魔術師のおじさまの様にね…… そして、結果は同じになる。 私は、今回は決して手を出さない。 出す事が「精霊様」の御心に叶うとは思えないもの。

 安寧を混乱に…… 平和を戦乱に導く様な人など…… 癒しの対象ですらない。 万が一、良くなったとしても、この人の為人は決して変わる事は無いでしょうね。 だから、魔力枯渇後も【魔力昇華マジックドレイン】は暫く解かない……

 そうね…… 直ぐに終わると思うのだけれどもね。 もう、魔力回復回路が悲鳴を上げているのが手に取る様に判るんだもの。

 あまりにも急激に魔力を消費した為…… そして、現在も引き続き消費し続けている為、私の内包魔力も結構ね、削れ込んだのよ。 おかげで、【限定付き詳細鑑定】は消失して、髪に貯めていた魔力も身体の方に移動したわ……

 そして、精霊様と神様に、術の展開のお手伝いを ” 言上ことあげ ” した際に、本当の名前を告げなくちゃならなかった。  そう ” 我、エスカリーナ ” ってね。 一時的に混乱されるかもしれないけれど、アンソニー様の耳にはきっと届いたと思う……



 さて…… この姿で居たまま、その名を告げれば…… どうなるか…… ちょっと予想が付かないわ。



 この状況に追い詰められたのは、私の失敗。 あまりにも厳重に術式を纏わり付けていた、排除対象の方々の事を、制限を付けたまま【詳細鑑定】した、私の失敗。

 まさか、偽公女様が男の人だとは、思わなかったし…… そんな素振りも見せなかった。 シルフィーが言っていたモノね…… この人は【形態変化モーフィング】で、外見を変えるって。 年齢も、性別すらも欺瞞する、それは高度な魔法だって事。

 だから、あれだけ厳重に、何重にも防御魔方陣や隠遁系の魔方陣を重ねて掛けていたのね…… 理由が判った……

 よろよろと、近寄る影…… ――― シルフィー ―――  貴女もボロボロよ…… ほんとにもう!




「リーナ様…… 終わったのですか?」

「ええ、もうこの人は助からないでしょう。 よしんば命が繋がったとしても、人格に大きな欠損が出来ます。 もう、今までの『この人』では無くなります。 ほら…… この通り……」




 焼き切れた…… 魔力回復回路が多大な負担に耐え切れず、その回転を止めた…… でも、要求回路からの、信号は止まらない。 無理にでも回そうとする…… そうするとね…… 魔力回復回路が崩壊していくの……

 おばば様の所で習ったの。 特に大事な事としてね場所ってね。 魔力回復回路は大切な臓器。 個人の人格を司る場所とね。 あの、テーベルの機関魔術師のジェイさんに施した処置は、要求回路を切り離し、人格を護ったの……  でも、今回はしない。 徹底的に魔力回復回路を破壊するつもり。 私がやらなくても、この人の身体がしてくれる。

 有能な魔術師なのだから、当然、補助回路も十分に育っているわ。 でも、主回路と同じように全力で回っていたら、やっぱり壊れる…… そう、壊れるもの…… そして、壊れた。 もう一欠片の魔力も紡ぎ出せないし…… 人格もまた、崩壊した。 魔術師としても、人としても…… もう、この人は治らない。 自業自得という事よ。

 両手の術式に別れを告げる。 ゆっくりと、昇華が始まる。 術式を分解するのにも魔力を要求される。 大魔法が故の必要な事。 ゆらゆらと立ち上る、私の赤黒い魔力が…… 秋の蒼い空に霧散していくの……

 ちょっと、足元がふら付いたわ。 魔力切れの兆候かしら…… それとも、魔力酔い? 足下に転がる、もう人とは言えないそのモノに一瞥をくれるの…… 右肩がちぎれ飛んでいる。 これだけは、治癒しないとね。 まだ…… 息が有るもの…… 治癒師としての最低限のすべき事。

 ポシェットから、高品質の傷薬を取り出し、そのモノのちぎれ飛んだ右肩に振りかける…… コレだけが私の慈悲…… いや……罰かな? これだけ人格が崩壊していても、どこかに自我は残る。 そして、生き残ってしまう…… 傷口は自身の行った事を苛み…… でも、何も出来ない。 


 魔法を使う事も、感情を取り戻す事も、そして ” 人 ” で、有り続ける事もね…… 


 壊してしまった…… 人を一人…… 完膚なきまで…… 徹底的に…… あぁ…… なんて、罪深い…… 視線が自然と下に下がる。 口にするのは、祈りの言葉……





 ―― 精霊様に言上申し上げます。この者の魂が輪廻の輪に戻り、永久の安寧を得ん事を。 再び産れし時、その魂に祝福を授けて頂く事を、伏し願い奉ります ――




 密やかな声が耳朶を打つ。 不安げで、心配そうなそんな声が、私の耳朶を打つのよ。




「お辛そうな顔をされています。 その手を汚す事など…… 私に最後を任せれば……」

「何を言っているの、シルフィー。 貴女達を害そうと…… 自爆を選ぶような者よ、コレは。 許す事など出来ないわ。 安寧を混乱に、平和を戦乱に変えるような、そんな人に、精霊様の慈悲は届かない。 この私が届ける事は無いわ…… それだけよ」

「リーナ様、御髪と瞳の色が変化しております…… あちらの御仁に見つかる前に…… 馬車の中に、お入りください」

「そうね…… アンソニー様は、如何しているの?」

「アギールが、弓を置いて、手当しております。 辛うじて意識を保ったのは、兎人族のモノ達だけでしたので」

「みんな…… 魔力酔いなのね」

「神官戦士ですので、狐人族のモノ達は。 アレをまともに喰らえば、暫くは立てぬでしょう…… あの御仁は、幸いにして、昏倒されておられますが、比較的症状は軽いと、アギールが申しておりました。 ですので、お早く。 意識を取り戻される前に」




 頷く私。 判った…… そうね、この姿は見せられないものね。 でも…… 術を掛ける時に見られちゃったかも…… 爆光が眩くて、そう見えただけ…… って云うのは、都合がよすぎるかしら? 何にしても、今は身を隠し、せめて髪の色が黒く戻る時までは、オトナシクしておかないとね……

 自身もまだフラフラなのに、周辺の警戒を再開して、状況を確認して回っていたラムソンさんが、私の元に帰って来たの。 彼はいつも、やるべき事を最優先させる。 今は、これ以上の襲撃が有るのか無いのかを確認する事だったわけね……

 乱れた毛並みが、なんとも言えないの。 でも、聴かなきゃならないことも有るわ。




「……ラムソンさん、『王家の馬車』の中に居た三人は?」

「矢が三人を、貫き通し肉塊に成りおおせた。 もう誰もあいつらを助ける事は出来きん」

「敵の工兵隊も…… 「バリスタ」なんかを持ち込むとはね」

「シルフィー、お前、どんな 「 噂 」 を流したんだ?」




 シルフィーが、ちょっと口籠る。 そして、私をその金色の眼で見つめながら応えるの。




「殿下と公女様は、安全の為に最後尾の荷馬車に御搭乗されている…… 先頭の王家の馬車に、三人のうち二人。 二台目の馬車にもう一人とリーナ様が居られると…… そう、「 噂 」を流した。 頑強な防御魔方陣が掛かっているとも。 魔法でも、矢玉でも、簡単には抜けないと……  確実に仕留めるには、近寄って、扉を開けなくては、兵の無駄となる…… それほど、強固に固めている…… そう、噂を流した」

「それにしても…… よく当てたわね…… アレって、相当狙うのは難しい筈よ?」

「標的が止まる位置さえ、判れば、不可能ではない。 アイツ等の国の工兵は優秀でもある」

「シルフィー? どういう事?」

「馬車の止まる位置を、限定した。 御者に申し付けた。 一番、この場所が美しく見える場所で止まる様にと。 位置は停車した位置。 その情報もあちらには渡してあった」

「……貴女が手引きしたようなものね。 この位置は……」

「兵での強襲を念頭に置いた。 まさか、あんなモノを用意しているとは思わなかった」

「護りやすく、攻めるには少々不便な場所…… だからね」

「そうだ。 第四四〇〇護衛隊の面々が、思った以上に良い働きをしてくれた。 『王家の見えざる手』の殺戮者共まで、狩り尽くすとは、畏れい入った。 安全が確保できたと…… 判断してしまった。 コレは、私の失敗だ…… 済まない…… 本当に済まない、リーナ」

「貴女はよくやったのよ。 寡兵で、敵を迎え打ち、情報戦を制し、迎撃戦を完遂した。 誇りにこそ思うべきよ。 ありがとう、シルフィー。 ラムソンさんも、本当にありがとう。 今、生きているのは、貴方たちのお陰。 そして、護衛任務も完遂出来たと思うわ」


「そうだろうか?」
「リーナ、本当にそうか?」


「勿論よ! あなた達が居てくれて、本当に良かった。 私のちっぽけな手には、こんな状況を捌き切れないものね! 四四〇〇の皆にも感謝よ!」




 最後尾の荷馬車の幌の中に入りながら、二人を抱きしめたの。 感謝…… それしか、彼等に渡す事が出来ないのがもどかしいわ。


 暗い荷馬車の荷台。


 ボロボロになった、二台の「王家専用の馬車」

 状況は、一方的に殴られた様に見えるこの戦……




  ―――― 勝ったわよ ――――




 ええ、間違いなく…… マグノリアの野望は潰したの。


 魔力の回復に専念する。 何時までもこの姿で居るのは得策じゃない。


 だから……

 だから……


 少し、眠るわ……






 ^^^^^





 幾許かの刻が過ぎ、微睡に沈む私の耳に、突然大きな声が聞こえて来たの。 叫び声? それとも……



    獣の ” 咆哮 ” ?



 そう、咆哮ね、コレは…… でも、獣の咆哮じゃない。 プーイさん達の上げる……


  ―――― 穴熊族の咆哮が ――――


 私の耳に届いたの。 覚醒する意識の中、シルフィーが荷馬車の荷台に飛び込んで来た。




「リーナ!! 緊急事態だ!! 穴熊族の様子がおかしい! 森から帰還せず、手当たり次第に暴れている! 魔力酔いから醒めてから、ずっとあの調子だ! 兎人族の連中も迂闊に近寄れない!」





 あぁ…… なんで…… こんな時に!!!

 タユンと、魔力の身体の中で揺れる。

 まだ、十分とは言えないけれど、髪も黒く戻った…… 急いで【限定付き詳細鑑定】の魔方陣を眼に張り付け、限定を掛けて行く。

 魔力は八割がた戻った……

 状況を!

 確認しなきゃ!!!


 だって、大切な『御預かり人』だものね。



 獣人族義勇兵の皆さんは…… いずれ、森に帰らなきゃならない人だものね。



 だって…… 精霊様にお約束したんだもの。



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