その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

悲劇の回避

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「『疾風の影』! 何故、そこに立っている!」




 偽公女様…… 貴女、女性なのよね?




 シルフィーに問いかける声は酷く低く聞こえる。 表情はとても険しく、そして、禍々しいの。 偽物公女様だった時とは、大違いね…… それに…… なんだか、御歳も……


 いきなり、斬り合う二人。 半壊した、『王家の馬車」から、追撃が掛かる気配も無い……


 と云う事は…… 中の人達は、あのバリスタの矢の餌食に? アンソニー様…… 間一髪で、死地を抜け出していたって事? …………危なかった。 本当に危なかった…… 【気配察知】には、既に赤い輝点は無く、緑の輝点だけが散らばっているの。

 周辺のここを狙える位置にある場所を、丹念に潰しているらしいわ…… この広場に居るのは、私達だけ。激しく切り合うシルフィー達。 あまりの激しさに、手も出せないの。 そんな攻防の最中でも、言葉を交わし続けるのよ…… 




「『赤のグリムゾンナグナル』ッ!!  今度は女に化けたのかッ! 年齢不詳、性別不肖だが、前のかしらから、お前が漢だとは聞いていたッ! 良く化けられるモノだな! 魔法が得意な「王権の見えざる手」だからかッ!! 【形態変化モーフィング】もそこまで行くと、芸術と変わりないと云う事かッ。 いや、お前たちは、殺しの技を芸術と言い切るからなっ! 人族の感性は良く判らんよっ!」

「答えろ! 疾風! お前の主は『刻銀のナイフ』だっただろうに、何時からファンダリアの犬に成り下がったのかっ!」

「アレは……死んだ。 私が殺した。 あぁ、殺したよ。 それにな、私は犬ではない。 大切な薬師様の猫だ。 お前の様な、殺し好きの精神異常者と同じと思うな。 この馬鹿がっ」

「な、なに!! く、クソ! 俺たちを、連中に襲わせたのも、お前の手管かっ!」

「あぁ、手に入れておいたよ。 お前の手の者はすべてなっ!」

「この陣立てを考えたのはお前かっ!」

「私は手先だっ! 大切な薬師殿の手先だっ! すべてを差配されたのはッ! あの方だよッ!!」




 キンキンと、激しく金属音が響き渡る。 飛び、突っ込み、下がる。 ばね仕掛けの人形の様に…… それは、まるで、ダンスの様に…… 命を懸けた、儚くも激しい、ダンスを死線の上で踊る二人……




「薬師リーナかッ!! クソがぁぁぁぁ!!! あんな小娘に何が出来ると云うのだッ!!!」

「薬師殿が、全ての絵を描いたッ! もう既に、殿下と公女は本領に届いているわッ!!! あんた達の負けよッ!!」




 切り結ぶ、刃と刃。 激しく散る火花。 まだ、二人とも互いの刃が相手には届いていない。 百戦錬磨の二人…… 刃が届く時が、そのまま勝負が決する時。 そして、シルフィーはずっと私達の為に、動き続けていた…… 相手は、ずっと部屋の中で、休んでいたのも同じ……

 魔法を展開して、防御魔方陣を張る『赤のグリムゾンナグナル」。 シルフィーの刃はその上を滑る…… 次第に疲労の色を濃くしていくシルフィー…… ダメだ…… 力負けしている…… 一見追い込んでいる風に見えるけれど…… 相手は何か大きな術を編んでいる……

 このままじゃぁ…… このままいけば…… ダメよ。 私の大切な侍女が切り刻まれてしまう…… 

 あまりの激しさに……


 手を出すことも出来ないわ……







 ど、どうしよう……
















 〈おいらの出番か? そうやろ、そうなんやろ! おいらたちの眷属がえろう世話になったっちゅうねん。 やったるよ! なぁ、ええやろ? 出るにはリーナの許可が必要なんや。 なぁ…… 頼むわ……リーナ、我が主〉




 左腕から、聞こえるその声。 そう……かぁ…… そうよね。 彼女、妖精族の要望に応えたんだものね。 それも、レプラコーンの要望に…… 左腕の中で、シルフィーを案じている彼等の心が私の心に流れ込んでくるの! 心配気に、そして、何か手伝いたいと、そう願うように。 


 ――― 願いは、私がすべき事。 大切なモノを護る為に、何としても ―――




 〈ホワテル…… 妖精騎士ホワテル…… シルフィーを助けて! なんとしても、彼女を助けて!! お願い!! お願いします!!!〉

 〈よっしゃぁ!! まかせとき!!!! おいらの力、みせちゃるよぉ!!〉




 ポンッ! と、左腕から飛び出した、白銀の鎧を着こみ、手に超長尺のランスと彼の体格に似合わない程大きなカイトシールドを持った、妖精騎士ホワテル。 完全鎧に身を包み、兜の面体も下ろした姿は、完全に重装騎士のそれだった。


 妖精騎士ホワテルの、面体の奥の口元で ” ピー ” と、口笛の音がする。 と同時に、森の中から突進してくる一頭の獣。 



 ねぇ、なんで、魔獣が居るのよ…… 



 それも……ヒポグリフって……どういうことよ…… 羽を持つ頭鷲馬脚の魔獣…… 鋭い眼光を私達に向け、そして…… 妖精騎士の目の前に立つの。

 上から見下ろすヒポグリフ。

 見上げるホワテル。 一礼を捧げ、声を挙げるの。




 〈誇り高きヒポグリフ ” ケーナ ”。 貴殿と縁を結ぶ我に、至高の背を預けるか!」

 〈ケェ~~~~〉

 〈ならば、共に我が主を害する者に、鉄槌を下さん! いざ、征かん、勝利を我が手に!!!〉




 小さな体が、ひらりと舞い上がり、ヒポグリフの背に乗る。 どおりで、ホワテルの持つランスが長い訳だ…… 一気に空に駆け上がり、周囲をまるで大地を掛ける様に力強く足を蹴り、羽ばたき、隙を伺い速度に乗る。 目標は……シルフィーと対峙する、『赤のグリムゾンナグナル』。

 チラリとシルフィーの眼が、その姿を視界の端に居れたのが見て取れた。 疲れ切っている彼女には、その姿が神々しくも力強く見えたと思うのよ。 此処ぞとばかりに斬り付けて、相手の反応を見る。 態勢を崩しながらも、ラグナルの防御魔方陣を思い切り叩く。



 刃は通らない。



 でも、十分な衝撃力を持って、斬り付けたその一撃は、彼をして足元をすくい、態勢を立て直すべく、距離を取ろうとステップバックさせたの。 編み紡ぐ、大型の魔方陣。 攻撃系で有る事は間違いない。 周囲に浮かぶ術式から、巨大な炎の槍を紡ぎ出そうとしているわ。

 そうね…… 極大の【炎槍フレイムランス】のようね。 完成までにもう少し時間が係りそう…… 強固に防御魔方陣を展開しつつ、これだけの魔法を編めるなんて、なんて高位の魔術師なのよ…… それだけに、この人がどれだけ危険な人物か……よくわかるわ……



 でもね―――



 その一瞬を見逃す様な妖精騎士ではないわ。 天高く吠えるヒポグリフ。 秋の澄んだ空気が切り裂かれるようなそんな、大音声。 一気に距離を詰め、一気呵成に蒼い大空より駆け下るの!




     クヶェェェェ!!!





 鋭い嘶きが煉獄の警鐘サイレンの様に降り注ぐ…… それは…… まるで…… 名だたる絵師が、筆致を極めた『神軍の突撃』の絵画そのものだったの…… 超長尺のランスの先端が、ラグナルの紡ぐ防御魔方陣に突き当たり、その先端に神々しい光が宿るの。 ガリガリと物凄い音を立てて、削れ、めり込み、その先鋭な刺突に耐えきれず、崩壊音を発しながら、バリバリと砕け散る魔方陣……

 その有り得ない情景に、驚愕と恐怖の感情を顕わにした『赤のグリムゾンナグナル』。 極大の攻撃魔法を紡ぐも、途中で詠唱は途絶え…… 編み込んでいた術式は千々に消え去ったの。 強大な防御魔方陣に勢いと方向が若干狂った、妖精騎士の超長尺のランスは、目標であるラグナルの喉元では無く、右肩を強かに貫き通し、肩を引き千切る様にして、天空に駆け上がって行ったの。



 グォォォォ!!! 




 汚い悲鳴が上がる。 そう、それは、紛れもないナグナルのモノ。 右腕は肩から捥ぎ取られ、血しぶきを上げながら、街道の石畳の上を転がりつつ、私の近くに来たの。 止めとばかりに、シルフィーが毒に濡れた ” ククリナイフ ” で、刺し貫くの。

 致命傷と思った。 気は抜かず、その様子を見ていたの…… シルフィーの二本のククリナイフが、ラグナルの急所を縫い留めた…… 筈だったの。 僅かに…… 僅かに、一本のナイフが浅い……

 ニヤリと、ナグナルの憎々し気な顔から黒い笑みが零れるの。 浅い方のナイフの刃を掴む、左の手……

 口から洩れる呪文は、唯の魔力を紡ぐ呪文。 猛烈に魔力回復回路が回っている筈…… 何をするの? 疑問が湧くと同時に、背筋に嫌な怖気が、駆け上がったの。 全身に鳥肌が立つの…… 

 理解するより早く、私は御者台から転がり落ちる様に、地面に降り立ち、転がるラグナルの元に急ぐ。 言上するは、精霊様の加護と、編み紡ぎ出すは、最高位の極大魔法が一つ…… 【魔力昇華マジックドレイン

 こ、こいつ…… 魔力暴走狙っている。 この場に居る者達をすべて巻き込み、大爆発で私達を道連れにするつもりなんだ!! 

 させるか!! こんな所で、こんな奴に! 私の大切な人達を、らせはしない。 両手に、極大魔方陣を構築して、起動魔方陣を紡ぎ出し、赤黒い私の魔力を流し込む。




     間に合え!!




 私の詠唱と、ナグナルの呪いが木霊する。 爆発的な光の中、声は轟くの。




「我、エスカリーナが命ずる! 天におわす神の名において、その御手先の精霊様の御力の助けを借り、今編み紡ぐは、極大魔法! 天と地と精霊の聖名に置いて、此処に術式を完成せん! 【魔力昇華マジックドレイン】 発動!!」

「無くなれ! すべて、無くなってしまえ!!!」




 高く澄んだ音が、両手の中から轟くの。 ザックリと魔力が消費されるのが判る。 こんなに急速に魔力が減少するのは、本当に久しぶり。 あまりの事に、眩暈がする。 くるくると回り歪む視界…… 間に合わなかったか?



      キイィィィィン



 重奏するのは、私が紡ぐ魔方陣の音。 真白の暴走した魔力を吸い上げ、天空高く打ちあがる。 強制的に昇華させられた、魔力が周囲の森に爆発的に広がるけれど…… そこには破壊の跡は残らない。 


 せ、成功! 


 ナグナルが、相当な術者であり、膨大な魔力の保持者で在ったのは、そこでも知れる。 純粋に練り込まれた、魔力放出が長く長く続くの。 もし仮に、私の魔力が魔方陣を紡ぐのに十分でなかったら…… 一枚きりしか紡げなかったから……

 その膨大な放出量に魔方陣が破れ…… 結局は…… いいえ、私も巻き込まれてもっと大規模な魔力爆発に成っていた…… 誘爆よ…… 過去に北の森で引き起こされたような…… ダクレール領の隠された泊地で起こった様な…… そんな大爆発が、此処を爆心地として…… 引き起こされる事だったわ……




 蒼く……


 蒼く…… 高い……


 澄み渡った空に………………


 魔力の放射現象で出来上がった……


 光の柱が伸びあがり……


 それは、まるで……


 天界を支える、巨大な柱の様だったのよ……



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