その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

待望の知らせ

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 シンと静まり返った私が居るお部屋。


 もう、出発まで何もする事が無くなったわ。 窓は開け放たれ、夜風が入って来るの。 ついにベッドは一度も使わなかった。 ピンと張ったシーツの白い色が、眼に眩しいわ。 満月の柔らかい光も西に傾き始め、山の端に掛かるのもそう遠くない時間……

 ふわりとカーテンが揺れたの。 

 人の気配が、その直後にベッド脇に立ち上がる。




「お帰りなさい、シルフィー。 怪我はしていない? 大丈夫?」

「今、帰った。 リーナ、我が主。 怪我は無い。 最後の仕上げをしなくては成らないが、報告が必要だと考えた。 ……聴いてくれるか?」

「待っていたの。 本当に待っていたの。 貴女にとても重要な事を頼んだのは私。 そして、それがとても難しい事も判っていたわ。 貴女が無事に帰って来る事を祈っていたの」

「そう…… 任務よりも、私の身を案じてくれていたのか?」

「勿論よ。 貴女はとても優秀な人。 でも、出来る事も出来ない事もあるわ。 任務は大切なモノだけれども、貴女が傷つく方が私には耐えられれないわ。 情報が不足してもね」

「……そう……か。 私のことを、そんなに……」

「ええ、大切なシルフィーですもの」

「……判った」




 暗殺者の装束を付けている彼女。 面体も付けているから彼女の表情は判らない。 判らないけれども、彼女の緊張がふわりと解けるのは理解できた。 ベッドを指し示しながら、私は言葉を紡ぎ出すの。 




「お話を伺うわ。 でも、その前にベッドに座って。 貴女の云う事を信用しない訳じゃ無いけれど、一応、確かめさせて」

「あぁ…… 判った」




 ピタリと体に吸い付く様な、彼女の暗殺者の装束。 薄いなめした皮で作られたそれは、彼女の身体の線を浮かび上がらせている。 艶の無い赤と黒の色の皮。 所々に鋲が打ってあるそれは、歴戦の証というべき、摺り跡や解れも見受けられるの。 【詳細鑑定】の制限を外し、彼女を診るの。


 どこかに怪我がないか、体調はどうか。


 大きな怪我や骨折なんかは無いけれど、やはり、疲れているのが見受けられる。 錬金魔方陣を紡ぎ出して、【体力回復ポーション】と【精力回復スタミナポーション】を錬成するの。 魔方陣の下からポタリ、ポタリと落ちる、二種類のポーション瓶。




「飲んでね。 大事な事よ」

「あぁ、有難く…… では、お話を……」




 ポンと、分厚い書類挟みを三つ、ベッドの上に置いたシルフィーは、私が手渡した二種類のポーションを封を切り、一気に飲み下したの。 




「効くな、流石はリーナの薬だ。 とても…… 『 楽 』になった」

「良かった…… それで、コレは?」

「はい。 私が命じられた事に関する、詳細な報告書と証拠に成るであろうモノだ」




 どことなく、誇らしげな彼女。 お話を聞くことにするわ。 あぁ、ラムソンさんもこっちへ来て。 一緒に対処を考えましょう。 椅子を持って、彼も私達の近くにやって来たわ。 なんか、悪だくみをする人みたいね。 ウフフフ……




「リーナ。 貴女に命じられた事は――――」





 シルフィーが話し始めたの。 その声は密やかで、そして、とても真摯。 聞き入ったわ。 私が彼女に頼んだのは、二つ。 そして、出来る事ならばと、もう一つ。 合計三つ。 


 一つ ギフリント城塞近くに居る、『 敵 』 を確認する事。

 一つ 『 敵 』 の目的をはっきりと掴む事。


 コレは、誰を狙っているのか、傷付けるだけか、それとも『排除』を考えているのかを知る為に是非とも調べなくちゃならない事なの。

 付けたしでね、マグノリア王国と今回の一行と、そして、一行を狙う者達の繋ぎをどうやって付けているのか、探り出せるのならば探り出して欲しいと、そうお願いしたわ。



 ――― 彼女の報告は、驚くべきモノだった ―――



 一つ目。 ギフリント城塞周辺に居る 『 敵 』 の正体は、マグノリア王国の『王国の見えざる手』 つまりは、荒事専門の、暗殺部隊って事だったの。 その上、雇い入れている、暗殺者の一党が三つ。 後は、正規兵を身分を偽って投入しているのよ。 一個中隊規模でね。 


 それが、マクシミリアン殿下と公女リリアンネ様一向に張り付いているのよ。


 二つ目。 『 敵 』 の目標をはっきりさせないと、釣り上げるにしても、取りこぼしが有るかもしれないから、気を使うべき情報なの。 シルフィーがこの作戦を実行し始めてから、彼女に接触してくる、ファンダリアの防諜組織が有ったんだって。

『月夜の瞳』…… そう、シーモア子爵の手の者よ。 と云う事は…… 宰相府も本気で動いているって事ね。 最初はシルフィーも ” 敵 ” と、認識していたらしいのだけれども、彼女の行動をつぶさに追って、マグノリアの情報を掴みつつある彼女を、ファンダリアの手の者と認識し直したらしいの。



  ――― そして、接触。



 相手も、シルフィーもとても緊張したって。 でも、そのおかげで、彼女の行動範囲と情報源は拡充されたと云う事ね。 彼女が掴んだ情報も、『月夜の瞳』が欲しがっていた情報だったのも有って、共闘関係に持って行けたって。 その時に所属を尋ねられたらしいわ……


 ― 第四四〇特務隊の指揮官 直属 ―


 そう、応えたらしい。 で、相手はその言葉を聞いて、納得された。 シルフィーの事を知っていて、尚且つ、私の事も知っている。 うん、まさしくシーモア子爵あのド変態ね。

 判明した『 敵が狙う相手 』を、シルフィーは告げてくれたの。

 殺傷不可…… でも、脅せと命じられている標的は―――

 マクシミリアン殿下
 公女リリアンネ様

 排除してしまう事を念頭に、” 襲撃 ” するべき標的―――

 シュバルツァー子爵様
 ライヒトゥーム子爵様
 ハイマート子爵様

 の御三人様。 殺してしまっても、侍従が殺された事にして、偽物がその役割を負う事にするって。 あちらにとっては、目障りな人達だったのかもしれないわ。 命令の出所は、あちらの宰相様。 まぁ…… そうなるわね。

 そして、最後の標的……


 ―――― 薬師リーナ ――――


 なんだって! 私…… やっぱり狙われているんだ。 命令と、その出所を聞いたらね、シルフィーが口籠るのよ。 面体越しでも、彼女の怒りが判るくらいね。 

 怒っているのよ。 

 暗殺者家業の彼女が、こうも感情を表に出すって…… ちょっと不思議な気がしたの。

 命令の内容は、教えてくれなかった。 でも、出所は教えてくれた。




「……聖堂教会、薬師処だ」

「……ゴンザレス=バリント=デギンズ教会薬師長様? ……でしょうね。 面目を丸潰ししているもの、私」

「……排除する」

「待って!! まだ、その時期じゃない。 あの人がいる限り、北の前線にまともなお薬は送る事が出来ない。 聖堂騎士の動きも低調なモノに成らざるを得ない。 まだ、まだ…… その時じゃない」




 必死に止めたわ。 ええ、とても怒っているシルフィー。 お願いよ…… 聴く耳を持ってよ。 何とか、彼女の暴走を抑えて、情報収集は続けると云ったところで、折り合いを付けて貰ったの。 

 最後の、” 出来れば ” の、お願いにも、彼女は全力で取り組んでくれた。 繋ぎの付け方が判れば、敵に偽の情報も流せるし、連絡を混乱させることも出来る。 出来れば長期的に利用もしたい。 シルフィーの語る、彼女が調べ上げた事と、そして、成した事。 もう、開いた口が塞がらなかったわ。

 まず、繋ぎの付け方。 どこかに、敵の拠点があって、そこを経由して本国との通信線の確保をしているとは思っていたの。

 ギフリント城塞の東側とか……

 居留地の森の中とか……




 そんな事を想定していたの。 でも違った――― 敵は大胆だったわ。






 敵の拠点は、この 『 商業都市ヘーバリオン 』 に、有ったのよ。




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