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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)
作戦発動 (1)
しおりを挟む夜も更け、静まり返る迎賓館。
月は昇り、その冴え冴えとした光を部屋の中にまで、届けてくれているわ。 外は寒い。 とても、寒く成って来た。 そよぐ風は冬の装いを纏っている程ね。 真夜中の鐘が鳴った。 明日への祈りと共に、人は眠る時間。
そうね、明日への希望がある人はね。
薄く【魔法灯火】を付けた、私に宛がえられた部屋の中。 小さなテーブルの上に広げた、迎賓館とその周辺の地図。 動き回る輝点を見詰めつつ、私は椅子に座り、おばば様に頂いてこっそり持ってきた特製のお茶を、大きなカップで啜っていたの。
部屋の片隅には、ラムソンさんが金色の瞳を半分にして座っている。 彼も疲れているのよ。 半睡んでくれたら、わたしも安心なんだ。 体力は使わなくても、この状況は精神を削り込むわ。 感覚が鈍くなる事も、十分に考慮に入れないとね。
外を周回する輝点は…… 護衛隊の人達。 二人一組で、迎賓館の周囲を見回ってくれている。 常に五組、十人での警備体制…… 交代も用意して、一晩頑張ってもらう事に成っているの。 今日、今晩を乗り越えたら、この後の旅程ではちょっと楽になるからね。
もう一口…… お茶を口に含む。 目が冴え、思考が深くなる。
シルフィーを待つ。 彼女が何かをしているのは、判るのだけれど、その内容が不明。 報告を待たないと、何も手が打てない。 彼女にお願いしているのは……
一つ 現在近くに居る、『 敵 』 を確認する事。
一つ 『 敵 』 の目的をはっきりと掴む事。
コレは、誰を狙っているのか、傷付けるだけか、それとも『排除』を考えているのかを知る為に是非とも調べなくちゃならない事なの。
付けたしでね、マグノリア王国と今回の一行と、そして、一行を狙う者達の繋ぎをどうやって付けているのか、探り出せるのならば探り出して欲しいと、そうお願いしたわ。 かなり高度な事をお願いしたつもりなの。 どれをとっても一筋縄ではいかない様な事。
でも…… 『 超 』が付くほどの ” 手練れの暗殺者 ” で、あった彼女。
―――『疾風の影』 は、その名を闇の世界に轟かす者 ―――
なんだけどね。
お願いする私も、私なんだけれど、その「任務」を顔色一つ変えず、受けちゃうシルフィーも、シルフィーだからね。
でも、とても心配なの。 もう、何日も彼女の顔を見ていない。 声も、繋ぎも無い。 状況とか、あの偽物公女から、かなり危ない橋を渡っている気配はするの。
お願い…… 怪我しないで……
カップの暖かさを手に感じつつ、月明かりと仄かな【魔法灯火】が照らし出す、見取り図を眺めながら…… 私はひたすら、彼女の帰りを待ち続けていたの。
^^^^^
朝靄…… か。 窓の外が白く濁っているの。
もう、夜の時間も終りね。 静かな夜だったわ。 ええ、とても……ね。 なんどか厩近辺に近寄る、赤い輝点は有ったのだけれど、それも迎賓館の本館には近寄らなかった。 警備の隙を伺っていた感じも有るんだけれど、隙は見せなかったからね。
プーイさん達も、頑張って下さった。 とても、とても、有難いわ。 でも…… 今夜も彼女は帰ってこなかった。
迎賓館の人達が起き出すそんな気配。 今日は丸一日、この街の中を ” 視察 ” される予定なの。 お買い物とか、そんな感じね。 お疲れの方々は、迎賓館に残られる手筈に成っているわ。 公女リリアンネ様と随身の方々は、残られる様にお願いしてあるの。
ご了承頂けたの。 まぁ、少し残念そうな御顔をされていたと聞くけれど、それもまた仕方のない事。 平和になり、賑わいと活気を取り戻した後ならば、存分にとお応えしたいわ。 今はダメ。 危険が大きすぎるもの。
迎賓館の中が騒々しくなり、朝の支度が始まるみたい。 朝食も豪華な朝ご飯が準備されている、メインのダイニング。 防御魔方陣も機能を確認している。 あの人達は手も足も出ない。 そう、思いたい。 昨晩の晩餐の時にも、なにも行動は起こせなかった。 だから…… 今朝もそうであって欲しい。
祈る様に耳を澄ませ、音を聴き、何か問題が起こっていないかどうかを探る。 ……平穏な朝の音が聞こえるわ。 問題は発生していないみたい。 殿下も、アンソニー様も用心しているからね。
きっと、あの女…… また、苦虫を噛み潰したような表情を、陰に隠れて浮かべているかもしれない。 そうあって欲しいと思う自分に、少し嫌悪感を抱いてしまった。 性格悪くなってきちゃったわ。 まるで、前世の私の様に…… 目的遂行の為に、なりふり構わず、策謀を練り……ってね。 ほんと、嫌になりそう。
^^^^
私の朝食はいつも通りの時間。 皆さんよりも少し遅れて取るの。 場所は、宛てがえられている小部屋。 一歩も外には出ないわ。 まだ、その時じゃ無いもの。 迎賓館を出入りする人達の監視が主な任務に成っているしね。 それに、「お出かけ」された後、私にはするべき事が有るのよ。
パンとベーコンと卵。 サラダが少し。 それでも、お皿の上は全く減らないの。 いつもだったらペロリと食べちゃう量なんだけれどなぁ……
「食べておかねば、” へたばる ” ぞ? いつも、お前が言っている事だ」
「そうね…… うん、そうなんだけど…… ちょっと……」
「この作戦が終わったら、ゆっくりすればいい。 第四四〇特務隊の指揮官としてよくやっている。 兼任の護衛隊も指揮しているしな」
「だから…… それは…… 今回だけよ。 あの人達はいずれ森に帰るの。 そうでなくてはいけないから」
「お前が直接言えよ、その事は。 きっと奴ら、泣くぞ」
「えっ? なんでよ」
「その時に成れば判る。 楽しみにしていろ」
「えぇぇ……」
「よし、少し顔色が良くなったな。 これで、食えるだろ。 ちゃんと食っちまえよ」
「う、うん…… ラムソンさん」
「なんだ?」
「ありがとう」
手が出せなかった朝ご飯…… 小さなテーブルの上に置かれた、一枚のお皿。 私の側から離れ、部屋の片隅の椅子に腰を下ろすラムソンさん…… なんか…… なんか、ありがとう。 気にしてもらっているのね。
精霊様に日々の糧を与えて貰えたことに感謝を捧げつつ、お皿の上の食べ物を無理にでも咀嚼し、飲み込むの。 ジリジリとした憔悴感が、湧き上がって、胃を締め上げる感覚。 無理にでも食べないとね…… 私が倒れちゃったら、全部が御破算に成ってしまう。
特に、今日からは……
^^^^^
お昼前に、街に「お出かけ」する人たちが、迎賓館を離れた。 私はその後ろ姿を確認してから、そっと迎賓館の厩に行くの。 昨晩の輝点の事も有ったしね。 厩には、第四三四一中隊の皆さんが居たの。 工兵中隊の方々。 一人じゃなかなか難しい作業が有ったから、お手伝いをどこかの工兵中隊にって、お願いしてたの。
それで、来てくださったのが、この第四三四一中隊の皆さん。
「こんにちは! わざわざ来て頂いて、申し訳御座いません」
「「薬師」リーナ殿の頼みだから、断れない。 その節は…… 薬をありがとう。 多くの者が救われた。 うちの師団の庶務主計長から聴いている。 いや、本当に感謝申し上げる」
中隊長さんが、厳めしい御顔で私にそんな事を仰るのよ。 大きな頑健な身体つき、何より、胸に輝く記章は、戦闘功労章。 戦塵を浴びた、歴戦の兵士…… なのよ。 威圧感が恐ろしくもあり、頼もしいわ。
「い、いいえ…… そんな…… 軍務ですし…… 薬師錬金術士ですから……」
「その技を、我らの為に行使したのは、紛れもなく貴女である。 誇られよ。 そして、我らが感謝を受けられよ。 そう、前線の者達は願う」
「……はい。 その感謝確かに、受け取りました。 わたくしは、祈りと変えて精霊様にお届けいたします」
「善きかな。 さて、薬師リーナ殿、我らは何をするのですかな?」
「はい、馬車に…… 輜重用の馬車に『 皮 』 を、被せて頂きたいのです」
「ほう、皮ですか。 馬車に軽装甲を施すと?」
「……こちらに」
私は工兵中隊の皆さんを引き連れて、厩の中に向かったの。 そこに待機しているのは、六台の馬車。 王族専用の馬車に二台と、エスコー=トリント練兵場から乗って来た三台。 そして、マグノリア王国から公女リリアンネ様達のお荷物を載せた、あちらの大型荷馬車が一台。
私のやるべき事は――――
エスコー=トリント練兵場で仕込んだモノを此処で組み立てるの。 軍用の大型輜重馬車は大きくて十分にその役を担う事が出来るわ。
構造も簡単で、堅牢。
だから、その荷馬車を見た時に使おうと、思ったの。
ええ、この護衛作戦に必要だと―――
そう思ったの
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