その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

宿敵とも云える人だった……(2)

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 確信めいたモノが、私の胸の内に広がるわ。



 この、術式は、『 魂 』 を、縛る……



 今度は、微細な符呪式の反応を探して、そのように調整した【詳細鑑定】を駆使するの。 目標は…… 符呪式の術式。 この『魔法無効殻アンチマジックシェル』の中でもそれは巧妙に隠して置ける。 厳密には魔法では無いものね。

 もう一度、足元から順次頭の方に視線を向ける。 ゆっくりと、確実に、見落としが無いように―――



 スラリと伸びた両足には何もない……

  薄絹で覆われて、淡い陰りを纏う下腹部も清浄…… 

   白く白磁の様な、お腹の周囲にも何も見いだせない……

    誰もが振り返る様な『 胸元 』を過ぎても何もなく……


 次に移るのは、御顔。 眠っているお姫様の、美しいお顔…… 


     細い顎……

       愛らしい口…… 

          素敵な御鼻…… 




 かるく瞑られている両目に至る前に、有った……




 反応が有ったの。 そう、微細で、【隠蔽】の符呪式に、巧妙に隠されている反応がね。 御顔の近くに私は近寄り、さらに調べるの。  

 そこに、有ったの。 鼻梁の中に反応が有るの。 強く安息香を焚き、彼女の眠りを深くする。 手を翳し、その反応を見る。 鼻梁の内側…… 御鼻の穴の奥…… 小さな小さな魔石の反応。 錬金魔方陣を紡ぎ出して、レディッシュに材料としての「金貨」を入れてもらう。 

 紡ぎ出すのは、『 金の鈎針 』。 

 そっと、御鼻の穴に潜り込ませるの。 目は目標を捕らえているわ。 ゆっくりと近付けて、掻き出す様に、抉る様にその魔石を取り出すの。 

 銀盆の上にその魔石を置く。 御鼻の中は、傷薬で湿した綿を入れ、傷になった所を癒す。 抉り出された魔石の跡にそっと、傷薬を置く。 私の眼は、確実にその傷跡を癒す処を見ていた。 綿を引き抜き、銀盆にのせるの。




 …………フゥー 




 額に浮き出た汗を拭きとるの…… 終わったかな? 銀盆の上のほんの小さな魔石をじっくりと見る。 魔石に極小さな文字で、『魔方陣』が、刻み込まれているわ。 ……誰かが、この魔石に『服従紋」では無く、『 隷属紋 』 を符呪したのね。 一部術式が、符呪術式だから、魔石にも ” 符呪 ” 出来たんだ……

 符呪の世界は、奥が深いわ…… イグバール様に薫陶を受けて居なかったら、きっと見落としていた。 いえ、感知する事さえできなかったと、断言できる。 でも、これも、符呪なのよね。 だったら、私にも出来る事があるわ。

 ポシェットの中から、簡易符呪台を取り出して、その上に魔石を置くの。 魔石に符呪された魔方陣を複写して、その一部を書き換える。 入口と出口を繋ぎ、懲罰で使用する術式を書き換え、全体を整えるの。 もう、三度もした事だから、早いわよ?


 符呪台の上で、解呪を試みる。


 魔石に直接書き込まれた、魔法陣だから、強固で解呪できないかもしれないと思っていたら、結構あっさりと、解呪できたわ。 魔方陣の強度的には強い物だけど、一部にしか符呪式を使っていないから、解呪するのは問題は無かったようなの。 

 その穢れた術式は…… 一応、羊皮紙に転写させて保管するわ。 何か……このまま消してしまっては、いけない気がしたから。

 今度は改変した魔方陣を魔石に符呪するの。 やっとこと無い符呪だけど…… なんとかなったわ。 ちょっと、術式が浮かび上がりそうだから、固定呪を強めに掛けておいたの。 それで、何とかなったのよ。

 そっと、銀盆の上に置いて、公女リリアンネ様の元に向かう。 また、御鼻の中に入れるのは、可愛そうな気がして…… 考えて…… 考えて……

 御髪の生え際から少し入った所に、埋め込んだの。 目立つ場所では無いしね。 櫛も通る場所だけど、障りに成る様な事は無いように…… 埋め込みがてら、魔石の周りに障壁シールドも、薄く入れたわ。 これで、『 根 』を張る事も出来ないもの。

 頭皮のすぐ下は、大事なこころがある。 そんな所に 『 根 』 なんか、張らせないわ。 この御遊学に際し、施術されたような感じだから、まだ、全く育ってなかったのも、良かった。 あちらの方々には、これで欺瞞になるわ。 



 そう、あちらの受信者に、公女リリアンネ様は、『 隷属下 』にあるってね。



 リリアンネ様は、ご存知ないかも知れない。 そんな気がする。 御自身の意思で、殿下達を篭絡したと、そう思える様に、あちらは秘匿している可能性が有るもの。 きっとそうね。 私ならそうするもの。 彼女の意思で、彼女が自身の正義を折っても、成さねばらないように、そう誘導する……


 ほんと、『汚い』やり方よね。


 だけど、わたしも同じようなモノね。 いました『施術』は、黙っているつもり。 その方が…… きっと、リリアンネ様の御意思のままに動けるような気がしたから。 後は…… 随伴の方々が良いようにして下さる。 そう…… 思えたから。 理由は違えど、リリアンネ様を ――― 利用 ――― する事には違いない。


 ちょっと胸が痛んだの。 だから…… 貴女に、渡してあげる。 もう、恋なんてしないって、そう誓った、愛しいあの方の側に、貴女を送り込んであげる。 だって……


  だって……


    だって……




     ―――― 仕方ないんだもの! ―――― 




 私から、リリアンネ様に贈る贖罪の証。 もう、恋なんてしないと誓って…… 心に蓋をした私からの贈り物。 どうか、どうか…… あの人を…… 愛しい殿下と共に……


 精霊様、リリアンネ様に、あの方マクシミリアン殿下と光の中へ歩む道を…… 御示し下さる事、伏して祈り奉ります……



 ^^^^^



 安息香の香炉に蓋をして、漂う香気を回収する。 気付けの香を焚き、公女リリアンネ様を覚醒させるの。




「う、ううん…… はっ! わ、わたくしは…… ね、眠ってしまったの?!?!」

「はい、よくお休みで御座いましたわ。 御身体の検診も終わりました。 右膝の古い傷も、左腿の切り傷も、軟膏を付けさせていただきました。 もう、痛むことは御座いませんわ」


「えっ、ええ…… そ、そう…… あ、ありがとう……」




 さっと、胸元を抑え、少々羞恥を覚えられたのか、頬をバラ色に染められるの。 とても…… 可愛らしいわ。 勤めて、冷静な冷たくも感じるような声で、お話を始めたの。 最初にしなくては成らない事も有るんだもの。 貴方が何者か…… 私は知っていると、そう伝えなきゃね。


 

「『治療師』として、『薬師錬金術士』として、成すべき事をしたまでです。 公女殿下」

「えっ!?」




 彼女の前に膝を折り、手を胸に当てて言葉を紡ぐ。




「マグノリア王国、第三王女 公女リリアンネ=フォス=マグノリアーナ殿下。 御前、足下にて言上申し上げます。 直言のご許可頂きたく存じます」




 驚きに目を見開いている公女リリアンネ様。 なぜ、露見したのか…… そして、その結果何が自分の身に起こるのか…… 恐怖と怯えが彼女の綺麗な 碧緑の眼に揺れる。 私の群青色ロイヤルブルーの瞳ジッと私を見つめて居るその瞳に、なにか思う所が有ったのか…… ゆっくりと言葉を紡ぎ出されたわ。




「直言許します」

「有難き幸せ。 わたくしは、ファンダリア王国の民。 第四軍に所属しております、第四四〇特務隊の指揮官 「薬師」リーナに御座います。 お見知り置きを」

「「薬師」リーナ。 我が名は、リリアンネ=フォス=マグノリアーナ。 見知り置く。 故あって、侍女の姿に身をやつしている」

「この場の事は、「薬師」の誓約によって、秘匿されます。 問われているのは、『侍女』殿の健康状態。 それ以外は、問われておりませぬ故、ご安心を」

「貴女は…… マグノリアの手の者ですか?」

「わたくしは、ファンダリアの民。 辺境の庶民の薬師に御座います。 マグノリアの方々とは面識は御座いません。 ありたくも無いと、そう思っております」

「……素直な物言いですね」

「庶民に御座いますれば」

「第四四〇特務隊の指揮官といえば、この度の護衛の任に当たると聞きました。 違いありませんか?」

「左様にございます公女殿下。 公女リリアンネ様、御随身の方々三名様を無事王都ファンダルに送り届けるが、わたくしの『 任務 』に御座います。 『護衛対象』を、” 確定 ” 致しませんと、任務を完遂する事が出来ません」

「なるほど…… そうですね。 わたくしは、マグノリア王国の 『 者 』ですわよ? 貴女は、よく『事情』を、ご存知のようだけれど、それでも、構いませんか?」




 鈴を転がす様な、美しい声が、不安げにそう私に尋ねるの。 この反応は…… リリアンネ様、「隷属紋」に付いて、聴かされていたのね。 知らされていたのかぁ…… 早々に心を折りにかかったのね…… 私の予測とは違ったわ。 仕方ないわ…… 不安は払拭しないとね。 御存じ無かったのなら…… 聴かせずに済んだ事なんだけれどもね。 ―――― お伝え申し上げるわ。 私が成したことを。




「公女リリアンネ様に施術されていた、『 隷属紋 』を確認したしました。 あちらの御国からの指示に従わない場合……」

「『 紋 』から、発せられる【電撃】が、 わたくしの脳天を貫く……」

「そうでありましたが、それを改変いたしました。 指示に従わぬ場合は、『 電撃 』の代わりに、『 祝福ブレス 』が、公女殿下を包みます。 御心のままに行動されても、もう貴方様を苛むモノは御座いませんわ。 貴方様は、貴方様の正義と未来をお見詰め下さいませ」

「で、では、もう、わたくしを苛む事は……」

「有り得ぬでしょう。 長きに渡り、耐え忍ばれた 公女リリアンネ様に精霊様の御加護が甦ったと、そうお考えあそばされては?」

「本国の者達に…… この事は……」

「伝わりませんでしょう。 その様に改変いたしました。 あちらからの 「 指示 」は、リリアンネ様に届きます。 その後の行動は、リリアンネ様次第に御座います。 指示に従わないと、精霊様よりの、『祝福ブレス』が降り注ぎましょう」

「それを、あちらは…… 判り得ないと?」

「まさしく」




 突然、リリアンネ様の碧緑の瞳に大粒の涙が浮かび上がり、とめども無く零れ落ちるの。 口から洩れるのは、細く抑えるような、震える泣き声。




「あっ……あぁぁぁぁ………… あぁぁぁぁ………………」




 すすり泣く彼女の肩をそっと抱き込み、精霊様に感謝の祈りを捧げるの。 彼女…… 一人で…… たった一人で、耐え忍んでいたんだもの。 細い両肩に、一族の命…… いや、違う、一族以外にも、前国王の重臣たち全ての命が掛かっていたんだものね。

 光明を見た思いなのかも。

 細く、朧げなその道は…… 決して彼女の正義と反する事なく……

 未来へと繋がる道に見えたのかもしれないわ。




「今は御隠しなされませ。 相手の思惑に乗り、牙を磨き、爪を御砥ぎなされませ。 拙速の反撃は、簡単に撥ね退けられます。 ならば、時をはかり、計略を練り、仲間を増やし、頼りになる血筋を求め、『一撃』にて、すべてを終わらせなさいませ」




 細く小さな声で、私は紡ぐ。 まるで厭歌呪い歌の様に。 彼女の心の中にある、深く濁った暗い心の澱濁った油に炎を灯す様に。 彼女の復讐心を、煽る様に……




「あぁぁぁ……  わ、わたくしは王国を…… マ、マグノリア王国を…… 必ずや……取り戻します……」




 小さく弱弱しい炎は…… 彼女の知る、優しくも暖かい、ガルブレーキ=トップガイト=マグノリア国王陛下の施政の時を思い出させるがごとく…… 穏やかで、楽しく、そして、愛する者達に囲まれた、幸せの日々を、思い出したがごとく…… 瞬き始めたわ。




 その未来を掴むために、胎動を始める彼女の心の中に押し込められた『正義』が、ゆっくりと でも、確実に……




 燃え上がり始めたのを、か細い嗚咽の中に……




  私は確かに……


 


  ―――― 聴きとったのよ ――――





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