その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

宿敵とも云える人だった……(1)

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 前財務大臣 ライヒトゥーム侯爵家のフリューゲル=フォルンテ=ライヒトゥーム子爵様、前国務大臣 ハイマート公爵家のレーヴェ=ミッテ=ハイマート子爵様の「健康診断」も恙なく終わったわ。 勿論、シュバルツァー子爵様とご同様にね。

 流石に公爵家の御子息は、公的にもの顔が知られているので、侍従との入れ替わりは無かった。 つまり、あちら側は、公女リリアンネ様、シュバルツァー子爵様、そして、ライヒトゥーム子爵様の御三人様が入れ替わっていたのよ。


 ほんとうなら、全員を入れ替わらせたかったのかも?


 そんな事を考えていたの。 ライヒトゥーム子爵様、そして、ハイマート子爵様も、相当に『 隷属紋 』に痛めつけられていたの。 御身体のあちこちにその痕跡が有るもの。 それに、相当長い間い、この隷属紋を打ち込まれていた痕跡すら…… 人の意思を縛り、自由を奪うこんな術式…… 要らない。 

 呪いの様なこの術式…… 構造を確認してみたら、どうも純粋な魔法とは言えないかもしれない。 だって、所々に符呪式が見受けられるのだもの。 モノに対して能力を与えるのが符呪…… でも、その為にモノをその状態で固定する必要もある。 壊れた魔道具が、二度とその能力を発揮しないのも、符呪されたモノを良くしようと手を加えたら、符呪が消えるのも、それが原因。

 だから、符呪する場合は、その符呪する物を完璧な状態にしてから、符呪する事が当たり前なのよ。 欠けてナマクラに成っている剣に符呪しても、なんの意味もない事なのよ。 

 そんな符呪式が、魔法陣に組み込まれ、” 人 ” に対して、影響を与えている。 肉体は日々刻々と様相を変える。 食べて、飲んで、排泄して、成長する…… だから、身体を縛る事は無いわ。 じゃぁ、何を縛っているのか……



 何が変わらないか……

 思い至るのは…… 一つの可能性。

 そう、この『 隷属紋 』の中に組み込まれている符呪式が縛っているのモノは……

 魂なのかもしれない。



 随伴の方々の「 治療 」で、思い至ったこの事。 ちょっと…… 何かに触れたような気がしたの。

 マグノリアの貴人の男性三名、侍従の三名の「健康診断」を終えて、今度は女性陣に取り掛かるの。 最初は公女リリアンネ様。



^^^^^


 えっと…… 私の見知らぬ、彼女はきっと身代わり。 彼女が居る小部屋に入ると、さっそく探りをグリグリ入れてこられるもの。 勿論無言でね。 使われているのは、魔法術式。 でも、この部屋に掛かっている、『魔法無効殻アンチマジックシェル』に弾かれて、その効果を発揮できずにいる。

 とても、苛立ちを感じられているのね。 でも、軍の施設って、そんなものじゃないかしら? 簡単に挨拶を交わし、淡々と健康診断を実施する。 綺麗なモノよ…… なにもする必要も無いわ。 結果を記録する為に、机に向かって、書き物をしている私に、何か飛んできた……

 はぁ…… これだけ厳重に障壁立てていると云うのに、この人、何だってこんな事するんだろ? 簡単には殺せないから、傀儡にでもしようって云うのかしら? 飛んできている魔方陣は、例の『 隷属紋 』 その一部なのよ。 魔方陣は分解される、『魔法無効殻アンチマジックシェル』の中で、そんな物を飛ばしたら、私に届くのは、符呪式…… 

 全て記録したわ。 にこやかな笑みを浮かべて、彼女を見て言葉を紡ぐ……




「公女リリアンネ様。 お疲れ様に御座いました。 なんら問題は御座いませんでした。 どうぞ、今宵一夜、ギフリント城塞にてごゆるりとお過ごしくださいませ。 晩餐には、ファンダリア王国の贅を尽くしたお料理が並びます。 ご堪能いただければ幸いに存じます」

「えぇ、そうね。 楽しみにしているわ…… この部屋は…… そういう部屋なの?」

「何の事に御座いましょう? ” そういう ” とは?」

「いえ、何でも無いわ。 行くわ、侍女を」

「誠に申し訳御座いませんが、侍女の方は、これより「健康診断」を致します故、暫くお預かりいたします」

「そう……なの?」

「はい、侍従の方々が、公女リリアンネ様をエスコトート申し上げると、そうお聞きしております。 左側の通路の先に、控室が御座います。 そちらにお待ちしております」

「わかったわ…… さっさと、侍女の診断も終えて欲しいものね」

「御意に。 では、これにて」




 丁寧に頭を下げて、彼女が小部屋を出るのを待っていたの。 衣擦れの音がして、小部屋を出る彼女。 辺りを伺っているのは判るけれど、それは無駄な事。 この八部屋の小部屋がある一角は、全て私の監視下に置かれているもの。


 個別に対応しているのも、此方の都合よ。 


 乱入なんかさせないわ。 オトナシク、控室に向かってね。 下手に小部屋の扉に触ると、『電撃』が襲うわよ? あなた達のよく使う手でしょ? 敢えて見える様に、魔法陣を張り付けておいたもの。 やがて、足音は、控室の有る場所に向かい消えたわ。

 やりにくいでしょ? それが、” 敵地 ” って、云うモノよ……

 さて…… では、私は…… 気を引き締めて…… お会いする事にしたの。 ええ、本当の公女リリアンネ様にね。




 ^^^^^




 不安げな面持ちで、私を見詰めるのは、侍女姿の公女リリアンネ様。 記憶の中の彼女に一致する、その御姿とお顔。 美しく繊細で、公女たるべき矜持をお持ちだった、記憶の中の彼女。 重ね合わせるには、少し…… いえ、随分と違った印象が有るの。

 そう云えば…… 前世では彼女の周りに随伴の方々の御姿が無かった…… ただ、ずっと侍女の方が傅いていらしたわ…… 取り巻いて、何かの御用をされていたのは、侍従の方々…… なによ…… つまりは、前世では、あの高貴な御子息達は、王都に来る前に排除されていたって事? 



 どうして?



 色々な思惑が有るとは、思っていたけれど、ファンダリアの貴族の間を混乱に貶める役目を負った、”ネズミ ” を始末したのは…… どちら側だったのかしら? 敢えて、殺す事によって、自国に有利に事を運ぶために、 ” にえ ” としたの?


 あり得ないわ! 何処まで…… アイツ等は……


 きっと、殺されてた随伴の方々を間近でご覧になったのかもしれないわ…… 公女リリアンネ様は。 そして、覚悟を決められた。 何が何でも、「 命令 」を実行すると。 そうしないと、彼女が尊敬し、敬愛する、本当のご家族が害が及ぶ…… と。 

 既に、実のお兄様は常世の国に逝かれたと、シュバルツァー子爵様が申されていた。 追い詰められ、心を散々に痛め付けられた彼女には…… 取るべき道は、それしか無かったのかもしれないわ。

 ならば、現世では、その憂いを払うまで。

 お助け申し上げますわ、公女リリアンネ様。




「健康診断を始めます。 申し訳御座いませんが、薄絹を纏って、診察台に横に成って頂けますか?」

「はい……」




 従順に私の言葉に従ってくれた。 薄絹への着替えはお手伝いしたわ。 侍女服だから、そんなに難しくは無いしね。 さっきの身代わりさんとは、違うのよ。 さっきの人には、椅子に座ったまま、着衣もそのままに手を握っただけ。 それだけで終わり。 色々と突っ込むと、此方が危険だもの。 簡単な表面をなぞる様な診断のみね。

 それでも、危ない魔方陣を纏っていたから、かなり慎重になったのは確か。 出ないと、此方も危ないものね。 手に張り付けていた、防御魔方陣がパリパリになっていたものね。 あの人、何処までも攻撃的なのよ。 見た目は御淑やかな、 ” 公女 ” なのにね。

 それに引き換え、今目の前に居る侍女姿の人…… 本物の公女リリアンネ様。 辺りを伺うも、攻撃性は無いの。 身を引き絞り…… なにかされるのではないかと、怯えているのが良く判るの。 大丈夫よ、そんなに怯えなくても。


 更に、眼に張り付けた【詳細鑑定】の制限を外す。


 眼は、もう黒には見えないと思う。 ちらりと、壁にある鏡に映る私自身を見ると…… そうね、瞳の色が、前世の私が自慢に思っていた、抜けるような ” 群青色ロイヤルブルーの瞳 ” に、戻っていたわ。 ほぼ、全ての制限を外しちゃっているのだもの……

 当たり前よね。

 さぁ、始めましょうか。




「なにも、怯える事は御座いません。 少々所見に気に成る事が御座いますので」

「そ、そのなのですか?」

「はい。 質問をニ、三、致します。 お答え頂けますか?」

「え、ええ…… わたくしに判る事ならば」

「では、始めます――― 」




 簡単な問診をして、彼女が今までどんな生活をしていたかを確認するの。 宰相家の御令嬢として暮らしていたのを無理やり、後宮に入宮させられたのは、此方の情報で掴んでいるわ。 でも、後宮の中の事までは、判らないもの。 

 無茶とか、アレヤコレヤされてないか、それが知りたかったの。 【詳細鑑定】は現時点の状態を見る事しか出来ないもの。 幸いにして、劣悪な環境…… では、無かったわ。 それでも、彼女の言葉の端々に感じる、マグノリア国王陛下の獣欲…… 

 後宮で彼女を護っていたのは、一重に彼女の御母上様。 側妃様ね。 彼女に国王陛下の獣欲が向かぬ様に、心から嫌っている国王陛下に身体を開き…… もって、彼女の盾に成っていたって。 うっすらとこの部屋には、安息香が焚かれている。 


 出来るだけ…… そう、出来るだけ彼女の心を護る為にね。


 半覚醒状態まで、落とし込まないと…… きっと、こんな事、教えてくれなかったわ。 こんな事をね! あの国王は…… 先代様の本当の弟君なの? こんな男が…… 国主などと…… 憤りが、そして、彼の国の民への憐憫の情もまた……心に浮かび上がったの。

 幸いにして、公女リリアンネ様は、とても ” 綺麗な ” ままだったの。 それだけが…… 奇跡の様なその事だけが…… 私の心の中に一筋の光をもたらしたわ。 そんな彼女に対して、彼の国の上層部は、云うのよ……


 〇 ウーノル王太子、もしくは、マクシミリアン王子を篭絡し、虜にせよ。
 〇 ウーノル王太子、及び、マクシミリアン王子の周囲に存在する貴種もまた篭絡せよ。
 〇 手段は問わない。 色香を使え、” 女 ”を使って、篭絡せよ。 
 〇 もし、反逆するならば、シュバルツァー侯爵、及びその一党の命は無い。
 〇 万事、ファンダリアを得たのちは、後宮に戻る事を許す。


 ってね。 さらに云うのよ ” 何人なんぴとの、仔を孕もうと、そちの帰る場所は、神聖なるマグノリア王国の後宮である。 ゆめゆめ忘れる事は、許さぬ。 ”

 獣欲と独占欲の強い王の言葉…… それしか…… それしか頭に無いの? 足りない物は、” 奪え ”、 ” 侵せ ” ? 全くもって、御しがたい…… そんな国が存在する事自体が、この世に混乱の種を撒き散らす事に他ならないわ!

 精霊様とのお約束…… 護る為には…… 私が出来る事は、多くは無い。 だけど…… だけどね。 救わねばならない魂は…… 今、目の前にあるわ。 半睡の状態にある、公女リリアンネ様。 診察台に横たわる彼女の豊かな胸は、上下に動いている。 薄物に透ける彼女の肢体は、女性の私から見ても、とてものびやかで、美しいの。

 ただ、見惚れているばかりじゃ無いの。 足も元から、【詳細鑑定】でもって、徐々に彼女の状態を確認していく。 右膝に打撲の跡…… お小さい時に出来たモノね。 左腿に切り傷…… コレは…… 剣で切った跡ね…… あぁ、位置と確度から、剣を納刀する時に失敗しちゃったのね。 



 軟膏を錬成して、その傷に塗るの。 コレで、跡は消える筈。 もう、リリアンネ様って、ウッカリさんね。 



 お腹、内臓にも、少々傷付いた部分が有るわ。 ……きっと、『 毒 』 なんでしょうね。 だって、後宮なんだもの。 それくらいの事があっても、おかしくは無いし、まして王族となれば、継続的に弱い『 毒 』を摂取して、耐毒性を鍛えることだってあるもの。

 女性の王族に迄、そんな事をするのは……  珍しいけれどもね。 彼の国では有り得るだけに、怖いわ。 あとで、料理長様に、公女リリアンネ様用のお食事に、【解毒薬アンチドーセ】を混ぜ込んでもらうように、お願いしておこう。 これで、かなり彼女の負担は変わる筈よ。

 視線を上げて…… ちょっと、嫉妬しちゃうくらいの御胸…… 手は…… 両手とも綺麗な状態。 呼吸も穏やかだし…… 目立った外傷も無い。 頭の先まで 【詳細鑑定】 を掛けた結果は…… まぁ、大丈夫かなって事だけだったの。

 ふと、思い出したのが、シュバルツァー子爵様の御言葉。



 ” リリアンネにも 『 服従紋 』が、撃ち込まれている筈なのだが…… 『紋』が見当たらない。 アイツ等が易々と自由にさせる事は、『 絶対 』に無い。 が、その証左である、『紋』が、リリアンネの身体には無いのだ ”



 確かに無かったわ。 彼女の肌には一片の 『 服従紋 』 も。 無いんだけれど…… 違和感が有るのよ。 そう、違和感。 あの男性陣と違って、彼女には、 『 根 』 の様なモノは感じられないわ。 そう、感じられないんだけれど…… なにか、おかしいの。 何かを仕込まれている…… 体に 『 紋 』を打ち込んじゃったら、殿下達、篭絡対象者に不審に思われるから…… 目立つ場所には、その 『 紋 』は、打ち込めない。 


 そう、目立つ場所にはね……


 女性ならば…… と、もう一度、下半身に目をやる…… 『 淫紋 』のたぐいも見当たらない…… 当然、視線を集めるであろう、御胸の周りにも…… 無い。 輝く白い肌だけが、そこに有るわ。 もし何らかの「魔法的」なモノが有れば、『魔法無効殻アンチマジックシェル』が反応する……



 ならば…… 何も無いのかと云うと、わたしの中の何かが囁くの。 ” なにか、有る ” って。



 さっき思いついた事が頭に過るの……



 アイツ等の使う術式には、魔法陣と符呪術式が混ざっているって。



 そして、その符呪術式は ” 魂 ” を、縛る。







 そう、「 魂 」 を、縛るのよ……







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