その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

治療

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貴賓室での顔合わせの後、私は治癒室に向かったの。 そう、大切なお仕事が有るものね。



「治療師」としての簡単なお仕事。 そして、第四四〇特務隊の指揮官としての、ちょっと面倒なお仕事。 さらに、「精霊様」とのお約束である、『精霊誓約』の履行と云う、とても難しいお仕事。


 いっぺんに成さねばならないの。 そう、このギフリント城塞の治癒室でね。 


 仕掛けはしてあるの。 到着したのその日にね。 八室用意してある、小部屋の床面一杯に打ち込んであるのは、『静寂サイレンス』と『魔法無効殻アンチマジックシェル』の中位の魔方陣。 中に入れば、そうそう魔法は使えない。

 錬金魔法と、符呪式は使えるけどね。 あれって、ちょっと魔法法理が違うらしくって、普通の『魔法無効殻アンチマジックシェル』は効かないのよ。 用心に越したことはないから、そっちも私自身に『解呪デスペル』を掛けておいたわ。

 健康診断は、漢の人からね。 用意してあるお部屋に、入ってもらっているの。 制限をやや緩めた、私の眼に張り付けある【詳細鑑定】は、とてもいい仕事をしてくれたの。 手渡されている、お部屋に待っていた人たちの情報と、私の眼で ” 見た ” 情報が食い違っているのよ。

 えっと…… 随伴の方々って…… たしか……




 前宰相閣下 シュバルツァー侯爵家
 バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵

 前財務大臣 ライヒトゥーム侯爵家
 フリューゲル=フォルンテ=ライヒトゥーム子爵

 前国務大臣 ハイマート公爵家
 レーヴェ=ミッテ=ハイマート子爵




 の御三人様。 すでにご成人されておられるんだけど、皆さんお若いの。 シュバルツァー子爵が十九歳。 ライヒトゥーム子爵が二十歳。 そして、ハイマート子爵が二十二歳。 お兄さんなひとっちだったの。 で、侍従の人達が三人ついているの。

 えっと、身代わりというか、殿下とアンソニー様の様にその身分を交換している人がいた。 シュバルツァー子爵と、ハイマート子爵だったわ。 侍従の人達は、ひとまずは ” お障り厳禁 ” って事で、普通の健康診断をして置いたの。

 あちらも、色々と探ろうと、かなりの魔法を使われたみたいだけれど、『魔法無効殻アンチマジックシェル』が、きちんと機能してくれたの。 流石はおばば様直伝の魔方陣。 小動こゆるぎもしなかったわ。

 下手に反撃したら、藪蛇に成りそうだし…… ここは、グッと我慢して、手出しはしなかったの。 ” 軍の仕様です ” みたいな顔してね。 あちらは…… まぁ、困ってらしたけれどねっ! ちょっとした胃腸薬お腹の薬と、よく眠れるように、安定剤心の薬を処方しておいたわ。 

 問題の御三人様。 彼等には、あちらの国であらかじめ、【 服従紋 】 が撃ち込まれている。 それをどうにかしなきゃならないのよ。 この小部屋は、『静寂サイレンス』をガッチリかけてあるから、外には声は洩れない。 伺おうにも、『魔法無効殻アンチマジックシェル』が、彼等の探知魔法をことごとく撥ね退けちゃうしね。

 今、小部屋に待機してもらっているのは、その中の一人。 

 前宰相閣下 シュバルツァー侯爵家 バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵なの。 身を侍従にやつしてはいるけれどもね。 そして、ご自身の正体が私にバレているのも、ご存知無さそうなのよ。 ちょっと、ジットリとした目付きで私を見ているわ。

 警戒感が、半端ないわね。 何を企んでいるのかって、その表情が物がったっているもの。 だけどね、わたしは、そんな事には頓着しない。 やるべき事を手早くやるの。 相手が対応しない内にね。 ちょっと低めの声で、シュバルツァー子爵にお願いするのよ―――





「その寝台に、うつぶせに寝ていただきます。 少々、所見に気に成る事が御座います故」

「あ、あぁ。 宜しく頼む…… 治癒師殿、その何だが…… かなりお若く見えるのだが……」

「はい、未だ十四歳の治癒師です。 が、軍属として軍にその役職を命じられている者でもあります。 マグノリア王国の公女様、及び、随伴の高貴なる方々の御脈を取るに足りると、そう判断され配属されております故」

「あぁ、そうだな。 その通りだ。 治癒師、薬師、錬金術士は、年齢に寄らず、その才気を発揮するからな。 それにしても、お若い治癒師殿だと、そう思っただけなのだ。 聴き捨てて欲しい」

「見も知らぬ治癒師に、御身体を委ねるのは、大層心細いもの。 わたくしは気にしません。 不安を覚えられれば、そうお申し出くださいませ。 わたくしの様な小娘に、肌を見せるのは、貴方様の御矜持に関わると云うのならば、軍の屈強な治癒師様が居られますので、そちらにお任せする事も可能ですので」

「い、いや、軍治療師は! いい、全く不安も無い!! どうか始めて欲しい! それに…… 見られてもどうにもならない……」




 慌ててるわね。 最後の言葉に、ちょっと違和感があったわ。 

 そうだね、軍の治療師さん達の処置はとても荒っぽいものね。 健康診断何てことは二の次で、遠慮なくごそごそと体を触られるものね。 そして、時として、とても痛い。 つまりはシュバルツァー子爵は軍の治癒師の治療を受けた事があるって事ね。

 その理由は、脱いでもらった上着の下の肌に刻み込まれていたの。

 幾筋もの赤黒く浮かび上がった傷跡。 黒く焦げたような痣に成った皮膚。 そして、首の後ろに魔力で刻み込まれた、【 服従紋 】

 見られたくなかった…… そう云った感情が見て取れる。 そりゃ、体調も悪くなるわよね、コレじゃぁね。 手早く錬金魔方陣を紡ぎ出して、チョコチョコ調剤を始めるの。 レディッシュに出て来てもらって、ポーチから薬草を取り出してもらう。 錬金式を魔方陣に書き込んで、「錬成」。 軟膏薬を紡ぎ出したの。

 それを、患部に塗る。 秘薬って訳じゃ無いけれど、相応の効果は期待できるのよ。 制限を緩めた、私の【詳細鑑定】は、彼の身体が必要とする ” モノ ” を見つけ出す事が出来るわ。 微細な骨折も感知できるしね。

 その上で、 【 服従紋 】 を見る。 背骨に深く『 根 』 を、食い込ませたそれは、ある種、『 呪い 』 の様なモノに成っていたわ。 でも、魔力で描かれている、その禍々しい ” モノ ” は、魔力で描かれているが故に、” 魔法 ” と云えたの。

 魔法ならば、構造解析が可能。 どんな 『 呪い 』 であっても、それは「設計」されたものだものね。 構造を読み解き、そして、なにがどう彼を『 縛っている 』のか、それを見極めるのよ。 簡単に 『 解呪 』は出来ないわ。

 どんな影響が出るか判らないもの。 結構前に打ち込まれているから、既に体の一部に成っている個所だってあるもの。 構造は、割と簡単なモノだったわ。 あちらの奴隷商が良く使う、『 奴隷紋 』 の下位互換。 『 奴隷紋 』 の制限を緩和したモノ。

 でも、懲罰用の『雷撃』は、強められているわ。 少しでも、命じられた意思に逆らうならば、容赦なく『雷撃』が彼を襲う。 その結果出来たのが、この人の身体に刻み込まれた、幾筋もの赤黒く浮かび上がった傷跡と、黒く焦げたような痣に成った皮膚に成ったという訳ね。



  ―――― 卑劣なっ!



 まずは、『雷撃』の行使部分を分解する。 ちょっと、悪戯心が湧いて、行使される術式を変更したの。 彼が、命じられた事と違う事をする事によって、彼に与えられる ” 打撃 ” は―――


『 祝福ブレス 』


 魂を活性化させ、気力を復活させる魔法の呪文。 結構高度な魔法よ? 今まで、散々に甚振られてきたのだもの。 精霊様の御加護が届きにくかったのだもの。 それだけ、” 耐えた ” って事でしょ。 ならば、祝福を!

【行動制限】やら、【行動監視】やら、薄汚い物は、入力を出力をくっつけた。 命令の受発信部分は全部そのまま。 あちらの命じた事は、彼の中には届く。 でも、それを実行するかどうかは、彼次第。 まぁ、反しようにも今までは出来なかったけどね。

 今は、出来る。 そして、命令に背く事をすれば、彼に『 祝福ブレス 』 が、掛けられるの。 ええ、そうよ…… 私はこの 『 隷属紋 』を、解呪するつもりは無いの。 彼に打ち込まれている、この ” 呪い ” のような魔法が分解されたら、きっとあちらは、第二第三の ” にえ ” を準備して送り込んで来る。 

 その都度対処など、出来はしないわ。 いずれ、破綻して、手の内の傀儡がファンダリアの中枢を引っ掻き回す。 巧妙に、容赦なくね。 



 ならば――― 逆手に取ればいいだけの事。



 ずっと、逆らわないでいた「この人」が、今後も逆らわずに、彼の国の云う事を忠実に実行していると思わせればいいのよ。 そう、『 思わせれば 』 ね。 だから、『 服従紋 』 は、潰さない。 書き換えの衝撃もそんなに無いし、時間を掛けて彼の身体に深く食い込んだ 『 根 』 の除去も必要が無いわ。

 外見は今まで通り…… あちらに発信される事柄も、そのまま。 ――― 従属している ――― そう、発信するわ。 これで、貴方は解放された。 後は、あなた次第だからね。 ちょっと、お知らせしときましょうか。




「施術終わりました。 背中や、身体にある御傷に、処方いたしました軟膏を塗りました。 御傷も癒えると思います。 調剤、錬成した貴方様だけのお薬ですので、どなたにでも合うモノでは御座いませんので、お気を付けください」

「あぁ…… 判った。 なにか、身体が軽くなったようだ」




 脱いだシャツの袖に腕を通しながら、そう仰ったの。




「そうでございましょうね。 『 服従紋 』 の行動制限はもう、有りませんから」

「なっ?!」

「行動監視も虚偽の報告を発信しておりますわ。 ” 隷属下に留まっている ” と。 入口と出口を繋いだ迄。 もう、打ち込まれた 『 服従紋 』 は、貴方様に対して何の意味もありません。 が、呪いの様なその紋は、深く深く貴方様に 「 根付いて 」 おります。 引きはがすと、貴方様に相当の傷が…… 肉体的にも、精神的にも生じる可能性が御座います」

「そ、それは!!!」

「バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵様。 ファンダリア王国ご滞在中の貴方様の行動を縛るものは、此方で排除させて頂きました。 何を想い、何を成すか…… それは、シュバルツァー子爵様次第に御座います。 わたくしの施術…… 如何でしょうか?」

「―――なにもかも、お見通しという訳か。 マグノリアの闇も、愚かな意思も……」

「はて? 何の事に御座いましょう? わたくしは只、傷をお持ちである、貴方様を治癒師として、『お癒し』 申し上げた迄に御座いますわ」

「―――ならば、治癒師殿。 願いが有る」

「願い―――に御座いますか?」

「あぁ、『願い』だ。 従妹を…… リリアンネを救ってやって欲しい。 リリアンネの実の兄は謀殺された。 私の父は、ご当主様の弟に当たる。 傍系の別家より、シュバルツァー侯爵家に養子に入ったのだ。 幼き頃より、兄妹には大変世話になり、兄弟の様に接して頂いていた…… それを、アノ愚物が! す、済まない…… この話に成ると…… どうも、感情の抑制が効かぬのでな……」

「左様でございましたか。 しかし、救えと…… そう仰れても……」

「リリアンネにも 『 服従紋 』が、撃ち込まれている筈なのだが…… 『紋』が見当たらない。 アイツ等が易々と自由にさせる事は、『 絶対 』に無い。 が、その証左である、『紋』が、リリアンネの身体には無いのだ」

「それは、何処で?」

「この旅程の中で、監視の目を盗み、話せる機会が有った。 ……ひさしく見ぬうちに、素晴らしい淑女に成長していたが…… その表情は陰鬱に弱弱しく…… 護ってやりたくとも…… 私に撃ち込まれている『紋』が、私を苛み……」

「そうでしたか。 お約束はできませんが、「治癒師」として、出来る限りはお手伝い致します。 あっ、そうそう…… 一つ、今までの献身と忍耐を精霊様が哀れとお感じになり、シュバルツァー子爵様への御加護が与えられましたわ」

「―――なにか、したのか?」

「本国よりの ” 命令 ” に背いた時、貴方様に与えられるのは【 電撃 】では無く、『 祝福ブレス 』。 御心のままに行動されても、もう貴方様を苛むモノは御座いませんわ。 貴方様は、貴方様の正義と未来をお見詰め下さいませ」

「な、なんと!!! 誠か!!!」

「精霊様に御誓い申し上げましょうか?」

「―――ファンダリア王国の治癒師殿は、奇跡の御手をお持ちのようだ………… そうか…… そうなのか…… 我が意思を持って…… リリアンネを護る事が出来るのか…… よ、良かった…… 神よ…… 精霊よ…… 感謝申し上げる…… 祈りが届きました……」




 マグノリアにもこんな人が居たのね…… そうかぁ…… ちゃんと、祈っていたのかぁ…… 出来る事と出来ない事。 自身の置かれた立場。 雁字搦めの鎖を身体に巻き付けていても…… そうか、祈っていたのかぁ……



 私は…… 


 公女リリアンネ様の事……


 誤解してたのかもしれない。





 キチンと診なきゃね。 

 キチンと…………





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