その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

ギフリント城塞の夜空

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「ネンテンさん、周囲の状況は理解しました。 ありがとう。 それでは、引き続き監視をお願いします」

 《 了解です。 あの……リーナ様? 》

「何でしょう?」

 《 こちらを伺う気配は、依然として距離を取っておりますが…… その…… 》

「今は、何もしません。 その気配が幾つあるかだけを、数えておいてください」

 《 了解です 》




【遠話】の符呪を施した、イヤーカフから、先頭の荷馬車に乗るネンテンさんからの通信が届くの。 本領との領境を越えてから、私達一行を伺う『気配』が、ネンテンさんの【気配察知】に引っ掛かり始めたの。 多分…… 私達の一行が、『 騎士さん達の作った 』 護衛計画通りなのかを探っているのよね。


 そんな気がしている。


 朝、六刻にエスコー=トリント練兵場より出発。 そこから北域街道を目指し北上したわ。 一日目の投宿は、北域街道に入ったところの街。 二日目からは、北域街道を進むの。 そう予定通りにね。 先頭の馬車は軍の荷馬車。 そして続くのが、二台の「王家の馬車」。 さらにその後ろに軍の荷馬車が二台。

 合計四台の馬車の列。 領境までは三日。 計画の復路と同じ様に昼前に出て、日没前に投宿するの。 ホントにちょっとづつしか進まないわ。

 馬車の列を取り囲む様に、騎士団の方々が固めているの。 先頭の軍用の馬車には、周囲の気配を読む為に、ネンテンさんに乗り込んでもらっている。 彼女の護衛にプーイさん以下穴熊族の五人。 私が乗っているのは四台目の馬車。 森猫族の四人と、兎人族の四人。 それとラムソンさんと私。 合計十人が乗り込んでいるの。

 その後ろに続く馬車に乗り込んでいるのが、森狼族の五人と、狐人族の四人なの。

 本領との領境を越えて、東部領域に入ると同時に、森の影が濃くなるの。 とってもね。 領境から、商業都市ヘーバリオンまで、五日の旅程。 下見と準備確認を兼ねての旅程ね。 準備の確認に時間を取られちゃって、とってもゆっくりなのよね。



 周囲の気配を感知しつつ、護衛は続くの。



 エスコー=トリント練兵場を出発してから、四日目が立ち…… 領境を越えて森の影が濃くなり始めたら、下準備の為に、各軍用荷馬車に乗っている、第四四〇〇護衛隊の面々は、馬車から降りて、徒歩で森を進むの。 罠が仕掛けられていないかどうか、襲撃者が拠点と出来る場所が無いかどうかの確認の為にね。

 その様子もまた、ネンテンさんの【気配察知】で感知した人達は、じっくりと観察していたみたい。 虚々実々の駆け引きみたいよ。 こちらが、結構ガッチリと警戒しているって、認識してもらいたかったしね。 でないと、襲撃され放題なんだもの。

 拠点に成りそうな場所には、これ見よがしに《 調査済み、立ち入り禁止 》の高札を立てて、さらに、判りやすく警告用の爆発系の魔方陣を符呪した箱を置いておくの。 中には煙玉を沢山仕込んでね。 誰かがその箱を異動したり、蓋を開けたら、ドカンよ。

 立ち上る煙と、火柱で、誰かがそこで何かをしようとしたことが判るようにしたわ。 そして…… 周辺警備に付いている、その辺りを戦区にしている、第四軍のどこかの師団の方々が、駆けつけてくる様に、お願いしたわ。

 気休め見たいなモノだけど、無いよりはまし。 厳重に警戒していますよって、そういう意思表示的な事なのよ。 ネンテンさんが感じている気配も、その周辺には集まらないようだしね。 拠点の設置は、想定していないのかも知れないわ。 それならそれで、いいんだけれど。



 五日後…… 



 商業都市ヘーバリオンへ、到着。 此処から、ギフリント城塞までは、丘陵地と耕作地が続くわ。 見晴らしもいいものね。 ネンテンさんの【気配察知】にも、その範囲ギリギリのところまで、気配は引いている。 人数も、割といたわ…… その数、全部で二十五名。 斥候にしては多い数。 強襲するには少ないわよ。

 小物見威力偵察ぐらいしか出来ない様な人数ね。 相手の出方がまだ、不明なの。 ちょっと、気を揉み始めたのよ。 相手の情報がまだ入ってこない。 シルフィーが、情報を取っている筈なんだけれど、それがね……

 まだ、私に届かないの。 ……苦労しているのかな? 無理してなきゃいいんだけど……

 商業都市へ―バリオンを出発して、丘陵地たちを二日行くと、いよいよ見えてきたのが、国境の城塞、” ギフリント城塞 ” 堅牢な石造りの城塞でね、第四軍の一個師団が丸ごと駐屯できるほどの大きさなの。 当然、マグノリア王国へ続く本街道が、城塞の中心を貫いているわ。 城塞の向こう側が、国境の検問施設。



 巨大な門がそこに有ったの。



 現在は、第四一師団と、第四三師団の一部大隊が、そこに詰めておられる。 詰めてい居られるって言っても、全部隊が居る訳じゃないわ。 其々の担当する戦区と、ギフリント城塞を順繰りに廻っているって感じなのかしら。

 それは、エスコー=トリント練兵場で説明を受けたからね。 馬車の破損も無く、恙なくギフリント城塞に入城出来た。 よかった。

 まだ、あちらの一行は御着きに成っておられないわ。 受け入れ準備に入ったの。 城塞内の貴賓室が開かれ、マクシミリアン殿下とアンソニー様がお入りに成られた。 騎士団の方々も、所定のお部屋に通された。 第四四〇特務隊の面々も…… まぁ、そうね。 妥当なお部屋だったわ。

 私は受け入れ準備として、治療室を開けて貰ったの。

 体調管理に使うってていでね。 あちらが予定されている人数分の小部屋を用意してもらった。 各人バラバラにする必要があったから。 色々と観察する準備をして…… 



 その時を待つことにしたの。



 準備が整い、割り当てられたお部屋に入る。 扉を閉め、窓を開けておく。 夜風がもうすぐ冬に成るよって、教えてくれた。 襟元を閉め、用意されたベッドでは無く、小さなテーブルの脇に置いてある椅子に腰を下ろすの。

 今回、この作戦に当たり、軍属の「薬師」として同道しているから、私の服装はおばば様に貰った、何時もの奴。

 黒のパンツ。 コットンの白シャツ。 濃い灰色のウエストニッパー。 腰には山刀、クリスナイフ、それと魔法の杖。 コートは、薬師錬金術士と、私の紋章入りのモノ。



 薄暗がりの中、ちょっと息を付くの。 ここまでは想定通り。 後は……




 シルフィーが持って来てくれる、情報だけね。

 窓に掛かる月がとても綺麗なの。

 雲も無く、明るい夜空が見えているわ。

 星々の輝きも……

 月の密やかな光も……






 とても心地よく、私を包んでいてくれたの。





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