その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

深夜の策謀と自身の役割

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 深夜まで続いている打ち合わせ。



 いいのかしら? 他の騎士団の方々は、第四四師団の師団長様方に連れられてトリントでの接待をお受けになっていると云うのに……

 詳細を詰めて行っているのは判るのだけれど…… 敢えて打ち合わせを引き延ばしているようにも感じるわ。 何故なのかは、何となくだけど予想は付くの。




「深夜まで、君を付き合せて申し訳ない。 が、必要な事なのだよ。 今回の策定で基本的な作戦を決めておかないと、騎士団の策定した計画が正規の計画となり、護衛に齟齬が生じる。 マグノリアの弱みを掴まれ、王宮での親マグノリア勢力の力を増してしまう事にも成りかねないからね。 それに、個人的にも話しておきたいことも有るんだ」

「今回の『お出迎え』は、 王太子府…… というよりも、王太子ウーノル殿下の行動を阻害する方々に対する予防策でしょうか。 ウーノル殿下の『ご意志』も多く含まれるのでしょうか?」

「君の推測に間違いは無いよ」

「今回の護衛作戦を重要視されているのは、あの『 情報 』をわたくしに渡された、宰相府、王太子府、そして、外務寮という訳ですね。 さらに、騎士団の方々を動かされたのは…… 軍務卿に在らせられると。 つまり……藩屏たる大公家の御意向が?」

「ええ、そうですよ。 いま、貴女の考えられた通り、今回の作戦は、四大公家の内、三大公家が絡んでおります。 王国上層部の思惑が有るのです。 お話しましょう。 内密なうえ、確度の低い情報から組み立てられた状況ですので、「薬師」リーナがどうお考えに成るかは…… 私には判りません。 ただ、この場でお話するのは、ファンダリア王国にとって、未来を左右する『話』と、そう認識してもらいたいのです」




 そうよね…… だと思ったわ。 絶対に何かあると思っていたもの。 情報の出所とか、その情報を流す理由とか。 私にとっては、大きすぎるお話が、きっとあると思っていたわ。 その『話』を持ち出すのは、時間を見て、頃合いを測って…… 深夜に…… ね。




 ^^^^^



 護衛作戦の目的から云って、マグノリア王国の公女リリアンネ様以下、姫殿下と高位貴族の子弟様達は、まさしく国賓となるわ。 まだ、年若き方々で、国を代表するような 「 任務 」 を与えられていないにしても……  高々「 遊学 」の為にファンダリア王国に来られるとしても、間違いなく、国賓扱いに成るのは必定。

 それに、聖堂教会絡みの方々は、マグノリア王国と諍いや国交不安を良しとはしない。 国王陛下周辺の『佞臣達』も、そう願っている筈だもの。 理由はね、国王陛下は側近の方々と、マグノリア王国と軍事同盟を結び、ゲルン=マンティカ連合王国と戦おうとされているわ。 



 ご自身が、” 獅子王陛下の再来 ” と、呼ばれたいから……

 前世の記憶の断片から、国王陛下がいる事は間違いないもの。



 組む相手を…… 間違っておられるわ。 あんな国だなんて、思っておられないみたいね。 執政府、宰相府が必死に止めているけれど、王権は強いの。 国王陛下が決断されたら、あっという間に軍事同盟の締結に向けて動き出すわ。 北の状況が芳しくない現在…… マグノリアとの同盟は、絶対に考えられておられるもの。

 その為には、不穏な噂が沢山あるマグノリア王国との『表面上の和平』が一番大事になるわ。 公女リリアンネ様を、” 平和の使者 ” に見立てているのも、それが理由よ。 そう、思い込もうとしていると、言った方がいいかもしれないわ。 あちら側からは、単に、ファンダリアの英知を学ぶ為の 『 遊学 』 って事に成っているにも拘らずね。

 それは…… きっと、統一聖堂から、聖堂教会への働きかけ。 あちらにとってもその方が動きやすいから。 短絡的に反応したのは、執政府。 マグノリアの護衛をこの国に入れたくない執政府から、国境での護衛の交代を提案したんだって。


 途端に、あちらは策謀を巡らし始めたと…… 云う事ね。


 あちらが策謀を巡らすのは、ファンダリア王国に楔を打ち込み、容易に王都、王城を落とす事が出来る様に画策する為。 『ミルラス防壁』の情報なんて、喉から手が出る程、欲しいはずだもの。

 ファンダリア王国に向かう公女リリアンネ様一行が、ファンダリア王国内で、不遜なモノ達による襲撃を受ける。 そして、旧臣の御令息とはいえ、高位貴族の御令息方が、その凶刃に倒れられる。 ファンダリアの護衛の能力は低いと糾弾してね。 

 その事実を以て、マグノリアの精鋭将兵、及び、マグノリア騎士団の近衛騎士達を公女リリアンネ様の護衛に付ける。 《 付いては、その者達の王城コンクエストムへの入城許可と、自由行動を容認せよ…… 》 辺りかな?

 マグノリアの将兵、騎士を受け入れるとなると、その生活の為と称した、侍女、侍従、従卒なんかを『 大量 』に、王城に迎え入れる事に成るわ。 もう、あっちの『やりたい放題』に、成るのは必至。 こちら側としては、高貴貴族の御令息が凶刃に倒れている事で、文句も言えない。



 マグノリアの策謀が完成すれば、『王城』は丸裸となり、『王族』を人質に取られて様なモノよ……



 こんなにも簡単に予想が付く事なのに、判ってやっているのか、それとも、云われてその繋ぎを取っただけなのか…… 聖堂教会の闇は深いわ。

 こんなバカな事を認める訳にはいかないから、阻止しようと動かれたのが、外務卿ドワイアル大公閣下、軍務卿フルブランド大公閣下、そして、国務卿の…… ニトルベイン大公閣下の御三人ね。 財務卿は…… この話には噛んでいない。 いつものように、予算が、金穀が…… なんて、仰っているらしいのだけれどもね。

 各組織からの情報を取りまとめられたのが王太子府。 「名誉」、「栄誉」が、与えられるこの任務の執行役を騎士団に与えられたのが…… ウーノル殿下。 護衛が完遂されたならば、彼等に向けられる称賛の声は高まり、その地位も向上する。 聖堂教会が聖堂騎士団をどんなに持ち上げようとも、王国騎士団の下に付くしかなくなる。 聖堂教会の武力を抑える要と成り得る。



 ――――王太子殿下は、たぶん、そんな『思惑』からだからだと思うのよ。



 だから、王太子府は公女リリアンネ様の「御遊学」を受け入れたのよね。 さもなくば、厄介ごとの種ばかりの彼女達を受け入れるような事はしない筈。 でも、騎士団の性質上、こんな襲撃が予想される護衛任務には、使いづらい。 もっと、護衛に特化した部隊を張り付ける必要があったのよ。 でも、第四軍にはその余裕はあまりない。

 部隊の選定をしていた所に、マクシミリアン殿下の進言が有ったという訳ね。 


 ” 第四四〇特務隊の護衛を願う ” ってね。


 悪くない考え方だと思うの。 そう、第四四〇特務隊は、エスコー=トリント練兵場に張り付く部隊だから、云わば、いくらでも動かせる部隊。 そして、” 護衛戦闘 ”の実績のある、「薬師」リーナである私が、その『指揮官』。 

 ならばと…… ウーノル殿下は考えられた。



  ”護衛だけでは無く、マグノリア王国の思惑も粉砕できるのではないか?”



 ってね。 買被りよ。 でも、公女リリアンネ様、そしてその随伴たる、シュバルツァー子爵様、ライヒトゥーム子爵様、ハイマート子爵様の四名の方々の安寧を、御護りするのは死命となったわ。 襲撃者の身元も、四名の方々の鎖たる方々も…… 私の手に委ねるって事なのよ。

 深夜、ポツリポツリと、そう語られのは、マクシミリアン殿下。 あくまでも、彼個人の考えという立場を取って、そんな事を仰ったの。




「リーナには、無理を云うと思う。 しかし、『この任』を、こなせる者は、他には居ないと…… そう考えた。 護衛だけでも、かなりのモノだが、その上に『マグノリアの思惑』を、粉砕する事まで、『この任』に、含まれるのだからな。 嫌ならば、護衛の任に専念しても構わない。 『マグノリアの思惑』に付いては、後で、此方で対処することも出来る」

「『芽は小さい内に摘んでおくべき』かと、愚考いたします。 それに、護衛計画の一環としても組み込めます」

「公女リリアンネの頸木を絶ち割る事が出来るか?」

「一時的には…… 可能で御座いましょう。 マグノリアの眼と耳が無いのであれば、リリアンネ様は本心をお話下さるやもしれません。 その為には、殿下は公女リリアンネ様と行動を共にするべきであり…… 申し訳御座いませんが、アーノルド様に置いては……」

「身代わり、影武者。 何でもよいが、お時間を作り出す為に必要なのであろう。 理解した」

「ありがとうございます。 あの、騎士長様」

「なんだろうか?」

「この場でのお話は……」

「勿論極秘扱いとする。 騎士団への報告もしない。 後で判っても、その時には栄誉と名誉が与えられた後、誰も文句を云う事は出来ぬな。 これまでの話を知る者は、騎士団の仲では私一人。 それでよいか?」

「はい…… 申し訳なく……」

「敵を欺くには、まず味方から…… 教本の言葉をまさに地で行く作戦案にありますな。 殿下、これより、護衛隊の指揮権は、全て「薬師」リーナ殿に。 わたくしは、その指揮下に入ります」




 騎士長様を厳しい目で見つめて居るマクシミリアン殿下。 そして、おもむろに口から紡ぎ出されるお言葉は―――




「元よりそのつもりだったよ、騎士長。 騎士たちの言動は、目に余る。 尚、この作戦の成否は速度に有る事は、理解しているね」

「御意に」

「では、その役目をきちんと熟して欲しい。 騎士団の騎士団らしき働きを期待する」

「ははっ! 承知仕りました!」




 眼を見張るのは、副師団長アントワーヌ子爵。 そして、情報幕僚ベズター子爵のお二人。 誇り高く、矜持高い騎士団が、新編の第四四〇特務隊の下に付く事自体が異例。 そして、二重作戦として立案される、この護衛作戦の『本体』且つ『囮』としての役割を全うすると約束されたからね。

 私は…… 今作戦に置いて、表面上は『囮』部隊。 でも、本質的には『本隊』となって、ファンダリアの未来に対しての『 重要な御役目 』を、担う事になってしまったのよ。





         そう―――




    マグノリア王国の野望を打ち砕く……







     ―――― 破城槌 ――――







       の『 役割 』をね。






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