その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

リーナの思惑

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 私は事前に調べておいた、北域街道の難所を地図に落とす。 そのほとんどが、東部領域の中に存在しているの。 森、渓谷、人家の疎らな『穢れし森』の近辺。 襲撃の拠点に成りそうな洞窟、放棄されたむら。 さらには、お隣の国からの密入国経路、居留地の森の中を通る、あちらの国が作った道……

 クレアさんが持って来てくれた、私の紙挟みからその情報を出しつつ、地図に記入していくの。

 詳細が大体終わってから、顔を上げると、その場の方々の驚嘆の表情を見る事が出来たの。 でも、コレはあくまで、表面的な情報。 これから語るのは、この練兵場近くの街、エスコーと、トリントの教会や孤児院で集めたモノ。




「この護衛作戦に関してですが、王国内のとある勢力も、加担しております。 さらに、この機に乗じて、取り込み、若しくは、排除を目的とした動きも耳に挟みました」

「とある勢力…… 取り込み、若しくは、排除…… ですか」

「はい。 あちらの一部急進的な勢力による、旧臣の御令息様方の排除に乗じて、こちら側の目障りな小娘も一緒に…… と云う事に御座います」

「……愚かな。 聖堂教会はそこまで落ちたか」

「世俗に侵されておらぬ、教会の司祭様がお話してくださいました。 眉を顰め、エスコー=トリント練兵場の敷地より、出来るだけでない様にと…… 無理ですわね、そんな事は」




 アンソニー様が、難しい顔をされている。 口を開いては閉じ…… 意を決するように、やっと紡がれた言葉は、私の危機的状況を的確に表現しているわ。




「つまり、薬師リーナ殿をこの機会に亡き者にすると? 馬鹿な事を。 理由が判りません」

「メンツですわよ。 教会に靡かぬ、高位の貴族様の後ろ盾を持った、平民であり、辺境の薬師。 あちらこちらから、入るその薬師への感謝の言葉が、あの方々を苛つかせるのです。 簡単な事です」

「平然としてらっしゃるが…… 貴女は御命を狙われているのですよ?」

「ええ、そのようですわね。 ……辺境の辺鄙な場所を訊ねるようなモノに御座います。 魔物や、魔獣、そして、山賊、夜盗…… 私の命を狙う者はおお御座いました。 でも、今現在は、わたくしを護ってくれる、護衛隊の方々も居ります。 野獣、魔物、魔獣などは、存在しておりません。 人には思惑が有ります。 それを読めば対処は可能ですわよ、アンソニー様」

「……肝が据わってらっしゃる。 殿下、私は恐ろしく感じてしまいます。 ” 敵が ” では無く、目の前に座る、” 可憐な薬師殿が ” 、に御座います」

「アンソニー、その恐れはな、私達がまだまだ甘い世界に住んで居ると云う事に他ならないんだよ。 悪意と、殺意…… 邪な思惑が交錯する、そんな辺境の片隅で生きてこられたのだ、薬師リーナ殿はね。 だから、彼女の意見は真摯に受け止める価値が有るんだと思う。 そうだろ、騎士長」

「御意に……」




 一つ、頷くと、私に続きを促される、マクシミリアン殿下。 もう、何処にも甘い笑顔なんてないわ。 でも、引き締まった表情、鋭い眼光は…… なんとも、素敵に見えてしまうの。 ……思うだけなら、いいわよね。 前世の私に、見せてあげたいわ。

 いけない…… 違う事考えてた。 今は、作戦に集中ね。




「ギフリント城塞で、あちらの護衛から此方の護衛に引き継ぐことをご提案されたのは、ウーノル殿下に御座いましょうか?」

「そうだが、それが?」

「御慧眼に御座います。 あちらの公式の護衛達…… マグノリア兵が、ファンダリア王国の地を踏む事が無いようにで、御座いますね。 混乱を最小限に抑える方策です。 …………まず、わたくしがギフリント城塞で、各人の健康状態を確認すると云う事で、お一人お一人と面談致します」

「君は「薬師」であり、「治療士」でもあるのだから…… それは可能だろうね」

「はい。 是非、そうさせて頂きたく」

「なにか、有るのだね」

「ええ、公女リリアンネ様が本物の方かどうか、それと、公女リリアンネ様と侍女の方がすり替わっている可能性の排除です。 あちらも、警戒されているでしょうから。 そのくらいは遣りかねませんもの。 それと…… 先程の資料にも御座いました 【服従紋】の解除も一緒にしとうございます。 その方達の動きが変えられます」

「なるほど…… ギフリント城塞にて、一気に暴くのだね」

「いいえ、ギフリント城塞では、行いません」

「なに?」

「直ぐに動かば、あちらの者が、直ぐに本国に連絡を取られます。 彼の地の公女様の大切な方々が危険に晒されます」

「そうだな…… 君はすべてを救おうとするのか…… では、どうするのだ?」

「第二泊目までは、騎士様方の護衛計画の通りに、動きます。 あちらも警戒されておられます故、その方が警戒を緩められます」

「何故、二泊目迄なのか? 何か理由があるのですか?」

「二泊目までの旅程は、第四三師団の影響下にあります。 ギフリント城塞から、二泊目に当たる東部商業都市へーバリオンに御座います。 そこまでの街道は平坦な上、周囲は開けた穀倉地帯。 騎士団の方々にとっても、十分な働きが出来る場所に御座います。 敢えて、そのような場所で、襲撃を掛けようとするような者はおりますまい」

「周辺の警戒も?」

「第四三師団の方々が、あの辺りを戦区とされておられます故、簡単には手出しができません。 強襲に成ります。 近くの戦闘部隊が、直ぐにでも駆けつけます。 さらに、開けた地区ですので、騎士団の方々も問題なく護衛戦闘が出来ます。 軽く…… 小当たりする事によって、此方の油断を誘うやもしれませんが、大規模、且つ、致命的な攻撃には結びつかないと、そう愚考いたします」




 小物見威力偵察みたいにね、ちょっとだけ手を出して、騎士団の方々が簡単に対処するようにすると、此方の方々が、「なんだ、この程度か」 なんて、慢心するようになるかもしれないものね。 




「なるほど。 では、その商業都市ヘーバリオンで何とする?」

「ここで、馬車の列を二つに分けます。 一つには、殿下を含めた、本来の護衛対象者。 もう一つには……」

「排除対象者か?」

「はい…… 殿下の護衛は、騎士隊の方々が。 そして、もう一つには、第四四〇〇護衛隊が付きます。 その…… 出来れば、その際、アンソニー様と、マクシミリアン殿下が入れ替わって下されば…… さらに、罠の口を閉じやすく、危険度も下がります。 あぁ、勿論、わたくしは、排除対象者側に」

「色々と申したいが、まずは続きを聞こうか」




 ギラリって、黒曜石の瞳が輝くの。 ちょっと、怒ってらっしゃるのかしら?




「有難き御言葉。 続けます。 商業都市ヘーバリオンから先、本領との領境まで、難所が続きます。 その区間は、最速を持って走り抜けます。 中域街道まで南下する事も考えたのですが、途中の街道が狭く、曲がりくねった補助街道ですので、断念いたしました。 騎士様方の計画では、その旅程をほぼ五日かけて進行する事に成っておりますが、それを三日…… いえ、二日で駆け抜けます」

「可能なのか?」

「物見遊山を極力排し、途中の街を全速で通過し、更に補助街道を利用した風光明媚とされる難所を避け北域街道の本街道を真っ直ぐに走れば可能に御座います。 中隊行軍速度を平均して出せれば、問題なく」

「そ、そうか…… 最初の旅程はそれ程ゆっくりとしていたのだな」

「ええ、正午近くに出発し、日没前には宿に投宿する。 さらに、小、大休止を頻繁に挟んでおります。 あれでは、距離が稼げません。 さらに言えば、風光明媚とされる地点に寄る道まで選択されております。 通常の尊き王族方の旅程では、当たり前なのでしょうが…… 襲撃が予測され、何よりも安全を第一にする今回の移動では、あの案は…… 襲撃してくださいと云わんばかりに御座います」

「そうか…… そうだな。 物見遊山など、平和が訪れたなら、いつでも出来る。 その通りだ」

「本領との領境を越えますと、街道は平坦となり、穀倉地帯となります。 騎兵の皆様の本領が発揮できるそんな場所に成りますので、問題は無いかと。 それまでは、御乗車の馬車を中心に紡錘隊形にて編成、騎馬と引馬の許す限りの速度での進行をお願い申し上げます」

「本領に入ってからは、進行速度落とし、君達を待つ…… で良いのか?」

「いいえ、出来るだけ早く王都ファンダルに向かわれたく存じます。 全行程、二週間をどれだけ詰められるか、そこにこの作戦の肝が御座います」

「……そうか。 アンソニーと私を入れ替えると先程云ったね。 ギフリント城塞からか?」

「左様に。 あちらも…… 多分同じような事をされると思います」

「まぁ…… そうであろうな。 そして、君が全ての厄介者達を引き連れると? まるで囮のようではないか! 認めずらい」

「アンソニー様には申し訳御座いませんが…… 最善かと。 如何に御座いましょうや?」




 アンソニー様が、ニヤリと笑うの。 なによ、さっき私の事が怖いとか何とか言ってた癖に! でも、御覚悟はある様ね。 何としてもマクシミリアン殿下を、御護りするって気概を感じたの。




「殿下の影武者であれば、問題ない。 誉でもあるよ。 しかし、君がそこに居る必要があるのか?」

「あります。 第四四〇特務隊が護衛に付くと云う事はすでに周知の事実。 きっと、騎士様達の護衛計画はあちらにも漏れております。 そして、エスコーと、トリントの司祭様方からの、” 御忠告 ”。 わたくしが居る方が、本命の殿下と錯覚するでしょう」

「襲撃されるのは…… 君と私に成り済ますアンソニーが居る方か」

「欺瞞情報も流します。 マグノリアの高位貴族の御子息御三人も、わたくしの方に居ると…… 狙われるのは、多分、わたくしの方。 目標が纏まっているのです。 そうなります」

「欺瞞情報……か。 可能なのか?」

「欺瞞情報を流すのは、東部商業都市へーバリオンに到着してからに御座います。 隊を二つに分けると云うのは、あちらでは掴んでいない情報です。 その情報に欺瞞情報を噛ませます。 ギフリント砦から二日目ですので、あちらの本国の方々も帰路に御着きになっておられる事でしょう。 そして、一行の情報を発信するのは、同道されている方々のいずれか。 ならば、その発信源を掴み、同じ経路で欺瞞情報を流す。 宜しいのでは?」

「その能力を持った者が、君の手に居る。 そう認識しても良いのだな」

「ええ、左様に。 とても有能な方ですから」



 言葉にしかしていないけれど、シルフィーには通じて居る筈。 だって、彼女、自ら元の姿に戻るって、言ってくれたんだもの。 そう…… 暗殺者再びってことかしら? でも、今度は私の「手」よ。 その手はとても有能なのよ。 




「そうか…… 作戦の骨子は判った。 騎士長…… いいか?」

「御意に。 戦いが無いとなれば、騎士たちは拍子抜けするでしょうな」




 私はその言葉に危機感を覚えるの。 違うわ騎士長様。 そうじゃない。




「騎士長様、御考えを改めて頂かなくてはなりませんわ。 騎士団の方々が戦闘を行うと云う事は、この護衛作戦が失敗しつつあると云う事。 それに、わたくし達が排除されて居なければ、そのような事は起こりません。 戦いが有っては成らないのです」

「そ、そうだな。 済まない」

「いえ、差し出がましい事を申し上げました」




 殿下がちょっと呆れた顔をされた。 そうね、殿下の危惧は紛れもない事実だったって事ね。 騎士長様まで、こんな調子じゃぁね。 



 私は頭を下げ……


 心配事の種をまた一つ……


 心に持ってしまったの。




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