その日の空は蒼かった

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

耽るのは、殿下の安寧(1)

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 胸の内のモヤモヤを抱えながら、建物を出て練兵場を見渡せる一角に向かったの。




 ベンチが置いてあり、ちょっと休憩するには、適当な場所。 大きな樹もあり、木漏れ日がベンチに柔らかな光を投げかけている。 その事を思い出したの。


 心を落ち着けるには、いい場所かも知れない。


 かなり、マズイ事をしてしまったわ。 よく考えると、マクシミリアン殿下の御前で、彼の護衛たる近衛騎士隊の騎士に向かって面罵しちゃったんだものね。 もうちょっと、言い方…… あったかもしれない。 でも、あの場では抑えが効かなかった。

 これから、第四四〇特務隊と一緒に作戦を練ろうかって時に、あからさまな獣人族への蔑視。 私に対しての悪感情は、まだ理解できるわ。 たかが十三歳の女児の云う事なんて、聴くわけが無いもの。 だけど、獣人族の方々へのあの言葉は、看過しえない。

 特に北東部の居留地の森近くを通る街道を、『旅程』に選ぶとお決めになっているなら、猶更。 彼等の知識や認識が、この護衛作戦に関してとても重要な要件になるって、何で判らないんだろう? それほどまでに、自分たちの力を信じているの?

 成程、騎士団の騎士は国軍兵士とは比べ物に成らない位の戦闘力を保持されていると聞くわ。 でも、それは、あくまで騎兵だからでしょ? 沿岸警備隊の海上戦力で云えば、一等戦列艦みたいなものじゃない。 なら、考えるまでも無いわ。

 海上戦で、堂々とした艦隊戦に置いて、一等戦列艦はその中核をなす。 でも、それは最終局面。 よく索敵をし、敵艦隊に対しの漸減ざんげんを、小型の快速巡視艦が行う。 この時どれだけやれるかが、勝敗の行方を占う事に成るんだって。

 で、此方が有利ならば、一気に攻める。 反対に敵側に漸減ざんげんされちゃったら、一等戦列艦は逃げる方法を模索する。 それが、海上では当たり前。 色々な方策も有るけれど、基本的な構想はそうなのよ。

 でも、護衛はそうは行かない。 中央に攻撃力も防御力も無い商船を抱え込んだ場合、一等戦列艦がその護衛を引き受ける事はほぼ無いもの。 戦闘を主眼に置いていないのが理由。 

 出来るだけ船足を稼いで、進路を韜晦とうかいし、危険水域を素早く離脱する。 その際、小型の快速巡視艦はその優速をもって、周囲の警戒を実施。 

 万が一、敵艦に遭遇した場合は、遅滞作戦でどれだけ時間を稼げるか…… どれだけ、商船を遠くまで逃がす事が出来るか…… それが、護衛戦闘の骨子なのよ。

 陸上戦でも同じ。 速度はこちらが決められる、ほぼ唯一の条件なの。 あんなにガチガチに行程を組んじゃったら、万が一その予定が漏れた場合、相手にどれだけの手を打たれるか…… 待ち伏せ、罠、その他諸々…… 胸が悪くなる程よ。 


 なんで…… 判んないかな……


 木陰のベンチまで来て、そこに座るの。 シルフィーも、クレアさんも座ってもらったわ。 ちょっと離れたベンチだけれどね。 とりあえず、一人に成りたかった。 荒ぶってしまった、心を静める為にね。 息を付き、広大ともいえる練兵場を見遣る。 遠くに行軍訓練をしている将兵さんの姿が目に映る。

 かなりの速度で、隊列を保持したまま、駆けている。 出来る様になったんだ…… アレ…… 完全装備のままだよ。 地力…… 付いたんだんね。 時折、穴熊族さんの咆哮が聞こえてもきたの。 アハハハ…… やってるやってる! あの咆哮をまともに受けるんだもの、相当心が強く無いと、隊列は崩れ、速度は落ち、めちゃめちゃになっちゃうよね。

 頑張っているじゃない…… 第四四師団の皆さん、ほんとに精強になったと思うわ。 師団長様もなぜか私に頭を下げておられた。 全面的に訓練の見直しを実施してくださった。 彼を含めてね。 遠くに見える、そんな人たちを眺めながら、第四四師団がかつての精強さを取り戻していると、そう実感していたのよ。




 ^^^^^




「横、いいか?」

「えっ、えぇ。 どうぞ」




 突然、話しかけられたのは、呆けたように訓練をされている将兵さん達を見詰ながめていた時。 近寄ってくるのは何となく判ったんだけど、まさか私に用があるなんて思ってなかった。 一息入れに来たんだと思っていたわ。 そうでしょ?



 ――― アンソニー=ルーデル=テイナイト子爵様 ? ―――



 ベンチの隣に腰を下ろしたテイナイト子爵。 同じように訓練中の部隊を遠くに見ながら、私に語り掛けて来たの。 彼が私の側に来て、少し体が震える。 前世の記憶が、私に恐怖を覚えさせるの。 目を怒らし、憤怒の形相で睨みつけられたんだものね。 

 今は…… 穏やかな御顔。 少し、私の事を疑ってらっしゃった前回とは違ってね。 なんでだろ? でも…… 私とお話がしたいと、その表情には出ていた。 そうね、お話を…… しましょうか。 おもむろに、彼は口を開かれ、言葉を紡ぎ出されたの。




「アレは…… 見事だった。 頑迷がんめいな近衛の鼻っ柱を、あそこまで折る者は、俺は知らない。 親父殿でもああは行かない。 第四四師団の訓練を見ていたら、それも可能だと心得た。 薬師リーナ殿が、あの訓練方法を考案したと聞くが誠か?」

「いいえ、違いますわ。 ダクレール領の海兵さん達が実施している訓練を模しただけです。 地力をつけるには、アレが一番いい方法なんです。 魔法で身体強化したとしても、元の体力が少なければ、競り負けますし、長距離を疾駆する歩兵の方々は、騎乗で移動される方々よりも体力の減衰は大きいものですから」

「なるほどな。 薬師リーナ殿は、南部辺境の地にて、荒野を巡っていたと、そう側聞する。 君の体術や剣技、殺気などもその時に身に付けられたのか?」

「……辺境の地に置いて、脅威は男女の区別をしてくれません。 ある程度の護身の技を身に着けるのは、当たり前の事なのです。 わたくしは、人々の苦しみの声を聴き、その場に参じるのが使命。 その場がたとえ、どんな場所であってもです」

「そのためには、自身も鍛えなくては成らなかった。 そう云う事なんだな」



 遠くダクレール領での日々を少し思い出したの。 ルーケルさんと回った、辺境の僻地。 出現する魔物、魔獣。 山賊の姿もあったっけ…… 僻地に住まう、真面目な人達の生活を脅かす脅威は、私とルーケルさんの前にも等しくその姿を現したもの。

 暇を見つけては、ルーケルさんが色々なお話や、山刀の使い方を教えて下さった。 それは、私の血肉となって、今に至る。 あの方も…… 規格外な御方だったものね。 相手をして下さった時、最後まで一本も取れなかったもの。



「ええ、訓練の為の訓練は無意味です。 すべては目的を完遂する為の所業。 そうではありませんか、テイナイト子爵様」

「そうだな…… あぁ、まさしくな。 薬師リーナ殿、私の事はアンソニーと呼んでくれ。 テイナイト子爵と呼ばれると、皆が親父殿を思い浮かべる」

「左様に? では…… アンソニー様」

「うむ、それで、願う。 ……あの激高した君を見て、マクシミリアン殿下が、ウーノル王太子殿下に直々にお願いした理由が判った様な気がした。 君はこの護衛任務をどう考える。 何が予測される?」

「それをわたくしにお聞きになりますか?」

「あぁ、君の『護衛指揮官』としての『見識』を、訊ねたい」




 真摯な瞳で、私を真正面に見据え、アンソニー様は私に聴いて来たのよ。 私の意見をね。 準備期間は四ヶ月もあったもの。 その間に私が何を考えていたか、どんな情報を元に護衛計画の策定会議に臨んでいたかを…… それをお知りに成りたいのね。




 いいわ、お話する。




 マクシミリアン殿下、公女リリアンネ様が狙われているのは確か。

 だから、私の懸念をお話する。


 あれだけの事を言ってしまった私は、きっと護衛の任から解任されるから……


 聴いておいて欲しい。


 策謀が……


 彼を付け狙い、その命も欲しがるかもしれないって事を……



 アンソニー様には、是非とも……




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