その日の空は蒼かった

公女リリアンネ様 と 穢れた森 （１）

最初の顔合わせ。

　出向いた、応接室には、沢山の人でごった返していたの。



　当然よね。　今回のお出ましは、護衛計画の策定でもあるんだもの。　私の側には、シルフィーとクレアさんが付いていてくれるの。　有難いわ。　気負わずにいられるんですもの。

　中央のテーブルの上には、今回の『お出迎え』に関する地図や図表、編成表なんかが散乱してるの。　まぁ、そうなるわよね。　皆さん真剣な表情で、地図を見ているんだもの。　大枠は決まっている感じ。　東部領域　北域の街道沿いが議論の中心になっていたわ。

　第四四師団からは、第四四〇特務隊の他に、副師団長のグスタフ＝ノリス＝アントワーヌ子爵様、戦務参謀のリヒャルト＝フランシス＝アーバスノット子爵様、そして、情報参謀のリキゼル＝エミール＝へスター子爵様が参加していたわ。

　マクシミリアン殿下が御連れになったのは、ファンダリア王国　王国騎士団の中でも精強と云われる、近衛騎士さん達。　王国騎士団の総団長である、モーガン＝クアト＝テイナイト公爵様が選りすぐった、人達らしいわ。　

　そして、特にと随行を許されているのが、アンソニー＝ルーデル＝テイナイト子爵様。　彼だけは、まだ、学生の身分だし、お歳も殿下と同い年。　騎士と云うより、従卒と云う感じで付いていらっしゃるの。　でも、殿下の事を一番よく知る人だから……　近衛騎士さん達も粗略にはしないわ。　彼のお父様が、テイナイト公爵様って云うのも有るんだろうけれどもね。

　実際に護衛に付くのは、第四四〇特務隊と、第四四〇〇護衛隊。　全部合わせても二十八人なの。　第四四師団には余剰人員は居ないもの。　第四四一大隊も、第四四二大隊も無理よ。　第四四三大隊と、第四四四大隊は論外。　主力が輜重部隊とか、工兵部隊とか、衛生中隊とか、伝令中隊とかですものね。

　そして、そろそろ、前線への交代時期。　最後の総仕上げ的な訓練に入っているものね。　第四四四大隊も今は練兵中隊も溶けてなくなり、他の部隊の補充人員になっているもの。　八個あった練兵中隊は、第四師団が全体に補充されて、師団全体が完全充足状態に近くなったものね。

　つまり、この任務に当たれる部隊って、第四四〇特務隊の護衛隊である、第四四〇〇護衛隊しかないし、その指揮官は便宜上、私って事に成っているから……。　責任重大よね。　頑張んなくちゃ。

　一応私も護衛だから、基本計画には携われる。　でも、小娘だし、特殊な編成の部隊だから、聴いているだけなのよ。　色々と仰って下さるのは、副師団長のアントワーヌ子爵様。　でもね、騎士団の方……　特に近衛騎士団の方々って、とっても矜持高き御方達なの。　


　もっと言うとね、とっても上からお言葉を述べられるのよ。


　全部、騎士団に任せよ！　みたいな……　えっとね……　マクシミリアン殿下、それでいいの？　近衛騎士団の方々の護衛って、通常は王城コンクエストムでの護衛でしょ？　遠く離れた場所への移動時の護衛は、そんなに経験されていない筈よね。

　だから、　”　絵に描いた　”　様な、護衛計画を作り出されるの。　キッチリとした行程表。　途中の街や村での宿泊と、その警戒方法。　襲撃があった場合の対処の仕方……　と云うより、殲滅方法ね。　私達、第四四〇特務隊が方陣を組んで、近衛騎士さん達が敵を殲滅する。

　そして、その時間もすごく少なく見積もってらっしゃるの。

　鎧袖一触って、そう思われているわ。　アントワーヌ子爵が、万が一を考えて、敵の主力をマグノリア王国正規兵の一個中隊程の戦闘力を持った者達と想定されても、その御考えに全く変更は無かったの。

　ちょっと、考え物よね。　私が地図を見ながら、考えに耽っていると、マクシミリアン殿下が優し気な眼差しで私を見て云うのよ。




「薬師リーナ殿、なにか？」

「いえ……　直言、ご許可頂けますか？」

「あぁ、許可する。　なにか不審な点でもお有りか？」

「はい……　この道程を考えますと、近衛騎士様の御考えでは、かなり難しいと思われる襲撃可能な地点が、多々御座いますもので……」

「と云われると？」

「はい……　北方の街道は、居留地の森に近く、一部街道は深い森の中を横切ります。　お出迎えの馬車の列は長く、側面に対する防御人員を展開するには、場所がありません。　さらに、騎馬での展開が強みの騎士隊では、この地形は不利になりこそすれ、有用な防御手段には成り得ません。　兎に角、場所が狭いのです。　そんな場所が、少なくとも八ヶ所。　襲撃者が手練れの場合、森の中から射かけられます」

「そうなのですか？」

「ええ、勿論、第四四〇特務隊と、第四四〇〇護衛隊の面々で、側面展開をし、安全確保しつつ道行きを進める事は可能ですが、構想にそれは入っておりませんわ。　ただ、方陣を組み、馬車の列の前面に展開せよ……　ですもの」




　私の言葉に鼻白む近衛騎士団の方々。　森の中では、騎馬隊は行動を制限されるし、その真価も発揮できないものね。　北域街道には、この問題が有るのよ……　騎士団の方々は軽視されているようだけど……　本当は、もっと怖い相手が居るのよ。

　実際にシルフィーに問題のあたりの地形を見せた時に、云われたの。



　”　暗殺者集団にとっては、格好の『狩場』ですね。　街道とはいっても、石畳の道の両側に迫る森。　身を隠す場所などには困りますまい。　弓、投げナイフ、クロスボウ……　そして、攻撃魔法。　さらには罠も仕掛け放題ですね。　両側に半リーグほどの開けた場所が有るのならば、それ程脅威ではありませんが……　僅かに十メルテ程しか切り開かれていないとなると……　”



　ってね。　整備された街道なんだけれども、そこで大規模な襲撃とか、暗殺者に狙われてしまったら……　たとえ近衛の騎士の方々でも対処は無理ね……　一気に押されるわ。　公女が傷付けられような事が有れば、それこそ、ファンダリア王国の威信にかかわるし、それがたとえ随身の方々であっても……　大きくあちら側の発言力は増す。

　王城内で、自由行動を約束させられる可能性もあるわよ。　あちらの狙いは、ファンダリア王国の混乱に有る筈……　だから……　言わずには居られなかったの。




「近衛の諸君は今の言、どう考える？」

「ハッ！　襲撃者のコソコソした攻撃に、我ら近衛騎士団が遅れを取る筈は御座いますまい！　ご心配召さるな！」

「では、十全たる安全を保障できると？」




　マクシミリアン殿下の瞳がキラリと光るの。　きっと、殿下も『危うい』と、感じて下さったのね。　そう、それは、殿下が最初から感じてらした事。　騎士団の方々の矜持が高く、とても自信がお有りな事。　絶対に自信が正しく、自分たちの意見こそ、間違いないないと固く信じ切るその心。

　矜持高いのは、とても良い事よ。　それが、騎士なら特にね。　最高の教育を受け、十全にその結果を出す。　王族の護衛として近衛騎士隊は、遂行能力も技もある。　騎馬の最高の物が用意される。　一分の隙も無い、完璧な精鋭。　誰もそう云うわ。

　でも、それは、与えられた環境下に置ける評価。　例えば、泥沼の様な場所。　深い森。　渓谷や高い岩山。　どれをとっても、騎士には不向きな地形。　そして、そんな地形の中に潜む敵を追い出し、彼等の力が発揮される、開けた野に追い立てるのが……　歩兵である、軍の将兵さんなのよ。


　騎士団は、”　用意された戦場　”　の、『　華　』


　軍の将兵の間で、騎士団を揶揄するそんな言葉。　軍と騎士団の仲が良好でないのは、そんな所なのよ。　実際には……　見える軍の人なら、そんな事は云わない。　突進力を持ち、戦場で決定的な瞬間に力を発揮するのが、彼等の役目なんですもの。


　でも、やはり、そこは『　人　』


　戦闘の最終局面で、戦闘の結果を左右する彼等の矜持は、とても……　とても　高いの。　だから、あまり他の人の……　軍の将の云う事は聞かないわ。　




　そう……　今の様にね。




　殿下はそんな彼等を危惧されている。　だから……　だからこそ、殿下は私の方を向いて、彼等の自信を粉砕するような言葉を発せられたのよ。