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断章 11
閑話 思惑の原点
しおりを挟む王太子府
第一王子が立太子し、ガングータス国王陛下の片腕となるべく、研鑽を開始した時に、開設された組織。 代々の国王も、立太子後王太子府を開設し、そこで国の政を学んだ。
ウーノルの為に開設された王太子府は、代々の王太子府とは、少々毛色が違っている。
政を学ぶ為の組織…… と云うのは表向きで、実際には各組織の者達が、横の繋がりを得る為に利用している…… そういう風に、王城内では噂されていた。
実際、開設された王太子府に足繁く通う者達は、それまでの王太子府とは違い執政府、宰相府、国務寮、財務寮、外務寮、更には軍務寮の錚々たる男達だった。 ” 僅か十二歳の王太子に彼等を御せる筈はない。 きっと、各組織の目端の利く者達が、情報の収取を目的に、王太子府に集まっているのだろう ”
そんな噂話が、王城の各組織の中からも、聞こえてくる。
貴族の意向を強く押し出す為に組織されている、貴族院の者達もその噂話に頷いている。 聖堂教会が力を持ち始め、何かと五月蠅く政治に嘴を挟む事が多くなってきている現在。 その対応を一つの部署がするのではなく、連携して対処する方が、彼等を掣肘するにも都合が良かった。
様々な情報が集まり、必要な情報が必要な部署に流れるのは、好ましい事でもある。 貴族達では体面の問題もあり、なかなかに決まらぬ事象であっても、実務官僚達が先にその落し処を作ってくれる事は、今まで衝突が多かった ” 貴族院 ” 内部の抗争鎮静化に一役買っている。
王太子府の現状を、” 好ましい物だ ” と、感じる、中、上位の貴族が多いのも、納得の事であった。
だた、貴族達も、上位権限者である各組織の貴族の長も、その中心に居るのが、ウーノル王太子殿下で有る事なのは、理解の範疇を超えていた。
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「殿下…… お聞きになりましたか?」
「リベロットか。 財務寮、調査局は暇なのか?」
リベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵は、今日もまた王太子府、執務室脇のサロンに入り浸っている。 調査局の”飢狼”が、王太子府に入り浸るって居ると云う事で、こまごました部局の者達の足は遠のいていた。 誰しも、後ろ暗い事はある。 飢狼に見咎められ、” 肚を探られるのは、ゴメン被る ” と、有象無象の者達の足は遠のいている。
「おや、虫除けの御役目には、立っていると思うのですが?」
「そうだな。 それは、認めよう。 で、何の話だ?」
自身の執務が一段落し、侍従長ビッテンフェルト宮廷伯を伴い、サロンにやって来たウーノルは、そこに居るミストラーベ宮廷伯爵に、そう聞いた。 いつもの椅子に腰を下ろし、何時もの侍女が茶を差し出す。 香りを確かめならが、話の続きを促すウーノル。
” まるで、王者のようだな、この殿下は…… まぁ、それだけに、仕え甲斐は有るんだがね ”
などと、肚の中で思いを浮かべながら、口を開く。
「ニトルベイン大公が、肚を決められて様です。 なんでも……」
「コレは戦争だと。 フルブラント大公、ドワイアル大公を前にか…… 国務は腹を括ったという訳だ。 外務は元より、敵視している。 情報収集や、工作部隊がさっそく暗躍を始めるな」
「ご存知でしたか?」
「私にも「目」と「耳」はいる。 王城内の話ならば、かなりの確度で手に入る。 ドワイアル卿には悪い事をした」
「と云う事は、第四四〇特務隊の事で、ひと悶着あったのも?」
「私が許したからな。 マクシミリアンの希望を通したのはわたしだ。 フルブラント卿にまで、反対されたのを、押して頼んだ。 マクシミリアンの眼から見て、近衛騎士団の護衛では、心許なく想えたのだろう。 一抹の不安が、後々、大事に成るのは…… 貴殿も承知しているであろう?」
「……まったく、ほんとうに十二歳ですか、殿下は? 殿下が押された第四四〇特務隊とは、例の「薬師」が、指揮官の部隊で御座いましょう。 顔見知りだからですか?」
ウーノルは、ビッテンフェルトに目配せをし、一冊の『紙挟み』を、持ってこさせてた。 それを、ミストラーベ宮廷伯に手渡す。 ザックリとその内容を確認する間、沈黙を保つウーノル。 普段の軽い表情を、次第に失うミストラーベ宮廷伯。
「誠で御座いましょうか? 王国の法理に強い女児が…… これほど、戦上手とは…… 神は彼女に幾つ、能力をお与えになったのか!」
「与えられた能力は、「薬師錬金術士」としての能力だけだ。 あとは、彼女自身の研鑽によるものと、推察されれる。 南の辺境領域は、生きて行くだけでも厳しき場所。 市井にあり、民が必要とする『物』を得ようと、懸命に研鑽した結果であろう。 ……殿下、誠に得難い人物であります。 今からでも……」
ビッテンフェルトの言に、ウーノルは首を横に振る。 ミストラーベ宮廷伯はその様子にも驚きを隠せない。
「ビッテンフェルト。 私は言い渡した筈。 「薬師」リーナには、出来得る限り「鎖」を付けるなと。 アレは、野に在りて光り輝く。 聖堂教会が虎視眈々と狙う事が無ければ、第四軍に囲い込む事すらしなかった。 ティカの言、よもや忘れた訳では無いであろう? そう云う事だ」
「希少な、薬師錬金術士…… ファンダリア王国としても、是非とも力になって貰いたい人物では?」
「王宮薬師院、王宮魔導院の者共は、それほど無能なのか? 何のための組織だ。 個人の突出した力を当てにするのは、それこそ聖堂教会と同一の考えに陥るぞ? 個々の力は弱くとも、それを糾合する事にこそ、価値を見出せぬのか?」
静かにビッテンフェルトに語るウーノル。 真意は計り知れないが、云わんとする事は理解できると、ミストラーベ宮廷伯は深く頷く。 ウーノルの云うのは、至極最もな事。 国は人、人は石垣。 どんな堅固な城でも、石垣に穴が有る様では、直ぐに陥ちてしまう。
国民すべてが、石垣でもある…… 個人の能力を十全に生かし、出来る事を出来る限りすれば…… 城は強固になり、ファンダリアという城は陥落する事は無い……
――― 奇しくも、「薬師」リーナが示した、匪賊討伐での実績が物語るモノと、同じ。
個人の戦技をいくら高めようと、勝利は覚束ない。 その戦果を従来の訓練様式で訓練された者達と比べれば、一目瞭然だった。 ウーノルから渡された ” 紙挟み ” の中にある幾多の『報告書』がそれを物語る。
並みの者ならば、側に置きたいと願うだろう…… ミストラーベ宮廷伯は、その『本質』を見るウーノルに、肌が泡立つ思いがした。
『 物事の本質 』
紙挟みの中にある幾多の報告書は、「薬師」リーナの成した事柄が、詳細に記載されている。 それだけを見れば、個人の有能さを喧伝するには十分な、量と質を誇っている。
そして、それだけを取り出せば、ビッテンフェルト宮廷伯の言は、間違いなくウーノルにとって有益な言葉であった。 しかし、ウーノルはそれを良しとしない。
本質を読み取るウーノルの頭の中には、薬師リーナが示した、個よりも集団を機能させる方策に興味が向いているのだ。
――― 政治にしてもしかり。
ミストラーベ宮廷伯の所属する財務寮でも、とびぬけて優秀な者達ばかりではない。 実直で、融通が利かず、それでも、確実に職務を熟す者も多々存在する事も確か。
その者達の力を糾合せしむ事が、財務寮…… ひいては、王国の為に必要な事である事は、彼自身よく理解している。
光り輝く眩しき者の影に居る、そういったモノ達へ目を向け、その小さき力もまた、王国に必要であると言いきる、ウーノル王太子に、ミストラーベ宮廷伯は王国の光を見る思いだった。
小さな体の十二歳の王太子殿下。
ウーノル王太子殿下が……
殊更、大きな存在に思えてならなかった。
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