その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 11

 閑話 賢女の祈り……

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「おばば様…… コレは……」

「あぁ、それはな……」



 ダクレール領、ブルーザの港町の郊外。 薬屋「百花繚乱」の店の中。 店の奥の作業場に、少女と老女が、一つ作業机の上に広げた羊皮紙に頭を寄せ合い、話合っている。

 かつて、薬師リーナがこの場で生活していた時には、整然とした静謐な、薬を錬成するべき空間であったその作業場。 今は、足の踏み場もない程の、羊皮紙、紙、散乱する魔術書、そして…… 大きく描き出されている、防御魔方陣で占められていた。

 周囲を走り回る、レプラコーン族の妖精達は、溜息を洩らしつつも、精一杯片付けにいそしんではいたが、それ以上の速さで混乱が、この場を席巻していた。

 おばば様と呼ばれる、老女。 街道の賢女ミルラス=エンデバーグは、少女、ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢を受け入れてから、リーナが王都に向かってから久方ぶりに、知的好奇心を存分に満たしても居た。

 ロマンスティカがやってきた当初…… 老女は彼女を受け入れる気は、さらさらなかった。 愛弟子のリーナからの紹介を受け取り、何度も何度も「百花繚乱」に足を運ぶロマンスティカの情熱に、” 折れた ” だけの筈だった。

 自分の隣で肩を寄せ合うように、異界の魔法術式を熱心に解析しているロマンスティカを横目で見やりながら、こっそりとため息を漏らす。


 ” ここまで、やるとはねぇ…… 腐ってもニトルベイン大公家の娘という訳かい…… しかし、あのバカ娘エリザベートは、なんて事してくれたんだい! 異界の召喚魔方陣の一部を、防御魔方陣に組み込むなんぞ…… まったく…… ”

 

 中距離転移魔方陣を介し、ハト便がリーナの元からやって来のを、思い出している、「海道の賢女」。 そこに記載されていた、トンデモナイ術式に我を忘れ、激怒したこともまた事実。


 アレは、使っては成らない『魔法』 ゲルン=マンティカの魔導士共も、それには同意した。


 実際、『大召喚魔法』を使用した男は、魔方陣が破れた時に、その身から血と魂を迸らせて、身罷ったと聞いていた。 異界の魔物を召喚すべく紡いだ魔方陣が崩壊した為の出来事。 しかし、魔方陣は閉じず、今も尚その残滓は北の荒野に残り続け、汚濁を吐き出し続けている。



^^^^^^



 かつてミルラス=エンデバーグは、ゲルン=マンティカ連合王国の魔導士と共と諮り、崩壊した「大召喚魔方陣」周辺を、重結界にて封じている。 あちらにしても、その魔方陣がとてつもなく『危険』な代物であることは、認識していた。 故に、『大召喚魔法』は、禁忌の魔法として、封印され、以降二度と使う事が無いように、条約も結んだ。

 ゲルン=マンティカ連合王国側も、それを了承した。 召喚魔法に関して言えば、そこまで、気にする必要も無かった事が判明した。 連合王国の魔導士の頂点に居たその漢は、自分の権威を脅かされる事を嫌い、術式の多くを独占して、連合王国の魔導士たちには断片情報しか渡していなかった。


 膨大な人数の、贄《にえ》を要求する、その魔方陣は、彼の国で有っても忌避されるべき代物。 


 ファンダリア王国との決戦に使用すると云う名分が無ければ、あちらの王家も許可を下ろさなかった筈の代物。 それだけに、術式の拡散を恐れたその漢は、自身が全ての責を引き受け、そして、術の破綻と共に、闇に消えて行った。




 ” いまさら、この術式を見るとはねぇ…… いくら、断片部分と云っても、強力に過ぎるよ。 あのバカ娘エリザベート…… あんたが、コソコソ、なにやらやっていると思ったら…… そう云う事だったのかい…… ”




 術式の断片を、リーナの手紙の中に見出した、ミルラス=エンデバーグは過去の恐怖がまざまざと蘇り、直ぐに王都に向かい、この術式をどこで知ったかをリーナに問いただすと、言い出した。

 ルーケルと、イグバール商会の者達に、” 今は行くべきでは無い ” と、慰撫され、説得され、「百花繚乱」の中に押し止められた。 全盛期の頃ならば、直ぐにでも、長距離転移魔法を駆使しでも駆けつけた。 が…… 今はもうその力も、残り少ない。 

 その事を知る、ルーケルをはじめとした者達に指摘され、反論できなかったミルラス=エンデバーグ。

 イグバールが、” 俺が代わりに、見てくるから ” と、商会の主だった者達を連れて、王都に向かう後姿を、忸怩たる思いで見送った。 精一杯の怒りを込めた、魔石を彼に手渡し、必ずリーナに手渡す事を約束させた。 勿論、協力など出来はしないと…… そう、伝えた。

 一月後、イグバールから渡された、リーナからの便り。

 魔石に入っていた、愛弟子の『記録レコード』の映像と音声。 




 ” ―――おばば様、突然のお便り、お許し下さい。 特別に、ご紹介したい人が出来ました。 薬師錬金術士リーナとしてでは無く、エリザベート=ファル=ファンダリアーナの娘、エスカリーナ=デ=ドワイアルとして、ご紹介したくあります。 こちらにいらっしゃる、お嬢様に御座います。

 良く魔法を知り、” 魔術士 ” の称号をお持ちの、ファンダリア王国の至宝とも云うべき御方です。どうぞ、お話を。 母が残した、の事で、とても、とても大切な『 お話 』が、御座います。  

 御名は―――  ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢様

 殿。 わたくしのにおわします。 ”




 自分の眼と耳が信じられない、ミルラス=エンデバーグであった。 ニトルベインの娘を紹介するにあたり、自身を ” エスカリーナ ” と呼称した事。 その娘が、自身の作り上げた、王都防壁の保守を手掛けているであろう事。 そして、何より、その娘を御儀姉様と呼び慕っている事が手に取る様に判った事。

 ニトルベイン大公家と云えば、エスカリーナの不遇の原因となった者。 許せるような相手ではない筈…… 何が有ったのか、驚きに満ちたその映像の続きに…… 




 ”………… とても、大切なお話が御座います。 ニトルベイン大公家の者としてでは無く…… 王宮魔導院 特務局 第四位魔術士 そして、秘匿されし、「ミルラス防壁」保守主任魔術士 ロマンスティカよりの、お願いに御座います…………”




 見知らぬ娘からの言葉。 王宮魔導院特務局と云えば、王都に立てた防壁を、王妃共々保守すべき部署だった筈と、思いにふける。 その、保守主任魔術士と名乗る、王宮魔導院第四位の魔術士…… それが、リーナが御義姉様と慕う、ロマンスティカだと云うのか? と、混乱に拍車がかかった。

 後日、本人がこんな辺境の片田舎の港町の町はずれ迄足を運び、懇願するようにミルラスに教えを乞うてきた事は…… 彼女にとっても晴天の霹靂と云うべき事柄で在った。

 最初は拒否した…… しかし、諦めず、何度も何度も足を運ぶロマンスティカ。 高位貴族独特の高慢な物言いをせず、平身低頭で懇願をする彼女。 言えば両ひざを付き、首を地に擦りる事さえ厭わぬその姿に…… 少し…… ほんの少し心を動かされ、” 話を聞くだけは聞いてやる” と…… そう告げたミルラスだった。

 彼女の口から語られる、ミルラスの知らぬ事実の数々。 彼女の出自、その行動指針、更には ” あのバカ娘エリザベート ” の仕出かした、防壁の改変…… それを成さねば成らなかった、王都の事情。 




 ” あのバカ娘エリザベートは…… 王家と、王国と…… 何よりも、ファンダリア王国の民を救いたかったのか…… 自身の ” 想い ” が、どうなるかは、知っていたと…… 異界の魔物に取り込まれ、期せずして、授かったのが、エスカリーナだと云うのか…… そして…… その愛娘に迄、王国の安寧を担わせると云うのか…… エリザベート…… 背負い過ぎなんだよ…… あんたは! こんな事に成るんなら、王都を離れなきゃよかったよ…… 全く……”




 ミルラスはその時、心の内で呟いた。


 ” 仕方ないね…… 王都を投げ捨てた私の、残された「使命」って奴か…… ”


 ロマンスティカの話を聞き終わり、事情をすべて理解した後、ミルラスはロマンスティカを受け入れた。




「間違っちゃ困るよ。 あんたは、私の弟子じゃない。 弟子はリーナだけさね。 あんたは此処に、あの防壁を元に戻す方法を見つけに来た。 禁忌の魔法では無く、魂を力に変えるのではなく…… 祈りを、感謝を力に変える方法を見つけにね。 いいかい?」

「はい、海道の賢女ミルラス=エンデバーグ様。 わたくしは、貴女様の弟子になどと、そのような思い上がった事は、思いもしません。 貴女様の御弟子は、『エスカリーナ姫』只御一人。 その事は深く理解しております」

「はぁぁぁ…… その、エスカリーナから、頼まれたんだ…… を、お願いしますとな。 あんた、魔術士なんだろ? 基本は吹っ飛ばす。 持って来ている、モノを見せな。 私が知っている事とすり合わせる」

「はい!」

「もう一つ…… わたしゃ、「海道の賢女」って、尊称は大っ嫌いなんだよ。 だから、ここに居たきゃ、わたしの事は、浜のおばば…… まぁ、あの子は、おばば様って言ってたけどね。 それで頼むよ」

「は……はい…… お、おばば様」

「それでいい…… さて、リーナが使っていた部屋もある。 大公家のお嬢さんにゃ、物置小屋以下の代物だがね…… 嫌だったら、王都に帰りな」

「重ね重ね、有難い御言葉です。 リーナが暮らしていた場所ですもの、嫌なんて事ありませんわ! 是非、是非!」

「……全く、あんたらって…… 良く似た姉妹だよ」




 ニヤリと頬に浮かぶ笑顔には、明らかな歓びが浮かんでいた。 

 未だ、端緒に付いたばかりの、「異界の魔法」の魔法法理の検証作業。

 しかし、一歩一歩前に進めているの事は、

 ミルラス=エンデバーグにも、確かに理解出来ている。


 それは、紛う事なく、ロマンスティカの力に寄る事。





 ” エスカリーナは…… 良き姉妹が居たものだよ。 ” 神 ” の采配と云うべきなのか…… コレなら…… この子達なら…… 北の大地を再生する事が…… 出来るかもしれないねぇ……


 上の世代の過ちの数々……  済まないと思うんだ……


 だがね……




 ――― 頼んだよ、ファンダリアの未来を ――――    ”


 

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