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断章 11
閑話 去来するは、かつての戦塵
しおりを挟む現国王が登極してから……
聖堂教会の発言力が大きくなったのは、この小部屋に集まった男達は知っている。 ガングータス国王がまだ王太子…… いや、王子で在った頃、王立ナイトプレックス学院より、彼に付き従っていたのが、現在側近として、様々な事に首を突っ込み、引っ掻き回す神官長補佐の、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿。
北の荒野における、聖堂教会の暴虐の引き金を引いたのも、彼だった。
聖堂教会の権威を高め、王権と肩を並べる程になりつつある現在…… それを阻止する事は、高位貴族の中でも、特に四大大公家の間での懸案事項となっている。 最先鋒はドワイアル大公家。 事情が他の大公家とは違う。 聖堂教会寄りなのが、ミストラーベ大公家。 と云うよりも、ヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公自身、唯一人……
つまり…… 聖堂教会は、この国の王権に挑戦している。 裏で糸を引くのは…… マグノリア王国、統一聖堂の ” 法王 ” 猊下…… あちらはすでに、統一聖堂の手に落ちている。 現マグノリア王国国王、エーデルハイム=カーリン=マグノリア国王は、統一聖堂の権威の元に国王として即位した。 「 神 」より王として任じられたと、そう喧伝している……
「ファンダリア王国の聖堂教会を篭絡し、何かしらの利を餌に、引き込み役を? 奴ら…… 何を考えているのだ?」
ニトルベイン大公は、彼の三男の導きだした答えに満足げに頷く。 底光りする瞳の奥に、ある種の決意が浮かんでいた。
「各々方…… 国務大臣として云わせてもらう。 コレはもう既に戦で有ると。 経済的にあ奴らの首を締めあげる。 まずは奴隷商人たちの行動を掣肘する。 治安維持、王国の者達を守ると云う大義名分も有る。 聖堂教会の画策する、北の荒野を超えての戦の為と云って、穀物の備蓄量を増やし、あ奴らの手に渡る食料を絞る。 真綿で首を絞める様にな。 密輸はコレを厳に摘発。 その担い手が彼の国の物ならば、見せしめとして処刑する」
「干上がる前に、何らかの手を打って来るのでは?」
「もうすでに、打って来ておるよ」
「なんと!」
驚くのは、フルブランド大公。 暗闘に関しては、フルブランド大公の職掌には含まれない。
「ウーノル王太子殿下は、ご存知であったぞ? そして、その対応も準備されておるぞ? あの方の眼は、どうなっているのか…… この儂も、なかなかには……」
「その手とは…… 公女リリアンネ第三王女様に?」
ドワイアル大公が厳しい光をその瞳に浮かべながら、問いただす。
「聖堂教会が妙に強く受け入れを打診してきてな。 調べた」
「統一聖堂……ですか」
「そうだ。 狙いは……わかるな」
「ウーノル王太子殿下。 または、その側近達」
「殿下はの、その対応をマクシミリアン殿下に一任された。 そうであったな、フルブランド大公」
「そうだ。 王太子殿下の盾となる」
「直ぐに『この話』を、排除せ無んだのは、 ……別の筋からの、話が来たからだ」
ドワイアル大公が、思案気なニトルベイン大公の言葉に、素早く反応する。
「あちらの旧臣共ですな。 公女リリアンネ第三王女様の御生母は身分低き御方。 あちらにしてみれば、捨て駒にするには丁度いい。 上手くウーノル王太子殿下、もしくは、マクシミリアン殿下を篭絡できても良し、出来ぬならばファンダリア王国の貴族間の繋がりを混乱せしめ…… あわよくば、内紛に持って行ければ、更に良し。 事が露見するならば…… そのまま切りすて、知らぬ存ぜぬ。 公女の側に敢えて旧臣の者達を据えているのは、露見した場合において、その者達に罪をかぶせるが為…… 旧臣たちはそうはさせじと、何らかの画策をするやもしれませんな。 ……老公が、仰った別の筋と云うのは、そ奴らの事でしょうか?」
「流石だ、ドワイアル卿。 あちらの謀をこちらに伝える用意が有ると、そう極内密に伝えてきおった。 しかしの、あちら執政府も…… 薄々気が付いておろうな」
「出迎えの際…… 狙われますな」
「その事でな…… のう、フルブラント卿。 マクシミリアン殿下が特にと願い出られたことがあるのだったな」
「はい、老公。 ドワイアル卿…… 実は、マクシミリアン殿下が、第四四〇特務隊に護衛をと願い、ウーノル王太子殿下がコレをご了承された…… 本人には、マクシミリアン殿下が、申し伝えられた」
「なに! 聞き捨て成らんぞ、それは。 第四四〇特務隊の指揮官は、「薬師」リーナ。 我がドワイアル大公家が後見する者ぞ! 何時、決まった!!」
「マクシミリアン殿下が、直接 エスコー=トリント練兵場に出向き、「薬師」リーナと話を付けられた。 了承されたと……」
「この襲撃予測を知っているのか、「薬師」リーナ殿は! あの者に何かあれば、南方領域は王国に不信を抱くぞ? もっと言えば、ダクレール領を始め、王国南方領域の者どもは離反するぞ」
「……軍としては反対であった。 が…… ウーノル殿下も推薦に同意されたのだ。 ドワイアル卿…… 貴殿は北方辺境域に居て知らぬようだから、敢えて言う…… あの薬師殿は、” 軍才 ” も一流ぞ」
「なに? ……誠か?」
「第四四師団に置いての匪賊討伐に置いて、あの者の指揮下の人員は誰一人損なわれる事なく、賊を捕縛し、囚われの女性達を助け出し、さらに、賊の頭目すらその手にしたのだ…… 配下の兵は、練兵中の新兵二個中隊。 及び、第四四〇〇護衛隊のみ…… 熟練兵すら少数しか居らなんだのに……だ。 熟練兵を多数投入している本隊、そして、もう一つの二個錬成中隊では、戦塵を浴びた師団長が直卒…… しかし、相応の被害を出し、囚われの女性たちの救出も出来ていない。 この状況を鑑みるに、比べるまでもない事は確か」
すっと、眼を細めるフルブラント卿。 そして、続ける言葉に、それまでの訓練方法や自身が指揮する軍の在り方に、疑問と悔恨の情を滲み浮かばせる……
「―――あの『薬師リーナ』と、云う者の『軍才』と云わずして、何という。 オフレッサー侯爵も、一目置く見事な戦上手よ…… 第四軍の総意として、薬師リーナ殿が、出迎えの一行の護衛に付くのは、反対ではあった。 ” 危険な御役目ゆえ、彼女をその危険に晒すのは看過しえない。 ” ……そう、申して来た。 全軍を預かる儂にしても、僅か十三歳の女児にその重き役目を負わせることには、反対だ。 しかしな、ドワイアル大公…… あの者が護衛に参加してくれるのであれば…… 危険にも十分な対応をするであろうことは、間違いはない。 そう確信もして居るのだ」
「ぐぅぅぅ…… き、貴様…… 何と云う事を云うのだ」
「すでに、その方向で話は進んでいる。 了承をしてくれぬか、ドワイアル大公」
睨みあうドワイアル大公と、フルブランド大公。 静かにグラスを回しながら聞いていたニトルベイン大公が、口を開く。
「すでに…… 戦端は開かれておる。 投入できる者は、全て、投入する。 さもなくば…… 王国は消滅するぞ」
「グゥゥゥ…… 老公…… 貴殿迄……」
「情深き漢よの、ガイストは。 王国への危険は芽の内に摘まねばならぬ。 あの薬師には、その能力も十分にある。 胆力は…… 儂が保証しよう。 あの娘…… なかなかの者であったぞ」
ふと、遠い目をするニトルベイン大公。 胸の内で思う事がある。 成すべきを成しに、現在もまだ、行方をくらませた、孫の言葉が蘇る。
” 大空を高く飛ぶ 『真白の鳥』の羽を奪い、籠の中に押し込んでは、その能力を十全に発揮する事は出来ません ”
その言葉通り…… 『真白の鳥』は、存分に王空を高く高く飛び、『我ら』古き因習の頸木を持つ者達に、未来への道を指し示してくれるのではないか。 そう、思えるほどに、気高く、誇り高い、『 意思 』を持つあの女児には……
――― 薬師リーナと云う女児には ―――
思うがままの、彼女で在り続けて欲しいと、願ってしまった。 籠の鳥では…… リーナの成すべき事は成せぬと。 そう感じさせるものが有った。 口には出さないが、ニトルベイン大公の心中に、その思いを抱いていた。 薬師リーナと、言葉を交わした、アノ短い時間でも、その事をヒシヒシと感じていた。
” まるで、ミルラス=エンデバーグ…… 賢女殿の様ではないか。 心に信念を持ち、真っ直ぐに歩み続けるその姿。 歳は…… 取りたくないものだな ”
嘆息にも似た何かを口から送り出し、それでも尚、前進せねばならないと静かに想う。
「諸君…… コレは戦争だ。 仕掛けて来たのは、あちら。 ならば、存分に叩き潰そうではないか。 今のままでは、敗北の憂き目を見る。 せっかく獅子王陛下が望まれた平穏な世界が直ぐそこまで来ていると云うのに。 ニトルベインの意思は決まった。 諸君らは、どうする?」
肚を決めた古強者の姿がそこに有った。
かつて戦野を駆けた漢……
そこで見た、滅びゆく国々の姿……
去来するは、かつての「光景」
その漢の眼の中の光は……
ファンダリア王国の未来へ道程を……
――― 光への道筋を ―――
確実に見据えていた。
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