その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

噂の出所

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 二人きりになった途端、フルーリー様が言葉を紡がれたの。




「北の…… 貴族の方ですね」

「えぇ…… でも、何故?」

「御言葉に、北の訛りが有りました。 所作にも、端々に。 ……山賊から、助け出された方達なのですね」

「お耳が早いですわね。 ……そうですが、少々、理由も御座いまして」

「理解しております。 我がグランクラブ商会の手はファンダリア全土に広がっております。 北方のご領地がどのような状態なのかも、存じております。 父よりその話は聞かされております。 あの……」

「何で御座いましょうか?」

「いえ、噂では、山賊の壊滅に、第四四〇特務隊が大きく貢献されたと、そう側聞いたします。 リーナ様は…… その…… 戦場に?」

「………………えぇ」

「危ない事は、おやめください!! 貴女の身に何かあれば、どうするのです!!」

「軍属ですので、危険は織り込み済みに御座いますわ」

「それでも!!! グランクラブ商会として、第四軍には、強く進言いたします」

「フルーリー様? わたくしは、「薬師」ですのよ? そこに傷付き倒れた者が居るのならば、たとえそこが戦場でも、わたくしは、わたくしの意思として向かいます。 誰に強制される訳でも無く、わたくしの意思として。 その事は、第四四師団の幕僚の方々も了承して頂いておりますもの」

「で、では! こ、今後も?」

「ええ、わたくしは、前線に立ちますわ。 薬師として、治癒士として」

「そ……そうですか…… でも! お気を付けくださいね。 リーナ様の名声は、王都でも噂になっておりましてよ? 碌でもない人達から、なにやら云われるかもしれません」

「噂? ……に、御座いますか?」

「ええ、” エスコー=トリント練兵場に「聖女」降り立つ ” と。 エスコーの街でも、トリントの街でも、評判になってましてよ? 病魔から市民を救い、怪我を癒す聖女が来られたと…… こちらの聖堂教会の方々も、色々と動いておられると、そう側聞いたします」

「また、大げさな……」

「さらに言えば、此度の救出劇。 リーナ様の部隊のみが、攫われ囚われていた女性達を奪還されたのでしょ?」

「ええ…… 残念な事に…… こちらの被害も大きかったですのよ? 無くしてしまった命はもう、戻らないと云うのに……」




 目を伏せ、軍墓地に埋葬した、この戦いに倒れた方々。 葬儀に列席し、深く首を垂れたのはつい先日の事。 もう少し早く…… 強く訓練内容の変更を進言していればと…… 後悔に苛まれるの。 彼等を救う事は出来なかった…… その事実が重く私の心に圧し掛かっていたの。




「リーナ様、フルーリーは思うのです。 貴女は背負いすぎると。 その御顔、醸す後悔の念。 わたくしには判ります。 伊達にお父様と一緒に商売をしている訳では御座いません。 貴女が『どれ程』の事を抱え、背負っているのは…… 一目見て判りました。 それでは、貴方が潰れてしまいます。 ……だから、その重き荷のほんの少しでも、わたくしに担わせて下さいませんか?」

「フルーリー様……」

「だって、お友達でしょ? ねっ、リーナ様」




 私の両手を取って、そう仰るフルーリー様。 そうね…… 私一人の手では、救えない命だって、沢山ある。 この穏やかな手を取り、共にファンダリアの行く末に光を求めるのも…… 必要な事かもしれない。




「ありがとうございます。 ご迷惑かもしれませんが、頼りにさせて頂きます」

「きっとよ、絶対よ! 貴女の泣き顔とか、困った顔は、見たくないもの! リーナ、貴女には笑顔が似合うの。 ホントよ。 だから、わたくしに、貴女の笑顔を護らせて!」




 あぁ、もう! なんで、こんなに!! 私の事を心配してくれるの!! こんなんじゃ、こんなんじゃ…… 民の為に命など、惜しくないって云う、私の決意が…… 揺らいじゃうじゃない!!

 しっかりと私を見詰め、フルーリー様は仰るの。




「貴女はとても大切な友人。 私の前から消える事など、許しませんから!」




 真っすぐで、気持ちがいいほどの言葉……

 頷くしかなかったわ。

 ホントに…… 貴女は…… 何処までも…… 真っ直ぐなのね。 



 ^^^^^


 少しづつ、少しづつ…… クレアさんも、スフェラさんも、隊に馴染んで来たわ。 時間は掛かるし、未だ、彼女達は男性と話すときに身構えるのは、仕方ない事。 でも…… それでも、乗り越えようとされているわ。


 事務官としても、有能さを発揮し始められた。


 彼女達、流石に領政をお手伝いされていた方々ね。 経理の基本は勿論、人を動かすすべを心得てらっしゃったの。 よほどお家で、研鑽に勤められていたのが伺い知れたわ。 下位の貴族家では、男女区別なく知恵を絞り、領民を慈しみ、そして、領を護らねば、生きてはいけない。 


 その事が、とても良く判るのよ。 


 ダクレール領でも、奥様、若奥様が家政を取り仕切っておられてモノね。 そういうモノなのよ。 クレアさんも、スフェラさんも…… 同じよ。 

 王城外苑の視察も終わり、日々の生活が安定してきた。

 訓練内容の変更も承認され、第四軍の訓練は、私が知る様な訓練になったわ。 傷薬が大量に消費される訓練にね。 治癒士としても、かなり忙しくなる。 錬成に必要な薬草も大量に必要になったわ。 プーイさん達、穴熊族の方が中心になって、森に出かけて薬草の採取をして下さった。




「なに、護衛隊の訓練としてな。 リーナは練兵場を、今は離れられないんだろ? だから、私らで薬草の採取をするしかねぇよ。 兎人族の奴らを、リーナに見立てて、森狼族、森猫族とも連携を持ちつつ、狐人族に【祝福ブレス】を貰ってな。 そうそう、狐人族の奴らは、森に結界を張ってたぜ。 へんな魔獣が押し寄せてこない様にってな。 流石は、戦闘神官バトルクレリックだよな。 うちらじゃ、そんな事、考えられんもの」




 にこやかに笑いながら、プーイさんがそう言って呉れたの。 ラムソンさんも横で頷いていた。 護衛隊の訓練は…… ほぼ、丸投げにしているんだ。 それに、彼女達は獣人族義勇兵。 人族の訓練は適用できないしね。

 頼みます……

 戦野では、貴方たちが、頼りなのです。 お願い申し上げます。

 シルフィーが、眼を細めて私に言うの。




「リーナ様の護衛は、わたくしが任じられております。 どうか、お忘れなく」

「勿論よ。 個人的に、私の近くに居るのは、貴女だものね」

「それは、有難く」




 細めた目が、ふにゃりと下がるの。 大丈夫、皆に其々役割が有るのよ。 私は、私の役割を果たすわ。 




「そうそう、シルフィー」

「何で御座いましょうか? リーナ様」

「先日、フルーリー様が私の噂について、胡乱な事を仰ってました。 ちょっと…… 調べて下さい」

「はい…… それで、胡乱な事とは?」

「ええ、” エスコー=トリント練兵場に「聖女」 ”が、居るとか居ないとか…… 」

「承りました。 正確に情報を集めて参りましょう…… 「聖女リーナ」様」




 えっ? 何を言っているの? シルフィーは、にこやかに笑うと、さっさとその気配を消し……

 どこかに去っていったわ。


 えっと……


 えっと……


 混乱が私を捕まえるの。


 だから、その、「聖女」って! 


 なんなのよ!!!!




*********




 そんな混乱をしている私に、呼び出しがかかったの。




「王都、王宮より使者が見えられた。 ご準備を」




 ―――ってね。



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