その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

想いは遠く、そして深く

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 週の終わり。



 明日は…… 暦の上では、休日になっているわ。 すでに、女性達の治療を開始してから、四日目に入っている。 精神的に頑健な人達は、どうにか現実に折り合いを付けられた。 力なく微笑みならが……


 ” なる様にしか、なりません。 わたしんちは、私が働かないと、余裕がなくなりますから…… 帰ります。 家族の元に ”


 そう、口にされたの。 他の方も、” 大意 ” は、同じ。 体力的にも十分回復したと、治癒士的見地で保証出来る。 出迎えてくれているご家族の方々も、良い人達だったわ。 彼女達の帰還を認めたの。 ご家族の方々が口々にお礼を言ってくださった。

 でも、そのお礼はこれからの生活でどう変わるか判らない。 だから、敢えて私は口にするの。


 ” そのお礼は、わたくしでは無く、あなた達の大切な人を奪還した、第四軍の兵に。 みな、命を賭して作戦を遂行したのです。 ファンダリアの民の安寧を護る為の国軍ですから。 もし、その上でも感謝を頂けるのならば、有難くその謝意を受けましょう。 皆様に精霊様の御加護が、あらんことを ”


 大事な人達は、ファンダリアの王国民。 彼女達が安寧に暮らして行く事こそ、精霊様の御意思に沿うってね。 そして、彼女達が不安にさいなまれない様、村単位で疎外されないよう、彼女達の奪還に、第四軍が示した、「意思」を、刻みつけたの。


 受け入れる側も…… 相応の覚悟が必要なんだもの。


 二十八人の女性達。 還る場所が有る人達。 そんな人達が、やっと心と現実に折り合いをつけて、エスコー=トリント練兵場から、本来いるべき場所へ戻っていったわ。 有る物は馬車で、有る物は歩いて。 頭を下げつつ、手を振りつつ…… ね。


^^^^^


 残る七人…… 王都、王城外苑からお返事が来たの。 




「了解した。 軍属として受け入れよ。 尚、兵どもには、『軍の風紀』を、厳しく監視せよ。 これ以上彼女達の心を蹂躙する事は、第四軍として認めない。 万が一、風紀を乱す様なものあらば、軍法を持ってコレを処罰する」




 ってね。 署名が、代理指揮官である、グスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵の物ではなく、第四軍指揮官である、エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵閣下の物だったわ。 ……揉めたのね。 軍属に若い女性を入れる事に。

 でも、そんなに心配しなくてもいいと思うの。 だって、今エスコー=トリント練兵場に居るのは、第四四師団。 そして、彼女達の奪還作戦を実施したのもね。 彼女達がどんな境遇に居たのかも、そして、助け出せなかった大勢の女性が居た事も…… 師団の将兵は存じ上げているんだもの。

 彼女達の意思をくみ取りつつ、最初は厨房から入ってもらう事にしたわ。 女の人の手が入るだけで、ご飯は美味しくなるもの。 辛いときは、治癒室の一室で落ち着くまで、居てもいいって、そう伝えたの。 出来るだけ前を向ける様に…… そう思ったから。 

 アーバスノット子爵にお願いして、治癒室の一部を改装してもらいもしたの。 誰にも見られず、廊下からそっとは入れる小部屋を一室作ってもらった。 私が防音の魔方陣を編んで、その部屋に打ち込んだから、中で泣き叫んでも、外には洩れない。 

 記憶が蘇り、どうしてもやり切れなくなった時に、使って欲しいと、そう伝えたわ。 彼女達のポケットには、私が錬成した安定剤も常備するようにしたし……ね。

 厨房の人達も、彼女達を優しく受け入れてもらったわ。 宜しくお願いします。 強面の厨房長は、苦笑いを浮かべながら了承してくれた。




「俺みたいな厳つい奴が、あの子たちの前に出てもいいモノかね、「薬師」殿?」

「彼女達もいつかは、此処を出る事に成ると思います。 強面の方でも、お優しい心の持ち主が居ると、認識してくだされば、可能性は広がります」

「そんなもんかねぇ…… まぁ、仕事は山ほどあるしな。 厨房方は力も強い。 なんか判らんが、暴れた時には、確保するぞ? 刃物を持たせるしな」

「直ぐに治療室にご連絡くださいね。 お願いします」

「あぁ、判った。 頼みますよ、「薬師」殿」

「はい」




 ニッコリと微笑んで、厨房長様を見る。 その瞳を真正面から捕らえ…… 頬に笑みを浮かべられたわ。 頼りにしております。 


^^^^^


 残りの二人…… 心の傷が深く、魂まで砕けそうになっているお二人。 クレアさんの方は、事務方として私の側に付くことに成った。 でも、スフェラさんは…… クレアさんの言葉通り、壊れて居た。

 情緒が不安定すぎるし、漢の人が居るだけで、恐怖に振るえるくらい。 しばらくは…… 隔離が必要。 良かった事は、人族にのみその反応が出る事。 だから、獣人族の方々の前では、元貴族の方の様に、高貴に振舞える。 慈愛を持って、接する事が出来たの。

 スフェラさんには、第四四〇〇護衛隊の事務官として、配置させてもらったの。 面倒を見てくれるのはウーカルさん。 徐々に…… 壊れた心を直していければいいと、そう思って配置したの。

 クレアさんも同意してくださったわ。 健気に振舞う彼女達に、第四四〇特務隊、第四四〇〇護衛隊は、感謝をもって向かい入れたのよ。

 事務官として働いてもらうと云う事で、それまで、何とかやって来た経理関係をお願いしたいなと思ってね。 細かい出入りとか、特殊な事情を抱えている、第四四〇特務隊には特に優秀な事務方が必要なの。 そこで、フルーリー様にご連絡申し上げて、ダクレール領の経理教本を取り寄せてもらったの。

 幸いにして、グランクラブ商会でもその経理原則には注目していたらしく、わざわざ遠いダクレール領から、取り寄せ無くても、既にお持ちの経理教本があったの。


 フルーリー様が自らお持ちくださったのよ。




「リーナ様!! お久しぶりです!」

「フルーリー様。 ご機嫌麗しゅう御座います」

「ご希望の経理教本お持ちしましたわ。 ちょっと、使っていたモノですので、汚損は有りますが、十分に使用は可能です。 ……本当にコレで良いのですか? 新本をお持ちする事も出来ましたのよ?」

「色々と書き加える事も必要ですし、それに、時間も差し迫っておりますので、十分に御座いますわ。 部隊の経理をお願いする方に、学んで頂きたいので」

「そう…… なんですか」




 ん? なにか?




「人が必要ならば、云って下されば、よかったのに。 商会の方から人を回しましたわ……」

「あぁ、そう云う事では無いのです。 少々事情が御座いまして」




 私の後ろに軍属の制服を着た、クレアさんとスフェラさんが立っていたの。 私付きって事で、ご一緒していただいていたの。 御紹介しておかないと! 




「フルーリー様、此方の方々が、わたくしに付いて下さることに成りました。 クレアさん、スフェラさん。 グランクラブ商会のフルーリー=グランクラブ様に御座います」




 双方で「淑女の礼」を交わす。 フルーリー様は、クレアさん、スフェラさんの物腰から、貴族であったことは見て取っておられたようね。 でも、私が言葉を濁しているから、深くはお話されない。 ただ、私とグランクラブ商会の関係をお話下さったの。




「…………と云う訳で、我がグランクラブ商会は薬師錬金術士リーナ様を全面的に支援しているのです。 どうぞ、貴方方も頼って下さいませ。 小は備品の紙から、大は軍用荷馬車まで、豊富に商品は取り揃えております故」

「あ、ありがとうございます。 王国一の商会が…… そこまで…… 心いたします」

「すべては精霊様の御意思の元。 皆様に御加護あらんことを」




 屈託のない笑みを浮かべ、フルーリー様はそう仰ったの。

 その笑みを受け、クレアさんもスフェラさんも、緊張を解かれたようね。


 お渡しした経理教本を学んで頂くために、先に退出してもらったの。


 少し、個人的にお話がしたかったから……


 フルーリー様には、残ってい頂いたの。


 私の表情から、何の話か、多分予想は付いていそうね。


 だって、フルーリー様なんですものね。






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