その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

煉獄の結末(1)

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 月が雲に隠れ…… 辺りはシンと静まり返り……

 私達第四四〇特務隊は、所定の場所に付いていたの。

 身を低くし、叢に隠れ、気配を消し……

 作戦開始時刻を待っていたの。



 時間は真夜中〇刻を回って、深夜一刻。 軍隊式に云うと、〇一〇〇ね。 刻時器の刻を刻む密やかな音が、耳に届く。 第四四〇〇護衛隊の中で周辺探索に特に秀でている、森猫族のネンテンさんは、今、包囲線を引いている、各部隊を回っているの。

 脱出路や、隠された小道なんかを、見つける為にね。 情報参謀様のヘズター子爵から頂いた情報は有難く使わせて頂いては居るんだけど、それだけじゃいけないわ。 念には念を入れないとね。 作戦中に突然発見される小道なんて、悪夢でしか無いもの。


 今なら予備部隊の投入も可能。 近くの部隊にその旨を伝えるだけで良い。


 きっと、ネンテンさんは遣ってくれているわ。 そして、部隊の人達も。 相当にキツイ訓練を熟したし、彼等の癒しの手伝いを、兎人族のウーカルさんを始め、第四四○○護衛隊の皆もしてくれたから。 

 私が、全面的に信頼を置いている獣人族義勇兵の方々を悪く思う人は、預けられた錬成中隊の方々には、居なくなったわ。

 苦しい時に手を差し出してくれる人には、心を許してくれるものだもね。



   ポツリ


      ポツリ



 水滴が、顔に当たる。 降り出して来たわね。 雨は音を吸い取るわ。 これで、敵の索敵距離も随分と短くなる。 【遠眼ディストヴィジョン】、【夜眼ナイトヴィジョン】は、眼鏡に符呪して、斥候兵さんに渡してある。

 闇夜でも、昼間の様に見える筈。 個人に合わせ調整は出来なかったけれども、受け取って下さった斥候兵の方々は、口々に感謝を述べられていたの。 それだけ有効な魔道具だと云う事ね。 弓兵さん達も、簡易的な【夜眼ナイトヴィジョン】を符呪した眼鏡を渡してあるし…… 

 狙撃はこの暗闇でも可能だと…… 信じているわ。

 ネンテンさんが帰って来たわ。 軽く頷かれるの。 全周囲警戒を切らずに、私に近寄ってこられた。




「未発見の小道は三ヶ所。 近くに居た部隊にお伝えしました。 予備隊の投入を実施。 砦全周において、這い出る道はコレで無くなりました」

「ありがとう。 所定位置に。 作戦開始まで、休んでいて」

「了解です」





 刻時器がの長針が回り…… 

 ジリジリとした、空気が引き絞られ……

 そして…… 刻が来たの。

 ○二○○。

 作戦開始時刻。 密やかに、力強く、私達は藪の中を前進し始めた。




 ********




 四分の一刻後、私達は洞穴砦の入口近くに到着。 他の部隊も、侵攻速度で移動している筈だから、もうすぐ、見える筈。 出入口は全部で八ヶ所。 各出入口から、同時に攻勢に入る。 入口近くに居た敵歩哨は、弓兵さんの狙撃で倒れた。


 手早く縛り上げ、猿轡を噛ませ転がす。


 私達が居たのは、一番大きな入口の前。 足音を殺した、兵隊さん達が、素早く侵入。 弓兵さんが、その支援。 入口近くのホールになっているところには、数人の山賊がたむろしていたけれど、素早く無害化。 

 敵歩哨と同じく、猿轡を噛ませ転がしていたわ。 これで…… 橋頭保確保。 私達も続いて侵入する。 錬成中隊は、既に砦の洞窟に侵入している。 第一目標である、囚われている女の人を出来る限り早く、見つけ出す為にね。

 洞穴の通路から、聞こえるは剣戟の音と…… 荒ぶる男達山賊の、威嚇の声。 そんモノで怯むような者は、私が預かった錬成中隊には居ない。 直ぐそばで、穴熊族の ” 咆哮 ” を、浴び続けていたのよ、この二週間。 人がどんなに頑張ったって、あの ” 咆哮 ” に勝る威嚇の声は出せないわ。

 それにね…… ラムソンさんの細く鋭い殺気にも、晒されてそっちにも、かなりの耐性が付いているものね。

 鬼気を孕ませている、ラムソンさんの殺気は、当てられるだけで、ある意味 「 死 」 を、覚悟させられるモノね。 そんな中、その殺気に耐え、剣を振る訓練は…… 相当に彼等の鍛練には役立ったはず。 こんな、隘路ばかりの洞穴で、声一つ立てずに、淡々と ” 処理 ” 出来るくらいにね。


 呼子あいずが聞こえる。


 侵攻開始から、まだ半刻。 囚われの女性たちを見つけた様ね。 これからは、捕縛戦に入るわ…… 私たちは、解放された女性たちの為に、毛布と飲み物を準備したの。 鎮静効果の高い薬草を使った飲み物。 悲惨な境遇に晒されて来た彼女達を、保護して家族の元に返すの。


 それが、私の「 役割 」なの。


 続々と、洞穴の中から、囚われの女性たちが連れてこられたわ。 手早く【完全鑑定】で、彼女達を診る。 洞穴の中は暗いから、私の眼の色が「群青色ロイヤルブルー」に変化した事は、判らない筈。 なまじ、判っても、周囲に居るのは、獣人族義勇兵の皆さんだから、問題は無い筈よ。


 酷い……


 そうとしか、言えなかった。 次々と運ばれてくる女性達。 皆粗末なボロを纏い、シクシクと泣いていたの。 見ると、首の後ろに奴隷紋が刻まれている…… なんなのよ!! 

 ファンダリア王国では、人族の「奴隷」は、容認されていない。 つまりは、外国に連れていかれる手筈になっていたって事! 




「大丈夫、直ぐに解放してあげる。 ちょっと、ピリッってくるけれど、我慢して……」




 運び込まれてくる女性たちの首に打ちこまれた、「奴隷紋」に手を当て、【強制昇華フォルリリス】を展開する。 赤黒い私の魔力が手から迸り、打ち込まれた「奴隷紋」を分解昇華させていくの。



 本当に、ムカムカしてきた。




 なんなのよ、 なんなのよ、 なんなのよ!!!!




 山賊達の所業が、明らかになって来たわ。 縋る様に、私に抱き着いて来る人も、沢山居た。 泣き顔が…… 心に刺さるの。 愛しい人の名を呼びながら、虚ろに虚空を見上げる人も…… 神様に祈る人も…… 家族に…… 知人に…… そして、恋人に…… 許しを乞うように…… 嗚咽が辺りを包み込むの。

 このままでは、彼女達の心が死んでしまう。 ウーカルさんにお願いして、鎮静効果の高い飲み物を、無理矢理にでも、飲んでもらうの。 心の治療は…… 演習場に帰ってから。 こんな所に居てはいけない。 絶対に……



 絶対に!!



 逐次、回収の馬車が待機している場所に、女性たちを優先的に送り出していくわ。 鎮静効果の高い飲み物を飲んでもらっているから…… 眠りはついてもらえるはず。 丁重に…… 宝物を扱うようにと、錬成中隊の人にお願いして、連れ出してもらった。

 人数にして…… 三十人以上…… 此処って…… そう云う事なの? 疑問が湧く。 何故、こんなにも多いのか。 何故、こんなにも厳重な警備体制を取っていたのか……

 何となく、想像が出来たのは、転がされている山賊の中に、明らかに毛色の違う人が紛れ込んでいたから。 小汚い装備をしている山賊とは違い、やけに高価で綺麗な服を纏っている男が数人いたの。 指に、何本もの宝石が付いた指輪をしていたり…… でっぷりと肥えたその体躯……


 そして…… 腰に下がる、電撃の鞭。


 こいつ等…… 「奴隷商人」だ。 村々から攫ってきた女性たちを「奴隷」にして、どっかに売り飛ばすんだ…… ファンダリアの民を…… 真面目に暮らしている者達を…… ―――許さない。 


 絶対に、絶対に、許さない!


 でも…… ちょっと待って。 こいつ等が、ここに居るって事は…… 今夜、取引が此処で行われるって事? だとしたら……



^^^^^


 大柄な山賊と、小柄な男が、岩の影から飛び出して来たの。 秘密の通路…… よね。 あんな所に穴なんて、無かったもの。 とっさの事で、獣人さん達も対処できていない。 ラムソンさんも、ちょっと距離が離れている。 シルフィーは、私と反対側の洞穴の坑道の入口に居た。 とても、間に合わない。

 大柄な山賊は、わたしが居る場所目がけて、投げナイフを投擲してきた。



 私が一番入口に近い所に居たからね。



 洞穴の砦が強襲されて、自分たちだけでも逃げようとして、秘密の通路を使ってここに出た。 そう見て間違いは無いわ。 つまり、こいつらは――――



 親玉って事。



 軽くバックステップを踏んで、腰に差した山刀の柄を掴むの。 姿勢を低くして、相手の懐に潜り込む。 ギョッとしている、大きい方の山賊。

 軽く振りだした山刀は、輝線を引いて山賊の足首に当たる。 装備もそれなりに整えていたらしく、ニヤリと卑しい笑いを浮かべたソイツ。

 でもね、この山刀は特別製…… ブギットさんが鍛え上げた、オリハルコンの刃なのよ。 鋼鉄でも切り裂ける。 ルーケルさん仕込みの剣戟は、ソイツの鉄で補強されたレガースを難なく切り飛ばしたわ。




「ほふぇ?」




 間抜けな声がソイツから漏れる…… 返す山刀で手首を落とすの。 ガントレットから、火花と血が迸るの。 斬り飛ばした手首が宙を舞う。 

 そこで、護衛の人達が動き始めるの。 

 戦闘力を失った大柄の山賊は、難なくプーイさんに取り押さえられ…… 失血死しない様に、ナジールさんが、火の魔法を使って、手と足の切り口を焼きつぶしてくれた。




「ギョアァァァッァァ」




 絶叫が、洞穴の中に響き渡るの。

 でも、だれも動じない。

 目の前に居た、囚われの女性たちにした事に

 きっと…… 私だけじゃなく



 護衛隊の皆も頭にきてたから……





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