その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

煉獄を知る者達の同意

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「まだ、走り始めてから、三刻も立っていませんわよ? 何なのですか、コレは。 貴方たちは、第四軍の精鋭たる兵になるのではなかったのですか? 装備も、装具も無しで、一番軽い鎧下で、走ってもらったのは、貴方たちの「地力」を測る為。 わたくしは、【身体強化】魔法を纏いはしておりますが、軍装をすべて纏い、さらに、貴方たちの為の薬品類を背負って、一緒に走ってますのよ? それなのに? 訓練にもなりませんわ!」




 私の声が虚しく練兵場に響くの。


 何もない草原に、若い兵隊さんがバタバタ倒れ、肩で息をしているのよ。 中には自分の口から出た汚物の中に顔を突っ込んでいる人もいる。 多くが私を馬鹿にした人達だったのよ。




 ^^^^^



 明け五刻に集合してもらった、二個錬成中隊の方々。 軍装に身を包み、標準刀なんかを鞘から出したり入れたり…… そんなモノ必要無いわ。 まずは、どのくらい体力があるか、調べなくてはね。 新兵さん達の中隊長さん達は、第四四一大隊からの古兵のお二方。


 その方に、方針を伝えたの。


「まずは、どの程度、体力が持続できるかを調べたくあります。 装備、装具を外し、鎧下のみで練兵場の外周を走ります。 多分、本日の訓練は、午前中は長距離走、午後からは集団戦の陣形維持に充てたいと思います」

「指揮官にお尋ね申し上げます」

「何でしょうか?」

「装備、装具を着用せずに走る意味と、走る速度に付いてでございます」

「装備、装具に付いてですが、本日は初日。 よって、二個錬成中隊の方々の「 地力 」を知りたく存じます。 明日以降、徐々に装具、装備を付け、最終日には全装備にて。 三日に一度、休養日を取ります。 十四日と云う短い期間ですので、少々無理をさせて頂きます」




 頷かれる中隊長さん達。 彼等は理解しているのよ、地の体力が如何に大切かが。 




「走る速度については、初日ですので、大隊駆足から。 明日からは少しづつ速度を上げて、最終日には、分隊侵攻速度を少なくとも一刻、全装備にて持続できることを目指します」

「なっ! そ、それは…… 少々無理と思われます」

「大丈夫です、これでもまだ緩やかな方です。 休養日もあります。 期間も決まっております」

「体力回復ポーションは……」

「使いません。 体力切れからが、本番です。 無理にでも動いてもらいます。 足を捻ったり、転んで怪我を負っても、わたくしが帯同いたしますので、その場で ” 治癒 ” いたします」

「な、なんと、薬師リーナ殿は、一緒に走られる所存か」

「おかしくは、有りませんわ。 わたくしも 第四軍 第四師団付き 軍属の「薬師」に御座います。 当然、ご一緒させて頂きますわ。 ……幼き身では御座います故、【身体強化】魔法は纏いますが。 あぁ、それと、わたくしは完全装備で、医薬品も運びます。 走る速度の調整は、中隊長様にお願いしたいと思います。 宜しくて?」

「最後尾に付かれるのか?」

「いいえ、体調が思わしくない人の元に直ぐに参らねばなりませんので、わたくしの走る位置は、不定とさせて頂きます。 尚、最後尾には、第四四○○護衛隊の、穴熊族「義勇兵」である、プーイ、 パーレ、 ピール の三名の女性兵が付きます。 側面には、ペンタン、ポン が、各一名付き、観察いたします。 さらに、最後尾には 我が従者ラムソンが付き、殺気を放ち後ろから追い立てます」

「……実戦形式という訳で御座いますな」

「はい。 装備、装具は付けておりませんが、初日の今日は、平原にての撤退を想定いたしました。 人員だけでも、後方に下げなければならない場合も…… 御座いますでしょ? 各穴熊族「義勇兵」の方々にも、同じく ” 咆哮 ” を上げてもらう手筈に御座います。 心を乱し、散逸するようでは、部隊として組織だった 「撤退」は、不可能に御座いますから」

「南方の「海兵」とは、この様な訓練を?」

「あら、これでも生ぬるいと、きっと仰いますわ」

「なんと!」

「あの方々は、全装備の上、本物の矢や、剣戟が飛んでくる中を、走られます。 妨害する方も、同じく追撃戦を想定して、本気で挑まれますので」

「…………本領の指導方法とは、違いますな」

「少ない人員を、極限まで鍛え抜く方法に御座いますれば。 負傷は当り前。 骨折、裂傷、斬傷、打撲、等は、付きものに御座います。 よって、薬師の帯同は必須。 攻撃側も、撤退側も、連携に重きを置き、さらに、遅滞戦、運動戦も合間に入ります。 これを、実施します」

「無茶な…… しかし…… 強くなりますでしょうな」

「はい、この理不尽なまでに追い込まれる環境で、一人は部隊の為、部隊は一人の為、と云う思想も体に刻み込まれます」

「いやはや、これは、凄まじいモノですな。 我らも心して掛かりませんと」

「精鋭を持って鳴る、第四四一大隊の将たるお二人。 わたくしは、期待しております」




 にこやかに笑うんだけど、中隊長さん達、なぜか目が泳いでいるのよ。 普通でしょ? 初日だから、とっても軽くしているのよ? 撤退行軍と同じに、半刻毎に小休止。 一刻毎に大休止を挟むんだもの。 大丈夫よね。 本領の正規兵様なんだものね。

 中隊長さん達が、兵の皆さんに、本日の訓練内容をご説明しておられた。 時々上がる不満げな声。 そして、やる気のなさそうな顔。 中には、そんな簡単な事を何故今更とか、食って掛かる人もいたのよ。



 無視。



 全部、丸ごと無視するの。 

 実際にやってみないと、判らないもの。 中隊長さん達には、兵隊さんの隠し持っていた、「体力回復ポーション」とか、「魔力回復ポーション」とが入っていた雑嚢を取り上げてもらったの。 撤退時に、装備装具を無くした状態で、そんな物が残っている訳無いものね。 

 ポーション類は、きちんと私が保管したわ。 ええ、腰のポーチの中にね。 

 絶対に出さないから。

 準備が終わったのが、半刻後。 明け五刻半より、練兵中隊による、「撤退」を想定した、長距離走が始まったの。



 ^^^^^



 そして、朝十刻…… 息も絶え絶えに、何もない草原にひっくり返る、練兵中隊の皆さんの姿があったの…… せめて午前中は走り抜いて欲しかった。 大体よ、” 大隊駆足 ”って、歩くよりも少し早いくらいの速度なのよ? 全速で走っている訳じゃないのよ? 



「指揮官殿…… 午前中は潰れましたな」

「そのようですわね。 これほど、「地力」が無いとは、思いませんでした」

「指揮官殿は、その大きな背嚢を背負ったままで、よく付いてこられましたな」

「【身体強化】常時展開の、お陰に御座いましょうか?」

「ずっと、【身体強化】魔法を掛け続けていると云うのも…… にわかには信じられない事では御座いますがな。 なんにしろ、こいつ等、如何します?」

「体から水分が抜けぬ様に、口から補液して頂きます。 大休止の二倍の時間を取ります。 これからが、本番に御座いますわよ?」

「えっ?」

「体力の限界で、周囲に敵しかいない状況が出来ました。 ここからが、本当に ” 鍛える ” 状況になります。 当然、体力回復ポーションは、使用しません。 怪我をする確率も上がります。 よく部隊の方々の様子を確認して頂きとうございます。 分隊長は兵の様子をよく見、少しでもおかしければ、直ぐに小隊長に報告。 そして、中隊長に連絡を入れられるよう、指揮命令系統を確認してください」

「こ、これからですか?」

「はい、左様に御座います。 ペンタン、ポンの二人は、中隊長お二人に付きます。 兵に異常が有れば、直ぐにペンタンか、ポンにお伝えください。 わたくしが直ぐに参りますから。 わたくしも、隊列の外側から、よく確認致しますので」

「…………わかりました。 ここからが、「本番」なのですな。 さながら、本番の撤退戦と同じ……」

「ええ、装備、装具を無くした軍勢が…… 戦場でどのような結末になるかは、ご存知ですわよね」

「勿論だ。 長い間、軍務に付いている我等には、この鍛練の意味が痛いほど判りました。 幾人もの戦友が、戦野に散るのは…… 限ってこの様な場面。 それに比べれば、命が保証され、負傷に対して万全を期せる ” 訓練 ” に御座いますれば…… 早くから、この様な訓練を実施していれば…… アイツも…… アイツ等も…… むざむざ見捨てるような事は無かった……」

「後悔は誰にでも御座いますわ。 であるならば、後悔せぬ様に、” 今 ” 苦しくても、やり遂げないと。 そうでなければ、未来に有るのは 「 死 」 のみと」 




 一刻の間、水を飲んでもらい、休息してもらった。 大休止の二倍の時間を掛けてね。 そして、プーイさんの 「咆哮」から始まる、更なる長距離走。 今度は、走っている途中で倒れる人が続出したわ。 連絡が入る度に、飛んで行っては治癒したの。 あぁ、体力回復はしないわ。 怪我のみよ。


 一番酷かったのが、転んだ拍子に手をついて、ポキッ ってやっちゃった人。


 傷薬と、【癒し】の魔法で、直ぐにくっ付けたけどね。 痛みも、痛み止めを噛ましたから、直ぐに収まった筈。 でも、まぁ、その人はそこで脱落。 予定していた、真昼までの長距離走で、最後まで走り切った人が、わずかに10人だとは…… こんなんじゃ、どうしようもないよ。


 思わず、天を仰いでしまったわ。 


 午後に予定していた、集団戦の訓練は中止。 総員を兵舎に返したの。 中隊長さん達は、苦い顔をされていたわ……




「二個中隊が全滅…… 文字通りの全滅ですな」

「はい…… 一度の戦闘で、三割の損害を出してしまうと、その部隊は全滅と判定されますでしょ?」

「その通りですな。 本日の訓練の想定は、兵站限界線に置いて、敵に包囲され、更に物資集積所を焼かれ、不意打ち強襲をうけ、装備、装具の点検も出来ぬまま、撤退に移った状況。 と云う事で?」

「ええ…… 状況的にはそうなりますわね。 その様な状況では、薬師や、治癒士の援護はまず受けられません。 実際にこの様な状況になれば、もっと早く ” 殲滅 ” される事でしょう」

「我らも、甘く見ていたと云う事で御座いましょうな。 反省いたします」

「なにを仰います。 軍令にて、『訓練規範』が、決まっておりますから、コレはあくまで ” 試し ” ですのよ?」

「『訓練規範』が、間違っているのです。 間違った訓練で、多くの戦友が戦場に散りました。 そういった意味では、この訓練は、実戦と同等…… 明日からも?」

「ええ、状況を変えて。 装具を付けて、走ってもらいます。 今日よりは少しマシな状況だと思って頂いても、宜しいかと」

「明日までに…… 回復するか、判りませんが?」

「戦場でも、同じことを仰いますか?」

「失言でした。 午後の集団戦を中止してしまい、申し訳ございませんでした」

「ゆっくりとお休みください。 きちんと飲んで、そして、食べて下さい。 三日目までは辛いと思いますが、休息日も御座います故」

「薬師リーナ様も、きちんとお休みください。 今日、一番走ってらっしゃったのが、貴女なのですから」

「御言葉、ありがとうございます。 嬉しく、その『お言葉』戴きますわ」



 まだまだ、余裕なんだけれどもなぁ…… ルーケルさんと、二人で 「迷宮ダンジョン」三十階層に薬草を取りに行った時と比べたら…… 午後から、時間も空いたから、ラムソンさんと、シルフィーと三人で、近くの森にでも行ってこようかしら。

 薬草も採取しなきゃならないと思うし、それに……


 その森って……


 魔獣が棲んで居て、エスコーの街とか、トリントの街とかから、駆除依頼出てた筈よね。 

 ちゃんと、各錬成中隊が動ける様になったら……

 訓練として討伐もした方がいいから……



 下見も兼ねて…… 



 行っておいた方がいいわよね。





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