その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 10

 閑話 早朝の第四軍 司令部 執務室

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 ほっと一息が入る。 


 各師団の師団長は、担当戦域に帰った。 宰相閣下と、国務大臣閣下の御視察と云う事で、無理を押して、出席させた。 早々に、任地への帰還は、必定である。 彼等には、無理をさせてしまった。

 現在、錬成中の第四四師団。 痩せ細った第四四一、四四二大隊。 補充兵の手当てもままならぬ現在、アントワーヌ師団長代理には、苦労を掛ける。 その上、第四四師団はこれから、薬師リーナ殿のエスコー=トリント練兵場への任務地変更の手続きに入ることになる。 それも、可及的速やかにだ。



 それは…… 儂がそう伝えたからだ。



 勿論、我が司令部の参謀連中も、その手続きに入る。 王宮薬師院 人事局、王太子府、そして、宰相府にも手続きに関する書類を提出しなければならない。 折衝も、説得も、我らが責務となる。 本来ならば、高々、独立した特務隊にそこまでの労力は割かない。

 第四四〇特務隊…… 

 あれは、特別だ。 特別なのだ。 薬師リーナ殿を指揮官とする、部隊なのだからな。





 ^^^^^




 十五年ぶりに、王族…… それも、王太子閣下、ウーノル殿下に呼び出され、その御前に伺候した折り、殿下の言葉を戴いた。




 ” …………卿に信を置いたのと同様、薬師リーナに私は絶大な信を置いている。 …………もし、卿があの者に無礼な言葉を吐いていたとしたら、襟を正せ。 …………ある意味、要となる ”




 重点的に、薬師リーナが何者なのかの情報を集め始めたのはその時からだった。 薬師リーナの出身地は、南方辺境領。 第三軍の担当地域である。 幸い、第三軍の指揮官である、エセルバーグ=ブライアン=ウランフ侯爵とは旧知の仲。 軍学校の同窓でもある。

 財務寮の予算削減を受け、二個師団編成にまで軍縮を進めたエセルバーグ。 南方諸侯に対して、発言力も影響力も失ったと思っていたが、そうでもない事が、先日の全軍総監で理解でした。 あ奴め、アレンティア辺境侯爵閣下に二個師団を受け入れてもらい、緊急時にはその指揮権を貸与してもらう事を承諾してもらったという。



 それは、あまりに…… 



 しかし、南方辺境領では、それがまかり通る。 海洋大商業国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国からの、侵攻の芽を摘み、彼の国と良好な関係を持ちつつある現在、過大な陸上戦力は相互不信の元となる。 であるならば、軍の縮小は仕方が無かったのかもしれない。 

 将兵の行く先が…… エセルバーグの悩みの種で会った事に違いはないであろう。 そこに、あいつの可愛がる将兵を必要とする者が現れた。 よく訓練された将兵…… 南方辺境域には足りない、人的資源…… 第三軍には南方辺境領域出身者も多い。 そこに、その者達を欲する…… アレンティア辺境侯爵が、居たのだ。


 ――― 街道や街の、護衛、治安の維持には、特に有用な者達が。


 戦闘経験豊富な兵士の仕事は、幾らでもある。 そう、幾らでもあるがゆえに、二個師団の人員は彼の地では、喉から手が出る程、欲していた。 軍予算が削られ、到底四個師団を維持できない エセルバーグは彼の愛する将兵たちを、アレンティア辺境侯爵に譲り渡した…… 

 南方辺境域の各領の間の街道では……特に豊かでは無い男爵家達の治める地域へ接続する街道の治安に関しては、その治安維持が、急がれてはいた。 その事は確かであった。 が、しかし、彼等にはそれを為す、財政的体力が無い。 アレンティア辺境侯爵が、そんな彼等を肩代わりするように、街道の治安維持に乗り出したのだ。

 その為の、二個師団の人員なのは…… 南方辺境域に詳しくは無い儂でも理解できた。 

 一つ、理解できないのは……  なぜ、アレンティア辺境侯爵が、それほど急いだ理由だった。




  ―――― 判らなかったのだ。 その理由が。 



^^^^^


 エセルバーグと話をする機会を設け、「彼の地の話」を、詳しく聴くことに成ったのは、その事に気が付いたからだった。 アレンティア辺境侯爵閣下の御領。 南方辺境域諸侯の領の事。 その実態。 そして、第三軍の役割が、変化したのかと云う事。

 その際に、「薬師」リーナ殿の事が少しでもしれれば、重畳とばかりに、エセルバーグを第四軍司令部に招待し、歓待した。



    ―――― あの日 ――――



 奴と話していなければ、儂の「薬師」リーナへの認識は、今も、軍の薬剤関係で、利用出来る ” 「薬師」の小娘 ” 程度としか、理解していなかったかもしれない。


     その可能性は捨てきれない。


 あの娘が、どれ程の感謝と、どれ程の愛を受けていたか…… エセルバーグの話を聞いて、理解した。 南方辺境領域は…… 王の勅命に逆らえず、「 珠玉の薬師錬金術士 」 を、領内から出す事に成ってしまったと…… そう、認識した。 「薬師」リーナが王都に向けて、出立するその日……

 南方辺境領域の全ての領で、彼女に面識のある者達が、 ” 彼女の行く道に光を ” と、精霊様に祈願したという……



 ” その求心力、その慈しみ、民への愛たるや…… 王族に勝るとも劣らないモノであった ” と、エセルバーグは言ってのけたのだ。 



 何より、アレンティア辺境侯爵閣下が、第三軍の二個師団の領軍への編入を決めたのも、彼女の存在が有ればこそとも…… 奴は言ったのだ。 困惑が儂を襲う。 奴の言っている事が…… まるで理解できなかった。 ゆっくりと、謎を解くように、奴は言葉を繋ぐのだ。 

 戦闘以外では、途端に鈍くなる儂を、奴はよく知っていたのでな。 今は、感謝しかない。




「エントワーヌ…… 俺が第三軍の指揮権を戴いた時、南方辺境域はいわば夜盗、山賊の跋扈する野蛮な地。 いくらアレンティア辺境侯爵領が栄えていたとしても、その周辺の領は貧乏もいい所だ。 主要な産業も無く、ただ、ただ、魔物や野獣に怯え、夜盗や山賊の跳梁する辺境でしかない」

「そうであったな。 エセルバーグ、何がその辺境を変えたのだ?」

「変化の兆しはあったのだ。 辺境領、ダクレール男爵領。 このファンダリア王国で、唯一海上戦力を保持している漢が納めている領土。 昔…… アレンティア辺境侯爵領が、小国で在った頃から、あの地を納めていた漢の領地だ。 併呑される前は、伯爵位をアレンティア王国より授かって居たと聞く…… そこに、『海道の賢女』様、ミルラス=エンデバーグ様が居を定められていた」

「その話は、噂に聞くが…… 誠か?」

「第三軍の薬剤の現地補給に彼の賢女様が営んでおられる、薬屋「百花繚乱」に足を運んだことが有る。 確かな事だ。 豊かな薬草の知識、錬成される薬品類の確かな事。 少々、気難しい方ではあったが、理を説けば、理解される。 第三軍の者も、大層世話になっていた…… その方が、有る時、弟子をお取りに成られたのが全ての始まり……」

「それが…… あの少女という訳か」

「侮るなよ、あの「薬師」リーナ殿を。 辺境では今でも彼女の事を、『海道の賢女の唯一の弟子』、『辺境の聖女』、『愛と慈しみの薬師』と、呼称している。 わかるか…… それが、どういう ” 意味を持つか ” と、云う事を」

「大事にされているのは、判る。 それが、今の話とどう絡む?」




 やれやれ、と云うようめ眼を瞑り、肩をすくめる、エセルバーグ。 第三軍の指揮官として何を見て来たのか、儂にはさっぱりと判らなかった。 続きを促す為に、奴の持つグラスに秘蔵の酒を注いでやった……

 やけに真剣な視線をぴたりと儂に合わせると、奴は声を顰めつつも、言葉を繋いだ。



 
「エントワーヌ、お主に聴くが…… ベネディクト=ベンスラ連合王国の第四王家が、単独でファンダリア王国に進攻しようと、秘匿しながらも泊地を領都の直ぐ近くに設営…… いや、造営していた事は知っておるか?」

「寡聞にして知らぬ」

「その泊地で、エリザベート前王妃殿下の娘であり、外務卿ドワイアル大公閣下の姪に当たる、あのエスカリーナ様が…… いや、敢えて言う、殿が、魔力暴走により光芒に消えたのも?」

「済まぬ…… その話も知らぬ」

「そうか…… 本領では、事実すらも秘匿したか…… 今現在も、外務卿、ドワイアル大公の配下の「目」、と「耳」が、殿の足取りを追っている。 ドワイアル大公家と関係を修復したいと願う、ニトルベイン大公家も、その助力を惜しんではいない…… それは?」

「……いや、済まないが、知らぬ」

「そうか…… あくまでも、王都では、水面下で粛々と、探索されているのか…… しかし…… 万が一、御命が繋がっていたとしても…… その御身は…… 暴虐果てに穢しぬかれ…… まだ、第一成人前の娘御。 辺境領では、とびきり美しいと評判の、エスカリーナ王女殿下…… 無事で居る訳は無い……」

「…………なんという悲劇だ」




 知らぬ事とは云え、そのような事態があったとは…… 王国上層部は…… この悲劇を隠したと云うのか!! 憤怒を覚え、拳を握りしめる。 そんな儂を、見詰めながら、奴は言う……




「あぁ、その通りだ。 その魔力暴走の発生したその泊地。 ベネディクト=ベンスラ連合王国侵攻軍の指揮命令系統が機能せず、多くの将兵が傷つき倒れた ” その時 ” に、その侵攻軍の傷付いた、将と、兵士を、救った者が居た。 ……それ故に、数々の証拠も散逸する事なく、滅却される事も無く、保全できたという。 第三軍もその場に居合わせた」

「それが…… 「薬師」リーナであったと?」

「あぁ、敵国人の兵士共が口々に言うのを聞いた。 『あの幼き薬師が居なければ、血が流れ、遺恨が残り、ベネディクト=ベンスラ連合王国との間で、戦端が開かれていた』とな。 破壊と混乱の最中の泊地に、 ” 怪我人の方は、速やかに救護施設に。 重傷者より治療を始めます。 薬師リーナが命じます。 人命を第一に考えて下さい。………… 命は…… たった一つしかないのですから!! ”  と、薬師リーナ殿の声があったのだ。 やつらの荒んだ心に響いたと、そう供述したよ」

「あの者は……そんな事を。 何よりも、人の命を優先すると云うのか、あの少女は」

「あぁ、 ” 人に安寧を齎す為に、自分は居る ” と、そう申しておられた。 『 精霊様とのお約束ですから 』 と、慈愛の微笑みをたたえ、その身を顧みずな。 ……その後、南方辺境領の幸薄い者達の元を訪れ、病に倒れる者、傷付き病んでいる者を、本来の対価もよりも、遥かに少ない対価で、その代りに精霊様への祈りを約束させ…… 渡り歩いたのだ。 その道は険しく、度々、魔物、魔獣、獣…… さらには、夜盗、山賊にも襲われる日々と聞き及ぶ」

「まて! その時はまだ、御年は!」

「あぁ、第一成人前だ。 判っだろう。 お前が配下に加えた者の「 真価 」が。 辺境の聖女とも云うべき方であったと」




 唸るしかなかった…… アレンティア辺境侯爵閣下が、何故、二個師団もの人員を雇い入れ、街道の治安を護ろうとしたのか。 さらには、その領内の魔物に対し、積極的に討伐を繰り返していたかを、理解した。



 全ては、「薬師」リーナ殿を護るため。 




 ^^^^^




 その日より、薬師リーナ殿の周辺に、警備の兵を付け、逐一報告を受けた。 そして、驚愕すべき事柄が浮かび上がる。 あれほど危機的な状態であった、薬品備蓄庫の中身を充足させていたのだ。 軍に勤務する我らにとって、ほんの僅かな時間で。


 多分に独断専行のきらいはある。 その為にいらぬ軋轢を生みだしかねない。

 そこには十分な理解を求めたい。


 そして…… あの、断罪劇だ。 軍法をあずかり知らぬ、薬師リーナ殿。 彼女の善意が、焦り、憔悴に狩られた者達にうまく利用されたに過ぎない。 断罪劇の場で…… 薬師リーナ殿は、何も言わずにいてくれた。 そして、第四四師団の師団長に二週間の謹慎を命じる事が出来た…… 演習場にて鍛え直せと……


 今にも立ち上がり、何かを言おうとしたのは、判っていた。 だからこその温情でもある。


 沙汰を下した儂の心内を読んだかの様に、椅子に腰を下ろした。 そして、じっとこちらを見詰める凛々しくも愛らしい瞳に…… 心を奪われそうになる。 ” 鍛えるならば、幾らでも。 やがて、それは、その方の『 力 』になるから ” そう、云われた様な気がした。

 なんとも、心地の良い娘であろうか。 我が実子でも、ここまでの胆力は持ち合わせていない。 胆力と云えば…… 本日の ” 視察 ” もそうであった。



 聖堂教会、神官長補佐……

 財務大臣、ミストラーベ大公閣下……
 
 調査局の飢狼がろう、ミストラーベ宮廷伯…… 




 そして、宰相ノリステン卿…… 



    さらには…………



 あの…… 国務大臣 ニトルベイン大公閣下 




 錚々たる、高位の方々を前にし、一歩も引かぬ、あのクソ度胸。 薬師殿が男児ならば…… 平民では無く、たとえ準男爵でもいい、爵位を持っていたならば……


 儂は迷わず、第四師団の幕僚に任ずる。


 いや…… 即座に、ウーノル殿下の側近にご推挙申し上げる。





 耳に……

 ウーノル殿下のお言葉が蘇る。



 ” …………卿に信を置いたのと同様、薬師リーナに私は絶大な信を置いている。 …………ある意味、要となる ”





 と……。



 ならば、儂は護り抜く。 我が手に渡されたのは、ファンダリア王国の未来が 「 光 」。



   我が手で、この珠玉の薬師を…… 護り抜く所存である!



    ―――― ” 宿将 ” たる、儂の ――――



    新たな、任務である!!!




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