その日の空は蒼かった

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従軍薬師リーナの軌跡

そして、ミストラーベ大公閣下との対決 (1)

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「薬師リーナ!!」




 突然大声で、そう呼ばれた。 第四軍司令部の建物から出て、もう少しで、第四四師団の薬品備蓄庫へ到着するって所だったの。 振り返ると、慌てて駆けつける人影。 陽光に照らし出された、軍装がはためき、女性らしい優雅な曲線を描き出しているの。




「第四軍、 主計参謀ミッドバース=リフターズ殿よりの緊急報だ!」




 声の主は、シャルロット様。 初めて聞く様な、とても慌てた声。 彼女にも慌てる事が有るのね。 とても、貴重なモノを見た気がするの。 




「何事でしょうか? シャルロット様がそのように……」

「あ、あぁ、済まない。 無様な姿を見せてしまった。 が、しかし、緊急なのだ」

「はい…… それで?」

「財務大臣が、第四四四・十六中隊について問いただしたいと申し出られてなっ! 今、第四四師団の司令部に向かわれているとの事だ。 アントワーヌ副師団長にも、伝令を出した。 直ぐに、来てもらいたい」




 そっちから、嫌がらせかぁ…… 成程、手が早いのね、聖堂教会って。 当然、第四四〇〇護衛中隊の事よね。 あの人達の認識じゃぁ、今もまだ、” 奴隷中隊 ” なんでしょうけれど。




「判りました。 向かいます。 ご一緒に?」

「私は後から行く…… 行ければだが……。 イザベルと一緒に、補給関連の会議に出席しに第一軍の輜重参謀の会議に出なくては成らないんだ。 北部方面に補給を行うよう、要請されていてな。 あくまでも要請であるから、現状を公表して拒否する手筈になっているのだ。 ……クソッ、こんな時に!」

「シャルロット様。 わたくしは、第四四〇特務隊の『指揮官』として対応しても?」

「あぁ、そのつもりで。 財務大臣の真意は判らぬ。 判らぬが、元の第四四四・十六中隊の予算関連だと思う」

「正規の命令で、護衛隊として配属され、そして、その指揮官に任命されて訳ですから、わたくしの職掌となるでしょう。 ……なんとか、やってみます。 ご質問にお答えするだけですので。 ……最悪は、臨時予算を取り消されるかもしれませんね。 出来るだけ、上手く立ち回る様に致します」

「済まない…… 頼む……」




 拝む様に私にそう仰るの。 そこまで言われたら、やるだけはやるわ。 でも、あまり期待しないでね。 私だって、財務大臣様にお会いするの、これで、二回目なんだもの。


 そう、あの、「お披露目」の日以来ね。




 ――― ヘリオス=フィスト=ミストラーベ 大公閣下




 素敵なダンスを踊りさぁ、盛大に遣り合いましょうか? ええ、色々な思惑と一緒にね。





 **********




 第四四師団の司令部、執務室に到着して、あちらの到着をお待ちしていたの。 直立してね。 色んな人達が、右往左往している中、私とシルフィー、そして、ラムソンさんは、執務室の窓から差し込む陽光の中に、立ち続けていたの。




「リーナ様…… 財務大臣は、何を?」

「シルフィー。 一つには、聖堂教会を遣り込めた、その事への反撃。 別の側面で云えば、私を見る為かしら?」

「聖堂教会云々は、理解できますが、為人ひととなりを見る為とは?」

「多分だけれども、ベラルーシア様がミストラーベ公爵閣下に色々とお話されたのではないかなと」

「……それは、よい方向のお話でしょうか?」

「違うと思うわ。 あの方、私に後宮に入るつもりが有るのかと、そう聞いて来たわ。 疑心暗鬼と、見るべき視点が、少しズレているの、私とはね。 おおかた、王太子殿下に取り入る為に、シルフィー・・・・・の王太子様への襲撃を、私が・・工作したとでも思っているかもしれないわ」

「……その時には、まだ……」

「『 お仕事 』だったんでしょ? 奴隷紋も機能していたし。 あなた自身は何も悪くないわ。 状況がそうさせただけ。 私は、それに対応しただけ。 そうね、もう少し私に力が有れば…… 貴女はここには居なかった。 だから、そんな顔しない」

「リーナ様…… 判りました。 それで、排除対象は?」

「居ないわ。 手は出さないでね。 お願いよ。 ラムソンさんも」

「あぁ…… そうする」




 小声で、そんな話をしていたの。 ぽかぽかと暖かい窓辺。 きっと、今から凍る様な様相になるとは思うけれど、精一杯御相手差し上げるつもり。


 財務大臣かぁ……


 辺境で財務のお手伝いしていて、本当に良かったと思う。 何となくだけど、相手の思惑は予想できるわ。 国庫も、領の金庫も同じ。 予算は削りやすい所から削るものだしね。


 でも、かなり、私には有利なのよ。


 相手は、財務寮の権威を持って、何かしら命令してくるかもしれない。 でも、根拠がねぇ…… 理由なき予算削減は、国法に違反するもの。 まして、執行予算を下ろしてから、取り上げるなんて事は出来ない筈。 


 出来ないよね?


 いや、やりかねないんだったけ?


 財務関係の法律、思い出していた、丁度その時、執務室にノックも無しに、男の人達の一団が入室してきたの。 先頭を歩いているのは、恰幅の良い、片眼鏡モノクルをかけた、押し出しの強そうな人。 神経質そうな御顔の『高位の貴族』の姿がそこに有ったの。




 財務大臣 ヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公閣下




 ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢のお父様でもあるわね。 高位の貴族の方の入室に、軍令則をもって敬礼する。 立ち位置は、下座。 なにも、問題は無いわ。 一団は、私に一瞥も投げ掛けず、応接室に入っていったの。

 応接室の扉が閉まる。 中から、人が動き回る気配はするけれど、話声は聞こえないわ。 別にどうでもいいんだけれどね。 慌てた感じで、アントワーヌ副師団長様が執務室に入ってこられたの。 私の顔を見ると、ちょっと、心配そうな表情をされたわ。

 従卒の人が、副師団長様に、ミストラーベ大公閣下が応接室にお入りに成っていると告げられていた。 扉を四回ノックされて、入室を乞われる。 重く渋い声が、それに応える。 扉を開き中に入る前に、アントワーヌ副師団長は、ビシッと背を伸ばされてね。 ……まるで、突撃前の兵みたいだったわ。 ちょっと、笑ってしまった。

 暫くの時間…… 静かにそこで待っていたの。 お呼びが掛かるのは、まず間違いないしね。 コチコチと、柱時計の進む音が響くの。 それほど、静かなのよ。 応接室の中で何が話し合われているのかは、伺い知れないわ。 でも、かなり…… 緊迫した感じが、扉越しにも判るのよ。 

 従卒の人が、お茶を持って、出入りする事、何度目か…… やっと、私が呼び出されの。




「第四四〇特務隊 指揮官、「薬師」リーナ。 入室を。 財務大臣、ミストラーベ大公閣下がお呼びです」




 従卒の人が、そう云って私に伝えてくれた。




「はい。 今、参ります。 お役目、ご苦労様です」

「い、いえ…… どうぞ、此方に」




 扉の前に着くと、大きな声で、到着を告げる。




「第四四〇特務隊 「薬師」リーナ。 お呼びにより参じました。 入室のご許可を」

「入れ」

「はい」




 扉を開けると、紫煙がたなびいていた。 すごく…… 煙いよ…… 軍令則に従い、敬礼を送る。 どっかりと座ったミストラーベ大公閣下が私を眼を細めて見詰めて来たの。




「第四四〇特務隊、「薬師」リーナ。 少々尋ねたい儀が有り呼び出した。 王国の国庫を預かっている、ヘリオス=フィスト=ミストラーベである」

「第四四〇特務隊 指揮官を拝命しております、「薬師」リーナに御座います。 どうぞ、良しなに。 また、御前に参じ、直答のお許しいただければ、幸いに存じます」

「うむ、直答許す。 ……まずは、座りなさい」

「はい」




 用意してあったと思われる、椅子に腰を下ろすの。 背後にはシルフィーとラムソンさんが立つ。 さて…… 楽しい、ダンスの時間ね。 キラリと片眼鏡モノクルが光る。 室内の空気はかなりの緊迫具合。 きっと、財務の人達と遣り合ったのでしょうね、アントワーヌ副師団長の表情は冴えないのよ。

 きっと、ミストラーベ大公閣下様が、第四四師団の予算執行状態について、アレコレ箱の隅をつついたんでしょうね。 ねちっこい視線が、アントワーヌ副師団長に投げかけられていたんだもの…… 大変でしたわね。




 ほら、今……




 狙ったかのように、輜重幕僚の イザベル様と、庶務主計長の シャルロット様が席を外されているもの。





 きっと……




 きっと、そう云う風に、予定を組んだのよ。 輜重幕僚と、庶務主計長を、この場から遠ざける為にね。



 本当に……



 そう云うのだけは、上手いのね……






   あきれたわ……







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