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従軍薬師リーナの軌跡
その日の朝、そして、聖堂教会との対決の日(2)
しおりを挟む御命令により、「錬金室」の前に到着。
本当に入りたくない。 でも、「命令」だもの…… 仕方ないよね。 中から聞こえる、バーバリン教会薬師様の変な言い訳は、サックリと無視して、声を上げるの。
「第四軍 第四四〇特務隊 「薬師」リーナ。 御呼びにより参上いたしました。 入室のご許可を」
私の声に、喚き散らす声が止まる。 中から、アントワーヌ副師団長様の声がしたの。
「入ってくれ」
ドアノブをゆっくりと廻し、扉を開けるの。 モワッとした、変な空気。 あぁ、アレね。 あんな薬ばかり錬成しているから、空気まで汚染されているみたい。 シルフィーの眉が寄るのが判るわ。 そうね、嗅ぎ慣れた匂いだものね。
錬金釜の上部に設置されている換気装置が、目詰まりしているんじゃないの?
とっても、臭いのよ。 私にとってはね。 眉を寄せて、鼻を覆うように手を翳しながら、入室する。 前に出て、軍人さんの敬礼をするわ。 これでも一応、指揮官として任命されているんだものね。
「お呼出しにより、第四四〇特務隊 「薬師」リーナ、参上いたしました」
「うむ…… ちょっと話が聞きたいそうだ。 こちらが…… ね」
そういって、御紹介に預かったのが、ゴンザレス=バリント=デギンズ教会薬師長様。 奥にいらっしゃるのが…… 神官長補佐の法衣に身を包まれている…… はぁ、アレがフェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿なのね。
総髪の、嫌に整った顔をした方ね。 薄い唇が…… 片方だけ持ち上がっているのは、気のせいかしら?
先にお話を始められるのが、デギンズ教会薬師長様。 デキンズ枢機卿様に似た、ちょっと若い人。 そして、やっぱり、デギンズ枢機卿様と同じく、総髪にされているの。 聖帽は、どうしたのかしら?
私を見下す様な目で、ご覧になりながら、なぜか、とても横柄な感じで、言葉を紡がれるの。 特段に、自己紹介もせず、いきなり話し始めるのは、聖堂教会の標準的なお話の仕方のかしら? 辺境ではそんな事なかったわよね?
「お前が、バーバリンが言っていた、賢女ミルラス=エンデバーグ殿の代わりに王都に来た「薬師」リーナか。 まだ、子供では無いか。 教会に挨拶も無いのか。 まったく、何を考えているのだ。 バーバリンが居る、この錬金室にも協力せず! 今、北の荒野に置いて、不幸にもゲルン=マンティカ連合王国からの暴威に晒されている、二つの都市、” ソデイム” ”ゴメーラ”に置いて反攻の機会をうかがっておるのだ。 教会薬師処に置いて、決戦時に使用する重要な薬品の錬成を行っている。 前線の者達が通常使用する薬品に関しては、此処、王宮外苑の錬金室に置いて錬成する事に成っておるのだ! 軍に居る「薬師」はすべて、此処に置いて、その助力をする事に成っておる。 それを、知らぬとは! 何たること!! おい、聞いているのか!」
何を言い出すのやら…… 私を取り巻く状況を、全くお知りになっていないのね。
「デギンズ教会薬師長様に御座いますか。 辺境の薬師リーナに御座います。 どうぞ、良しなに。 御前にて、直言お許しいただきたく存じます」
いきなり、自己紹介もせず話し始めた、教会薬師長様に対して、丁寧を心がけて言葉を紡ぐの。 反撃は、柔らかく、鋭くね。 オトナシクしようと、思っていたのに……
「直言許す! さっさと答えろ! どうなんだ!!」
「ご許可頂き、誠にありがとうございます。 さて、先程のお言葉を、ご質問と受け取り、お応え申し上げます。 わたくしは、ガングータス国王陛下の命により、辺境より王宮薬師院に参りました。 ” 聖堂教会に出仕するべし ” との、勅は戴いておりません。 よって、聖堂教会に参る訳には参りません。 さらに、わたくしは、王宮薬師院より、第四四師団への ” 出向 ” を命ぜられております。 第四軍付きの「薬師」なれば、バーバリン教会薬師様の配下ではありません。 此処に赴任いたしました折、一度、ご挨拶に罷り越しました。 その時に、教会の聖職者とは思えぬ、あまりに無礼な御言葉を頂きましたので、喜んで此方との接触は避けさせて頂きました。 また、此方で、聖堂教会の教会薬師様に助力するような命令は受けておりません。 これで、お応えに成るでしょうか?」
「何を!! ガングータス陛下の命は、我ら聖堂教会の命である!! 心得違いを申すな!!」
「心得違い?我が国において王権は、唯一なのでは? 我が師、賢女ミルラス様より、ガングータス陛下の命は、あくまでも王宮薬師院への出仕と。 陛下よりの王宮薬師院への招聘状も御座います。 後見人として、ドワイアル大公様の書状も戴きました。 これでもまだ、ご理解頂けないと? 軍の指揮命令系統は、軍のものに御座います故、わたくしは、軍の命令に従うまでにございます」
おばば様の御用意された、いくつかの書状が、私を守ってくれるの。 そう、この阿呆共からね。 横紙破り上等な、聖堂教会だけれども、ガングータス陛下の勅命では、どうする事も出来ないわ。 それに、きちんとした、招聘状まで揃っているんだもの。 それを覆そうとしても、執政府が許さないわ。 だって、後見人に、四大大公家のドワイアル大公閣下の名前が有るんだもの。
さぁ、どうする?
不利を悟ったのか、顔を真っ赤にして言葉が出ない、デギンズ教会薬師長様の代わりに、出て来たのが、彼の親御さん。 つまりは、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿様御当人だったのよ。
「薬師リーナ。 成程、ガングータス陛下の勅命により、王宮薬師院に来られたのは、間違いは無いようですね」
「辺境の薬師リーナに御座います。 お見受けする所、神官長補佐、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿様に御座いましょうか? 御前、伺候し直言のご許可を賜りたく存じます」
「……そうか。 手順は踏むと。 左様、私は、聖堂教会、神官長補佐。 フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿である。 見知り置く。 この場での直言も許可しよう。 さて…… リーナとやら。 お前は、第四軍に属していると云ったな。 ならば、軍令には従うと?」
「はい、左様に御座います」
ニヤリと方頬が持ち上がる。 何を考えているのかは、大体予想は付くわね。 きっと、軍に私を異動させるって云うわ。 目に見えている。 だけど、それは、無理筋もいい所。 全く分かっていないのは、そちら。
「軍に対し、聖堂教会は、君の第一軍への異動を願うだろう。 軍は、その願いを受け入れてくれると、信じておる。 そして、君は軍令に従わねばならん」
「さて、それは如何なものに御座いましょうか。 先程、申し上げました通り、わたくしは、出向にて、軍に勤務しております。 そして、その人事権は、王宮薬師院に御座いますわ。 わたくしの異動に関しましては、王宮薬師院の、人事局長 コスター=ライダル伯爵の認可、そして、第四軍最高司令官様の御認可が必要になりますの。 聖堂教会が、わたくしの異動を ” 願う ” のでしたら、それらの方々にも、お話を通さねばなりませんわ」
「ん? そうであったのか?」
不思議そうな、そして、驕慢な笑顔を浮かべ、私にそう問うの。 知ってて、言ったわね。 この顔は。 そんな制限はどうにでもなると、言わんばかりね。
「はい、その通りに御座います」
「では、王宮薬師院には私から働きかけよう。 そして、第四軍の司令官だったな。 オフレッサー侯爵、どうだね、了承してくれるだろうね」
当然と云わんばかりの、その言葉。 オフレッサー侯爵閣下が苦虫を噛み潰したような顔をされているわ。 彼が ” 諾 ” と、言えばそれで、決まると思っているのね。 言葉を紡ぎ出せないのは、簡単な事ね。 オフレッサー侯爵様には、その権限が無いのよ。 実質上は侯爵様が第四軍を仕切っているのは確か。
――― でもね、総指揮官は違うわ。
「御言葉ですが、枢機卿様に置かれましては、お聞きになる相手が違います。 わたくしの人事に関しての責任者は、勅許状にて「 従軍 」を、求められた、第四軍の総指揮官様に有らせられますわ」
「どういう事だ?」
「王太子府に、ご相談あそばされては、と、申し上げておりますの」
デギンズ枢機卿は、私の言葉に、ハッとされた。 そうよ、第四軍の総指揮官は、ウーノル王太子殿下。 そして、ウーノル王太子殿下は、聖堂教会とは、距離を置いていらっしゃる。 ……いいえ、言葉を選ばなければ、嫌っていらっしゃると云ってもいい。
そんな王太子殿下に、お願いされても、認められる訳は無いわ。 聖堂教会の軍への介入を、防ごうと、必死に戦っておられるものね。 副師団長様から、色々と聞いているわ。 聖堂教会の息の掛かった、軍人さんを、軍務大臣である、フルブラント大公閣下の命令として、別件で排除し始めているものね。
此処の所、軍への聖堂教会の影響力がとても下がっているのは、軍の皆さんもよくご存知の事。 だからこそ、あの奴隷商の方々が簡易軍事裁判に掛けられて、今もまだ、重営倉の中で背後関係を ” 詳しく ” お調べされているのよ。
それに関して、聖堂教会は何も手が出せない。 それは、軍所管の事だから。
顔色をうっすらと変えて、デギンズ枢機卿様が、唸る様に仰るの。
「色々と、有益なお友達が居られるのだな、薬師リーナには」
「護って頂いていると、そう、認識しておりますの。 有難い事に御座いますわ」
「……いつまでも、続くと?」
「永遠では御座いませんわ。 ―――どちらが早いのでしょうか?」
言外に、聖堂教会の粛清と、軍の崩壊を天秤にかけてあげたの。 にこやかに笑う私の顔を睨みつける枢機卿様。 怖い顔ね。 でも、そんな顔しても、ブギットさんの笑顔より、怖くないわ。 平然と、見つめ返してあげたの。
「フン…… 視察は、終わった。 聖堂教会に帰る。 ゴンザレス。 バーバリンと薬師達を使い、何としても、北の荒野に送る薬剤を錬成させよ。 そこに、大きな錬金釜があるであろう? 出来ぬとは言わせぬぞ」
「はっ…… ははぁぁぁ。 御意に御座います!!」
あら、出来るのかしら? 私は手伝わないわよ? だってさっき、そう云ったでしょ? 錬金釜に登録されている、術式をせいぜい弄るといいわ。 最終段の【逆転】は、中級の術式よ。 上級の術式で、書き換えれば、戻せるんじゃない?
出来ればね。
上級術式の書き込みは、王宮魔導院の上級魔術師か宮廷魔術師にしか出来ないわ。 でも、高位の魔術師であれば有るほど、聖堂教会は目の敵にしているもの。 そんな人達に協力を依頼するの? 無理でしょ?
現に、王宮魔導院に錬金釜の改修とか、新規作成を依頼して、断られているじゃない。 二年掛かるって。 デギンズ教会薬師長様は、恭しく頭を下げているけれど、バーバリン教会薬師様は顔色を青くさせているわね。 あの方程度の力だったら、最終段の【逆転】の術式が読み解ける訳無いもの。
練成していた、” いけないお薬 ” が、あの程度じゃね…… おばば様だったら、激怒モノよ。
^^^^^
涼しい顔をして、その場に佇んでいたの。 靴音も荒々しく、枢機卿様、教会薬師長様方が、錬金室からお出に成られたの。 軍令則に習い、敬礼でお見送りしたわ。 続いて、オフレッサー侯爵閣下。 お部屋から出られるときに、口元にニヤリと笑みを浮かべられたの。
私は、アントワーヌ副師団長様に続いて、お部屋を出るの。 背後で、何かが壊れるような音と、絶叫が聞こえたけれど、それは、私には関係のない事ね。 さっさと、第四四師団の薬品備蓄庫に戻りましょうか。
「薬師リーナ。 貴女の胆力には、驚かされたよ。 教会の枢機卿に対して、一歩も引かないんだね」
「理不尽の槍に対しては、法の盾を使います。 ……でも、恨まれた事でしょう」
「まさしくね。 君の護衛隊が活躍しそうだ」
「怖い事ですわね」
「実力行使は、彼等のよくやる手だ。 気を付けなさい」
「承知いたしました。 あからさまに、仕掛けてくるのかしら?」
「まぁ、密やかにね。 事が大きくなる前に、君をエスコー=トリントに送りたい。 薬師院の怖い御方には、怒られるだろうけれど、君の安全が掛かっているんだ。 きっと承諾される」
「また…… 異動なのですね」
「あそこなら、教会は簡単には手は出せないからね」
「……ご配慮、有難く」
「君が、あそこで、啖呵を切ってくれて、溜飲が下がったよ。 本来ならば、我らの仕事なんだが、裏に軍予算を握っている、ミストラーベ大公閣下がいらっしゃるからね」
「……それで、そのミストラーベ大公閣下は何処にいらっしゃるのでしょうか?」
「第四軍司令部で、色々と箱の隅をつついているのじゃないかな。 第四軍司令部、主計参謀 ミッドバース=リフターズ殿の腕の見せ所だね」
「あぁ…… あの方……ですか。 ならば、安心でございましょ? 下手な隙は御作りになりませんもの」
「随分と買っているのだね」
「シャルロット様が全幅の信頼を置いておられます。 ……まだ、毒蛇を手掴みする方がマシだ と、そう仰っておられましたもの」
「ふふふ、彼女らしいね。 ……薬師リーナ。 原隊に復帰。 追って指示があるまで、第四四〇特務隊は、薬品備蓄庫にて待機を命じる」
「はい、了解いたしました」
ニコリと微笑んで、敬礼を交わす。 建物を出て、青空の下を歩く。 シルフィーがね、そっと耳元で囁くの。
「あちらの手のモノは、把握済みです。 ご心配御無用にて」
「お願いね。 私は、まだやる事が山ほどあるの。 こんな事で、排除されてなるものですか」
「それでこそ、我が主。 我が名に懸けて……」
安寧を脅かすものに慈悲はいらない。
戦うのは、好きでは無いけれど……
それでも、状況がそうさせるなら、私は躊躇わない。
辺境のモノは、火の粉を払うのに、躊躇いは無い。
死を身近に見続けて来た、辺境の薬師に……
「 死 」 を、恐れるような事は……
無いもの。
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