その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

その日の朝、そして、聖堂教会との対決の日(1) 

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 出仕したく無かった。



 いつもみたいに、直ぐにベットから起き上がれなかったわ。 自分で用意して、朝のお茶を飲む為に、作業台に行く時間になっても、ベッドの中でぐずぐずしてたの。 




「如何いたしましょうか? ご体調が宜しく無ければ、その旨を……」

「行く…… 行くわ。 獣人さん達は、待っているもの」

「ですわね。 こちらの、お着替えは……」

「準備するわ。 大丈夫、一人で、大丈夫がから……」




 今日は、例の方達の視察の日。 主に王城外苑の視察と云う名目だったわ。 まぁ、錬金室の困った状況を確認しに来るんだけれどもね。 聖堂教会の面々はそれでいいの。 でも、問題は、ミストラーベ大公閣下。 

 財務大臣にして、軍事予算削減の大本。 そして、近視眼的な財政政策の信奉者。 国庫が潤う事。 そして、何より彼の大事に想う、ガングータス国王の威光に沿う事を旨とされている御方。 


 無駄な予算配分が無いか、そんな所を視察に来るのよ。


 そんなミストラーベ大公閣下を、上手く利用しているのが、聖堂教会の面々。 なんで、軍事予算の削減に取り組んでいるのか。 それは、簡単な事。 聖堂教会の聖堂騎士団がその肩代わりをすると。 そして、その費用は聖堂教会から支払われると。 


 その甘言に乗っているの。


 ガングータス国王もまた、その意見に賛同している節があるとの事だったわ。 だって、国王陛下の側近として、聖堂教会のフェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿が、国王陛下の側にずっとついていると云う事だったの。

 元来、聖堂教会と王家はそれ程親密な関係では無かった筈。 親密度が増したのは、王立ナイトプレックス学院にガングータス国王が在籍されていた頃のお話。 彼にはエリザベート=ファル=ドワイアル大公令嬢と云う婚約者がいたのにもかかわらず、その視線の先に居たのが、フローラル=ファル=ニトルベイン大公令嬢。

 気高く、誇り高いエリザベートお母様と、愛らしく、奔放なフローラル様。 ガングータス王子の御心は、とても強く、フローラル様に惹き付けられたの。 窮屈な王太子教育とか、国を背負う責任とかに、とにかく重圧を感じられていた…… そう、聞き及ぶわ。

 そこに、愛らしく、彼を慕うフローラル様の、奔放な愛の言葉。 方や、お母様は未来の国母として、学び、吸収するのに精一杯なの。 女性として…… 女として…… どちらが、殿方に受け入れられるかと云うと…… 今の王家を見れば、直ぐに判る事ね。

 先代国王陛下が、頑として婚約者の変更をお許しに成られない中、粘り強く、執拗に、ガングータス王子を説得し、フローラル様との密会を準備し、周囲の説得に当たられ、そして、実現に向けて努力し続けたのが……

 なにを隠そう、当時のご学友である、聖堂教会のフェルベルト=フォン=デギンズ助祭。 今は、位が上がり、枢機卿となり、更には神官長補佐の職位も戴いておられるの。 まぁ、それも、それまでの功績として、ガングータス王子が王太子に立太子された時に特例で下賜されたモノなんだけれどね。



 ” 何時までも、側にいて、行く先を照らし出して欲しい ” 



 との、意を汲んだモノだった、と云う事ね。 


 ――― 傍迷惑な。


 狙っていたとしか、思えないもの。 彼が側近として、ガングータス王太子殿下のお側に着くようになってから、聖堂教会の意向が、国政に反映される様になって…… 王権の侵犯も見過ごされる様になったわ。 そして、国政に色々と口を突っ込み始め……


 そして、現在に至ると云う事ね。


 王の権威の上に聖堂教会の御威光を持ってきたいのよ。 そう、マグノリア王国の統一聖堂がやり遂げたようにね。 きっと、あれをお手本にしているのよ。 そして、神の代理人より直接統治…… なんてモノを夢見ているのかもしれな。



      馬鹿な話よ。



 国を動かすのは人。 そして、人の意思で、つかみ取るものなのよ。 そこに、神様は直接手を出されない。 精霊様を通じ、” 御加護 ” を、与えられるだけですもの。 生み出された世界を慈しまれるの、” 神様 ” なんですもの。

 高々、人族が神の意志を駄弁する? ありえない位驕慢な考え方。 まともに、精霊様の顕現を願う事も出来ない人族に、そんな事で出来るものですか!





 ^^^




 グズグズと、そんな事を考えていたら、かなりの時間を過ごしてしまった。 シルフィーがとても心配そうに私を見ているの。 ここの所、かなり忙しくしていたし、疲れても居たの。 でも、明日は安息日。 休日よ。 だから、今日はどうしても行かなくては成らないの。 「責任」ってものが、あるもの。

 特に今の不安定な状態の、第四四〇〇護衛中隊の獣人さんを放っておくことなんて、出来はしない。

 なにか、問題があれば、彼等は直ぐに御国に返されてしまう…… もしくは、強く軍法に照らし合わせて、処分と云う事にもなりかねないわ。 私が護るのよ。 彼等をね。

 身支度を済ませ、お茶を飲み…… 心を落ち着かせてから、出仕する。 ラムソンさん、シルフィーが一緒に居てくれる。 それがとても、心強いの。 

 何より…… 今日は、オトナシク……

 していなくては、いけないモノね!




 *******




 朝の第四四師団の薬品備蓄庫は、喧騒に包まれているの。 

 皆さんの朝ご飯の時間。 やっとの事で、準備できた彼等専用のご飯の数々。 粗末な器だけど…… やっと、身体に必要な栄養素が整ったご飯が準備できたわ。 これも兎人族のウーカルさん達が手伝ってくれたおかげ。


 感謝しているわ。


 護衛隊に留まると、そう申し出てくれた人達も…… 何となく纏まってきていると思っているの。 森に帰る人は…… ちょっとね、お願いして例の予算から、少しだけど貰ったの。 二十五人分。 そう、御餞別って事で。

 それとね…… これは、私から森に帰る人に渡したいと思ったモノがあるの。 それは、着ているモノ。 まさか、奴隷の服なんてモノを着せて、森に帰還なんて、させられないもの。 シルフィーにお願いして、古着屋さんで、色んな種族の服を買ってきてもらったわ。

 ちょっとだけど、それには、フルーリー様も絡んでいるの。 王都で、獣人さん用の服なんて、あんまりないから、シルフィーにお手紙を渡して、フルーリー様にオネダリしてみたのよ。 準備できるでしょうかってね。

 頑張ってもらいました。 ホントに頭があがらないわ…… それがね…… さっき届いたの。 この短い時間で、衣装箱十五箱も…… どうやって、揃えたのかは、今度聞くことにしよう! うん、そうしよう!!

 対価は、いつも通り、私の口座から、グランクラブ商会へ、口座間取引で支払えるように、手配したわ。 ちょっと、忙しすぎて、直接フルーリー様の所に行けないから…… こんど、心を込めた、謝罪をと…… 手紙に書いたの。



 ” 御心、頂きます。 でしたら、今度、街歩きでも? とても、楽しみにしておりますわ ”



 って、お返事頂けたの。 怒っていらっしゃらない様で、何より!! そして、買い付けた獣人さん用の服を、森に帰還される方々に、お見せして、気に入ったものを使って欲しいと、そう申し出たの。 驚かれたわ。 ” でも、その格好では、森には帰れないでしょう ” って、そう云ったら、皆さんご納得頂けたわ。

 驕慢なようだけれど、コレは…… 私から…… ファンダリア王国の民からの、謝罪の証として、受け取って欲しいの。 ゴメンね、皆さん……

 朝ご飯も終わり、帰還する人達への服の配布も一段落した頃…… やっぱりと云うか、何というか…… お呼出しがあったの。 第四四師団の司令部では無く、第四師団の錬金室へね…… 「薬師」として…… 来て欲しいって……

 仕方ない…… 行くわ。 「命令」なんですものね。




 *******




 第四師団の、錬金室に近づくにつれ、大声で喚き散らしている人の声が聞こえるの。 あぁ…… アノ人の声だ……

 イザベル様と、シャルロット様に無礼な言葉を吐き……

 私に、しとねに来るように言った、あのバカ者の声。


 聖堂教会、薬師処から、軍に出向している、教会薬師様……

 お名前は、たしか…… バーバリン教会薬師様とか言ったわね。 あの方の声だったの。





「コレは何かの間違いで御座います!! わたくしの指示は間違っておりませぬ!! この、軍の薬師共が、手違いを起こしたのです!! な、何卒! 何卒、ご容赦のほどを!! 」





 うわっ…… 責任転嫁してるよ…… 手柄は俺のもの、不都合が有れば、責任は部下のせい? なんとも、素敵な上司様ね。




 そこに居る、軍の薬師さん達の顔が見たいわ。

 あれほど、言いなりになっていたのに……

 いきなり、突き放され、裏切られ、捨てられる気分は如何?




 ほら、貴方たちも、同罪よ。 イザベル様と、シャルロット様に、卑しい目を剥けていたでしょ? あの牢獄の罪人たちが、私に向けたあの視線と同じような眼をね。




 私は、忘れていないの。

 だから、同情なんて、一切しない。 


 それは



 ――― 自業自得、因果応報 ―――



 と云うモノよ。






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