その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

そして、解放される、ジュバリアンの末裔達(1)

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 御前を辞して、シルフィーと副師団長様と一緒に、第四師団司令部に戻るの。


 奴隷商の人達アイツらの処遇は、第四軍司令部の皆様にお願いしたわ。 だって、あの人達を雇っていたのは、第四軍司令部って表面上は成っている物ね。 それに、あの人達の罪を裁くのは、第四軍司令部でなくては成らないのよ。


 どうなるかは、判らない。


 でもね、第四軍の人達…… 相当怒ってらしたから、生易しい処分はくだらないとそう思うの。 もし、” 処分をしない ” なんて、判断を下したら、軍務令に反する事に成るもの。 罰則が苛烈であれば有るほど、それだけ、背後に居る人たちに対して、警告を与える事にもなるんだものね。 重営倉に放り込んだのも、その一環ね。


 普通だったら、民間人を営倉なんかに入れはしない。 


 軍の兵以外が、営倉に収監されるようなことは、有りはしない。 でも、アイツ等、指揮官の様に振舞っていて、その分も考慮に入っていたみたいね。 二重基準だけど、それは、あちらも御同様。 だから、私は、哀れみも与えない。 


 自業自得と云うべき、処遇と云う事ね。


 さて…… 私は…… 真正面から獣人さん達と向き合わないといけないわ。 大丈夫かしら? 私は人族だから、かなりの負の感情を持たれている筈よね。 あっ、でも、さっきシルフィーが言ってたよね。



 ” 全員の血は戴きました。 勿論、無理強いはしておりません。 きちんと ” お話合い ” をしましたから ”



 獣人の皆さんに、きちんと同意を取って、血を貰ってって昨日の晩にお願いしてた筈よね。 シルフィーが言う、” お話合い ” って…… 獣人族さんは、血が熱いから……  そっと、シルフィーを伺うの。 別段…… 変わった様子は無いわね。 どっかが腫れあがっているような感じも無い。

 万が一、シルフィーが肉体言語を使って、説得していたらと思うと、ちょっと、憂鬱。 でも、そうなら、ラムソンさんから、連絡が入る筈。 だから、シルフィーがどんな ” お話合い ” をしたのか、とっても気になるの。




「シルフィー…… 獣人さん達の様子は?」

「穏やかですよ、リーナ様。 あの子たちは、元は素直な子たちです。 『奴隷紋』の拘束と、アイツらの電撃の鞭が、敵愾心を煽っていましたから」

「ねぇ…… どんな、お話合いをしたの?」

「簡単な事です。 あの者達に、『敵は居なくなった』 と、伝えただけに御座いますよ」

「……それだけ?」

「ええ、簡単なお仕事です」




 その眼に、ちょっと怖い光が宿っているのは…… 気のせいだよね。 第四四師団司令部の建物が見えて来た。 石畳を叩くコツコツと云う足音がよく耳に響くわ。 昼下がりの王城外苑は、訓練中の部隊や、教育隊が駆け回る残響が、さざ波の様に聞こえる。 明るいその場所とは裏腹に ―――闇は深く静かに浸透してくるのよ。

 ちょっと気になる事が有って、アントワーヌ副師団長様に、伺ったの。




「あの、副師団長様? 第十六中隊を第四四〇特務隊麾下に加えると、お話頂きましたが、副師団長様が仰った部隊名と、オフレッサー侯爵閣下の仰った部隊名が違うのはなぜでしょうか?」

「あぁ…… アレね。 最初はね、第十六中隊のアイツらが、指揮権を主張してたでしょ?」

「ええ…… そういえば……」

「奴隷部隊なんて、どこも実戦配備していなくてね。 だから、四軍司令部も、良く判っていなかったから、そう云うモノかと、アイツらに指揮権を認めるような部隊名を渡していたんだ。 それが、第四四〇一護衛中隊。 でもね、さっきの『お話合い』でね、あいつらが、外国籍の民間人と規定されただろ? そんな者に指揮権を渡す訳にはいかないから、オフレッサー侯爵閣下は咄嗟に、第四四〇〇護衛中隊って言ったと、思われるね。 抜け目ない方だから」

「つまりは…… ” 薬師リーナが、直接指揮せよ ” と、云う事でしょうか?」

「まさしくな。 アレ…… 丸投げだよ。 第四軍として、扱い方が全然判らない、獣人族たち。 リーナ殿の従者、侍女共に獣人族。 ならば、任せてしまえと…… ちょっとした、部隊呼称の差でこれほどの違いがあるんだ…… 薬師リーナ殿。 軍は嫌になりましたか?」




 成程ね。 厄介ごとは、厄介なモノにという訳ね。 流石に第四軍を護り抜いた方だわ。 危機管理の方法をよくご存知ね。 第四軍に所属はしているけれど、特別な条件下の特務隊に全てを集約して…… 問題が発生すれば、特務隊ごと第四軍から切り離す…… 


 特別な条件下…… 多分、ウーノル王太子様辺りからの勅命だろうな。


 切り離した第四四〇特務隊は、下手をすれば、ウーノル王太子殿下 直卒の「特務隊」とされてしまうかも。 その時に獣人隊も一緒に…… と、そう云う事ね。 なるほどね。 よく考えておられるわ。




「いいえ、アントワーヌ副師団長様。 オフレッサー侯爵閣下の御考えは判りました。 正規の四軍の兵を、第四四〇特務隊には、配属しない方向で御考えなのですね。 それには、同意いたします。 わたくしが、第四四師団に帰属しているのも、少なからず横紙破りな状態ですから」

「あの方も、何かとご苦労が多いのだよ。 判って頂けたのなら、重畳」

「なんとも、言えませんが、状況がそうさせていると?」

「四軍 主計参謀が言外に匂わせていた、第十六中隊の予算…… アレも、薬師リーナ殿の第四四〇特務隊へ、移管されるでしょうな。 せめてもの詫び…… そして、上手く使えって所でしょう」

「……軍事予算。 手に余りますわ」

「ならば、シャルロットに聴くが宜しかろう。 便宜を図る様、伝えおきます」

「ありがとうございます」




 疑問に思った事は、素直に聞くのが吉。 そして、それを咀嚼し受け入れる事が私の出来る事。 成程ね。 最初から大枠は決まっていたって事ね。 でも、スッキリした。 こんなお話をしている間に、私達は第四四師団の司令部建物に帰って来たのよ。





 ^^^^^




 対面するのは、五十人の獣人さん達。 みんな一様に疲れ切っているわ。 集合を掛けて、集まってもらったの。 奴隷紋のマスターは私だから、一応は云う事を聴いてくれる。 広いホールに集まってもらったの。 椅子は簡易の小さなものだけど、皆には座ってもらう。 ホントに色んな人種がいるのよ。

 大きい人から小さい人まで……




「リーナ様、これからどのように?」

「まずは、奴隷紋を解放します。 あなた方の様に内部構造を変更するのではなく、完全に消し去ります」

「いいのですか?」

「そういうお約束ですから。 彼らの尊厳を回復します。 義勇兵として、個人の意思で一緒に戦ってくれる人しか、私には必要ありませんものね」

「そうですか。 ならば、話は早いです。 懸念事項として、お聞きください」

「何かな?」

「相当にヤラれている者も居ます。 ご注意を」

「大きい人?」

「いいえ、小さい方が余計に…… 人種の内訳は?」

「まだ、ちゃんとは…… 獣人隊の情報はそんなに手元には来てないから」

「ならば、紹介がてら…… で如何でしょうか?」

「そうね、そうしましょうか」




 私は生粋の軍人でも無ければ、横柄な奴隷商でもない。 だから、訓示や、上からの命令はしないし出来ないものね。 ラムソンさんが、私達の会話を聞いて、皆さんにお話してくれたわ。 一人ひとり、お話をしつつ、奴隷紋の解放をして行ったのよ。


 第四四〇〇護衛中隊の人種の内訳はね……


 〇 穴熊族  五人

 〇 兎人族  五人

 〇 森狼族  十七人

 〇 狐人族  十人

 〇 森猫族  十三人


 の、計五十人。 体格的にはやっぱり穴熊族の人達が一番大きいの。 でも、驚いた事に、その穴熊族さん達五人のうち、三人が女の人なのよ。 引っ張ってこられた基準が良く判らないわ? それでね、その首領格の人に聴いてみたの。

 穴熊族の首領格の人は、女の人。 上背も有って、厚い胸板と、スラリ伸びた手足。 ファンダリア王国の正規兵の防具がちょっと窮屈そうに見えるわ。 つぶらな瞳で、不思議そうに私を見ているの。 頭の上にぴょこんと飛び出た丸耳が、彼女の種族をモノがったっているわ。

 茶褐色の体毛が、なぜかアンネテーナ様が可愛がっていた、熊の『ぬいぐるみ』を思い起こさせるの。 ちょっと、笑ってしまったわ。 お名前はプーイさん。 




「プーイさん、どうして、貴女が選ばれたのでしょう…… 女性で、軍に引っ張られるのは、珍しいと思うのですが?」

「何てこたぁ無いよ。 私ら穴熊族は力が強すぎるからねぇ…… 愛玩奴隷にするには不適だと云われたのさ。 実際、ちょっと力加減間違えて、売られた先で買った奴を血祭りにあげたしねぇ」

「そうなのですか…… 貴女は……とても、温厚そうに見えるのに?」

「アハハハ! 痛いのは嫌いさっ! 行動を制限されていても、腕の一振りで、首が捥げちまったんだ。 うちは悪くないよ! 脆い人族の男が悪いのさ」

「そうですわね。 では、ココでは?」

「食って、眠れれば何処だってよかった。 此処に居れば、それだけは保証されたからね。 オトナシクはするよ。 奴らも同様なモノさ。 まぁ、奴隷から解放してくれたんなら、それは、それで、感謝するよ」




 そうなんだ…… 性格は、温厚にして豪放磊落。 何があっても、動じない。 おおらかさも持ち合わせている…… こんな境遇じゃぁ無かったら…… お友達になりたいわ。 それに―――


 痛いのは嫌いって、それは、私だって同じよ。



 フフフ、なんだ、そうか。



 私と変わりは…… 無いわよねぇ……





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