その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

そして、解放される、ジュバリアンの末裔達(3)

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 シュトカーナ声は囁くように、私に頭の中に響く。




 〈 神官戦士バトルクレリックよ、彼。 とても強くその香りがするわ。 聖域を護る、最後の盾…… 一族をもって、聖域を護ると誓いを立てた者達ね。 そして、聖域は焼かれた。 だから、彼等が何者かと言う訳は無いわ。 彼らの矜持は傷つけられ、今も心の中で血の涙を流し続けているもの 〉

 〈 そうね、今は…… なにも聞かないわ。 聖域を取り戻すその時まではね。 そうでしょ、シュトカーナ 〉

 〈 そうね、そうの方がいい。 私が出れば、問題は無くなるけれど…… でも、そんな事したくないんでしょ? リーナは、個人の意思をとても大切にするから 〉

 〈 ええ…… その通りです 〉




 最後まで、態度を決めかねていたのは…… 森猫族の人達。 ラムソンさんと、シルフィーの首に奴隷紋がまだ存在する事に疑問を感じているようなの。 というよりも、深い疑いって所よね。 私がいくら言葉を連ねても、軍に所属するとなれば、新たに奴隷紋を打ち込まれる可能性もあるって、考えているのかも……


 用心深く、猜疑心が強い森猫族ならではの、疑問よね。 


 そんな中で、一人の森猫族の人が挙手するの。 金色の瞳に、決意の色をのせてね。




「そっちの森猫は、奴隷紋を未だに付けている。 何故だ」




 真っ直ぐに疑問を口にする。 猜疑心が強い彼等は、言葉も攻撃的。 ラムソンさんのぶっきら棒と通じるところがあるわね。 よく考えて、その上で判断する。 大森林ジュノーの王国。 『 ジュバリアン 』の、王族だった種族だものね。 当たり前かぁ……




「ラムソンさんと、シルフィーは、特別です。 私の元に来た事情が違います。 彼らの奴隷紋は、身を護る為の道具。 もし、消し去れば、ファンダリア王国の中に入り込んでいる異国の奴隷商が、捕まえに来るでしょう。 それに、彼等は所属が違います。 彼らは軍では無く、王宮薬師院の所属です」

「奴隷紋には違いないんだろ?」

「ええ、奴隷紋には違いありません。 ただし、なんの制限も付けていません。 改造しましたから」

「出来るモノか! 【奴隷紋】の、強制力は強いんだ!!」




 私はシルフィーと、ラムソンさんに、目配せをしたの。 心得たとばかりに、「爪」を剥きだしたのは、ラムソンさん。 シルフィーに至っては私の首に、何処から出したのか判らない、ナイフを押し当てるのよ。 ナイフの刃には、私の血がタラリ付着する。


 眼を大きく開けて、その状況を見詰める森猫族。


 奴隷紋が撃ち込まれている者には、出来ない所業。 


 判ってくれた? シルフィーにも、ラムソンさんにも、なんの制限もかけて無いの。 でもね、シルフィー、それは遣り過ぎよ? ほら、ラムソンさんがとっても怖い目で、見てるじゃない…… いくら私がお願いして、私が大きな間違いをしでかした時、殺しても構わないって言っていたとしてもね。




「ローヌとか言ったな。 リーナ様は、お前が考えているほど、甘い御方では無い。 何時牙を剥くか判らない、私を側に置き続けているのだ。 お前ごときが、その心の内を伺い知る事など、出来はしない」




 冷たく、重いシルフィーの声。 そして、いつの間にかにナイフは仕舞われ、傷薬を塗られているの。 シルフィーの視線は、ローヌさんに固定されているわ。 ちょっと尋常でない鬼気が、シルフィーから、ローヌさんに放たれているの。 流石は一流の ” 元暗殺者 ” ね。 そんな彼女が私の耳元で言葉を紡ぎ出すのよ。




「主よ、お許し下さい。 この馬鹿どもには、コレが一番だと…… リーナ様の『誓い』は、とても常人には計り知れないくらい重く尊い。 私の攻撃くらい、リーナ様がその気で有れば、容易く対処されたでしょう。 それを敢えて、私に首を晒した…… まったく、貴方と云う人は!」

「シルフィーの考える事ですもの。 大体の予想は付くわ。 それに、貴女なら賭けてもいいもの」

「主よ! あまり、買い被るな。 私とて、手元が狂う場合も有るのだ」

「でも、大丈夫だったでしょ? ね、シルフィー」




 首を垂れて、首を振るシルフィー そんなシルフィーを怖い目で見つめるラムソンさん。 必要な事だったとしても、シルフィーには負担をかけちゃったわ。 森猫族さんたちの猜疑心を取るには、これ以上の方法は無かったものね。 彼女…… 奴隷だった時に…… 「爪」 使えなくされちゃってるんだものね。 仕方ないよ。

 シルフィーとラムソンさんの間の、緊張の糸がふわりと緩む。 ラムソンさんも判ってくれたみたい。




「これで、答えになったかしら? ローヌさん?」




 そんな、シルフィーの言動に、大きく目を見開いた、森猫族のローヌさん。 その瞳に驚愕と…… 躊躇いの色が見える。 何を考えているのかは判らない。 判らないけれど、彼の疑問は晴れたようね。




「そこまでの覚悟を決めておられる人族に、ついぞ会った事など無い。 良く判らなくなった。 ただ、見てみたいと、思ったのも事実。 俺は、行く。 この人族の歩む先に何が有るのかが知りたい」




 そう云うと、挙手をしたの。 つられる様に四人の森猫族の人が手を上げるの。



  ―――― これで、決まったわ ―――



 部隊の残るのは、各種族五名づつ…… 合計二十五人。 もう、” 中隊 ” なんて…… 言えないわね。 よく言っても、小隊。 それも完全充足していない、小隊ね。 でも…… よくこんなにも残ってくれたと思うのよ。 部隊の呼称関係は…… また、アントワーヌ副師団長様と ” ご相談 ” ね。

 手を挙げなかった人は…… そうね、前線に補給に行く第四三師団の輜重隊の方に、居留地の森の近くまで連れて行ってもらう事になるかも。 その辺りは、第四三師団のジャラック庶務主計長様とか、シャルロット様と打ち合わせをして、アントワーヌ副師団長様を通し、オフレッサー侯爵閣下の認可を受ければいいものね。



 だって、認めて下さっているもの。 ” 志を同じく出来ない者は、御国へ帰還せよ ” ってね。



 さて、今日はもうおしまい。 疲れちゃったわ。 最後のご挨拶は、私から、皆さんに。 礼儀って、大事だもの。




「挙手してくださった皆様、ありがとう。 ようこそ、第四四〇特務隊へ。 そして、森に帰る選択をした方々、貴方たちの歩む道に光あらんことを! 随分と、時間も遅くなりました。 本日は、これにて解散としたいと思います。 各人は割り当てられた場所に。 今日はありがとう。 ゆっくり休んでください。 もし、体調が悪い人がいれば、明朝より、治療します。 明日の集合は、第四四師団の薬品備蓄庫としますので、お忘れなきよう。 では、解散!」




 こうして…… 私は…… 彼らの「」を、問うたの。 そして、それに彼等は応えた。

 私の護衛を司る、獣人さんの義勇兵。

 この人達を護る事も……


 私の 「 職責 」 に、なったのよ。


 苦い思いが浮かび上がるの。 鎖は重く、頸木はさらに強められ…… 逃げる道はどんどんと閉ざされて行くの。





 ねぇ、ティカ様…… ロマンスティカ御義姉様……





 私達は、この重き鎖から……






 ――― 逃れられるのでしょうか?





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