その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

邂逅。

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 四日間で……



 アントワーヌ副師団長様が推定した通りに、薬品備蓄倉庫の中身を四日間で全部移送させてしまわれた…… 本当に全部移送しちゃったんだ……

 今、目の前に広がるのは、私が二か月半前に来た時と同じく、何も残ってない空っぽの倉庫…… ついでに、四つの倉庫を繋いでいる、連絡通路の扉もちゃんと元に戻されていたわ……

 アレも…… いけない事だったんだわ。 そうよね、お許し頂いて無かったしね。 工兵隊の方、怒られてないといいんだけれど…… それにしても、流石は精強な軍隊ね。 凄い……




「薬師リーナ殿。 此方にいらっしゃったか。 イザベルが任務完了の報告を副師団長に報告に行っている。 リーナ殿が練成された ” モノ ” は、全てエスコー=トリント練兵場に移送した。 これで、貴女が此処で錬成した証拠は何もなくなった。 ……王都冒険者ギルドからの薬草箱も運ぼうか?」




 私の姿を見つけたシャルロット様がそう言葉を口になさりながら、にこやかな笑顔で迎えて下さったの。 私も驚いてばかりはいられないわ。 予定通りに倉庫が空っぽになったんだから。 此方も予定通りに、ラムソンさんにお願いして、第十三号棟に保管している、王都冒険者ギルドの薬草箱をいくつか移送するわ。




「そちらについては、従者にお願いしておりますわ。 手配済みです。 午後、持ってきます」

「そうですか。 従者の方に…… ラムソンと云いましたね」

「ええ」

「副師団長からご連絡が御座います。 本日、第十六中隊がこちらに到着します。 予定では、午後…… そうですね、昼三刻辺りになります」

「お手数をお掛け致します。 あの……」

「判っております。 副師団長を通じ第十六中隊について、報告をしたいという事で、第四軍司令部に伺候したいと、申請は致しました。 第四軍司令部に置いて、オフレッサー侯爵閣下にお目通りのご許可も戴いております。 ……リーナ殿、何を始められるのか?」

「シャルロット様は、獣人族の兵をあまりご存知有りませんね」

「……正直申し上げて、ファンダリア王国軍にはそぐわないと。 そう、思っております」

「そうですね。 ……人族の軍組織には、馴染めないかもしれません。 その点は同意いたします」

「ならば、今からでも! リーナ殿の護衛に関しては、イザベルも心を砕いております。 第四四三大隊の護衛部隊から……」

「シャルロット様、それをしてしまっては、輜重部隊の護衛に穴が開きます。 前線に物資が届かなければ、第四軍は溶けてなくなりますわ。 到底、許される事ではございますまい。 ここ数日の間に、ご教授頂いた事を勘案致しましても、わたくしに護衛を付けるのならば、第十六中隊以外に付けられる部隊は無いのです」

「……リーナ殿」




 そんな顔しないでよ。 私は、彼等を解放するの。 奴隷部隊なんか、ファンダリア王国軍には必要ないわ。 変な前例作っちゃったら、他の軍にも採用されちゃうもの。 だから、ココが踏ん張りどころなの。 ちょっと悲し気で、困惑の表情を見せているシャルロット様に微笑んで見せたわ。

 それじゃぁ、さっそくラムソンさんにお願いしなきゃね。 お昼までに幾つか、薬草箱を運び込まないとね。




「ラムソンさん、お願いできますか?」




 背後に控えていたラムソンさんに振り返り、そう告げる。 




「ああ、大丈夫だ。 お前が準備していた、薬草箱を第十三号棟から持ってくる」

「……不測の事態が有るやもしれません。 コレを耳に」




 ポーチから取り出したのは、ちょっとした魔道具。 ウーノル殿下が襲撃を受けた、学院舞踏会でいい仕事をしてくれた、例の【遠話テレシーバ】の符呪付きのイヤーカフを渡したの。 勿論完全体の方をね。 こっそりお話するにはもってこいの代物だから。

 あれから、時間のある時に持っていたイヤーカフは全部完全体に符呪し直したの。

 だから相互にお話が出来るの。 何かあった時は、直ぐに連絡が取れるわ。 シルフィーには…… あの子のやっている事は少し特殊だし、万が一があるから、渡すつもりは無いけれど……

 私はイヤーカフを耳に付け、ラムソンさんはすぐに出て行ったの。




「お昼までには、此方に持ってこれると思いますわ」

「そうか。 ならば、問題は無いな。 これから、どうする?」

「ここのお掃除を。 汚れていたら、なにか言われるそうですもの」

「あぁ、了解した。 取りこぼしや、見落としが無いかの確認だな。 良いな」

「……買被りでるわよ、シャルロット様」




 ふぅ、ほんとに何でこんなに勘が鋭いんだろう。 そうよ、それも有るの。 なにか、おかしなものが落ちていたて、それに目を付けられたら、それこそ大変な事になるもの。 そう、十階層で酒瓶を回収し忘れたんだもの、私。 あんな風に後から詰められるのはゴメンだわ。

 ニコリと笑顔を振りまき、その場を離れる。 お掃除、お掃除っと!!




 ^^^^^^




 昼三刻。 ついに、第十六中隊とお会いする事になったわ。 第四四師団の司令部建物。 その大広間に集まった、獣人さんと三人の人。 面構えはとても精悍……とは、いえないわね。 みなさんどことなく薄汚れているし、瞳にはギラギラした光が宿っている。

 多くの獣人さん達…… 体に傷跡を残している。 満足な治療もしていない。 あれじゃぁ、痛みが強い筈。 それに…… 命令に抗った為か、あちこちに電撃が加えられた焦げ跡もある…… 私に向かって、強く睨みつける様な瞳……

 獣人さん達は―――

 なにも、そう、何も言わないけれど、とても敵愾心を感じる視線を私に向けて突き刺して来るの。

 その視線の源は…… 人族の奴隷商だろう人達三人の、腰にぶら下がっている ” 電撃の鞭 ”。 人の尊厳を奪う彼らの武器。 そんな物を腰にぶら提げて来た奴隷商の三人は、薄ら笑いを浮かべて、獣人さん達を連れて私達の前に来たのよ。

 私は何時もの服を着ているから、きっと軍属とは思っていないと思う。 だって、わたしの後ろに立っているシルフィーにとても嫌らしい視線を向けているんだもの。

 そのうえ、ラムソンさんにまで、尊大な感じで対応しているのよ。 信じられないわ。 ココが何処か、知らないわけでもないし、なんの為に呼び出されたのかもわかっている筈なんだけれどもね。

 アントワーヌ副師団長様が言葉を発せられる。




「……傾聴。 第四四四・十六中隊 本日昼三刻をもって、第四四四大隊より指揮権を第四四〇特務隊に移譲する。 以降、第四四〇一護衛中隊と呼称。 良いな」

「はぁ…… で、その ” 四四〇特務隊 ” って何でしょうかねぇ?」

「第四四師団隷下の特務隊だ。 その護衛をお前たちが担う」

「それで、その指揮官さんは、どなたですかな? 見たところ、そっちには子供が一人紛れ込んでいるようですねぇ…… まさか、その子供の御守りですかぁ~? 聖堂教会の神官長補佐様から、実働部隊に耐える奴隷を集めて欲しいと、願われてたのですがねぇ~」

「……そうか」

「実戦部隊の、欠員に奴隷を充てるとねぇ…… そう云われて、かなり無理して集めてたんですよ。 それを、子供の御守りとはねぇ…… これは、ご報告しなくてはねぇ…… あぁ、なんなら、そっちの獣人も、うちで引き取りましょうか? 良い値を出しますよ? なにせ、第四師団さんの金蔵は相当厳しいんでしょ? ほら、何て言いましたか…… そうそう、臨時予算でしたか? どうです、副師団長様?」




 なんか、とっても聞き捨て成らない言葉の羅列ね。 フゥ…… いいわ、笑ってられるのも今のうち。 私は何も言わず、その人族の奴隷商の人を冷たく見つめるの。 私が何を云うのかと、薄ら笑いを浮かべている奴らは、私の態度に鼻白む。 




「この部隊の指揮官はどなたですか?」




 私の言葉は重く冷たい。 部隊…… それも中隊と呼称されているのだから、指揮官は少なくとも五人は居る筈。 中隊長一人、そして、小隊長四人。 で、どうなのよ?




「なんですかな、この小娘は。 どうしようと云うのです。 わたしがこ奴らの主人ですが?」




 面白い事を云うのね。 つまりは、この部隊の指揮官はこの奴隷商の人達って事ね。 良く判った。 じゃぁ、軍令則から乖離している。 とても、重大な案件になったわ。 私はアントワーヌ副師団長様に視線を投げかけたの。 事前にオフレッサー侯爵閣下へのお伺いは立ててあるもの。 




「少々、疑問に思う事が有ります。 アントワーヌ副師団長様、第四軍指揮官様とお話がしとうございます」

「良いでしょう。 では、第十六中隊の指揮官と、私、それに、第四四〇特戦隊の指揮官は第四軍司令部へ参りましょう。 部隊のモノは此処で待機。 薬師リーナ殿、ココは……」

「シルフィー、ラムソン。 後を頼みます」

「「 承知 」」




 頷くシルフィーとラムソンさん。 彼等ならば、この獣人の人達が暴れても、対処する事が出来るわ。 話だって通せるかもしれないし。 まずは、ちょっと、お話をして置くのも良いかも知れない……




「そ、そんな事をしたら、獣人共が暴れるに決まっているでしょう! 私達が居ないと!! 抗議させてもらう!!」

「どうぞ、軍司令官様へ…… では、参りましょうか、アントワーヌ副師団長様」

「そうだね。 行くか」




 私はアントワーヌ副師団長様に続き、部屋を出る。 奴隷商の人達も、嫌がりながらも付いて来たわ。 きっと、教会の御威光に気を大きくしているんでしょうね。



 ――― 馬鹿ね。



 そんな物、ココでは通用しないんだもの。 なにかブツブツ言っている奴隷商の人達に一片の哀れみも必要無いわ。 あの獣人さん達をみて、私…… 怒っているの。 人の尊厳を奪い、当たり前の様にしている、そんな人を許す訳にはいかないわ。


 精霊様の御導きかもしれない。

 この世に生きとし生ける全ての人を、慈しみ、護れと…… 

 だから……

 私はやるの。




 あの獣人さん達を、この理不尽な境遇から、解放する為にね。





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