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従軍薬師リーナの軌跡
お呼出しの真意。
しおりを挟むそこで、声を挙げたのが、第四三師団の庶務主計長である、ジャラック男爵様。
悲壮な顔付きで、真っ青に顔色を変えながらも、気力を絞ってオフレッサー侯爵様に言葉を綴られるの。 ジロリとジャラック様を睨みつけられる、オフレッサー侯爵様。 とんでもなく、強い威圧感ね。
「なんだ、若造」
「ハッ! ぐ、具申いたします! 此度の事の責は、わたくしに御座います! 第四三師団の金蔵はもう底を付いておりました。 しかし、前線に出ている我が部隊は、日々薬品類を必要としております! ぜ、前線に送る薬品類は…… し、将兵の生命線でもあります! どの様な手段を取りましても、それを用意するのが、小官の役目。 第四師団の主計、及び、師団長殿に無理を知ってはおりましたが、融通を願いました!!」
最後は叫ぶように…… そう、言い切られたの。 オフレッサー侯爵様、呆れたような表情を浮かべられ、やがて、真剣な面持ちを取り戻し、軽く舌打ちをした後で、苦々しい口調で言葉を綴られたの。
「…………若造。 お前はバカなのか?」
静かに怒りを込めた声で、オフレッサー侯爵様は、口を開かれる。
「そんな事は、先刻承知している。 第四三師団司令部は、現在、前線に向かい、現地で展開中。 さらに、交代時期の第一師団との連絡、受け渡しに時間が取られている。 今、王都に居る第四三師団の高級将校は貴様だけなのも、承知している。 前線に張り付いている、同僚を想う気持ち…… それは、痛い程、理解しているつもりだ」
そこで、一旦、口を閉じたオフレッサー侯爵。 口元が、プルプルと震えている。 次の瞬間に、また、大音量のお声が、執務室に伝播し、窓ガラスを震わせる。
「お前だけが、その気持ちを持っていると、思うな!!! なんの為の第四軍司令部なのだ!! 越権行為も甚だしい!! 貴様は、何時、誰に、任命された!! その職掌は、第四軍司令官職よりも上だと云うのか!!」
「はぅ!」
なんとなく…… 何となくだけど、判った…… ジャラック男爵様、軍の組織を無視した動きをしちゃったんだ。 私は…… ほら、民間人だから、その辺は良く判らなかったから、「薬師」として、誓いの通りに困っている人には手を差し伸べたのよ…… それが、ジャラック男爵様が怒られている原因。
オフレッサー侯爵様は…… そこまで吠えた後、両手を組んで、口元を隠した。 怖い目で、皆さんを見ながら、感情を抑えながら、お言葉を続けられるの。 何処までも手の掛かる子供を相手にするよな、困惑と怒気を含んだような、声音だったわ……
「非公開査問の結果、今回の事例は、エドアルド伯爵の独断による、越権行為と認めれれる。 軍法にも抵触する行為だ。 判っているな」
「は、ハッ!」
「よって、貴様を罰を与えねばならん。」
シンと静まる執務室の中。 わ、私が辛い…… だって、誰も…… そう、誰も、悪意を持っていた訳じゃないモノ…… 法務士官様の記章を付けた方が、黒革のノートを広げられているわ。 ちょっと、部屋の温度が下がった様な気がしたの。 軍歴簿じゃないのかな、アレ…… 考課表も一緒の奴…… あぁ…… どうなっちゃうのかな?
いきなり、解職、予備役編入とか…… それとも、不敬であるとか言って…… 軍法会議行き? わたし…… 止めなくちゃ。 そうなりそうなら、事情をお話して…… 何としても…… 止めなくちゃ。 だって、誰も悪意を持っていないんだもの。 此処に居る人たちは、皆、前線の将兵を思いやっているんだもの!
静かで、想いの籠った声が、執務室に広がるの。
「フーバー法務士官。 記録を。 アルバート=フェンサー=エドアルド第四四師団長の、” 越権行為 ” に対して、本官は二週間の謹慎と厳重注意を申し渡す。 なお、謹慎場所は、” エスコー=トリント練兵場 ” とする。 ……アルバート、練兵…… 励めよ」
「ハッ!! 御下命、承ります!! エスコー=トリント練兵場にて、本官は二週間の謹慎に服します! 御恩情誠にありがとうございます!」
よ、良かったぁ…… ” 厳重注意 ” と、二週間の謹慎。 それも、練兵場でって…… 兵隊さんを自分の手で鍛えよって事。 謹慎中ではあるから、指揮官としてではなく、一緒になって泥だらけになって…… 普段なら、絶対に時間が取れない様な事だものね。 ” 兵と共にあれ ” かぁ……
オフレッサー侯爵様は、次に、第四三師団 庶務主計長 ゾイマー=ジャラック男爵様に目を向けられたの。 ちょっと、残念な生き物を見るような眼をされていたのは…… まぁ、そう云う事なんでしょうね。 でも、彼の想いは伝わったようね。
「小僧…… やり方を考えよ。 お前にも、” 厳重注意 ” を、申し渡す。 お前の仕出かしたことは、エドアルド第四四師団長がひっかぶってくれたのだ。 よく、そこの所を考えよ。 …………が、第四三師団の献身は、第四軍の指揮官としては、感謝する。 いいな、将、兵を想うのは、お前だけではないと、肝に命じよ」
「ハッ!! 御恩情、誠に!!」
「以上、査問を終了する。 各自、軍務に戻れ。 解散とする」
「「ハッ!!」」
一様に、ホッとした雰囲気に包まれるの。 なるほどね…… 道理で―――、
慕われる訳だ。
厳重注意って云う、軍歴には傷が付いちゃったけれど、それは、あくまで軍法上の物だよって事ね。 その原因が、第四軍司令部にもあるって…… そう、仰りたいのね。 フゥ…… 大人の…… それも、軍の規律って…… 面倒なモノなのね。
出向で良かったわ。 異動だったら、この怒られている人の中に、私も居たんですものね。 そして、私は新参者…… 温情が掛けられる可能性はとても低かったわね。 前線に…… もしくは、第一軍あたりに再移動って成ってたかも。
椅子から立ち上がり、礼を捧げ、皆さんと一緒に出て行こうとしたら、ミッドバース主計参謀から、お声が掛かったのよ。
「第四四師団 副師団長 グスタフ=ノリス=アントワーヌ。 第四四〇特務隊、薬師錬金術士リーナ殿。第四四師団 庶務主計長、シャルロット=セシル=ドゴール。 君達には、もう暫くここに居てもらう」
ふぇ? なんで? まだ、お小言が足りないの? キョトンとして、司令部の皆さんを見詰めてしまった。 ミッドバース主計長様が、今度は本当に柔らかい笑顔を浮かべて、仰るの。
「なに、硬い話ではない。 『 けじめ 』は、つけたからね。 ちょっと、話が有るんだ。 話は、まぁ、謝罪と、これからの事についてだよ。 君の事は、調べさせてもらった。 ほんとうに、薬師院の連中って、通り一辺倒な事しか、知らせてくれなかったからね。 薬師錬金術士リーナ殿。 僕たち第四軍司令部は、君を歓迎するよ。 では、こちらに……」
そう云って、執務室の横の小部屋に通されたの。 応接室というか…… ちょっとした歓談に使うお部屋かも知れないわね。 素敵な応接調度が置かれていてね、豪華なソファに座る様に促されたの。 シャルロット様も、アントワーヌ子爵様もご一緒にね。
窓からは優しい光が差し込んでいるの。 従卒の方が、お茶を淹れて下さったわ。 隣のお二人も、先ほどとは打って変わった対応に、驚きを隠せない。 思わず顔を見合わせらしたもの。 シンと静まり返った応接室。 扉の外では、まだ、ちょっとガヤガヤとしているわ。
先程の非公開の査問会…… 法務士官さんの ” 甘すぎませんか? ” の、声がする。 でも、他の参謀さん達が、” アレで良いんだよ。 おかげで、四軍の危機的状況は救われたのだ ” なんて、答えも聞こえるわ。 オフレッサー侯爵様の低い声も…… ” 第四軍司令部も…… 責は有るのだ。 よいか、追い詰めてしまったのは、我等なのだからな。 ” ってね。
きっと、オフレッサー侯爵様は、第四軍を愛していらっしゃるのよ。 なにより、その使命に重きを置いてらっしゃるのね。 軍としての規律、侯爵様の想い。 綯交ぜになった、感情。 そんなものがヒシヒシと伝わる様な、そんなお声。 扉越しだったけれど、よく理解できたわ。
それ故に…… ちょっと、身構えてしまったわ。
背筋をピンと伸ばして……
誰からお話があるのかを想像して……
たぶん……
オフレッサー侯爵様からね……
何の、お話を、されるんだろう……
少し…… 恐怖心を抱いて、待っていたの。
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