その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

お呼出しの理由。

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 呼び出しを受けたのは、私だけじゃ無かったみたい。



 第四四師団の―――

 師団長アルバート=フェンサー=エドアルド伯爵様、
 副師団長グスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵様、
 庶務主計長 シャルロット=セシル=ドゴール女男爵様 

 その上―――

 第四一師団、四二師団、四三師団の各庶務主計長様方……



 かなりの人数が呼び出しを受けていたの。

 この王城外苑には、四つの軍全ての司令部の建物が有るの。 通称、「四紅錬石」 赤い錬石で建てられた、堅牢な建物だったわ。 見るからに、重厚で威圧的な建物なのよ。 ファンダリア王国軍の象徴みたいに、称されているわ。 


 四軍の司令部の建物は、王城外苑の東の端。 


 お日様に照らされて、燃え上がる様に見えているの。 なんか、ちょっと怖いよね。 何が始まるんだろう。 わたし…… ちゃんと、「お仕事」してたよね。 隣を歩いているシャルロット様の顔も強張っているわ。 

 従者と侍女は連れていけないの。 一応、私も軍属だものね。 皆さん、軍服をお召しになっている中で、私だけいつもの、黒のパンツ。 コットンの白シャツ。 濃い灰色のウエストニッパー。 腰には山刀、クリスナイフ、それと魔法の杖。  ” 薬師錬金術士 ” と、” 薬師リーナ ”の紋章入りコートを羽織っているの。


 へ、変じゃないよね? 王宮薬師院所属だし…… ぐ、軍服なんて、支給されてないし…… い、いいよね?


 多少、気後れしながらも、皆さんに続いて、司令部の建物の中に入っていくの。 中はヒンヤリとしていたわ。 いろんな武官さんが、あちこちで働いておられたの。 此処は…… そうね、第四軍の頭脳だしね。 情報が集められて、分析されて、作戦が練られて、そして、命令を下す場所。

 えっと…… 第四軍の指揮官様のお名前…… 何だっけ?




「エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵閣下は、剛健な御方です。 第四軍を纏め上げ、脅威に対して常に準備されようとなさいます。 生粋の武家の御方ですので、すこし…… リーナ様には怖く感じるかもしれません」




 シャルロット様が、小声でそう仰るの。 あぁ、そうだったわ、オフレッサー侯爵様。 配属初日にお会いしたんだっけ。 えっと、その時は…… 師団長のエドアルド伯爵様と、副師団長のアントワーヌ子爵様がご一緒だったんだっけ。

 そうか、シャルロット様は、私とオフレッサー侯爵閣下が面識が有るとは思ってらっしゃらないのね。 まぁ、言えば、あんまり第一印象は良くないわ。 完全に見下されていたし、なんの仕事も出来ない小娘を見るような目で見られていたものね。

 ……でも、思い出した。 それは、あくまでも「お仕事」に対してで、別に私個人対しては、大した負の感情も持ってなかったように思えるの。 大変な薬品類の台所事情をどうにかしようと、軍務大臣様や宰相様と折衝を繰り返して、王宮薬師院から人材を送って貰おうとされてたって聞くものね。


 配されたのが、小娘な私。 そして、異動ではなく出向と云う形。 


 そりゃ、ガッカリもするよね。 仕方ないよね。 でも、それでも、あの方は私に対して荒い口調は使っても、そこまで酷い事を云われたわけじゃない。 怒りの矛先は、主に王宮薬師院、統括様に向けられていたモノね。



^^^^^


 司令部の建物の中の廊下を皆さんで一緒に異動するの。 先頭は司令部付きの武官の方。 なんか、足音もザッ、ザッ、ザッ って、いかにも軍人さんって感じなの。 私一人、民間人? ちょっと、足が竦むわ。 

 大きくて重そうな扉の前に着く。 武官さんがお声がけされた。




「第四四師団長以下、御召しの者達、参られました」

「入れ」




 扉が大きく開かれたの。 重厚な執務机に、大きな人影が浮かび上がっているわ。 周囲に何人もの軍人さんが、立っておられてたの。 皆さんと一緒に、中に入る。 後ろで扉が閉まった。




「第四四師団 師団長 アルバート=フェンサー=エドアルド 以下、御呼びになられました人員全て、参上いたしました」

「現着確認。 第四四〇特務隊、薬師錬金術士リーナ殿、此方の席に御着き下さい」




 何故か私だけが呼ばれて、壁際のちょっといい椅子に座らされたの。 皆さんは立ったままよ? なんで、私だけ? 




「薬師錬金術士リーナ殿は、王宮薬師院よりの出向者。 よって、指揮命令系統は、第四四師団、師団長付きとなっておりますので、この度の件に付いては、なんのお咎めも御座いません。 ただ、証人としてお呼びしたまでです」

「????」




 お部屋の中の、軍人さんのお一人から、何やら不穏気なお言葉が私に告げられたの。




「あ、あの…… この招集は? 申し送れました、薬師リーナに御座います」

「ハッ! わたくしは第四軍司令部に置いて、主計参謀を拝命しております、ミッドバース=リフターズに御座います。 庶民の出で、爵位は御座いませんが、お見知りおきを。 ご質問の件については、これより、司令官様よりお話があります。 リーナ様はそのまま。 ちょっと、気合を入れるだけですから」




 優し気な御顔で、丸い縁の眼鏡をクイッって持ち上げて、ちょっと微笑まれるの。 でもね、その笑顔、ブギットさん並みに怖いわ。 何が起こるのかしら……  ミッドバースさんが離れて、オフレッサー侯爵様の後ろに並ぶ人達の列に加わったの。

 なんか、とっても、威圧感が凄い…… ミッドバース様が主計参謀って事は…… あの並ばれている人達って、皆さん…… 参謀格の人たちなの? なに、ここ…… どういう事?

 師団長のエドアルド伯爵様が若干顔色が良くないわ。 青白いモノ…… 重々しいお声が、その時かかったの。 ちょっと…… いえ、ずいぶんの御怒りのご様子ね、オフレッサー侯爵様




「諸君、集まってもらった理由は、察しがついていると思う。 ………………貴様ら、儂を舐めているのか?」




 静かな口調だったけれど、とても強い威圧感が襲うの。 うわぁぁぁ…… こんな、生々しい威圧感って…… あの、秘匿されていた、ベネディクト=ベンスラ連合王国の泊地侵入以来ね。 軍人さんの威圧感って、凄いモノ……




「第四師団長、貴様何時からそんなに偉くなったのだ? 備品の調達に関して、貴様の持つ権限は、第四師団内だけの筈だったが? この二ヶ月半の間に、薬品類の備蓄が相当に進んだのは、報告にあった。 第四師団の備蓄倉庫には、定数の薬品類が収まっていると。 しかし、なぜ、他の師団の備蓄倉庫にも、薬品類が増えているんだ? 特に、第三師団。 儂も手は尽くして、薬品類はかき集めている。 現状の王都の状態も、報告は受けている。 王都では、薬品類の入手は困難を極めている。 特に「解毒薬」や「疾病薬」に関しては、民間でも品薄で、民達も相当困っているのが現状だ。 それが、第四師団だけでなく、第一師団から、第三師団まで、定数揃えられている。 その品質も上級と報告に有った。 薬師院から、薬師殿が見えられてからな…… 答えてもらうぞ」




 息を飲み、声が震えつつも、エドアルド伯爵様は、御答えになったの。




「ハッ! 御答え致します!! 先日、御着任された薬師錬金術士リーナ殿が、「魔法草」より各種薬品類を「練成」する事が出来ると判りました。 薬師殿自ら王都周辺にて魔法草その他、練成に必要な素材を集められて、第四師団が必要な薬品類を錬成されました!  また、薬師殿の独自の伝手で南方領域の「魔法草」を、入手する事も出来る様になりました。 よって、第四師団の備蓄倉庫に定数の薬品類が……」

「そんな事は、判っている。 ミッドバースから報告も受けている。 エドワルド、儂が聞きたいのは、そこでは無い。 なぜ、他の師団の倉庫にまで、定数の薬品類が存在するのかと云う事だ」

「ハッ! わたくしの独断で払底している他の師団の備蓄分の錬成を、薬師殿に願いました!」

「馬鹿者!! 儂はそのような命令を下してはおらぬ!! その為の資金の手当てもして居らぬ!! コレは、紛れもない、軍記違反、越権行為で有るな!!」



 物凄い怒鳴り声。 窓がビリビリ震えているのよ…… 鬨の声…… 戦場の騒音に負けない、そんなお声。 でも、ココは静かな執務室の中よ? あまりの威圧感にエドアルド伯爵様達が半歩後ろに下がられるの……



「エドワルド、貴様、薬師殿に願ったと云ったな」

「ハッ!」

「薬師殿は、薬師院よりの出向者。 彼女に命令を下す権利を与えられているのは、儂と貴様だけなのは、理解しているな」

「ハッ!」

「その貴様が ” 願う ” と、いえば、それはすなわち命令になるとは、思えなんだのか? 薬品類の錬成は、大変な集中力と魔力を消費する。 常々、薬師院より言われていた事をよもや忘れたわけではあるまい。 軍を支えるだけの「薬師」をそろえるのに、どれほど腐心していると、思っているのか。 やっとの事で揃えた「薬師」達も、第一軍、第二軍に徴収されて、挙句に北の荒野に無益に消耗してしまった事、忘れたとは言わさんぞ」

「ハッ!」

「大切に扱うべき「薬師」殿。 そして、その能力は、お前も見知る通り。 その上で、「願い」を口にしたと云うのだな? 儂に報告も、相談も無しに。 さらに、その材料である「魔法草」の購入資金は、貴様の個人資産から捻出したと…… 貴様、軍組織をどう思っているのか? もう、古い王国軍の時代は終わったというのに、個人の貢献を当てにした、そんな時代では無いというのに…… お前も、儂と同じ、古い軍人なのか?」

「ハッ! 全ての責は、わたくしに御座います! 誠に…… も、申し訳……」

「い、意見具申!!」




 緊迫に包まれる執務室の中に、上擦った声が、響き渡った。

 かなりの非礼に当たるんだけれど……


 それでも、言わずにはおれないって感じで……



 その声は、必死さを秘めていたの。




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