その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
220 / 714
従軍薬師リーナの軌跡

薬師錬金術士リーナの日常

しおりを挟む
 ” 日常は突如として変化する。” 




 誰が言ったのか知らないけれど、それは、私にも当てはまったわ。 私の日常が崩れたの。

 日々の「お仕事」は、イグバール様から送られてくる魔法草から、薬品類を錬成する事。 必要な薬品類は、シャルロット様から教えて貰っているの。 錬成はすこぶる好調だったわ。 日に一箱づつ、毎日錬成していたの。


 体力回復ポーション
 魔力回復ポーション
 傷薬
 解毒薬
 毒薬


 色々な要望にお応えしていったわ。 どれも、作った事があるモノばかりだし、中級中容量の物ばかりだしね。 南方領域の魔法草の薬効は高い。 その上、イグバール様が自ら符呪された【保存】の符呪が施された薬草箱は、中身をとても新鮮な状態に保持してくれるもの。


 とても、「お仕事」が、捗ったわ。


 言われるままに、お薬を練成していった私は、ある時点から問題を感じ始めたの。 あまりにも順調に練成しちゃったのもだから、保管場所が手狭になって来たのよ。 その時には、粗方第四四師団の備蓄分の薬品類の錬成は終わっていてね、シャルロット様もイザベル様もホクホク顔だったのよ。

 でも、ほら、後から、後から、南方領域から魔法草の入荷はづづいているでしょ。 このまま、材料として保管するのもなんだから、他の師団が必要としている薬品類も一緒に錬成しましょうかって、お伺いも立てたの。

 丁度、第四軍の司令部でお話していたのよ、その時ね。 色めきだったのが、第四一師団、第四二師団、そして、特に第四三師団の庶務主計長様達。 足りない薬品類の調達に東奔西走していたかららしいの。 特に第四三師団の庶務主計長様である、ゾイマー=ジャラック男爵様。

 泣きそうな感じで、シャルロット様で、懇願されていた。




「頼むよ、第三師団は本気で金欠なんだ。 もう、余分な金は片銅貨一枚も無いんだ。 そりゃ、王太子殿下の予算が回されて来たよ。 でも、それで、糧秣買ったらなにも残ら無いんだ。 王都で薬品類を調達しようとしても、碌な品質のもんが無い。 その上、取引してくれてた商家が…… 無くなっちまったんだ。 新規にお願いしようと思っても、どこも相手にしてくれないんだよ」

「そうは言われましても…… 第四四〇特務隊は、第四師団隷下にあります。 薬師リーナ様の御心遣いで、消耗してしまった、解毒薬と疾病薬はお渡ししました。 第四四師団、エドアルド伯爵から、出来ればと願いがあったからです。 ですが……」

「それは、有難いと思っているよ。 いや、本当に。 でもな、第四三師団が使えるポーション類が絶望的に少ないんだ。 いや、もう払底していると云ってもいい。 俺が何とか捻り出した分は、四一師団と、四二師団に半分分捕られたんだ。 あっちからの侵入が色々あって、散発的に戦闘状態にもなっているんだ。 前線で頑張っている奴らに、渡さん訳にはいかんだろ? 無理して…… 本当に無理して捻出したんだがなぁ…… だから…… 余力があるんなら……」



 もう、泣きそうになっているね。 私が言うのも何だけれも、あまりに可哀そうな気がしてたのよ。 同じ部屋に、師団長様もいらっしゃってね、私の方を見ているのよ。 そんな、エドアルド伯爵に、キツイ目を向けているのが、シャルロット様。




「アルバート。 薬師リーナ様に無理を強いてはいけません。 軍属とはいえ、所属は薬師院です。 リーナ様のご厚意で、医薬品と解毒薬は、に、お渡ししました。 特例です。 各師団にも、薬師の方はいらっしゃります。 それなのに、リーナ様がお力添えするのは……」

「それは、知っているし、理解もしている。 しかし……な。 お前も、判っていっているのだろ? 他の師団の薬師の方々が何をしているのか。 聖堂教会の薬師に……な。 他の師団の連中の財布は、ほぼ空になっている。 糧秣の手当ても思うように進まんのだからな。 薬師リーナ殿。 無理強いはしない。 が、お願い出来ないだろうか」

「……どのくらいの量なのでしょうか? それによっては、イグバール商会の商会長様にお願いする、魔法草の量が変わってくるので」



 私が、そう云うと、ジャラック男爵様が絞り出す様な声で、申し出られたの。 本当に厳しい状況らしいの。



「…………薬品の備蓄は、ほぼ無い。 幾分なりとでもよいので……」

「つまりは…… 第四師団が、必要であった量と同等にございますか?」

「えっ…… あぁ…… まぁ…… な」



 単純に計算したみたの。 イグバール様からの、お荷物が届いたのは、三回。 一ヶ月半の間だったわ。 まだ、私は止めていない。 だけど…… 購入資金はどうするんだろう。 薬草だって只じゃないもの。




「エドアルド伯爵様。 魔法草の購入資金は、どういたしますか? 相手は商家です。 第四三師団の主計発行の約束手形では、取引に応じて貰えない可能性もありますが?」

「…………シャルロット。 第四師団には……」

「……………………はぁ。 ええ、まだ、少しは。 南方領域の魔法草のお値段は、王都産の物より安くはあります。 かなり、ご厚意で設定されているお値段と、思われます。 その上、第四四〇特務隊に対して、グランクラブ商会から、信用取引も可能であると、そう申されております。 薬師リーナ様が居られるからです。 アルバート…… 商人に借りを作るのですよ。 いいのですか?」




 物凄い厳しい目だったわ。 以前になにか、あった様ね。 物凄く警戒されているわ。 今の所…… あと二回分は…… 手付の分で支払い済みだから…… そうねぇ…… 次に納品に見えた方に、止めて貰う手はずだったしねぇ……




「判った。 俺の個人資産から捻出する。 第三師団…… だけでなく、四軍全体の備蓄分相当の魔法草を手配してくれ」

「ア、アルバート!」

「市場に出回っている、薬品類を集めるよりも、早く確実で、その上、高品質だ。 背に腹は代えられない。 なんなら、俺の領地からの俸給分も全部合わせて、当てて貰っても構わない。 手配する」





 い、いや、それは…… でも…… まぁ…… そう、仰るのなら…… 第四三師団の次年度分の肩代わり、なんて意味も有るのかしら。 

 でも、決まったわね。 やる事に変わりは無いし、出来上がった薬品類の保管場所もコレで確保できたんだもの。 いい事よね。 早速第四軍の工兵隊に方にお願いして、第四軍の薬品備蓄庫が連なっている倉庫間の内扉を撤去してもらったの。 


 だって、あれ、邪魔なんだもの。


 これで、イチイチ外に出なくても、各師団の薬品備蓄庫へ行ける様になったの。 お話があった次の日から、各師団の庶務主計長様達に必要な薬品類の一覧を出してもらって、ジャンジャン錬成を始めたの。

 かなりの勢いで、薬品備蓄庫の中は充実していったわ。

 ジャラック様、ある日、私のいる第四師団の倉庫にいらしてね、私の両手を握りしめて、涙を流して居られたの。




「助かった…… 本当に、助かった。 口外はしない。 入手元は誰にも言わない…… 本当に、本当に、ありがとう! これで…… アイツらの命は…… 命は繋がった……」




 良かった。 私の錬金術がこんなにも感謝されるとは…… 思ってもみなかった。 出来るだけの事はするって…… 約束したもの。 約束は…… 違えられなかったと、言ってもいいわよね。

  毎日、必要な薬品類を練成して、第四軍全体の薬品の備蓄量を増やしていたの。そんな風に、さらに四週間が経ったの。



 そして――― 私が、軍に着任してから、二か月半たったその日。



 日常が大きく変わったの。

 呼び出しが、あった。

 普通第四四師団の呼び出しじゃなくて…… 


 第四軍、司令部からの……


 呼び出しだったの。


 
しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。