その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

大切な人達の笑顔。

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 あぁ…… 精霊様、神様…… 私の眼は、何を見ているのでしょうか?






 午前の明るい光の中、王城外苑の薬品備蓄庫の大扉の前。 お仕事を始める前に、掃除をしていたの。 倉庫の中を掃き清め、余計なゴミが、錬金魔方陣に混ざり込まないように…… 丹念に、綺麗に…… 「百花繚乱」でやっていたように。 教えの通りに。

 そこに、たった今、到着した馬車。 遠くから来たのは判った。 車輪がちょっと草臥れているのも知っている。 でも、磨き込まれた車体は、朝の光を反射させて、キラキラと輝いているの。 ええ、とても素敵な馬車……


 それは、キャリッジ…… 


 特別なキャリッジ……


 私の、キャリッジ……


 高い御者台の上から、私には怖い笑顔のブギットさんが微笑みかけてくる。 お隣は…… 見知らぬ、ドワーフ族の女の人。 ブギットさんと同じ、薄い緑色の肌なんだけれども、長い髪は真っ黒で…… 黒曜石の様にキラキラ光る瞳はとても人懐こい印象なの。 

 誰? それに、なんで、ブギットさん?

 キャリッジの扉が開いて、中から出てくるのは……

 イグバール様。 エカリーナさん迄…… なんで、なんで?




「おはよう! ご注文の品。 お届けに参りました。 イグバール商会。 商会長のイグバール=エランダルに御座います、『 薬師錬金術士リーナ様 』! 」

「い、イグバール様! こ、これは…… イグバール様、自らこちらに、お見えになりましたの?」

「久しいな! リーナ。 あぁ、そうだよ。 大事な取引だ。 商会長が来るのは当り前だよ。 なにせ、相手は、大商会のグランクラブ商会だろ? 手紙で遣り取りなんて、舐めた真似なんかできないよ。 俺が行くって言ったら、こいつらも行くって言ってな。 連れて来たんだ」

「あぁ、あぁぁぁ! みさなさん!! お久しぶり!!! ようこそ王都へ。 長旅お疲れ様でした!!」

「ん。 元気そうで何より」

「リーナ様、会いたかった。 色々と、お教えしてもらいたかったのに、王都に行かれてしまったから…… 寂しかったですわ」

「ブギットさん! エカリーナさん!! お元気そうで!! お目に掛かれて、とても嬉しい!!」




 ワイワイ言いつつも、私のキャリッジを倉庫の中に迎え入れたの。 大扉は閉めてね、魔法灯を付ける。 後で、もう一度お掃除するから、馬車ごと入ってもらったの。 ほら、このキャリッジとても良く目立つじゃない。 聖堂教会の人達に見とがめられたら厄介だもの。

 キャリッジの後ろの荷台には、約束通り薬草箱がどっさり積まれていたわ。 数は…… 全部でニ十箱…… なかなかの量ね。 良く壊れず運べたものよ…… やはり、特別製の馬車は違うわよね。




「ここが、リーナの仕事場か?」

「ええ、イグバール様。 この中壁の向こう側で、練成しておりますわ。 少々事情がありまして、あまり、おおっぴらには錬成出来ないので」

「そうか…… 大変だね。 軍のお仕事かい?」

「ええ…… そうなんですの。 皆さんが来られる前に通達が御座いまして、正式に部隊として運用すると、有りました。 第四四〇特務隊だそうです。 第四軍、第四師団付き特務隊…… だそうです。 薬師の部隊と、そう書いてありました」

「……そうか。 リーナが軍属とはな。 それは……聖堂教会除けが理由かな?」

「よくご存知で。 左様に御座います。 ……今の聖堂教会には問題が多々あります故」

「浜のおばばの予想通りか。 なぁ、リーナ。 君は、おばばにもハト便を出したかい?」

「ええ、そうですわ」

「おばば…… 君からのハト便を受け取って読んだ後、「百花繚乱」の店の中、手負いの熊の様に唸りながら、怒りも顕わにうろついてたって、ルーケル殿が言ってたぞ? 俺がここに行くって言ったら、一緒について来ようとして、止めるのに物凄く苦労したよ。 手紙も…… 魔石も渡された。 一体何を手紙にかいたんだい?」

「ちょっと、お願いを…… あっ! そうだ、イグバール様、わたくしからもお願いがあります」

「ついて、早々にかい?」

「とても、大事な事なので。 あの、コレを……」




 ポーチからティカ様を御紹介した記録が入った魔石を手渡すの。 イグバール様だったら、間違いなくおばば様に渡してくれる。 今、渡しておいた方が絶対にいい。 後で何て言って、何が起こるか判らないものね。




「あぁ、判った。 おばばに渡せばいいのか? 大丈夫かい、コレ。 おばばの怒りが増すんじゃないか?」

「えっと…… 多分…… 大丈夫かと……」

「なにか、厄介な事に首を突っ込んだらしいね。 気を付けるんだよ」

「はい…… ありがとうございます」




 その後は、今後の入荷の予定なんかを話し合ったの。 今回持って来てもらったのは、ごく標準的な薬草箱。 勿論イグバール様の保存の符呪付きなんだけれどもね。 それを使ってどのくらいの薬品類が錬成可能かを見てみる事にしたの。

 やっぱり南方領域の薬草っていいわ。 とても素敵。 シルフィーと、ラムソンさんにも一緒に見てもらったの。 二人とも目を輝かせているのが判る。 だってね、南方域って薬草の宝庫なのよ。 それに、魔物の森だって、沢山ある。 良質な魔力を吸収した魔法草が沢山あるもの。

 だから、魔法草の指定以来なんかも、簡単な部類なの。 森に入って、目的の魔法草を見つけるのにさほど時間は掛から居なわ。 そんな、言ってみれば贅沢な環境にいたから、王都でもそのつもりになってたの。 王都では、そこまで多くの魔物の森なんて無いし、迷宮ダンジョンだって、浅いものしか無かったんだもの。 

 王都はやはり治安もいいし、魔物の出現率だって低いわ。 安全のために狩り尽くしているって感じなの。 それを主導していたのが、王都冒険者ギルトって事なのよね。 だから、あれだけ、討伐バカばっかりなのよ。 採取する森も、迷宮ダンジョンも薄いからね。


 ―――自縄自縛


 そんな言葉が思い浮かんだの。 安全面だけで考えたら、討伐バカを量産するのは必要な事かもしれない。 王都の特殊事情な事も理解できる。 だったら、よその…… 辺境の冒険者ギルドに向かって、上からモノは言わない方がいいわ。 成り立ちや役割が違うって、そう云えばいいだけ。 

 なのに…… 王都冒険者ギルド出身の冒険者って、無茶な討伐を受けがって、辺境の冒険者ギルドに行こうとするのよ。 無茶よ…… 

 まぁ、そんな事は、此方の事情。 私は薬草箱の中に入っている、魔法草を見分して、十分につかえるモノだと確認したわ。 そうね、一箱を一日で使うとして…… 月に三十箱。 二週間に一回、十五箱って所かしら。




「そんなもんで良いのかい? 十分に用意できるよ。 なにせ、王都でリーナが困っているんだって、冒険者ギルド統括に話しただけで、今、持って来ている分を、” 直ぐに ” 用意してくれたんだよ。 代金は商工ギルドから引き出した、リーナの手付から支払ったよ? まだ、残額もしっかりある。 流石にグランクラブ商会だね。 仕事が早いよ」

「そうだったのですね。 それはよかった。 窓口になって頂いたのは、わたくしのお友達になって下さったフルーリー嬢ですから。 では、これから、本契約に?」

「あぁ、そのつもりだよ」

「……イグバール様、あの、そちらの方は?」




 気になっていた、ドワーフ族の女性の方。 凛として、時折、腕を擦っている。 男性のドワーフ族の方は、ブギットさんの様に筋骨隆々な方が多いらしいんだけれど、女性の方は…… 凄く華奢に見えるわ。 エルフ族って云われたって、そうかなって思うくらい。 それに、とても綺麗なの。 しっとりと濡れた漆黒の瞳が私を見ている。




「あぁ、此方は、エルビーラ。 エルビーラ=エストランダ。 ブギットの旦那の一族の一人だって。 ドワーフの里から、ブギットの旦那に師事したくて、ダクレール領まで出て来たんだよ。 最初は断ってたけど、ほら、色々と量産するモノが有るだろ。 ブギットの旦那が自分の眼で、彼女の仕事を見てね。 受け入れる事に成ったんだ。 今じゃ、イグバール商会の力強い仲間だよ」

「そうだったんですね。 こんにちは、エルビーラさん。 薬師リーナと云います。 どうぞよろしくお願いいたします」

「あっ、う、うん。 エルビーラって云う。 お師匠様に鍛えてもらう為に里から出て来た…… よ、よろしく」

 朴訥として、なんか…… かわいい…… でも、ブギットさんのお目に叶うって事は、相当の力持ちなんだろうなぁ イグバールさんに視線を送ると、にっこりと笑って、身体の横で、ブギットさんに見られないように、手サインを出して下さったの。


 曰く―――


 ドワーフ族の里の方から来た、ブギットさんの御相手候補なんだって……

 そっ、そっかぁ…… そちらも…… 気に成ってたよ。 ブギットさんの腕前は、ドワーフさん達の間でも有名なのね。 そして、その後継者をって…… 一族の人は考えったって事かも…… なんだ、そうなのか。 うふふふ、それでかぁ……

 ちょっと、モジモジしているエルビーラさん。 その様子を暖かく見詰めている、イグバールさんと、エカリーナさん。 きっと…… あのボロいブギットさんの工房も、スッキリ片付いたかもしれないわね。 うふふふ。

 薬草箱の確認を終えて、持って来てもらう頻度も決めて、お話合いは終わり。 お昼を少し回ったところだったから、一緒に食堂でご飯にしたの。 王都の食堂って言っても、下級官吏さん達が使う食堂だよって、最初に断ったけれど、それでいいって。 だから、厨房長にお願いして、特別サービスをいっぱい付けて貰ったの。

 テーブル一杯の、厨房長さんの渾身のお料理は、とても美味しく、みんな目を丸くしていたわ。 まぁ、厨房長さんのお料理って、イザベル輜重幕僚様に言わせると、宮廷料理並みに美味しいらしいからね。

 お腹いっぱいに食べて、一度、王城外苑の薬品備蓄倉庫に戻ったの。 ほら、私のキャリッジもお馬さんも居るから。 勿論、お馬さんに水と、飼い葉も用意したわ。 軍の施設だから、そういったモノはすぐに用意できるものね。




「じゃぁ、俺たちは行くから。 お昼ご飯、美味しかったよ。 体に気を付けるんだよ。 無茶はダメだよ。 いいね」

「はい! イグバール様も!」

「ありがとう。 この取引の窓口は、たしか、グランクラブ準男爵閣下のお嬢様…… フルーリー嬢だったね」

「ええ、その通りです。 今なら…… 多分、グランクラブ商会に居られると思いますわ」

「あぁ、昨日の夜にハト便で、お昼過ぎに伺うって手紙を出しておいたからね。  リーナ、またな」

「はい、いつでもお越しください!」




 ニコリと微笑んで、イグバール様とエカリーナさんは、キャリッジの中に入って行かれた。 ブギットさんとエルビーラさんは御者台の上に。 大扉を開けて、お見送りね。 いい商談で有りますように。 

 祈りを込めて、大切な人達の後姿を見詰めていたの。






 ^^^^^^







 第四師団の薬品備蓄倉庫に、海道の賢女様の怒鳴り声が響いたのは…… 


 ―――その少し後の事。







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