その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

おばば様へ……

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「……お初にお目に掛かります。 ニトルベイン大公家、ロマンスティカにございます。 どうぞ、良しなに。 エスカリーナ=デ=ドワイアル様に、海道の賢女、ミルラス=エンデバーグ様との誼を結ぶ事を、お願いいたしました。 唐突なお願いだとは思いますが、何卒、御一考頂ければ、幸いに存じます。 とても、大切なお話が御座います。 ニトルベイン大公家の者としてでは無く…… 王宮魔導院 特務局 第四位魔術士 そして、秘匿されし、「ミルラス防壁」保守主任魔術士 ロマンスティカよりの、お願いに御座います」




 真摯に、そして、情熱を持って、ティカ様はそう仰ったわ。 彼女もまた、あの魔方陣の秘密を解きたく思う一人。 魔術師の資質を、十分に持つ人。 なにより、「ミルラス防壁」の保守主任。 紐解かねば、解除する事も叶わない。


 彼女は意を決してるわ。


 アンネテーナ様に、「ミルラス防壁」の保守の ” お仕事 ” を、御引渡しする時には、お母様が変更される前の状態に戻すって。 もう、人の魂を使って、「ミルラス防壁」を維持する事など、しないようにってね。 アレは禁忌の魔法。 この世界の人が手にしてはいけない魔法なの。


 ――― 対処を、間違えば ―――


 世界が歪み…… 「異界の魔物達」に、この世界は…… 喰い尽くされるわ。 そして、何もかもが変貌するの。 そこには、見知った世界ではなく、荒れ果てた荒野に蠢く、変質したこの世界の住人しか存在しえなくなる。 彼女は、それに立ち向かおうとしているの。

 だから、私も、この世界に生きとし生ける者の安寧を護るために、手を貸すの。 お母様の負の遺産ね。 おばば様が何て云うかしら。

 きっと、また、” あのバカ娘め! ” って、御怒りになるわね。




^^^^^



記録レコード】を止めて、魔方陣を昇華させる。 映像と音声は、魔石の中に収納された。 おばば様は、この記録を読み出せる魔方陣をお持ちよ。 だから、魔石でお渡しするわ。 他の誰にも読み解けないように、おばば様 限定指定の術式で記録したから、この「御紹介」が、他の誰かに漏れる心配はないの。

 髪の色と、眼の色を戻す。 ” エスカリーナ ” は、もういらない。




「ティカ様。 突然の【記録レコード】ごめんなさい。 いつ、ラムソンさん達が帰って来るかもしれないので……」

「ちょっと、驚いたわ。 でも…… ありがとう。 それで?」

「ええ、後、ニ、三日もすれば、ダクレール男爵領より「魔法草」が送られてきます。 その帰り便を使って、おばば様に送りたいと思います」

「大丈夫なの?」

「イグバール商会が、使用する馬車ならば、問題は無いかと。 それに、帰るのはイグバール様の元です。 さらに、この魔石に封じた ” 記録 ” は、おばば様にしか読み解けません。 そういう術式で編みました」

「……そう……なの。 用心に用心を重ねているって事ね」

「ええ。 わたくしにおばば様程の力が有れば、中距離転移魔方陣で、わたくしが直接お渡しに行くのですが、如何せん、わたくしにはあの術式は編めませんので……」

「「光」属性の持ち主にしか無理よ ” 転移魔方陣 ” なんて。 貴方が、中距離転移魔方陣を編める方がおかしいのよ。 重量、容積に制限があるんでしょ? でも、よくそこまで、術式を改変する事ができたわね。 あの術式には、「光」属性の術式が沢山混じっている筈よ? 「闇」属性の術式では、駆動出来ない筈」

「おばば様の御師匠様である、賢者マーリン=ノバテック様の御著書、『 魔導総覧 』の外巻を、読む機会が御座いました。 そこに、「光」属性魔法と、「闇」属性魔法の比較対象と、同様な効果が有ると思しき、魔方陣の対応表が御座いました。 それを使用し、改変したのですわ」

「…………本当に、どこまでも規格外な人よね、貴女って。 『 賢者の書 』なんて、王宮の閲覧制限図書館でも無いわ。 有るとすれば、王宮魔導院の特別制限図書室にしかないわよ、それ。 どこで、読んだの?」




 ニッコリと微笑んで、韜晦して差し上げたの。 だって、ドワイアル大公家の秘文書図書室にあったなんて、言えないわよ。 おばば様でさえ、驚かれたんだもの。 絶対に内緒にするわ。 私の微笑みを見て、ティカ様が盛大な溜息を洩らされてから、頭をニ、三度横に振られたの。




「教えては下さらないのね。 ……もう、意地悪」

「何事にも、限度と云うモノが御座います」

「貴女が、それを云うのね。 …………いいわ、聞かない。 わたくしが、「闇」の術式の深淵に触れる事は無いでしょうしね。 わかったわ」




 ちょっと、御立腹。 でも、判って頂けた。 だって、「闇」属性の ” 大魔法 ” とか、 ” 禁忌魔法 ” なんか、ティカ様が使う訳無いもの。 精神制御系統の魔法が多いのよ。 それこそ、魔女になっちゃうわ。 だから、ダメよ。

 ティカ様の御願いも聞けた。 もうすぐ、ラムソンさん達が帰って来る。 ティカ様も忙しい筈。 カップに残った、薬草茶を飲み干したら…… 今日は、もうお別れの時間ね。 




「リーナ。 ありがとう。 お願いを聞いてくれて」

「ティカ様の御願いですもの」

「それに……」

「それに?」

「わたくしの事を、” 御義姉様 ” って。 ……嬉しかったわ」

「こちらこそ、不躾な事を申し上げました。 おばば様には、そのように言わないと、通じないとおもいましたので」

「あちらに行ったら、わたくしの出自をご説明申し上げるわ。 なぜ、貴女がそう言ったか…… ご理解頂ける様にね」

「はい。 そう、願います」




 立ち上がり、第十三号棟から出て行こうとする、ティカ様。 【開錠】をして、お送りする私。 ポケットから例の眼鏡を取り出し、掛けられたわ。 そして、手に【認識疎外】の魔方陣を浮かび上がらせていらっしゃるの。

 あっという間に、その存在が霞の様に揺らぐ。




「リーナ、またね」

「ええ、ティカ様も、あまり無理なさらないでくださいね」

「そうね、貴女がオトナシクしていてくれたら、わたくしも、忙しくないかもね」

「ティカ様……」

「じゃぁ、あちらに行く前に、連絡するわ」

「はい…… お待ち申し上げます」




 深々と頭を下げ、お見送りするの。 衣擦れの音が、密やかに耳に入る。 それも、直ぐに風に音に紛れ込んで、消失する。 頭を挙げると…… 




 扉の向こうには……

 夜空に浮かぶ月。

 サワサワと風の音。

 遠くに人の声。

 夜気が、倉庫の中に忍び込んで来る。

 行ってしまわれた。 




 また、お逢いしましょうね。



   ―――― ティカ様。






***********






 その翌日。



 待望の物が、ダクレール男爵領から届いたの。



 予期せぬ、形で……





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