その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

魔女のお願い リーナの答え

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「食事を取りながらで良いから、聞いて欲しい事があるの。 とっても大事な事なの」




 ティカ様が頬から手を外し、真面目な顔で私を見詰めるの。 口の中には匙が入ったままの私は、さぞかし、間抜けな顔を晒していたと思うの。 でも、そんな私にお構いなしにティカ様は続けるの。




「この眼鏡と、私の【認識疎外】で、ここに居る人には、わたくしの存在は感知できない筈。 現に、貴方の侍女は食事に夢中よ。 でも、貴女が私に何か言うと、術は解けてしまう。 だから、何も言わなくていいわ」




 コクリと頷く私。 きっと、かなり無理してここに来られたんだと思うの。 やや目の下がくすんでいるし、御髪だって、いつもみたいにキッチリとは纏まっていないもの。 相当、お疲れの模様ね。




「身嗜みが…… 乱れているのは、半分は貴方のせいよ、リーナ。 聴いて欲しい事は二つあるの、いい?」



 また、コクコクと頷く。 匙は、赤いシチューと私の口を行ったり来たりしているけれど、それも、ティカ様の御用命だから、致し方ない。 非礼とはわかっているけれど…… ね。




「貴女、この間、高位魔法を商業区画で使ったでしょ。 アレ…… ちょっと、マズいの。 辛うじて、「ミルラス防壁」の防御範囲から外れていたから、どうにかなったけれど、範囲内であんな魔法を使われたら、防壁が激しく反応するわ。 こないだのだって、相当 歪んだのよ? 持ち直すのに、丸二日掛ったのよ。 通常業務とは別にね」




 口に運ぶ匙が止まるの。 目を見開いて、ティカ様を見詰める。




「あぁ…… いいのよ、気を付けてくれれば。 貴女、防壁に魅入られているのよ。 あんな防壁に穴をあけるような、高位魔法を使ったら、一気に注意が向くのよ。 判って頂けた? もし、使うのならば、せめて、王都ファンダルを出てからにして欲しいわ。 いい?」




 コクコクコクと三回頷くの。 そこに…… 影響が出ちゃってたのか。 ティカ様には、本当に申し訳ない事をしてしまったわ。 また匙を咥えたままだったけれど、頭を下げて謝辞を伝えたの。 片手を軽く振って下さったわ。




「それでね、二つ目の大事なお話。 申し訳ないんだけれど、海道の賢女様をご紹介して欲しいの。 私はニトルベイン大公家の者だから…… 賢女様には特に警戒されているから。 ……教えを。 教えを受けたいのよ。 前王妃殿下が紐解かれた、あの魔方陣…… 文献が少なすぎて、保守点検も出来ないの。 幸い、「ミルラス防壁」を攻撃する者達にも、良く判らない部分だから、今の所はあの部分には手出ししていないのだけれども…… いずれは…… だから、その前に解析をして、ある程度でもいいから、此方から干渉出来るくらいには、なっておきたいの」




 ちょっと、止まっちゃった。 ティカ様、私と同じ事を考えてらしたのね。 おばば様にご紹介云々では無くて、「ミルラス防壁」の例の部分の解析。 アレは…… この世界の術式じゃない。 あの術式を構成している魔法理論は、未知のもの。 でも…… だからこそ…… 解析が必要なのよ。


 でないと、魂を解放できない。 


 わたしも、少しづつ解析しているの。 理論側で無くて、術式側からね。 グランクラブ準男爵様の商会から、おばば様に出したハト便…… アレ…… お願いだったの。 ” 異界の魔法術式の解析をお手伝いして貰えないでしょうか ” って云う、お願いだったの。 一部断片的な術式をお手紙に書いて、送ったのよ。


 ” コレ…… 判りますか ” ってね。


 ティカ様の瞳が揺れている。 私が、おばば様に「ご紹介する」のを渋っていると、そう思われたのかしら。 ティカ様なら、全く問題ないと思う。 ご紹介して差し上げる事に、なんら、不都合も無い。 だって、ティカ様なんだもの。

 でも、コレは単に頷くだけじゃ、済まないものね。 だから、シルフィーとラムソンさんには悪いけれど、ちょっと先に第十三号棟に帰る事にしたの。




「シルフィー、ラムソンさん。 沢山、食べてね。 ちょっと気になった事があるから、先に第十三号棟に帰っているわ。 あぁ、付いてこなくていいわ。 もう、目と鼻の先なんだし、貴方たちはご飯の最中でしょ? あぁ、私が食べたシチューの食器はお願いしていい?」




 シルフィーは、食事の手を止めて、一緒に来ようとしたけれど、それは止めた。 ティカ様はお忍びでお一人でしょ。 つまりは、誰にも見られたくないって事よね。 だから、私もそのようにしようと思うの。 




「いいのか? 一人で大丈夫か?」




 ラムソンさんったら、心配そうに私を見る。 ニッコリと微笑んでから、大きく頷くの。




「ほら、もう通い慣れた道だし、人も沢山いるわ。 心配するような事は無いわよ。 それに、ラムソンさん、頑張ってくれたじゃない。 美味しいご飯を、食べて欲しいわ。 私からのお礼よ」

「……そうか。 食べ終わったら、すぐに戻る。 ……シルフィーが食べ終わるのには、ちょっと時間がかかるだろうがな」

「なによ……」




 テーブルの上に並べられている、大量のお料理をラムソンさんは、呆れたように見ていたの。 いいのよ、シルフィーはとても良く動いているし、お腹だって減るものね。 にこやかに微笑みながら、二人に云うの。




「今日の晩御飯は、私から御礼。 楽しんで食べて。 厨房長の力作だから、お残しなんて、許さなわよ」




 ちょっと、恥ずかし気にしながらも、頷いてくれるシルフィー。 無表情だけど、尻尾が揺れるラムソンさん。 軽く手を振って、立ち上がるの。 御代は、シルフィーに、渡してあった。 足りてる筈…… 筈だよね。 レーヤさんに、先に帰るって言ったけれど、御代の話は出てこなかったから…… まぁ…… なんとか足りた様ね。

 ティカ様から、言葉が発せられなくなたとたん、彼女の存在が掻き消える様に、認識できなくなったわ。


 凄い隠蔽力ね。 真似できないわ。 隠密特化というか…… 何というか…… 



^^^^^


 第十三号棟に帰る道でも、ティカ様の気配は感じられなかったの。 そして、第十三号棟の扉を【開錠】して、中に入って…… 振り返ったら、そこにいらしたの。 例の眼鏡を外しながら、【認識疎外】の魔法も消失させれ居られたの。 私は、彼女の姿を確認してから…… 何も言わず、扉を閉め、しっかりと【施錠】する。

 作業台へ歩みを進め、その間に魔法灯に火を入れる。

 明るくなった、倉庫の中。 ティカ様に声を掛けたの。




「見事な隠蔽力ですわ。 此処に帰って来るまで、全く認識できませんでしたわ」

「フゥ…… 緊張したわ…… リーナを見習って、【認識疎外】の術式の書き換えをしたの。 ちょっと改変したんだけれど、強化出来ていたかしら?」

「それはもう。 前回ココへ、いらっしゃった時よりも、数段強度が上がっていると、そう思いますわ。 流石です」

「リーナにそう云って貰えたら、まんざらでも無いわね。 ちょっと、自信が付いたわ。 それで…… ココに連れて来たのは、何故?」




 作業台の椅子にティカ様を誘う。 お部屋にある、私の茶道具を持ってきて、おばば様特製の薬草茶を淹れる。 カップにたっぷりとね。 飲んで頂けるかしら? 先に私が口を付けるの。 ティカ様、ちょっと考えてから、カップを手に取って下さったわ。 良かった。




「頂くわ…… でも、リーナだからよ? ……それで?」

「ええ、海道の賢女様へのご紹介は、何ら問題は御座いません。 わたくしも、気になっていたモノですから……」

「アノ術式の事? でも、貴女が扱うと…… それこそ、異界の魔物と、『契約』されてしまうのでは?」

「そうですね。 その懸念は多分にあります。 ですから、頭の中で、術式を思い浮かべながら…… 時には紙に普通のインクで描き出しながら…… 魔力を流す様な事はせずにです。 それならば、あちらも手出しは出来ませんから」

「…………危ない橋を渡るのね。 ダメよ、気を付けなきゃ。 このことに、私が絡んでいる事は、ウーノル王太子殿下もご存知なの。 万が一、このことで、リーナが傷つきでもしたら…… あの子は、決して私を許さないでしょうね」

「まぁ、買被りですわよ、ティカ様」

「……貴女、本当にご自分の事に関しては、鈍いのね」




 大きく溜息をつかれたの。 えっと…… そうなの? いや、まぁ、その…… この話は、また別の機会に…… 今は、ティカ様を、おばば様にご紹介しなくちゃならないんだからね。 ポーチの中から、魔石を一つ取り出すの。 

 作業台の上に、【記録レコード】の魔法を描き出し、その上に魔石を置く。起動魔方陣も一緒に書き出しておいたわ。




「ティカ様、この魔石に、わたくしがティカ様をご紹介している映像と音声を記録します。 もうすぐ、ダクレール領から、魔法草が届きますから、帰り便でこの魔石をおばば様にお送りいたします。 ハト便では、魔石はおくれませんから……」

「有難いわ。 ダクレール男爵領、海道の賢女様の「百花繚乱」にお伺いしても…… ニトルベインの娘たる わたくしは、門前払いでしょうから。 先に、ご紹介して頂けていれば、少なくと、お話は聞いて下さるかもしれませんわね」

「それは、もう。 きっと、大丈夫です。 でも、その前に…… わたくしがどんな立場で、ご紹介するかを、決めねばなりません。 薬師リーナとして「ご紹介」は、いたしません。 おばば様に、ティカ様をご紹介するのならば……」




 私がそう云いながら、髪に貯めてある魔力を、体内に戻す。 軽く目を瞑り、眼に張り付いている、制限付き【鑑定】魔法を、消失させる。

 群青色ロイヤルブルーの瞳と、銀灰色シルバーグレイの髪を持つ、 ” エスカリーナ ” が出現するの。 おばば様にティカ様を紹介するのは、「薬師錬金術士リーナ」 では無く、「エスカリーナ=デ=ドワイアル」 で、有るべきなのよ。

 ティカ様が、眼を見開いて、私を見つめて居る。




 ――― 【記録レコード】起動




「―――おばば様、突然のお便り、お許し下さい。 特別に、ご紹介したい人が出来ました。 薬師錬金術士リーナとしてでは無く、エリザベート=ファル=ファンダリアーナの娘、エスカリーナ=デ=ドワイアルとして、ご紹介したくあります。 こちらにいらっしゃる、お嬢様に御座います。

 良く魔法を知り、” 魔術士 ” の称号をお持ちの、ファンダリア王国の至宝とも云うべき御方です。どうぞ、お話を。 母が残した、の事で、とても、とても大切な『 お話 』が、御座います。  

 御名は―――


  ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢様


 殿。 わたくしのにおわします。 」

 


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