その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 9

ウーノル王太子殿下。 始動(4)

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 頭を冷やせとばかりに、第一軍、第二軍の者達がその部屋から追い出された。



 第三軍、第四軍の者達もその後をついて行き、一旦控室に向かう。 彼らが別々の控室に退出した後、フルブラント大公は大きな溜息をついた。 そんな大公を見ていたウーノル殿下は、彼に言葉を掛ける。




「アレは…… 酷いな。 原因はやはり、指揮命令系統の混乱か?」

「御意に。 矜持高き者達なれば、指揮下の将兵に対しても十全の責務を負っているとそう感じております。 他軍の者に命じられるのは…… 独自性が仇となりましたな」

「これだけ入り乱れると、わたしも混乱する。 同名の部隊が入り乱れると、予期せず他軍の者に命令を下してしまうのも、理解できる。 なにか…… 何か良い方法があればよいのだがな」

「同一戦区に違う軍を入れない…… は、現実的ではありませんな。 いっそ、軍の指揮権を一本化し…… いや、それをしてしまうと、更に混乱が広がる事に繋がりますな……」

「なにかいい思案が無いか。 現行の軍政を不用意に手を付けると、定着までに時間が必要になる。 下手だ。 各軍の将兵は軍に忠誠を誓う。 王家では無い。 国にでもない。 最も近しい尊敬に値する者達にその忠誠を捧げるのだ。 その忠誠を損なわせるような命令、言動に対して、激しい怒りを感じるのだ。 ……一番の混乱の原因は、そこに有る。 命令が過たず、意図した者達に届くように。 そして、金が掛からぬ方法で…… 高価な魔道具を全将兵に持たせるなどは、出来はしない。 国庫が干上がる。 なにか…… なにか、方法は……」




 呟くようにそう口にする、ウーノル王太子殿下。 高価な魔道具を使用すれば、指定の舞台に連絡は確実に届く。 しかし、全部隊にその魔道具を配布するような予算は何処にも無い。 それを可能とする数の、「符呪師」も居ない。

 反対に、獅子王陛下の御世の様に、北辺に展開する全ての将兵を再編し、臨時の軍とする事もまた難しい。

 合力として参加している部隊の数が多すぎる為だった。 主導権は第一軍ではあるが、戦区によっては、第二軍の将兵が大変を占めている場所すらある。 その上、第三、第四の各軍から臨時駆り出している部隊すら存在する。 

 たとえ、再編しても、それが定着し指揮命令系統が混乱なく統一されるかと云うと、それは、とても怪しい。 ただでさえ反目していた者達が、短期間にして同じ軍となり、協力できるかと云うと、無理があり過ぎる。 指揮官も選任も難しい。 自分の軍の指揮官に忠誠を誓った者達が、そう易々と他の軍の指揮官に忠誠を尽くせるのか? 


 軍人も人の子。 そして、その限界も知っているウーノル王太子殿下の顔色は冴えない。


 部屋に残る者達の一団。 魔術師のローブを着た者達が、床にある王国の地図を見詰めていた。 彼らなら、魔法を使い連絡を取り合う事も可能かもしれないが…… それだけの量の魔術師など、王国に存在しない。



^^^^^


 ふっと、吐き出される溜息。 手詰まり状況が、重く圧し掛かる。 その時、「ミルラス防壁」の保守主任職を戴く小柄な魔術士が、言葉を漏らした。




「部隊番号を変更すればよいだけですね。 混乱は、発令側と受令側が相互の認識をしていない事が原因ですから」

「ティカ。 なにか、思いついた事があるのか?」

「えっ? ええ、まぁ……」

「どんな些細な事でも良いのだ。 思いついた事を述べてほしい」

「……わたくしは、軍事に関しては門外漢に御座いますわ」

「それでも構わぬ。 今は、どんな些細な意見でも欲しい。 混乱を助長させれば、第一軍、第二軍の行動が封じられ、付け込まれ…… いずれは瓦解する。 連携も出来ぬ集団は、烏合の衆となる。 相手は、精鋭を持ってなる、敵はゲルン=マンティカの『国王直卒』の精鋭だ。 必ず不意を突かれる……」




 かつての記憶の中にも、瓦解するファンダリア王国の軍の姿が刻み込まれている。 ファンダリア王国軍の精強さは、幻想でもある。 十分な訓練を実施し練度を上げ、連絡を密にし、連携を重んじ、互いを信じ戦うならば、問題は無い。 その前提条件が崩壊しかかっているのだと、ウーノル王太子殿下は考えている。




「素人の浅はかな考えですが、宜しいですか?」

「あぁ、勿論だ」

「……ファンダリア王国の全ての部隊に固有番号を割り振ればよいのです」

「なに? あぁ、そうか。 そうすれば、発令側と受令側が一致するのか…… しかし、膨大な数の部隊だ。 一朝一夕には変更は出来ぬぞ? 部隊を新編するのと変わりない」

「いえ、そのように難しく考えてはおりませんわ。 軍は一桁。 師団は二桁。 大隊は三桁。 まぁ、必要は無いでしょうが、中隊は四桁の番号を振ります。 第一軍から、第四軍は、そのまま そう呼称すればよいので……」

「ん? どういうことだ?」

「ええ、例えば、現状で第一軍、第二師団、第三大隊、第四中隊に対し、戦区に置いて発令する場合、受け取る部隊をどう呼称しているのでしょうか? ここ迄、詳細に部隊名を記し発令されているのならば、問題は起こり得なかった無かった筈。 きっと、” 第四中隊に発令 ” とかでしょうか? それでは、どの軍の、どの師団、どの大隊の第四中隊か判りかねますわよね」

「あぁ、そうだな。 同一戦区に複数の第四中隊が存在するからな」

「では、その第四中隊が、第一二三四中隊であれば? このように部隊番号を振り直せば…… そうですね、殿下が、例えば ” 第二三二大隊に発令 ” と、命じられたら? その部隊番号で、どの軍のどの師団に所属する、どの大隊かすぐに判明しますわよね」

「……第二軍、第三師団、第二大隊…… か。 そうか、そう云う事か」

「お判りになりましたか? 軍編成も変えず、現状の軍政の変更も必要ありません。 部隊番号のみの変更です。 それも、煩雑な通し番号ではなく、現状の部隊の所属を表す番号にするだけです。 先程、殿下が読み解かれたように、部隊番号だけで、どの軍に所属するかは、一目瞭然でしょう? 運用面で云えば、この場で、いがみ合う第一軍と第二軍に通達を出せばよいだけです。 殿下が” 判りにくいから、部第呼称を変更せよ ” で、良いと思いますわ」




 ウーノル王太子殿下は魔術士ティカの顔をまじまじと見つめて居た。 驚きが彼を捕らえていたからだった。




「ティカ…… その考えは、どこから来た?」

「ええ、魔方陣の分析をするときに、よく使う手に御座いますわ。 順列組合せで出来た各種の術式を試すときに、仮に番号を振りますの。 間違いの無いように、同じものを二度も検証しない様に。 術式を改変するにも、手順が御座いますからね」

「なるほどな。 この方式だと、小隊…… いや、個人まで数字で管理する事が出来るな」

「それは遣り過ぎですわ。 兵籍番号との兼ね合いも御座いますし、異動時に番号が変わるのは如何なモノかと」

「あぁ、そうだな…… コレはいけない。 あくまで、「 部隊 」の番号だな」

「ええ、そうですわ。 でも、小隊……までは、必要無いのでは? この大きな地図に置いてある最小単位は、大隊の物ですわよね」

「そうだな。 まぁ、その辺りは各軍の司令官達が考える事。 使える考え方だ。 これを、使っても?」

「どうぞ。 殿下のお言葉として。 わたくし達、王宮魔導院は、単に傍聴者オブザーバーとして、この会議に参加しております故。 ご提案は出来ますが…… それに、軍事には素人に御座いますわ。 わたくしがお伝えしても、誰も聞きますまい。 此処は、殿下がお伝えください」

「……そうか。 判った。 試してみる。 明確に確信は持てぬが、上手く行きそうだ。 いや、ありがとう、ティカ」

「勿体なく」




 休憩を終え、指揮官達が再度入室してきた。 頭も冷えたのであろう。 表面上は冷静になった彼らは、ウーノル王太子殿下の提案を受ける事になった。


 現在使用している部隊番号の変更。


 それだけだった。 現在の部隊番号に付与されるのは、所属を表す追加のみ。 主な命令は大隊単位が多く、煩雑な手続きが必要な大幅な変更は歓迎されないが、この程度あれば問題なく変更可能であった。




「一度、兵棋で運用してみるか。 そうだな、突如として、北東部のドラゴンバック山脈から敵襲があったとする。 どうか?」




 ウーノル王太子殿下と、魔術士ティカの話を背後で聞いていたフルブラント大公は、彼女の提案したこの方式が命令の授受に対し、かなりの効果を上げる事に気が付いていた。 第一軍、第二軍の面々にはまだ、ピンと来ていない者も居たが、兵棋演習で効果が有り、運用面に関しても負担が少ないと判れば、彼らとて無用の諍いが無くなるのは好ましいはずだと、認識している。

 兵棋演習はすぐに用意された。 使う地図は床面にある王国版図。 駒もそのまま。 そして、その駒を実際に扱うのは、第三軍と、第四軍の者達六名。 初期配置も ” うろ覚え ” な、彼らが、過たずに駒を動かすさまを通し、第一軍、第二軍の指揮官、参謀は唸る。


 命令が過たず通る。


 混乱が起こらない。 大隊一つに至るまで、しっかりと連携した動きが可能。 それに、第一軍、第二軍の混成軍であっても、違いは無かった。 各軍高級指揮官の命じるまま、二つの軍が連携し敵を撃破していく。 撤退時も無駄な損耗も発生しない…… 包囲される事も無く、背後を取られる事も無く…… 


 敵将して攻撃側で駒を動かしているフルブラント大公も、これほど上手く行くとは思っていなかった。


 これにより、部隊番号の変更は実際に運用する者達にその有用性が認識された。 複数の主席戦務幕僚から、即時に運用を開始する事を具申されるフルブラント大公。 そして、その考案者と目される、ウーノル王太子殿下への称賛の視線。




「では、部隊番号変更について、貴殿たちは……」

「すぐに発令しましょう」
「コレは、良い。 彼の地の混乱は収まるでしょうな」
「第三軍も発令しましょう」
「当然だな。 何時、合力を頼まれるやもしれんからな」




 四軍全てが納得した。 ウーノル王太子殿下は、ここに初の王太子命令を下す。

 困難な防衛戦闘における、大きな変革であったと、後世の者はそう書き記す。 実際に、この変更が行われた後に起こる動乱に置いて、この変更によって軍は混乱もなく対処した。 そして、コレは取りも直さず、ウーノル王太子殿下が、軍を掌握した最初の出来事であったと、歴史書は語る。

 事務的に、淡々と命じるウーノル王太子殿下の言葉。 

 歴史書に記載された、ウーノル王太子殿下が、発せられた言葉は―――




「私が戦況を知るに、判りにくい。 よって、部隊番号を変更する。 コレを王太子としてのとする」




 と、云うモノであった。



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