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断章 9
ウーノル王太子殿下。 始動(2)
しおりを挟む巨大な部屋だった。
しかし調度は少なく、部屋の壁際に並べられている机が有るだけだった。 椅子すらも置いていない。 机の上には積み上げられた書類、書類、書類。
漢達、女達がそこに集う。
全員が第一種礼装を着用している。
不穏な空気が流れていた。 そのすべてを睥睨するように、偉丈夫が一人 「その場」を、支配している。 王国の新年を祝う集いが有る場合にしか、集まらない人々であった。
その場の最高位に居るのは―――
エルブンナイト=フォウ=フルブラント大公。
軍務大臣にして、ファンダリア王国 王国軍の総指揮官。 集められたのは―――
第一軍 司令
フェルベルト=フォン=メルカツェ侯爵閣下 と、その主席、次席戦務幕僚二人
第二軍 司令
アレクサス=ドニーチェ=ビコック侯爵閣下 と、その主席、次席戦務幕僚二人
第三軍 司令
エセルバーグ=ブライアン=ウランフ侯爵閣下 と、その主席、次席戦務幕僚二人
第四軍 司令
エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵閣下 と、その主席、次席戦務幕僚二人
更に魔法使いのローブを着込んだ数人の魔術師がそこに存在している。 王太子宮の者達は、その剣呑な雰囲気に飲まれ、恐れ、慄いている。 漢と女達が見つめる先は、床一面に描かれている王国の版図。
多くの駒が配されている。
しかし、王国北側の部分においては、少々事情が違う。 色の違う駒が交錯し、いくつかの駒は、取り除かれて、各軍団の戦務幕僚の手の中にあった。
幾重もの視線が、その地図に注がれ、そして、苛立ちを見せている。 駒が配され始めた時、その場の雰囲気はまずまずの物であった。 第三軍が最初に配置を終え、第四軍もそれに続く。 多少の混乱はあったが、それでも彼らは問題とも思っていない。
運用している部隊の動向が掴みづらいのは、いつもの事。 まして、現在、第三軍、第四軍の備蓄は底を付き、輜重隊が補給を行う事すら難しくなっている。 よって、部隊の動きも低調なモノとなり、行動が不明な部隊も少ない。 ただし、輜重隊の動向は掴みづらい。 本来であれば、有り得ない「徴発」、「買付」、などを街や村で行いつつ、前線の部隊に向かっている為だった。
「苦労しますな、お互いに」
第三軍司令の、エセルバーグ=ブライアン=ウランフ侯爵が、エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵に声を掛ける。 軍学校の同期でもあった彼らは、他の指揮官よりも、少し近しい。
「エセルバーグの所は、軍の縮小を受け入れたのであろう。 よく、受け入れたものだな」
「あぁ、アレか。 実質は、増大しているぞ。 戦力も練度も」
「なに?」
「アレンティア辺境侯爵がな、二個師団の人員をすべて吸収してくれた。 その上、小隊単位での運用をされてな。 南方の冒険者がいるだろ?」
「あぁ…… 精強な銀級冒険者が多数存在すると聞くが…… 軍人では無い」
「その通りだがね。 兵士としては、向かない者達だが、その剣技、魔法の使い方、個人の継戦能力の維持、見習うモノは多いんだよ。 そしてな、なにより、その事をあいつらは惜しげもなく、アレンティア辺境侯爵の領兵に教えている。 個々の戦闘力は遥かに増大しているよ」
「……四軍では、望めぬな」
「三軍の特殊事情という訳だ。 やり方に寄っちゃ、今の第一、第二師団も、入れ替えて鍛えようかとも思っている。 まぁそこまですると、アレンティア辺境侯爵の怒りに触れそうだがね」
「間違いなくな。 で、どんな密約を交わした?」
「有事の際に、第三師団、第四師団の再編を認めて貰っている。 うちの金庫には金なんか残っちゃいないのは、あちらはよくご存知だからな。 代わりに……」
「代わりに、なんだ」
「輸送路の護衛に、小隊単位で着く事。 有事以外、領兵の運用に一切の口出しをしない」
「なんだ、それだけか?」
「あぁ、有難いことだよ。 ある意味、必要な人材だったのかもしれない。 第三軍が保持しきれない兵士達だからね。 アレンティア辺境侯爵の申し出が無かったら、二個師団の人員がバラバラになって、社会不安の原因にもなったと思うと…… 頭があがらんよ」
「……特殊事情か。 ある意味、羨ましくもあるな」
「しかし、王太子殿下が四軍の指揮官に成ると思っていたが、エントワーヌが引き続き司令として軍を率いるとは、驚いた」
「殿下は…… よく現実をご覧になっている。 俺をな…… ” 宿将 ” と、呼んでくださったのだ」
「…………誠か。 ふむ、この総監も…… 殿下にとっては重要な意味が有るのだろうな」
「あぁ…… アレを見れば、判るな」
エントワーヌが視線を流した先に居るのは、第一軍の司令、メルカツェ侯爵と、第二軍の司令ビコック侯爵が睨みあう姿だった。 北の荒野に居る部隊が交錯し、指揮命令系統が混乱。 本来命令権が無い、よその軍が、自軍の大隊、師団に命令を出している。
それが、誤認によるものか、敢えて出している命令なのか。
後者であれば、看過できない越権行為であると言わざるを得ない。 たった一部隊に対して行っても、とんでもない混乱が生じ、責任者は厳罰を与えられる。 それが、多数の部隊に…… それも、双方が行っていると報告がある。
両軍の戦務幕僚の手の中にある、配置出来ない大隊の駒は、そんな状況が作り出した、遊兵であり、交錯した情報の結果、現在何処に居るのかすら動向がつかめない部隊でもあった。
この混乱に乗じ、聖堂教会、聖堂騎士団がその遊兵を指揮下に置いているとの情報もある。
輜重部隊が、突然消え、聖堂騎士団が配下に収めた事実もあった。 総監により、情報が上がって来たともいえる。 特に、聖堂教会都市、『ソデイム』と、『ゴメーラ』周辺での情報の混乱が酷い。 いくつの大隊が、あの場で消えたか……
メルカツェ侯爵と、ビコック侯爵が疑心暗鬼に囚われ、反目していると…… 傍目で見ても理解できる。 その様子を苦々しく見ている、軍務大臣エルブンナイト=フォウ=フルブラント大公。 フルブラント大公閣下の胸の内の憔悴に、ウランフ侯爵も、オフレッサー侯爵も思いが至り、口を閉ざした。
^^^^^
「 ウーノル王太子殿下、お見えになりました。 敬礼!」
ザッっと踵を鳴らし、胸に右手を当てる。 ギッっと正面を睨みつける様に、視線を固定する将官達。 扉が開き、少年とその執事長が部屋に入って来た。 周囲を確認し、床面に視線を投げ、フルブラント大公を見て頷く。
「皆、時間の無い中、よく来てくれた。 皆の者に直言を許す。 これより、ファンダリア王国、全軍の総監を始める。 現状ある問題を洗い出し、もって王国の安寧に寄与する為である。 発言は自由。 官職姓名を名乗り、発言せよ。 発言内容によっては、軍政の見直しも視野に入れる。 よいか」
「「「「ハッ! 御意に!」」」」
並みいる高級将校の強い視線に物おじもせず、ウーノル殿下はそう発言した。 自由討議…… 本来であれば、国王陛下の元 行われる筈の全軍総監を、王太子であるウーノル殿下が行うのは、従来であれば間違っている。
しかし、近年、国王陛下の軍に対する信は低下し、反対に聖堂騎士団に期待するような言葉が多く見られた。 軍務大臣であるフルブラント公爵はその事を危惧しており、幾度となく国王陛下に全軍総監の実施を進言していた。
その進言に対し、国王ガングータス陛下は首を横に振り続け、実現には至っていない。 その事実がまた、別の疑惑と憔悴に繋がっている。 あまりにも国王陛下が聖堂教会に近すぎる。 王権と教会が結びついた結果、隣国マグノリア王国がどうなったか…… 曇った国王陛下の眼では、見えない。
フルブラント大公は、国務大臣のニトルベイン大公、外務大臣のドワイアル大公に働きかけ、この危機を乗り切ろうと、使える手立てはすべて使っている。 この全軍総監もその一つだった。 ウーノル殿下の状況認識能力は、ずば抜けている。 その殿下が王国全土の護りの実態を知りたいとそう言葉にされた。
その言葉に、フルブラント大公は賭けた。 そして、その賭けに勝った。
じっと、床面に描かれた、王国版図を見詰めるウーノル殿下。 議事進行役としての役割をフルブラント大公は買って出た。 この貴重な機会に、王国軍の不安要素をなくしてしまいたい。 いや、少なくなればそれでも十分だった。 王国軍の精強さは、自身も指揮を執るので知っている。 そう易々と他国に後れを取る事は無いと、そう信じている。
渋い声を挙げ、” 全軍総監 ” の始まりを告げるフルブラント大公。
この時…… 時代はウーノル王太子殿下の手に渡ったと、後の歴史書は記す。
国王陛下より下賜された、第四軍の指揮権を徹底的に拡大解釈した十二歳の王太子の意思。 その意思が、ファンダリア王国軍、全軍の意思の源となった、第一回目の「 全軍総監 」で、あった。
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