その日の空は蒼かった

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断章 9

エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵 第四軍総司令の憂鬱

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 緊張に顔を厳つい顔を強張らせ、王城コンクエストム 王太子執務室への廊下を配下の戦務主席参謀、戦務次席参謀を引き連れ歩いていた。


 実に十五年振りの王族からの御召しの為だった。 


 第四軍は、ファンダリア王国東部方面を担当戦域とする軍。 しかし、役目はそれだけでは無かった。 「獅子王」が御世、彼の国王から直接下賜された重要な役目が負わされている。



 ” ファンダリア王国、王都ファンダルを守護せよ。 四軍の将、オフレッサー侯爵。 貴様を宿将と成す。 一朝事があらば、貴様が王都ファンダルの盾と成れ。 よいな。 頼むぞ ”



 獅子王陛下の言葉は、オフレッサー侯爵家の漢達にとって誉れ。 獅子王の言葉を胸に代々の当主は、その任を全うしてきた。 配下四個師団の内、二個師団を東の国境へ、残りの二個師団の内、一個師団を即応部隊として、王都近郊に常駐させ、残りの一個師団を再編訓練に回すのが、先代までの通例で在った。

 現在、王国東部に三個師団を派遣し、王都常駐は再編訓練中の一個師団を当てている。 この判断は非常の手段でもある。 王国東側の不穏な動きが、その主な理由でもあった。 その上、現国王陛下は聖堂教会の騎士団に対し、聖堂教会と王都の護りを担わせ、さらに、第四軍への予算、人員の縮小を匂わせているという。



 とても、飲めるものでは無い。



 聖堂教会、神官長補佐からの提案で、国庫の負担を減ずる事を目的としたモノであったと、そう側聞していた。 ふざけるなと、その噂を聞いた時に、エントワーヌは激怒した。 王国の安全を担うその栄誉は、獅子王陛下から下賜された、名誉ある任務。 それを、食い詰め貴族の子弟が横暴を振るう王都の聖堂騎士団が担う事は、王都を丸裸にするのと同義だと、そう吠えた。



^^^^^


 王国の軍を掌握する、王国軍総司令である エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公 もまた、エントワーヌの怒りを当然のモノとし、現国王ガングータス陛下に現状の維持を上奏してはいた。 

 先代国王が御世、平和を得たファンダリア王国軍は、周辺国家の軍事力を鑑みながら、侵略国家の名を薄める為に軍の縮小を進めていた。 しかし、早急に縮小しすぎると、周辺国家からの侵略を受ける可能性もあり、注意深く動向を探りつつ、国庫、税収との兼ね合いも鑑みつつ、実態に即した動員の解除を行ってきた。

 軍、八個師団編成から、時を経て、四個師団編成となし、装備の充実を図りつつも、総員を減じる。 軍務大臣を拝命する、フルブラント大公家の重要な使命であり、精強な軍を維持しつつも軍縮を行わなければならなかった。 国軍への登用が「狭き門」となり、王国に存在する多くの武家の者達の子弟が、行く先を聖堂教会、聖堂騎士団に職を求めたのも、こういった事情もあった。

 苦々しい思いを胸に、エントワーヌは王城コンクエストムの廊下を歩む。 王太子に即位された、ウーノル殿下と初めて相まみえる。 僅か十二歳の子供。 しかし、国王陛下より、第四軍の指揮権を移譲された。

 本日、ウーノル殿下が御召しになられたと云う事は、何らかの指揮権に関しての話が有る物だと、推測される。




「第四軍の指揮権は、子供の玩具にされてしまうのでしょうか」

「不安で在ります。 指揮権を掌握され、第三軍の様に、第四軍の軍縮に走られるのでしょうか」

「……会ってみればわからぬ。 なにせ、王族の方との面会は久しいからな」




 強張りが抜けきらない厳つい顔、厳しい表情を崩さず、そう云い放つオフレッサー侯爵。 部下の不敬な物言いを指摘する事も、窘める事も出来ない位、緊張が彼を包み込んでいた。 十五年の間、一切お召しにならなかった、第四軍の軍での地位。


 軽んじられていると…… 強くその想いが胸を焼いていた。 


 一言…… そう、一言でいい。 恨み事を言い放ち、そして、四軍の指揮権を明け渡す。 自分が邪魔なのならば、退役も辞さない。 幕僚達には、殿下をよく補佐せよと云い渡すつもりでもあった。 



 ” オフレッサー侯爵家のファンダリア王国へのご奉公も、私の代で…… 御先祖に申し訳が立たぬな。 事が終われば、息子、娘共は、他家に渡し…… 私は…… 獅子王陛下と、先祖の元に向かうのも良いか…… ”



 息子も娘を相応に鍛え抜いた自負ある。 何処に行っても、どんな状況になっても、オフレッサー侯爵家の末裔と胸を張れるよう、教育してきたつもりだった。 視線を上げ、行く廊下の先を見詰める。 鳶色の深い色をした目が、正面にある扉を捕らえた。

 歩哨が二人。 近衛騎士の装備を付けて立っていた。




「誰か!」

「第四軍、指揮官オフレッサーである。 殿下の御召しにより、参じた。 扉を開けられよ!」

「第四軍、オフレッサー侯爵閣下、伺候されました」




 歩哨の一人が執務室の中に、声を張りそう告げた。 中より、渋い声が掛かる。




「開けよ」




 両開きの扉が開き、大きな窓を通し光を満たした執務室への道が開かれた。 エントワーヌは、覚悟を決め、大股にその扉を抜け、執務室に部下二人と共に入室した。 巨大ともいえる執務机の向こうに、まだ、小さい男児の影がある。 傍らに、巨大な偉丈夫が控えている。

 息を吸い、エントワーヌは声を上げる。




「エントワーヌ=オリビス=オフレッサー 第四軍、総指令、御召しにより参上仕りました、王太子殿下」

「よく来た。 待っていた」




 渋く深い声が、エントワーヌの耳に届く。 執務机の前に座る少年の横に立つ偉丈夫からの言葉であった。 がっしりとした身体つき。 その身を包む軍礼装は、王家の者以外では、最高位の者が着用する物。 

 ファンダリア王国 王国軍の総指揮権を保持する、王国軍務大臣の正装。

 ウーノル殿下の側に控えていたのは……




 ――― エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公




 ファンダリア王国、国軍最高指揮官である、軍務大臣その人であった。 そして、その国軍最高位の軍務大臣が執務机の前に座る少年に声を掛ける。




「殿下、お言葉を」

「うむ。 エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵。 呼び出して済まなかった。 この時を、待っていた」




 幼子といっても良い、澄んだ声を、エントワーヌはその耳で聞いた。 王族から、” 待っていた ” と、声が掛かる。 何かが胸の内をせり上がるのが判る。 扉から、五歩入り、左膝を床に付け、胸に右手の拳を当て、深々と臣下の礼を尽くす。




「時間もあまりない。 近くに来てくれ。 直答許す。 今後の事を話したいと思う。 ファンダリアの宿将殿」




 ウーノル王太子殿下からの、まさかの言葉を受け、胸が震えた。



 ” 自分の事を、ファンダリアの宿将と呼ぶか! ” 



 叫び出したくなる気持ちを懸命に抑え、顔を上げ執務机の前に伺候した。



 光を受け、銀色に輝く髪。
 蒼い空同様の深く澄んだ瞳。
 幼くも凛々しい顔つき。


 王族の王太子である、ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナが、彼をしっかりと見詰め、そこに座っていた。


 十五年。


 そう、十五年の月日……


 泥にまみれ、のたうった、十五年の日々。

 エントワーヌは、この日の為に、その日々を過ごしてきたのだと。



 そう……確信し、殿下の口から聞かされるであろう話に……



 王国の行く末、未来への不安を、覚えても居た。




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