200 / 714
第四軍での「薬師錬金術士リーナ」
始動。(5)
しおりを挟む「あの、イザベル様。 すこしお話が」
「えっ! あっ、はい。 何で御座いますか?」
「魔法草の入手の件なのですが。 いまご覧いただいたのは、あの人達が居る、錬金室に行かなくて、お薬とかポーションを練成する事が出来る事をお見せしたかったからです。 でも、材料となる魔法草が手に入らないと、それも出来ませんの。 先程、此方の施設には、魔法草の入荷は無いとお聞きしました。 入手手段は有るのでしょうか?」
「……そうですね。 宮廷薬師院に頼むか…… あとは、冒険者ギルドに採取依頼を掛けるか…… くらいでしょうか?」
ちょっと、暗い表情をされた。 輜重幕僚様だからね、イザベル様は。 だから、知らないのかもしれないわ。 じゃぁ、庶務主計長のシャルロット様なら!
「シャルロット様は、ご存知かしら?」
「……リーナ。 済まない。 各所に頼むのはポーション類と、薬品類だけなのだ。 薬草は効果が低く、軍ではほとんど扱わない。 たとえ扱ったとしても、錬金室はアイツ等が占拠している状態だ…… 誰も、軍に錬成しようとはしていない。 入手先か…… 宮廷薬師院は…… 望み薄だな。 あそこは、あそこで魔法草の入手が困難と聞く。 冒険者ギルドへの採取依頼は…… 無理か…… 常時依頼は、ほぼ全てが、薬師院に納品されると聞く…… 後は…… 商家に頼むしか方法は無いか……」
商家に頼むのが、順当ね。 軍相手の商売だったら、喜んで受けるんじゃないの? お金もキッチリ払うんでしょ?
「ただな…… 商家には、借りを作りたくないんだ」
「売買で御座いましょう? ” 借り ” とは、何なので御座いましょうや?」
「……昨今、王都では薬品関連の商品がとても品薄でな、幾ら軍とはいえ、そう易々とは首を縦に振ってはくれぬのだ。 王都周辺で採取される魔法草も、その多くが聖堂教会に流れている。 聖堂薬師長殿が、様々な魔法草を集められておられるとの事。 さらに、珍しいモノでもあれば、聖堂教会の豊富な財をもって、買い付けに走られるのだ」
「そうなの…… ですか。 でも、王都周辺で採取される魔法草は量も多くとれるのでは御座いませんか? その様に大量の魔法草を何にお使いになるのでしょうか?」
「…… ” エリクサー ” の、錬成の為だそうだ。 海道の賢女様が、かつて錬成された秘薬。 王宮薬師院に保管されていたのだが、王命を持って、聖堂教会での量産を命じられたのだ」
「” エリクサー ”…… ですか」
呆れた…… 聖堂教会はまだそんな事をしていたのね。 前世の記憶にあった、おばば様が王都に連れてこられた理由…… あれも、エリクサーの量産の為だった。 でも、おばば様、エリクサーには致命的欠陥があって、量産しないって仰ってたよね。 それに、王都から隠居されるとき、作り上げられた、唯一の本物は隠して持ち出されて、今は「百花繚乱」の棚にひっそりと置かれているよね。
………………なにをお手本に作っているの? 聖堂教会は?
はっ! おばば様…… 偽物を置いて来たって…… たしか…… そう、仰ってたわよね。 ……それが、お手本? 死ぬまで頑張っても、出来っこないじゃない!! 貴重な魔法草とか、高価な材料が、無為に消費されてゴミになっていくわ。
誰も…… 誰も、気が付かないの? 無意味な実験に大量の魔法草が消費され、必要な人に、必要なモノが届かないって!!
「大量の魔法草、希少な材料が無為に使われているのでは無いのでしょうか?」
「……そうだな。 聖堂教会は常に、” あと一歩 ” と、報告されていると聞くな。 そうだろ、イザベル」
「そうね、シャルロット。 ” 永遠のあと一歩 ” みたいね。 でも、神官長補佐様が国王陛下に奏上申し上げたのが、 ” 量産された暁には、不死の聖堂騎士団で北のゲルン=マンティカ連合王国を、陛下の手に入れてごらんに見せます ” でしょ。 今更、出来ませんでした、では、彼の顔を潰してしまうもの。 教会薬師長様も、大変よ。 おかげで、市井の者達が必要な、普通のお薬の値段まで、物凄く高くなっているのにね……」
呆れた口調で、イザベル様がそう仰るの。 本来ならば、そういった力の弱い者達へ、一番に手を差し伸べるのが、聖堂教会なのにね。 辺境じゃそうよ。 だから、私は、無償で辺境の教会に沢山の薬草を寄進してたんだもの。 王都って…… なにもかも、辺境と真逆ね。
明らかに、怒りの感情が籠ったお声で、シャルロット様が言葉を続けられるの。
「王都の商人に、薬品類、ポーション類、そして、魔法草の供給を頼むと、それが、聖堂教会に伝わる。 聖堂教会の者に、” 軍が買い付けに来ております。 ” とな。 軍の最低限度の備蓄すら、奴らにとっては、” 奪い去る物 ” なんだ。 自分たちが無為に消費した為に、あいつら自身が前線に送る薬品類まで、逼迫しているんだ。 そんな状況で、前線で聖堂騎士団が薬品類を欲しがればどうすると思う、リーナ?」
「軍の備蓄を奪い…… それでも足らない時には、買いますね、商人さん達から」
「正解だ。 四軍のこの備蓄倉庫が空っぽなのも、それが理由さ。 そしてな、商人たちから、薬品類やポーション類をかき集める時に、奴らに知られないようにしなくては成らないんだ。 でないと、もっと高値で買われてしまう。 商人は…… 高く売れる方に売るからな。 回してもらうならば、何かしらの密約や条件を出さないと…… しかし、第四軍には差し出せるようなものは、なにも…… 何も、無いんだ」
酷いわ。 これじゃ、軍は弱体化するばかりよ。 でも、他の軍はどうしているのかしら? 第一軍は、北の護りなんでしょ? そこも、同じような状況なの? なぜ、第四軍だけ、こんな酷い状況になっているのよ。 訳が判らないわ。
「他の軍はどうなっているのですか?」
「……勅命を持って、第一軍、第二軍には優先的に物資を回す事に成っているんだ。 第三軍、第四軍には、その勅は下りない。 第三軍は、王国南側の守護。 あそこは、アレンティア辺境侯爵様の領軍が強いし、独自で貿易もされている。 第三軍の師団は早々に二個師団に縮小しているから、そこまで問題になっていない。 対して、我が四軍は東の護り。 何かと不安定なマグノリア王国に対峙しているのだが…… 王国上層部…… いや、国王陛下と神官長補佐様は、彼の国と軍事同盟を結ばれるご意志があるのだ。 下手に第四軍を精強とする事は、彼の国との軋轢が生じると…… まったく、彼の国の野望が判っておられぬ」
待って…… 彼の国って、マグノリア王国でしょ? 野望って、何よ。 困惑した私の顔を見て、声を潜めたシャルロット様が、お話の続きを口にされるの。
「あの国は危険だ。 明確に膨張しようとしている。 現国王は前国王を弑せられた。 そして、求心力を得る為に、マグノリア王国の外に敵を作ろうとされているのは明白。 現に、手出し無用とされている、居留地の獣人達を狩っている上、更に周辺小国に対して隷属、服従を求めても居る。 その牙がいつファンダリア王国に向かうとも判らんのだよ。 それを、軍事同盟とは…… 第四軍の総指揮官であられる、オフレッサー侯爵閣下も、常に警鐘を鳴らさせておられるのだが……」
「王国が北との戦に、主力を向けた隙に、王国の側背から仕掛けると? そうお思いなのですか? 第四軍は…… つまりは、オフレッサー侯爵閣下は……」
「その通りだリーナ。 ……王太子殿下の「立太子の儀」があった日。 我ら四軍の将兵も、王都周辺での警備に当たっていた。 「ミルラス防壁」に攻勢防御で攻撃され、死んだ者達はな…… 多くが偽装した、マグノリア兵で在ったのだ。 第四軍が警備に当たっていた場所でも、十数体の遺体があった。 独自で調べ、上奏したのだが…… 王宮からの返事は未だ無いのだ」
「シャルロット様…… それは……」
「ウーノル殿下に対し、何かしらしようとしていたのだろう。 「立太子の儀」を潰すつもりだったのかもしれない。 あの方は、良く見ておられるからな。 奴らにとっては邪魔な存在となる。 そして、そんな奴らの戯言を信じ、柔らかい王国の肚を曝け出そうとしているのが……」
「国王陛下の側近殿ですか?」
「そうとしか思えんのだ、リーナ。 故に我らは危惧している。 王国の存亡の危機とな。 このまま物資の不足が続けば、第四軍の弱体化は避けられない。 そして、第四軍は危機の矢面に立つことに成ると…… そう考えている」
「ならば、尚の事、薬品類の補充は必要な事なのですわね」
「そうなのだが…… リーナの「薬師」としての力を以てしても、材料となる、「魔法草」が無ければ…… どうにもならんのではないか?」
商家の人か…… イグバール様にお願いしたら、ダクレール領の周辺の魔法草は送ってもらえそうなんだけど…… それに、あちらの冒険者ギルドも手を貸してくれそうなのよね…… 集める事は出来そうなんだけど…… どうやって、こっちに持ってくるかよね。
イグバール様、こっちの商会と、お付き合いがあれば、その伝手で…… 持ってこれるし、代金の支払いも、円滑に行わるものね…… こっちの商会かぁ……
ん?
商会……
いるよね…… 一人知り合いが。
それに…… イグバール様とも繋がり、付けてた筈……
いける…… いけるかも!
「シャルロット様、ひとつ、考えが浮かびました。 お時間頂けますか?」
35
お気に入りに追加
6,841
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。