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第四軍での「薬師錬金術士リーナ」
長い夢の後、募る思い(1)
しおりを挟むロマンスティカ様の声がはっきりと聞こえる。
やっと、長い夢から覚めたんだと、思ったの。 あの怪物の事が…… 記憶の狭間にどんどんと消えていく…… 今は、まだ、早いと云うように。 あの瞳だけが、今の私の記憶。 哀し気で孤独に満ちた、あの怪物の瞳だけが……
「リーナっ! 貴女は、貴方なの?!」
「……はい、ご心配をおかけしました。 ところで、あの日からどのくらい経ったのでしょうか」
ロマンスティカ様は、わたしを少しだけ放して、顔を覗き込むように見つめながら、応えて下さったの。
「――五日 ……五日間、貴女は昏睡状態にあったのよ。 魔力枯渇ならば、魔力回復回路が魔力を貯めれば、回復する筈なのに…… 五日間も昏睡状態が続いたのよ。 この場所に、誰にも見られないように、貴女の従者達に運んでもらって、王宮魔導院の者達で外から封鎖したわ。 だって、リーナ…… 貴女の髪の色も、眼の色も、エスカリーナのままなんですもの……」
「……術式が、魔力不足で解けてしまいましたのね。 ご迷惑をお掛けしました。 昏睡状態でしたか…… ティカ様…… わたくし、長い…… 長い夢を見ておりました」
「夢? 夢なの?」
「判りません。 真実であったのか、わたくしの夢であったのかは判りません。 しかし、一つだけ確かな事があります」
「確かな事……」
彼女の伺う様な瞳。 私があの禍々しいモノに取り込まれているのではと、心配されているのね。 もし、彼の者と契約を結んでしまっていたら…… お母様の二の舞になる。 徐々に魂を喰われ…… 人以外の者に成り下がる…… それを、心配なさっているね。
大丈夫。 私は大丈夫。 手は振り払ったもの。
「はい。 どちらにしても、わたくしは取り込まれなかった。 夢の中で問われたのです。 ” 力を欲するのならば、我が手を取れ。 契約者の血と肉を受け継ぐ者よ ” と。 問いかけて来た禍々しいモノは、わたくしに許可を求めたのです。 繋がってよいかと。 私は理解しました。 許可を求めるという事は、そのモノには権限が無いと。 拒否するも、許可するも、すべてはわたくし次第で御座いました」
「それで…… リーナは……」
「わたくしは手を取りませんでした。 わたくしが手にする「 力 」は、他の者から譲渡されるようなモノではありませんから。 自身で悩み、学び、習い、獲得したモノでなくてはいけないのです。 それが、わたくしを、わたくしたらしめるモノ。 そうでございましょ、ティカ様」
「そう……ね。 そうよね。 それで…… 貴女は…… 誰?」
「『薬師錬金術士リーナ』に、御座いますわ、ティカ様」
ほっと、胸を撫で下ろすように溜息を付かれた、ロマンスティカ様。 彼女がこの第十三号棟を封鎖したのは、万が一私が、あの禍々しいモノに、異界の魔物に、もしも、取り込まれていたら、『相応の処理』を、しなくては成らなかったから……よね。 あの「力」は、この世界の者には制御する事は出来無い。 必ず乗っ取られ、暴走するわ。 そして、害悪を振りまくの。
ティカ様は、私がその手を取らなかった事に安堵しつつ、覚悟を決めたように、言葉を紡ぎ出されたの。
「ねぇ、リーナ。 わたくしは決心しましたの。 あのような術式を、次代の王妃である、アンネテーナには渡す事は出来ないと。 エリザベート王妃殿下が、命を懸けた覚悟で書き換えられた、あの魂の固定術式は…… あまりにも危険なモノ。 わたくしには、アレをアンネテーナが御せるとは、到底思えないの」
「同意します。 アレは、有っては成らない術式。 あの術式を運用するだけで、いずれは、「召喚術式」に繋がってしまいます。 そうなれば…… エリザベートお母様の二の舞に成るのは必定。 今なら、間に合うと愚考いたします」
「良かった、同意してくれるのね」
「その為の助力は惜しまないつもりに御座いますわ、ティカ様」
大きく目を開き、驚きの表情を浮かべるロマンスティカ様。 なぜ? なんで、そんなに驚くことが有るの? 必要な手でしょ?
「だ、ダメよ! リーナは絶対に、あの術式から『 貴女の身 』を離してもらわないと! 貴女を失いたくは無いのよ!」
「私が取り込まれるとでも?」
少しの間があった。 口にするかどうかを、迷われているのね。 五日間もあったんだもの、きっとお調べになった筈。 あの術式と、私との関係性をね。 いきなり、魔力付与制限魔法陣が崩壊する程、あちら側に引きずり込まれたんだもの。 間違いなくお調べになっている筈。 そして…… 私は、その答えをもう知っているもの。
「……あの後、王宮魔導院、特務局の魔術師達がね、何故あれほど「ミルラス防壁」が反応したかを、解析したの。 勿論わたくしも、時間の許す限り…… 判った事があるの」
シンと静まる。 その沈黙が何を意味するのか、即座に見て取れる。 私は、知っている。 だから、伝えたの。
「お母様から受け継いだ、わたくしの血と肉なのですね」
「ええ、そう。 まさしく、その通りなの。 「魂の固定術式」と「生命力から魔力への変換術式」を「大召喚魔法」から分離し、単独で運用できるようにしたのは、貴女のお母様ですもの。 あの術式には、エリザベート王妃殿下の魔力と知識が使われています。 だから…… 貴女の魔力にも強く反応して……」
「わたくしの魔力の一部は、お母様から受け継いだものですから、その通りなのでしょう。 ですが、あの術式は「ミルラス防壁」に、” 強く ” 結びついておりますわ。 簡単には分離できません」
「それは…… 判っている。 でも、貴女は……」
「それに、もう一つ、お話したい事が有りますわ」
「……なに?」
あの長い夢の中で、私に起こった変化。 お母様から産れ、そして、血を通して受け継いだ記憶の封印が、あの時…… 解けたんだもの。
「あの時、魔力を根こそぎ奪われ、昏倒し…… 長い夢を見ている間。 特に、あの禍々しいモノの誘いを断った後…… わたくしは、” 覚えの無い記憶 ” を、すべて感じる事が出来ましたの。 お母様が血の中に封じた、記憶ですわ。 だから…… あの「魂の固定術式」を含む、お母様が書き換えた複数の術式はすべて、理解できますのよ。 何処に、何をしたか。 詳細に至るまで」
「……【記憶の転写】。 血を媒体として、記憶の継承を行う術…… 禁呪ですわ! どうして! 何時!」
「ドワイアル大公家に置いて、秘められた悲しい出来事です。 産れたばかりのわたくしを、ベッドに寝かせ…… その直上で、喉笛に懐剣を突き立て…… お母様は術式を完成されました」
「……そ、それも……」
「ええ、血の記憶の中に御座いました。 ティカ様、お母様は最後の時まで、” 人として ” 居られたのです。 いえ、わたくしに全てを託す為に、ギリギリまで耐えておられたのです。 お母様は……『 慈愛の力 』で、【記憶の転写】が、完成するまで…… 耐えられたのです」
「壮絶……ね……」
「ええ。 わたくしも、そう思います。 だからこそこの知識は役立てたいのです」
真正面から、ティカ様を見つめ、正直な気持ちを彼女に伝えたの。
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