その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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第四軍での「薬師錬金術士リーナ」

リーナの長い夢(2)

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 ふわりと、頭に手が乗せられた気がした。




 「闇」の精霊ノクターナル様の御手…… そんな気がしたわ。


 それと同時に、何かを伝えられた様な気がしたの。 この哀しみに沈み込み、記憶に蹂躙されている魂を、救えと云う事なの? どうやって? 心を壊した怪物を? 私が? 出来るの? …………でも、やらないと。 


 「精霊様」のご意志だものね。


 やるしか、ないわよね。 こんなにも苦しんでいるのだもの。 聞かなくちゃ。 この怪物の苦しみを…… 聴かないといけない。 救えるとは思えないけれど…… 何もしないよりは…… 出来る事はする。 そう決めた。




「もし、もしよかったら、貴方を苛む「苦しみ」が、何なのかを、お聞きします。 話す事によって、心の中が整理出来ますでしょうし。 その…… その機会も無かったのでは?」

「あぁ…… そうだな。 そう言えば、此処に来た者で、俺のこの苦しみを聴く者は…… 居なかったな。 聴くに堪えない話になるれども、聞いてくれるか?」

「はい」




 その怪物の口から語られる、彼の記憶の中にある人生は、壮絶な裏切りの物語だったの。 父、母、妹、恋人、そして友人。 尊敬し、敬愛し、愛し、慈しみ、友情を交わした全ての人達が、彼を裏切り、そして、笑っていた…… 破城槌で心臓を叩き潰されるような、そんなお話……


 全てを語り終えたその怪物は言うの……




「もう、元の世界には戻らない。 此処から見える世界で生きたい。 いや、生まれ直すと言っても良いかも知れない。 しかし、ガラスの扉は決して開くことも、破壊する事も出来ず、ただ、外を見るだけだった。 俺はここに囚われたんだ。 俺の中から、この怪物が分離すれば、元の俺に戻る事が出来ると…… もう一人の俺はそう言った。 俺を、そして、この怪物を呼び出した「 モノ 」が、消滅すれば…… それが可能だと…… こいつは、こうも言った。 中からではそれは、出来無いとな…… いずれ…… 時が経ち、そのモノの崩壊を止めている魂が磨滅するか、もしくは、縛り付けられている魂を解き放てる者が出てくるまでは、このまま此処で、永劫の時を刻むとな……」




 魂を開放する…… なにか…… そう、なにか引っ掛かるモノがあったの。 魂を捕縛して…… そして、生命力を魔力に変換……

 そうか! おばば様が破壊した、「召喚大魔方陣」!! 今も尚、北の大地を汚染し続けている、あの魔方陣の残滓…… そこに、この怪物が居る! そして、囚われている魂は、森の民シュバリアンの王族…… いえ、それだけではないわ、森の民も大勢……


 そうか……


 「闇」の精霊 ノクターナル様が、仰りたかったのは……


 そういう事か……




「お前、名を何と言うんだ?」




 突然、その怪物がそう尋ねて来たの。 名前? 私は…… 「薬師錬金術士リーナ」 そう、言おうと思ったのに、声が出ない。 グッと喉が詰まる。 何故? どうして? キラリと何かが見えた…… 砕け散った、鏡の残骸…… 少し大きめの破片に私の姿が写り込んでいた……

 大人びた姿。 年齢さえも違う…… この姿は…… そう、処刑され贄にされた時の背格好…… 十八歳の私……

 高く結い上げた、銀灰色(シルバーグレイ)の髪、落ち着いた光を放つ、群青色(ロイヤルブルー)の瞳。 頭上には銀白色に輝くティアラ。 アイボリーホワイトのドレス。 シルクレードの長手袋。 肩帯は、「蒼」。 胸に掛かるネックレスは…… 深紅の宝玉…… 

 これは…… この姿は…… 王女殿下の正装…… つまり…… この時、この場所での私は……

 ファンダリア王国の「秘匿された王女」…… 



 



「聞かせてくれ、お前の名を。 俺の話を聞いてくれた…… その者の名を。 永劫の時をこの場所で過ごす俺に…… 名を……」




 深く、静かに、そして消え入る様な懇願の声。 切実に救いを求めるその声に応える為に、息を吸い、覚悟を決めて名を告げる。




「貴方の想いが叶えられる様、努力します。 もし、貴方の頸木が外れ、この世界に生きていくおつもりが有るのならば…… わたくしは、そのお手伝いをしましょう。 この世に生きとし生ける者が、安寧に平穏に暮らせる世を夢に見、「精霊様」にお約束した、わたくし。 その時、貴方が、に、わたくしの名を告げましょう。 わたくしの名は、エスカリーナ=デ=ファンダリアーナ」

「エスカリーナ…… 覚えた。 お前が何者かは知らない。 どのような力を持つ者なのかも知らない。 しかし、俺の話を聞き、俺の心の 「 灯 」 に、なってくれた。 感謝する。 その姿…… まるで月の光を集めたようなその姿…… 決して忘れない。 ………………そろそろ時間のようだな。 お前はやるべき事が有るのだな。 形が光に溶けてきている。 あぁ、奴も楽しみにしていると…… そう言っているな。 エスカリーナ…… また、会えるといいな」




 視界がぼやけ始める。 長い長い夢が終わる…… その怪物の、寂し気で、孤独に満ちた光をたたえた瞳を見つめるの…… ええ、貴方を開放する。 おばば様のやり残した事…… 北の荒地の再生…… 森の復活…… やるべき事は、沢山ある。 私一人では、不可能に近い…… でも…… でも……


 私には頼りになる人達が沢山居る。

 一人で出来ないことだって…… 頼れる人達が居れば……

 出来るかもしれない……


 どんどんと、視界がぼやける中、彼の瞳だけが…… 浮かび上がる…… 

 耳元で、囁く様な声が聞こえる。




「俺の名は……」




 心の中に一滴の波紋が広がる。

 確かに聞いた。 この怪物の名を。 記憶に刻んだの。 救うべきモノの名を。 とても不思議な響きだったわ。 でも、口には出来ない。 きっと、夢から覚めたら思い出せない…… でも、もう一度逢えたなら、きっと……

 その名を呼ぶことが出来る。


 そう確信したわ。


 揺らめく視界。 最後まで視界に残る彼の瞳。 ゆっくりと白濁する視界。 意識が浮かび上がる浮遊感。 彼の瞳の色と同じ色が、目の前に浮かび上がるの。 そして、耳元で私の名を呼ぶ声がする。




 ” エスカリーナ! 戻って来て!! お願いよ! お願いだから、眼を開けて! ”




 魂を揺さぶる様な、悲痛な叫び声。 大丈夫…… 私は…… 大丈夫。 

 浮かび上がる意識、目の前に浮かび上がる、彼の瞳と同じ色をした瞳の持ち主が…… そこに居たの。




「エスカリーナ!!」

「…………ティカ様…………」

「あぁ、神様!!! 感謝、申し上げます! エスカリーナが、帰って来てくれた!!!」




 そう言って、抱きしめて下さったのは、ティカ様。 私は戻って来た。 

 そう、やるべき事。

 成すべき事を成すために。





「ロマンスティカ様。 リーナ、ただいま、戻りまして御座います」





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