その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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第四軍での「薬師錬金術士リーナ」

リーナの長い夢(1)

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 長い、長い夢を見ていたの。



 早朝の蒼い蒼い空を見た後、意識を失ってから…… ずっと。



******************



 最初は問いかけからだったわ。




「力を欲するのならば、我が手を取れ。 契約者の血と肉を受け継ぐ者よ」




 暗く重い声が私にそう問いかけるのよ。 とても禍々しい雰囲気がするの。

 「 力 」ですって? 他人が与える力になんの意味が有るの? 神の恩寵と、精霊様の加護以外に、どんな意味があるって言うの? そんな「力」はいらない。 必要ない。 自身で学び、習得したモノでなくては、意味が無いのよ。




「必要ありません。 私が私で居る為に、私は自身で得たモノだけが必要なのです」

「お前が望む、慈悲の手は、お前自身の力だけではあまりに小さい。 我が手を取れば、もっと多くの、いや、世界を手にする事すら出来るのだ。 さぁ、手を取れ」

「無用に御座います。 我が手に余るのならば、それも運命。 だからこそ、わたくしは、人とのつながりを大切にするのです。 わたくしの手が届かないのならば、隣で歩む人の手が届きましょう。 それでも、届かぬ時は、更に隣を歩む人が手を伸ばしましょう。 わたくし、一人では、どんなに想っていても、限界が御座います。 それを、一人きりで出来るなどと考える事は…… ” 驕慢 ” に、御座いますわ。 貴方が誰か知りません。 いえ、知りたくありません。 あなたから滲み出る邪悪さが、わたくしを貴方から遠ざけるのです。 去りなさい。 わたくしには、貴方は必要御座いません」

「……小娘、なかなか言うな。 そうか…… 手を取らぬというか。 ……それは、それで、” 良い ” かもしれぬな。 その強き意思、我が想いを、「 叶える 」 存在に成るやもしれぬ。 お前のその言葉にある覚悟、見せてもらうぞ。 小娘」




 ガリン




 そう言う音が、私の周りに響き渡る。 闇に亀裂が蜘蛛の巣のように入り、崩れ落ちる。 まるで、その場に壁があったかのように、バラバラと崩れ落ちる気配があった。 瓦礫は消えて無くなり、闇の中に通路が出現する。 仄暗い通路には、明かり一つ見えはしない。 けれども、ぼんやりと「闇の中に浮かび上がる通路」は、見えていた。

 背を押されるように、前に進む。 私の歩む靴音がコツコツと、耳に届く。 可笑しなこと! だって、その通路には、絨毯が敷かれ本当なら足音などしない筈なのに。 やがて、通路は扉で終わる。 重厚で華麗な装飾が施された扉だったわ。 王宮の扉でさえ、このような華麗な扉は少ない。 謁見の間に続く扉や、後宮に続く扉の様ね。

 軽く、手を押し当ててみるの。 よく見ると、私の手は肘まである純白の手袋をしていたの。 肌ざわりからすると、高価なシルクレード製。 高貴な貴族か王族の女性しか着用を許されないモノなの。 疑問が浮かぶ…… 何故、このような高価なモノを着用しているのかと。




 扉は音もなく両側に開く。

 一瞬、息が詰まったの。

 扉の向こう側には……




 とても広い広間が広がっていたの。 壁の半面はすべてガラス戸。 その向こう側には、黒々と連なる連山が遠くに見え、天空は満天の星空。 磨き抜かれた床は、黒曜石の輝きを持つ黒。 灯火は全くないのだけれど、部屋の半面のガラスの扉から、満天の星々の輝きが差し込み……


 優しい「闇」が、その場所を満たしていた。


 中央に椅子が1つ。 豪華な椅子…… いえ、玉座とも云うべきその椅子の傍らに、サイドテーブルが1つ。 置かれているのは、ワイングラスと銘柄の判らないワインが一本。 グラスの中には赤黒いワインらしきものが揺らめいていた。

 巨大で、豪奢で、そして…… とても孤独な佇まいに見えたの。 その椅子に腰を下ろしている、巨大な影が見える。 肘掛けに肘を置き、満天の星空を眺めているように感じたの。 豪華な背凭れの脇から、巨大な影の頭の部分が少し見えている。


 王冠でもなく、法衣の聖帽でもなく…… 禍々しい角がそこに有った。 


 不思議と、” 怖い ” とは、感じなかったわ。 コツコツコツと、足音をさせながら、その巨大な影に近寄る私。 そう、これは、夢の中。 だからかもしれないわ。 いつもより、大胆なんだもの。 五歩ほどの距離に近づいた時、その巨大な影から声がしたの。 思ったより、若く、そして疲れ切った声がした。




「誰だ…… 新たなにえか」

「違いますわ。 ただ、此処に誘われただけに御座います」

「そうか…… 喰えと云う事か? まだ、俺を苛むつもりなのか?」




 ゴウッ と、一陣の風が吹き、私の眼の前にその巨大な影が立ち上がる。 見上げるような、その怪物は、全身を黒々とした毛で覆われた、ミノタウロス…… いいえ、まだ、ミノタウロスの方が可愛げがあるわ。 見るからに禍々しい姿をしている。 足は二足歩行に向かない様な角度で折れ曲がり、手はゴリアテのように太く、頭はミノタウロスのように大きく凶暴な獣の顔。 

 ただ、その眼だけは…… 悲しみの光を浮かべている。




「この暗さでは、良く見えんな、 光を!」




 部屋の全周に有る魔法灯、気が付かなかったけれど、天井から吊るされた、いくつものシャンデリアが、瞬く間に灯された。 光あふれる、その大広間は、まるで舞踏会でも行われるようなホール。 装飾も金銀宝玉がふんだんに使われた、王者の部屋。


 ただ、幾枚もある鏡はすべて叩き割られ、砕け散っていた。


 明るく照らし出された部屋を、くるりと見回した後、目の前の怪物をもう一度見る。 なるほど、怪物ではあるけれど、きちんと服を着ていた。 純白のシルクレード製の極端に装飾の少ないシャツ。 そして、折れ曲がった足に密着するように穿いているのは、漆黒のスラックス。

 とても、簡素な服装だけど、その素材は王侯貴族でも手が出せないような、超高級品なのは見て取れた。




「俺の姿を見ても尚、恐れを感じぬのか?」




 とても、面白そうな雰囲気が、その怪物を取り巻いた。 サイドテーブルから、グラスを取り上げ、中にはいっている赤黒い「ワインらしきもの」を口元に運ぶ。




「魂の搾り汁だそうだ…… 俺をこの場所に止め置く為に必要だそうだ」

「止め置く? 貴方は、何者ですか?」

「この世界に呼ばれしモノ…… だ、そうだ。 魂と肉体が別々になり、別に呼ばれたモノと、混ざり合い、そして、ここに居る……」

「この世界に、” 呼ばれた ” とは…… 貴方は異界のモノなのですか?」

「あぁ、その通りだ。 ただし…… 本来呼ばれたモノでは無い。 呼んだモノが途中で壊れ、本来呼ばれたモノ以外がその対象となった。 それが、俺だ。 そして、混ざり合い、抜け出せず、永劫の時間を送る事になった…… もう、二度と元の世界には戻れないし…… 戻る気もない」




 戻る気もないと云う言葉に、深い悲しみを見るの。 なにがこの怪物にあったというの? なぜ、そんな悲しげな目をするの? 救いも、慈悲も無い現実を突きつけられ、心を壊してしまったの? ふと、問いかけてしまった。




「なぜ、元の世界に戻る気が無いのでしょうか?」

「あんな奴らの元になど、戻れるものか! 信じていた、愛していた、信頼していた、友情を交わしていた、すべての者達から、それは嘘だと突きつけられた俺は…… もう、二度と奴らの顔さえ見たくないんだ。 気配を感じる事さえ、疎ましい」




 渦巻く禍々しい気配が、怪物を包み込む…… とても、哀しい気配がする。


 蹂躙された心が軋みをあげ、


 幾重にも幾重にも取り巻いた絶望が、


 その怪物を苛むのが見て取れるの……




 その姿に、私は…… 困惑したの。





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