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断章 8
閑話 冒険者ギルドにて:
しおりを挟む王都、冒険者ギルド ギルドマスター執務室。
堆く積み上げられた書類が、雪崩落ちそうな執務机。 背後には、王都ファンダルを中心に周辺の森や、迷宮を記した大きな地図が張り付けられている。 飴色に輝く豪華な椅子に、初老の男が座っている。短く刈り込まれた栗毛色の髪には白いモノが多く含まれている。 口にはシガーを挟み、紫煙が彼の厳しい表情の顔の周りに漂う。
置かれている黒茶から立ち上る芳香は、それがとても高価な種類のモノであると主張していた。
顰められた太い眉がふと緩み、執務机の前に置かれた一脚の椅子に座る、銀級冒険者、エルビス=ウーランに視線が走る。
「新人冒険者の教育は、順調に進んでいるのだな」
「はい、ギルマス。 御手配のお陰で……。 座学はともかく、実地研修の募集は早々に埋まります」
「……アレか」
「はい、アレです。 「薬師」殿が講評の代わりに配った、ポーションですね、主な理由は。 アレには度肝を抜かれました」
「……事実なのだな。 野外で、錬金釜無しで、ポーションを錬成した事は」
「この目で見ましたので。 間違いありません」
「……ポーション瓶だけでも、【保存】の符呪付き、ラベルには ” 中級中効果 鑑定付き ”。 中身は、不純物無しの、高純度のポーションだぞ? 野外で錬金釜無しで、錬成出来るようなモノじゃない。 一本で、金貨五枚は硬い。 易々とそんなものを錬金するか、あの「薬師」は……」
「新人冒険者だけでなく、中堅所も実地研修の募集には殺到する有様ですな。 自分達の採取したモノが、どう処理され何に成るのかを目の前で見せられれば、目的意識も生まれましょうな。 ただ、薬草を採取して来いと言われても、どんな薬草をどの様に採取するのかが判らねば、ゴミ集めと化しましょうな」
「……「薬師」リーナの言葉か?」
「ええ、その通りです」
先日行われた、初級冒険者に対する、研修に関しての話であった。 エルビスが、ギルマスであるニコラスに強く願い出て、王宮薬師院から講師を呼ぶ事に成功した。 そして、その講師は、これまた、強く望んだ、第九位「薬師」リーナであった。
神妙な顔をしているエルビスだが、内心はニンマリと笑っていた。 その表情を苦く見つめて居たニコラス。 おもむろに言葉を紡ぐ。
「あの「薬師」を再度派遣してもらうのは、難しいかもしれんぞ」
「第四軍への従軍ですか? そこは、クレイヴン子爵の顔で……」
「そうは、使えんよ。 まぁ、何とか願い出てみるがな。 やっと、冒険者ギルドらしくなりそうなのだ、一汗も二汗もかくさ…… でな、その対価を用意せねばならん。 薬師統括のバーナモン伯爵を黙らす様なモノが必要なのだ」
「……難しゅうございますね」
「だろうな」
様々な考えが二人の男の脳裏をよぎる。 脅し、賺し、弱みを握り…… が、相手も相当な男だった。 そうは簡単に首を縦に振る様なモノでは無い。 沈黙が二人の間に流れる。 その流れを断ち切ったのは、やはり、ギルドマスターでは有るのだが……
「時に、一緒に行動していた、聖堂騎士のインターゼン子爵だが、まだ行方は判らんのか?」
「ええ、聖堂騎士の屯所にも照会を掛けました。 一緒に行動していた、第一軍、第二軍の騎士たちも、屯所には帰っていません。 奴らも慌てたか、捜索に大隊を準備し始めたようです。 多分ですが…… 例の「迷宮」に潜ったと…… 思われます」
「確かか? しかし、腐っていても騎士だぞ?」
「第三層以下の「迷宮」は、別物ですよ、ギルマス。 簡単に経験値を稼げる三層までは、奴らでも問題なく突破できます。 しかし、四層以降は、そうは行きません。 出てくる魔物の質が変わります」
「……お前、何を知っている?」
「……ここだけの話として下さいますか?」
「……話によるな」
「……「薬師」リーナを奴らが連れて、「迷宮」に潜ったのを、見た者が居ます」
「誰だ…… それは」
「私です」
「話せ。 すべては内密にしてやる」
ニヤリとエルビスの頬が歪む。 迫力のある笑顔だった。 多少気圧されてしまった、ニコラスではあったが、話の内容如何によっては、薬師統括の弱みに成りそうだった。 話の続きを促すように、顎をしゃくる。
「講習が終わり、帰り間際に、「薬師」リーナから話がありました。 あのインターゼン子爵に「迷宮」に連れ込まれたと。 第六層の広場で、襲われそうになったと。 彼らを盾に、逃げ出したと…… そう、話されました」
「それを知っていて尚、お前は各屯所に照会を掛けたのか?」
「貴重な「薬師」を手籠めにしようとした、馬鹿共です。 どうなろうと、知った事じゃありませんな。 おそらく、もう、命は無いでしょう。 自己責任です。 薬師殿は、深部へ退却して…… 十層を経由して、入り口に戻られました」
「何を取引材料にした…… 口止めの対価としては、妥当なモノだろうな」
「迷宮」内の薬草の分布図ですな。 詳細なモノでした」
「そうか。 …………確かにインターゼン子爵は自己責任において、「迷宮」に潜られたようだ。 しかし、薬師統括に対しては、いささか弱いな」
「それを、これから探します。 第十層の迷宮主は、百手鬼ですぞ? 「薬師」殿一人で太刀打ちできるような相手では御座いますまい。 にもかかわらず、生還しておられる。 何かしらの術を使われたか、薬品、ポーションを使われたか…… そこは、現地に行ってみないと判りませんな。 奴らの捜索に便乗して、冒険者ギルドからも人を出しましょう」
「……七層以降は、銅級でもキツイぞ?」
「私を含め、銀級四人で潜ります。 なに、捜索を続けると云いながら、深層に向かいます。 インターゼン子爵はきっと、六階層の広場辺りに居る筈ですから。 そこまでは、捜索隊について行きます。 かなり、安全かと」
「なにか…… あると思うか?」
「有るでしょうな。 とかく「迷宮」では、冷静ではいられませぬ故。 何かしらの痕跡が残る筈。 薬師統括は、話を聞いてくれるかもしれませんな」
「…………許可しよう。 人選は任せる」
「有難いですな。 奴らも、ソロソロ動く筈。 早速、掛かりましょう」
「……やってみろ」
「御意」
エルビスは立ち上がると、ギルマスの執務室を出て行った。 のっそりとした、彼の動きを見詰めつつ、ニコラスは、大きく息を吐きだした。 なにか見つかれば、薬師リーナが聖堂騎士団の騎士を見捨てた証拠に成る。 聖堂騎士団の騎士は、薬師リーナを襲おうとした証拠にも。
此れならば、薬師統括バーナモン伯爵への揺さぶりとなる。
醒めた頭で、交渉のやり方を考え、その成功を確信する。 ただし、エルビスが何かしらの証拠を持って帰って来たならば…… ではあるが。 この王都冒険者ギルドが、まともな冒険者ギルドになれるかどうかの瀬戸際なのだから、多少の汚い手は使う事はやぶさかではない。
冷めた黒茶を一口すすり、ニコラスは、虚空に願う。
「頼んだぞ、エルビス。 かつての王都冒険者ギルドを取り戻す。 あぁ、必ずな」
三日後、エルビスが一本の酒瓶を持って、冒険者ギルド、ギルドマスタ―執務室にやって来た。 その顔に深い笑みが刻まれていたのを、多くの職員が見た。 執務室から、くぐもった歓声が届いた。
この日のギルドマスターの業務日記には、珍しく彼の感想が、一行したためられていた。
” 有能な冒険者が、我がギルドに戻ってくる。 かつての様な、王都冒険者ギルドを、取り戻す算段がついた ”
と。
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