その日の空は蒼かった

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「立太子の儀」の日に向かい合う、王国の真実

王国の真実(3)

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 私を抱いていたティカ様。


 ふと腕の力を緩め、私の両手を握り、瞳をのぞき込んでこられたの。 とても、真摯な光がその瞳に宿っている。 面持ちも、口調も、改まり、彼女の口から言葉が紡がれる。




「エスカリーナ様、お願いの件です。 わたくし、ロマンスティカは、このミルラス防壁の制御魔方陣の整備・維持・保守・そして、可能ならば改良の御役目を戴いております。 ここしばらく…… いえ、数年前から徐々にではありますが、王国のミルラス防壁の一部に干渉してくる者達がいました。 いいえ、現在も居ります。 以前であれば、三月に一度の確認で良かったのですが、最近は週に一度の頻度に成りました。 そして、なにより…… とても、巧妙になってきております。 わたくし自身、わたくしの眼に自信が持てなくなるくらい……」




 一旦、言葉を修め、そして、私と魔方陣を交互に見詰めながら、続けられたの。 何となくだけど、ティカ様の御願いが判った気がする。




「エスカリーナ様は、ガングータス国王陛下と、エリザベート王妃殿下の御子。 そして、王妃エリザベート様は、「闇」の属性を持ち、膨大な体内魔力を持った方。 その方の血の記憶の一端でも継承されているならば、この魔方陣を読み解く事が出来る筈なのです。 わたくしは「光」属性。 「闇」属性の部分の詳細が…… だから、お願いしたいのです。 万が一この防御障壁に穴を穿たれると…… 考えたくもない、現実がそこに生まれる可能性があるのです」

「判りました。 微力ながら、お手伝いいたします。 この制御魔方陣に、わたくしの魔力を乗せてもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論。 そうしなければ、細部は読み取れないもの。 王宮魔導院、第四位魔術師、ロマンスティカ=エラード=ニトルベインが、許可します」

「有難く、王宮薬師院 第九位薬師、リーナ、お受けいたします」




 改めて、ティカ様に許可を取って魔方陣の一端に手をつき魔力を流す。 結構な量の魔力を吸われた。 魔方陣に一気に流し込んだからね。 ちょっと、クラクラするの…… 膨大な量の魔方陣の術式が私に流れ込んできたの。 


 ……でもね。


 既視感というか…… 何と云うか…… 私、この強化防御大魔方陣を知ってる。 細部に至るまで…… すべて…… な、なによ、コレ……

 幾つかの…… いえ、もっとあるわ。 書き換えられた場所。 記憶と異なる場所。 そして、その部分は巧妙に偽装されている…… コレではうまく、魔力が流れない。 ……人間で云えば、魔力経路の経絡障害を人為的に引き起こしているようなモノが仕込まれているわ。 

 その部分に歩いて行き、巧妙に書き換えられている場所に、印を撃ち込むの。 えっ? なんで、このやり方を? 体が自然に…… 何か所も、何か所も…… 歩いて、打ち込み、歩いて打ち込み…… 

 やがて、床面一杯の魔方陣の異常個所の全貌が顕わになる。 こ、これは……




「こんなにも…… リーナ、貴女、この魔方陣は初見よね」

「ええ、その通りです。 でも…… 何故か知っています。 印をつけた場所は、私の憶えの無い記憶と違う場所です。 ……見るに、北側と東側に重大な欠損と魔力を滞らせる術式が散見されますね」

「北側と……東側……ね。 北側は幾つからの魔力の経絡が切られると、一気に防壁に穴が開く。 東側は、すでに微細な穴が…… 人間一人くらいなら、防壁に撥ねられずに通れるくらいの穴が、開いているという訳ね。 それも、結構な数……」

「徐々に、そして、深くこのように魔方陣を書き換えたと、思いますわ。 巧妙ですね。 以前の魔方陣を知っていなければ、判らないですわよ、コレ。 ティカ様が御着任される以前からの書き換えですわね。 書き換えの時期も判りますが…… 始まったのは…… 十二、三年前から…… つまりは、前王妃様が後宮を退宮されてからと…… そう見て間違いないですわね」

「絶対記憶も…… 見ていなければ、役には立たないと云う事ね」

「ティカ様のせいでは御座いませんわ。 この魔方陣を一から組まれた、おばば様にしても、ここまで改良されていては、もはや別物と云っても過言ではありませんわ。 獅子王陛下のお妃様、先代国王陛下のお妃様、そして、エリザベートお母様の手による改変が、多岐に渡っておりますもの…… でも、それはすべて、この魔方陣を強化する物であって、破壊し穴を穿つようなモノでは御座いません。 それは、魔方陣を見ればわかります」

「確かにそうね…… わたくしは、初見の時の記憶を頼りに、修復を繰り返していました。 まだ、魔方陣に対する知識も足りていない。 この魔方陣に接する事によって、勉強したと云ってもいいくらいです。 リーナ、貴女の血の記憶に基づいて、この魔方陣を王妃エリザベート様が退宮する直前の状態に戻せますか?」

「……可能です。 それ以降の、修復、改良はすべて破棄されてしまいますが、宜しいのですか?」

「構いません。 王妃エリザベート様が、後宮から退宮されてからは、強化の為に新しく加えられた術式は一つもありません。 保守整備と監視だけが、お仕事でした。 リーナ、書き換えを許可します」

「了解しました」




 打ち込んだ印の場所。 そこに本来あるべき術式は、私の知らない記憶の中にしっかりと刻み込まれている。 人の体の中にある魔力回路を交換したり繋ぎ合わせるのよりもずっと簡単。 昔…… ダクレールの沿岸警備隊の治療院で頑張って頑張って、魔術師さん達の魔力回路を修復した事あるじゃない。 あれよりもずっと簡単なのよ。

 だって、何が必要か、何がおかしいか、判り切っているもの。

 紡ぎ出した、覚えのない記憶に格納されている術式…… 見事に合致するのよ。 従来の魔方術式を切り、置き換える。 繋ぎ、魔力を通す。 その繰り返し。 沢山あるけれども、やる事は単なる置き換えだから、時間は掛からないの。

 黙々と作業をこなし、印のある部分の術式交換を終えたわ。




「これで、終了いたしました。 ティカ様、魔力を御流しください。 ご確認お願い申し上げます」




 唖然として私の ” 直した ” 魔方陣を見入るティカ様。 これほどの量の書き換えを、これほど早くに済ませた事に驚愕を隠せていない。 治療師の真似事も出来るからね、わたし。 繋ぎ直し、書き換えはお手の物なのよ。 魔術師でもそうは出来ないよって、おばば様はそう仰ってたけれど、本当の事のようね。




「え、ええ…… 判ったわ。 じゃぁ、始めます」




 両手に魔力をのせて、書き換えた魔方陣が、実際の魔方陣に適用される様に起動されれている。 ん? なんで、判ったのかしら? これも…… 覚えのない記憶なのかしら?

 魔方陣全体が、ぼんやりと輝き、中心部分から端に魔力が流れるの。 細かな変更点の所は、強く光るわ。 地上に落ちた星空の様ね…… チカチカと輝く、輝点を見つめながらそんな事を思っていたの。




「ふぅ…… 沢山書き換わっていたわね。 でも……これ…… 凄いわ。 なんの破綻も無い。 魔力がすんなりと通るのよ…… これが……攻撃される前の完全な形……なのね」

「エリザベート前王妃殿下が最後に確認された、当時の最高の状態ですわ」

「なるほど……そういうことだったのね。 随分と前から、ファンダリア王国は内側から侵食されていたって事ね。 リーナ、 いえ、エスカリーナ。 ありがとう。 十全な防壁に戻る事が出来たわ。 記憶した。 完全に記憶したわ」

「お役に立てて、幸いです」

「今までは、とても苦労していたの。 穴を塞いでも、塞いでも、次々と穿たれる穴。 根本的な部分に支障が有るのは判ってはいたの。 でも、それが何処か判らなかったわ」

「巧妙に分散されておりました。 穴が塞がれるのを感知し、新たに隙を作る様に術式が編まれておりました。 見た事もない術式でしたが、なぜか理解出来ました。 ……その、ティカ様。 中央にある、細い鎖の様な術式ですが…… 見たところ新しいモノのようです。 それに、アレを書き換えたのは、エリザベート前王妃殿下。 とても、特異な術式構成なのですが…… 何か経緯をご存知でしょうか。 その…… とても…… 惹かれるのです、あの術式に」




 私の言葉に、顔が引き攣るティカ様。 なにか…… なにか、「隠している様な」ご様子。 私には知らせたくない…… そんな、ご様子がありありと浮かび上がっているの。

 でも…… もう、隠し事は無しにして欲しい。 特に、この場では。

 ファンダリア王国の安全保障に関して、これほど重要な場所は無いもの。 それにこの魔方陣には、なにか秘密が隠されている。 特にお母様が書き換えられた部分について。 その特異な術式と、魔方陣全体に巡らされている、魔力の供給線…… 

 此処が、誰かの手によって、破壊、乃至は変更されてしまったら、この魔方陣は機能しなくなる。 とても強力な防御術式で護られているとは云え、人の手によるものならば、人の手によって、書き換える事も可能なはずだもの。




 だから……




 教えてください。

 この特異な魔法術式が書かれた経緯と、

 その背景を。

 それを知れば、もっと強固にこの大魔方陣を護る事が……

 可能になるから。




 覚悟を決められた様な御顔で、ティカ様は言葉を紡ぎ出されたの。 





 この魔方陣の真実を。


 この国を安んじ、守り通そうと、心に決めた方のお話を。


 この国の真実の姿を……












 聴くんじゃ無かった…… と、思うのは、少し先の話。







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