177 / 714
「立太子の儀」の日に向かい合う、王国の真実
二人の侍女 その者達の強い意志(3)
しおりを挟むシルフィーのベッドは早急に作ったの。
だって、あんなこと言われてたら、ちゃんとしないと…… で、お風呂も専用にもう一つ作ったの。 だってねぇ…… ラムソンさんと共用だとね…… 問題も起こりそうだし…… お風呂は特製の例の奴。 中には、ベンダーの花の香油を沢山混ぜ込んだの。 ほら、いいにおいするし、安らぐしね。
シルフィーは、そんな作業を目を丸くして見てた。 そして、出来上がった彼女の場所を見て、ニコリと微笑んでくれたの。
「高級娼館でも、こんな設備は無いぞ? 個人の風呂だと?」
「……だって、汚れたまま眠りたくは無いでしょ? 良かったら、私も使いたいんだけど? いいかしら」
「勿論だとも。 私はリーナに仕える者。 リーナが使うというなら、使えばいいんだ。 しかし……すごいな。 錬金術師と云う者は。 安らげるベットに、癒される風呂…… こんなにして貰うと、なんだか悪いな。 おいラムソン。 コレが普通だと思うな」
「知っている。 言われなくてもな」
「はははっ!」
シルフィーって、豪快に笑うのね。 こんな人だなんて、思いもしなかった。 性格…… なのかな? 悲惨ともいえる過去を背負っているのが、嘘のようね。 でも、それは、確実に彼女の中に有るわ。 彼女の明るい表情とか、溌溂とした言葉の裏側には、これまでの荒んだ生活が裏打ちされている……
だからこそ、思うの。 この笑顔…… 守りたいとね。
「そうそう、今日はもう一人、お客様が来るの。 すぐにその方と一緒に外出すると、思うのだけど……」
「付いて行くぞ。 従者として、そして専属の侍女として。 何より、護衛だしな」
「そうね…… 状況を見てからね。 なにか、有るかもしれないし、ラムソンさんもいるしね」
「むー。 そうか? 離れるなと、薬師院の連中に、命じられているのだが?」
「表向きはね。 それとも、その命令に従う『何かの理由』が有るのかしら?」
「………………ないな。 わたしは、リーナの命にのみ従う。 そう決めたからな」
「そう、ありがとう」
お風呂の前で、そんなお話を交わしていたの。 シルフィーは、お風呂に興味津々な感じ。 早く入りたそうににしてたけど、お客様が来るのに無防備には成れないから、ちょっと残念そう。 そんなシルフィーを見ながら、ラムソンさんはため息をついているの。
同じ森猫族の獣人さんでも、相当性格が違うみたいね。 なんだか興味深いわ。 彼女があの「毒」を作ったんだから、ちょっと、作り方とか聞いてみたいしね、私的にはね。 ベッドに座って、ポムポムしたり、ラムソンさんの鍛練場を興味深げに見ていたり。
ねぇ、ちょっとは、落ち着きなさいよ、まったくもう!
^^^^^
コン!
扉が一回だけ、ノックされた。 扉前の【探知】の魔方陣でね、誰か来てるのは判っていたわ。 扉前まで、走って行って少しだけ扉を開けるの。 ティカ様…… 侍女姿で立っておられたの。 勿論、例の眼鏡を掛けてね。 とても、存在感が薄い。 ややもすると、見失いそうになるくらいなの。
「どうぞ」
「ありがとう。 ハト便は受け取ったわ。 訪問を受けてくれて嬉しいわ」
するりと、扉を抜け部屋の中に入ってこられたの。 私は、もう一度かっちり【施錠】すると、彼女の後を追うの。 彼女が何をして欲しいのかが、良く判らないからね。 その御当人、部屋の中に二人の獣人さんが居る事に気が付かれたのね。 で、立ち止まって、様子を伺っている感じなの。
「ティカ様?」
「……従者と侍女……ね」
「ええ、薬師院人事局からの命令です。 明日の「立太子の儀」の日に、わたくしに「辞令」が降ります」
「第四軍付き、従軍薬師のね。 話は通ったみたいね」
「ええ、その関係上、彼らはわたくしの従者と侍女と云う事になります。 ……人事局の監視かもしれませんが」
「そうなの?」
つかつかと、作業台に近寄って椅子に腰を掛けるティカ様。 私も、直ぐにその側に椅子に腰を掛けるの。 シルフィーは、沈黙を守ったまま、薬草茶の準備を始め、ラムソンさんは警戒しつつも後ろに下がるの。 でも、いつ何が起こっても良いように、準備はしているみたいね。
「お手紙では、なにかわたくしの 「 力 」 が、必要と書いておられましたが?」
「ええ、貴方にしか出来ない事なの。 貴女に来てもらいたい所があって、そこで、ちょっと大きな魔方陣を見てもらいたいの。 古いモノよ。 そして、とても重要なモノ。 王宮魔導院でも、ごく一部の人にしか公開されない重要なモノなの」
「そんな大切な場所とモノを私に?」
「ええ、そうよ。 貴女にしか解読できないでしょうから」
「……そう、なんですの?」
「貴女が、貴方として来てもらう必要が有るの。 そして、その場所に入れるのは私と、貴女の二人」
ガタッ って音がしたの。 見ればシルフィーがこっちを凝視している。 多分、ティカ様の ” 私一人で行く ” って所ね。 彼女私の護衛に成るつもりだし…… どうしようかな。
「貴女の左腕の中に居る方も、ついては来れませんわよ」
「えっ?」
ティカ様…… な、なんで…… 知っているの? 私の左腕の中に居る方の存在なんて…… 王都では、ラムソンさんとシルフィー以外知る人なんていない筈なのに……
「海道の賢女様に、頂いた魔法の杖。 その中で眠る、樹人族の方。 あの場所には連れていけません。 貴女だけが行くべき場所なのです」
「ツッ!!! ロマンスティカ様は…… どこで……それを……」
私の困惑を声に出してしまった。 彼女がニトルベイン大公家のお嬢様と云う事を、言ってしまった。 ティカ様の方眉が少し上がる。 ご、御免なさい!! 今度はシルフィーの眉が上がるの。
「ロマンスティカ様? ……この侍女が、あの『小賢女』だと?」
「えっ?」
「いや、もう一つの名の方が、通りがいいな。 何しに来た、『ニトルベインの魔女』。 リーナを何処に連れて行くつもりだ!!」
「あら、リーナの侍女にしては、礼儀が成ってないわね。 まぁ、『疾風の影』ならば、仕方は無いわね。 わたくしの方こそ、聞きたいわね。 何の目的でリーナに近づいたの? それに、マグノリアの奴隷商を使って、潜り込むのはいいけれど、処置が甘いわ」
「……リーナに血を流すなと云われた。 それに、何か有っても、私ならば対処は可能だ」
「闇の世界ならね。 でも、事を公にし過ぎたわ。 あの人がマグノリアの王都に帰ってしまったら、リーナが注目される。 『疾風の影』が潜り込んだ先の「薬師」は、何者なのか、そして、どのような立場に居るのかってね。 リーナの事は、ウーノルも興味を持っているのよ。 困るのよ。 それでなくても、国内の者達が注目し始めているのに」
「し、しかし!」
「それにね、あの国の奴隷商達は、あちらの政府とも懇意にしているの。 あの人かなりの大物よ? そんな人に、リーナの情報を持って帰られると、此方が迷惑するの。 リーナが狙われるの。 判らないとは言わせないわ。 それを、貴女一人で対処するつもりだったの? 無理よ。 マグノリアの王族専用の『 耳と目と手 』を、侮り過ぎ。 下手をしたら、マグノリアとの紛争になるわ。 ……アレは国境を出る前に眠ってもらいました。 永遠にね」
「い、いや、それでは、シュトカーナ様との…… リーナとの、や、約束が……」
「貴女はやってないわ。 努力した。 でも、やり方がまずかった。 それを、ニトルベインの手が問題になる前に排除した。 ……それで、いいでしょ、リーナ」
「………………」
ティカ様…… 貴女…… どうして? 一介の ” 庶民の薬師 ” なのよ、私は。 それなのになんで……
「リーナ。 貴女にはそれだけの 「価値」 が、あるの。 貴女には見えない処でね。 それが、今回の話にも通じるの。 『疾風の影』…… いいえ、違うわね。 シルフィー=ブレストン。 貴女は、ここで、リーナの左腕の中にある ” 貴女の大切なモノ ” を護りなさい。 此処でね」
ティカ様…… 貴女は、どこまで知っているの? なんでも、お見通しなの? 私が隠している事をすべて、知っていると云うの? 判らない…… 彼女が成そうとしている事が…… 判らない。
「ねぇ、リーナ。 今は、わたくしを信じてほしい。 今だけでいいわ。 ロマンスティカの名に懸けて誓う。 貴女には危害を加えない。 出来るだけ貴女の鎖は太く強くしない。 でも、貴女の助けが必要なの。 ……この国に生きとし生ける者達の為に」
ティカ様の真摯な視線が、私を真正面から捕らえるの。 真剣で怖いくらいに澄んだ瞳。 彼女には何かが見えているのね。 私には見えていない未来が。 グッとお腹に力が入るの。 眦を上げて、彼女の矜持に応えるの。
「ティカ様。 判りました。 御同行いたします。 わたくし一人で」
「リーナ!!!」
「シルフィー、コレを預けます。 わたくしが、ここに帰って来るまで、しっかりと持っていてください。 お願いします」
そう言って、左腕から魔法の杖を振り出すの。 七つの宝珠が付いた、あのとても大切な「魔法の杖」をね。 振り出すと同時に、三人の妖精さんも出て来たわ。
「リーナ…… ほんまに…… ええんか?!」
「ええ、ブラウニー。 貴方たちも、シュトカーナを護って。 ティカ様の御願いは、多分私にとっても大切な事。 そして、これから行く場所は、私だけしか同行を許されない場所…… だから…… お願い」
「…………わかった。 ちゃんと帰って来るんやで。 どっかに行ったらあかんで」
「ええ、必ず帰ってきます。 ブラウニ―。 みんなをお願い」
「しゃないな。 言い出したら聴かんさかいな、リーナは。 がっちり、ここを封鎖する。 中におるんは、シュトカーナ様と、俺ら三人。 そんで、ラムソン、シルフィーだけやな。 ジリジリしながら、待っとうから、はよう帰っておいでや」
「うん、ありがとう。 …………ティカ様。 準備は出来ました」
「ごめんなさいね。 危険は無いのよ。 でも、リーナの力を貸して欲しいの。 約束するわ、必ずちゃんとリーナをここに送り届けるから」
ティカ様は、そう言って皆を見たの。 その真剣な瞳を見て、みんなもどうにか納得してくれたみたい。 シルフィーなんか、唇を噛みしめて私を見つめているの。
何が、始まるんだろう。
何処へ行くんだろう。
ちょっと、怖い。
でも、行かなくちゃいけない。
そんな気がしたの。
23
お気に入りに追加
6,841
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。